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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年6月
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ぎっくり腰

 しばらくは大坂にいるらしい。

 今日も大坂は暑い。でも、現代と比べると、優しい暑さというか、肌が焦げ付くようなジリジリという暑さではなく、ちょっと蒸し暑いかな?という感じの暑さだ。

 ただ、冷房とかそういう便利なものがないので、それがちょっと辛い。


 とりあえず、大坂の街でもふらつこうと思い、宿泊先である京屋の玄関に出ると、なぜか源さんが中腰で立っていた。

 というか、腰をかがめて何かを取ろうとしているという体型で固まっていた。

「源さん、どうしたのですか?」

 源さんは、その姿勢のまま

「ああ、蒼良そらか。」

 と言った。なんでそんな変な体勢なんだろう?逆に疲れないのかな?

「いやぁ、出かけようと思って、刀をとろうとしたら、腰がギクッとなって、そのまま痛くなって、動けなくなった。」

「だから、そんな体勢なのですか?」

「痛くて、どうにもならん。」

「もしかして、ぎっくり腰ですか?」

「なんだかわからんが、ギクッとなったからそう言われてみればそうかもしれん。」

「とりあえず、動いて横になりましょう。」

 私は源さんを動かそうとしたけど、ちょっと動かしただけで

「痛い、痛いっ!」

 というので、動かすこともできず。

「源さん、どうしましょう?」

「京屋さんに相談して、ここら辺で良い鍼灸しんきゅうしてくれる人を教えてもらってきてくれないか?」

「しんきゅうって、なんですか?」

「後でゆっくり教えてやるから、今はその内容を聞いてきてくれ。」

 源さん、痛くて教えてくれるどころではないらしい。とにかく、早く何とかしないと。

 という訳で、京屋さんに源さんのことを伝えた。

「それなら、山崎さんとこに行くとええよ。」

 そう言われ、その山崎さんの家の場所も教えてくれたので、早速行ってみた。


「すみませ~ん」

 教えてもらった通りの場所に行き、そこの家の戸を開けると、背の高い男の人がいた。

「鍼灸の山崎さんのお宅はここですか?」

「そうだが。」

 この男の人は先生なのだろうか?でも、20代後半ぐらいの年齢だろうか?先生にしては若いような感じがする。

「こちらの先生は?」

「今、出かけている。」

 出かけてるって、源さんもよりによってこんな時にぎっくり腰って、タイミング悪いなぁ。

「じゃぁ、出直します。」

「何か用でもあるのか?」

「実は…。」

 源さんのことを話すと、その人は道具入れを持って立ち上がった。

「それぐらいなら、私にもできる。」

「本当ですか?お願いします。」

 ということで、その人を京屋まで連れて行った。


 京屋に着くと、私が行った時と同じ姿勢のままの源さんがいた。

「誰も、通らなかったのですか?」

「いや、通った。歳のやつめっ!」

 事情を聞いたら、土方さんが通ったらしく、最初は向こうも驚いて訳を聞いてきたらしいけど、ぎっくり腰だとわかった瞬間、プッと吹き出して行ってしまったみたいで。

「俺のことを心配してくれんのは、蒼良だけだ。歳のやつ、あいつも俺とおなじ目にあったら、俺もおなじことをしてやる。」

 土方さんは、ぎっくり腰と無縁そうだけどなぁ…。

「このままの姿勢ではできないから、患者を移動したいのだが。」

「実は、私も移動しようと思って色々やったのですが、痛いみたいで、動かせなかったのです。」

「どれ、私がやってみよう。」

 その人は、慣れた手つきで源さんを肩で担ぎ上げ、そのまま座敷まで移動した。

 あまりの手際の良さに驚いてしまった。

 源さん自身も、動いているのに痛くないという状態に驚いていた。

 そして、手際よく道具入れを開けて鍼を出し、源さんの背中に刺していった。

「鍼って、痛くないのですか?」

 源さんが気持ちよさそうなので、思わず聞いてしまった。腰に鍼が刺さっているのだから、見た感じだと痛そうに思う。

「いや、痛くないぞ。逆に気持ちいい。」

「昔は、痛かったらしいのですが、今は痛くないように治療する技術が発達しているので、思っているほど痛くないものなのですよ。」

 鍼を刺しながら、その男の人は答えてくれた。

 一通り終わったのか、鍼を抜いてしまい始めた。全部終わると、源さんはぎっくり腰じゃなかったかのように起き上がった。

「源さん、大丈夫なのですか?」

「うん、違和感があるが、動けないほどではないぞ。」

「しばらく鍼を続けた方がいいでしょう。明日もまた来ます。」

「ありがとう。おい、蒼良もやってみるか?」

「私は、ぎっくり腰ではないですよ。」

「腰じゃなくて、顔だ。いつまでそんなあざつけてるんだ。」

 そう言われても、あざだって、直ぐに治るものではない。鍼で治るものでもないと思うのだけど。

「顔にあざがあるということは、体にも?」

 その人が聞いてきた。

「はい、いくつかありますね。この前ちょっとした乱闘に参加したもので。」

「おい、ちょっとした乱闘って、相手は力士だろうが。ちょっとどころではないぞ。」

「分かりました。ちょっと見てみましょう。着物を脱いで、ここにうつぶせになってください。」

「わかりました。」

 私が着物を脱ごうとしたら、

「ち、ちょっと待ったぁっ!」

 源さんが大声を出してきた。

「そりゃいけない。こいつの体は見せられない。いや、見せれるものじゃない。」

「源さん、何言っているんですか?」

「蒼良、お前は人には見せられないやけどの痕があるって、言ってただろう。」

 えっ、やけどのあと?

「そういう痕はな…」

 ないですよ。と言おうとしたら、

「あるだろう?な、あるよな。見せたくないって言ってただろう?」

 と、念を押すように源さんが言ってきた。その勢いで、思わずうなