お金を借りに大坂へ
「やっぱり、借りるしかねぇな」
帳簿を見ていた土方さんがそう言った。
「おい」
そう言った後に私に声をかけてきた。
あれ?独り言じゃなかったのか?
「呼びました?」
「確かお前、この後大きな戦があるって言っていたよな?」
そうなのだ。
もう一カ月きっていると思う。
鳥羽伏見の戦いまで。
「はい。もうすぐですね」
土方さんは私が未来から来たことを知ったいるから聞いてきたのだろう。
「薩摩も兵を集め始めているし、戦が近いのは確かだな」
土方さんの言う通り、最近の京はちょっとざわざわしている。
と言うのも、薩摩藩兵以外にも色々な藩の兵なのかまではわからないのだけど。
「色々な藩の兵が来ていますよね」
何気なくそう言ったら、土方さんも教えてくれるかな?
「薩摩と、尾張、越前、安芸だな。土佐藩は向かっているところらしいぞ」
色々な地名を言ってくれたのだけど……。
「あのですね、尾張はわかるのですが、他がちょっとわからないのですが……」
尾張はわかるぞ。
現代で言うと名古屋だよね。
他がいまいち分からないのですが……。
「尾張だけでもわかっていればいい」
そ、そうなのか?
「お前にしては上出来だ」
なんか、ばかにされてないか?
「問題はそこじゃねぇ」
あ、そうなのか?
「四候会議で慶喜公が兵庫港を開港するって案を強行で通しただろう?」
そうだ、そんなことがあった。
四候と呼ばれる人たちが集まって会議をした。
薩摩は長州の減刑を通したかったのだけど、慶喜公がそれを阻止し、兵庫港を開港するという案を通してしまった。
通しただけでも、天皇や朝廷の方の許可がないとだめなので、そっちで会議をしたのだけど徹夜になってしまった。
朝廷の方は、前の天皇である孝明天皇が兵庫港を開港したくないと言っていたから、反対していたらしいのだけど、慶喜公の意見が通り、開港することになった。
その開港の日が数日後に迫っていた。
大政奉還がされて、幕府がないのにもかかわらず、前の将軍である慶喜公の提案した兵庫港開港が実施されるとなると、慶喜公は今まで通り健在で政治が行られるんだろうなぁと、みんなが思ってしまう。
これは、倒幕派の人たちから見ると、ちょっと違うだろうっ!おいっ!と言う事にもなるし、色々と不利な状況におちいってしまうだろう。
「もうそろそろ開港の時期になるのに、討幕派が何もしてこねぇのもおかしいだろう。俺の読みだと、そろそろ何かを仕掛けてきてもおかしくねぇ」
土方さん、鋭いっ!
「確か、王政復古の大号令がなされると思います」
そう、この時期だったと思う。
「なんだ、それは? 王政復古って、言葉からして不穏だな。それで幕府を完全にけすつもりか?」
言葉だけでわかってしまうとはっ!
「そうですね。簡単に言うとそうです」
と言う事で、土方さんに簡単に説明をした。
幕府は大政奉還をして政権を朝廷に返したけど、今の状態だと幕府の力に頼っても大丈夫って言う状態だし、幕府の方も、こっちの協力がないと政治って大変だよ、だから手伝ってあげるよ。
という状態だ。
それを嫌がった朝廷の倒幕派は徳川の力を完全に消すと言う事で、王政復古の大号令を出す。
それを出すことにより、幕府は完全に廃止されることになる。
「なるほどな。やっぱり借りてきたほうがいいな」
何をするつもりだ?
「なにを借りるのですか?」
人?兵?
「金だ」
あ、お金を借りるのね。
「お前が言ったやつが実行されるとなると、幕府派の連中は黙っちゃいねぇだろう。そうなると俺たちの出番も出るかもしれねぇ。肝心な時にねぇものがねぇと何も出来ねぇだろう」
確かにそうだ。
「どこから借りるのですか?」
「ちょっと大坂に行って借りてくる」
やっぱり、あそこか?
思い当たるところは一つしかない。
「一緒に来い」
土方さんにそう言われたので、大坂まで付き合うことになった。
京から大坂へ。
高いところから大坂の町を見ると海が見えた。
その海に軍艦が浮かんでいるのが見えた。
「あそこに浮かんでいる軍艦、見えるか?」
土方さんが指をさして聞いてきた。
「見えます」
外国の軍艦かな?
「開陽だ」
えっ!かいよう?
「日本の軍艦なのですか?」
「異国のかと思ったのか?」
てっきりそう思っていた。
「榎本武揚が率いている」
榎本……あっ!この後一緒に行動する人だ。
そう言う声を出そうとした時、
「行くぞ」
と言って土方さんが行ってしまったので、あわてて後をついて行った。
大坂の町は相変わらずにぎやかだった。
ここにいると、京で何が起こっているのか忘れてしまいそうだ。
大坂と京ってそんなに離れていないのにね。
土方さんは大坂の何人かの大きな商家からお金を借りた。
数軒回った時、
「疲れただろう?」
と言って団子を買ってくれた。
「こういう仕事はあまりいい仕事じゃねぇから、疲れるな」
土方さんはそう言ってからパクッとお団子を食べた。
確かに。
「返すあてのないお金を貸してくれって言うんだから、神経使いますよね」
何日までに返すから貸してくれって言って借りるのならわかるんだけどね。
「お前でも神経使うのか?」
でもって、どういう意味だっ!
私だって神経すり減らすときがあるんだぞっ!
文句を言ってやろうと思った時、突然土方さんが話しかけてきた。
「お前、扇子あるか?」
えっ、センス?扇子か。
折りたたんであるので開いてあおいだりするやつか?
「どうしたんですか、突然」
何があったんだ?
「で、あるのか?」
「ないですが」
買っても意味がないかなぁと思って、今まで持っていなかった。
「扇子を持っていないと何かあるのですか?」
「いや、別にないが。なければ買えばいいだろう?」
そ、そうなのか?
「あそこで売っているからちょっと見て見るか?」
あ、そうなるのか?
と言う事で、扇子を売っているお店に行った。
色々な扇子が売っていた。
「これなんかどうだ?」
土方さんが色々広げて見せてくる。
なんで扇子なんだ?
そう思いつつも選んでいる自分がいる。
「これでどうだ?」
土方さんが出してきたのは、梅の絵のかいてある扇子だった。
これなら、男装中の時でも女装中の時でも広げられそうだ。
「これならいいですね」
「そうだろ。よし、買ってやる」
土方さんが扇子を買ってくれた。
って言うか、私に扇子を買ってどうするんだ?
「土方さん」
新しい扇子を持ってきた土方さんに声をかけた。
「なんだ?」
私は扇子を広げた。
「ここに土方さんの俳句を書いたらどうかなぁなんて……」
思ったりしたんだけど……。
「ばかやろうっ!」
土方さんはそう一言言って行ってしまった。
俳句の話になると怒るんだよなぁ。
私はあわてて後をついて行った。
最後に行ったのはこのうちだ。
「待っとったでっ! ずいぶん久しぶりやな」
鴻池さんが笑顔で迎えてくれた。
この笑顔に向って、金を出せって言うのか?
なんか罪悪感が。
奥の部屋に案内されるとすぐ、
「鴻池さん、悪いが金貸してくれないか?」
と、土方さんが言った。
って、話もしないで突然そう来るのか?
「ええよ」
鴻池さんも返事ひとつで了解した。
えっ、本当にいいのか?
「あの……。鴻池さん、本当にいいのですか?」
思わず聞いてしまった。
過去にもそんなことを聞いた記憶があるぞ。
「なにがや?」
「お前、何言うつもりだ?」
土方さんは、なんかいやな予感がしたのだろう。
そう言ってきた。
「だって、借りるって言ったって、今まで返したことがないのですよ。それなのにまた貸してくれるのですか? 本当にいいのですか? 絶対に返しませんよ」
「それをお前が言うのかっ!」
土方さんに言われてしまった。
確かにそうだ。
「うちはあんさんらに惚れとるんかもしれんな」
鴻池さんは変わらない笑顔でそう言った。
「えっ?」
惚れてるって……。
思わず固まってしまった。
「お前、また変なことを考えてんじゃねぇだろうな?」
いや、考えてるかわからないけど……。
「男色ですか?」
「ばかやろうっ!」
土方さんも言う事を用意していたかのようにすぐに言ってきた。
鴻池さんは声を出して笑っていた。
「うちは普通やで。惚れとるって、あんさんらの生き方に惚れとるんや」
あ、生き方か。
「たいした生き方していませんよ」
「おい、それをお前が言うか?」
土方さんの言う通りだよなぁ。
「あんさんら、幕府がああなっても幕府について行くつもりなんやろ?」
「それが武士だからな」
土方さんがそう言った。
武士は二君に仕えずって言うもんね。
「この時代、どっちに行ったら自分の有利になるのか、そんな考え方をする人間ばかりや。そんな中、あんさんらの考え方に出会った。だから惚れたんかもしれんなぁ」
そ、そうなんだ。
「うちは金ぐらいしか出せんしな。それであんさんらがええって言うならいくらでも協力するで。で、いくら出せばええんや?」
鴻池さんはそろばんを持ってきた。
あれ?このそろばん、おかしい。
上は一つ玉なのは一緒だけど、下は五つある。
普通は四つなんだけど……。
「鴻池さんの所は、そろばんも特殊なのですか?」
きっと両替商だし、お金もたくさん動くからそろばんもこういう特殊なものなのかな?
「蒼良はん、何言うとるん?」
えっ?
「そろばんはみんなそうだろうが」
土方さんの声も隣から聞こえてきた。
ええっ!そうなのか?
「私の知っているそろばんと違います。私のはここが四つしかないのですよ」
鴻池さんが持っているそろばんを指さして言った。
「そっちがおかしいだろう」
そ、そうなのか?
「蒼良はん」
鴻池さんがそろばんを下に置いて、かしこまって私の名前を呼んだ。
「なんでしょうか?」
「あんさん、何者なん?」
えっ、何者と言われると……、色々ありすぎて言えないのですがっ!
「鴻池さん、どうかしたのか?」
土方さんが代わりに聞いてくれた。
「前から思うとったんや。うちが持ってくるもんみんな知っとるから、蒼良はんはなんで知っとるんやと思っとったんや。いくら天野先生の孫だって言ったって、ここまでは知らんやろう」
今まで、鴻池さんは異国の色々なものを見せてくれたりした。
しかしその物は、現代では普通にあるものなんだけど、この時代では普通にないものだった。
だから鴻池さんが出してきた珍しいものも、普通に当てることが出来た。
鴻池さんからしたら、こんなに珍しいものばかり知っているこいつは何者だ?って思うのは当然だろう。
「鴻池さんだったら、話してもいいんじゃないか?」
土方さんがそう言ってきた。
ど、どっちをですか?
「実は私、こういう格好をしていますが、お……」
「そっちじゃねぇっ!」
あっ、こっちじゃないのね。
と言う事は、こっちか?
「こいつは、この時代の人間じゃねぇ。未来から来たらしい」
土方さんは普通にそう言った。
信じてくれるかなぁ?普通は信じないよね。
「あ、そうなん? だからあんなにしっとったんか」
鴻池さんはあっさり信じてくれた。
って、そんな簡単に信じて大丈夫なの?
「鴻池さん、信じてくれるのですか?」
「当たり前や。あんさんのことはなんでも信じることが出来る」
そ、そうなのか?
「信頼関係ってやつやな」
そうなんだ。
「と言う事は、うちが今まで出したものは、未来では普通にあるものなん?」
「そうですね」
だから私も当てることができた。
「未来はすごいことになっとるんやな」
鴻池さんはそう言いながらもそろばんで私たちに貸してくれるお金を計算していた。
今までの商家の中で一番多い額を貸してくれた。
鴻池さんの家を後にしようとした時、
「一つ聞いてもええか?」
鴻池さんにそう聞かれた。
「なんですか?」
「うちの店はこれからどうなるん?」
あ、鴻池家か?
確か……。
「幕府がつぶれて、大名に貸していたお金を全部取り消されるのですが、それでも確実に家柄を守っていきます」
確か銀行を作ったりするんだよね。
「そうなん? おおきに。変な占いより、蒼良はんの言葉の方が当たるような気がするわ」
「当たり前だ。こいつはこれから先に起こることを知っているからな」
なぜか土方さんが得意げにそう言った。
大坂で十軒ぐらいの商家から計四千両借りることが出来た。
みんな、返さないってわかっているのになんでこんなに貸してくれるんだ?
私だったら、絶対に貸さないけどなぁ。
借りてきた四千両を見てそう思ったのだった。




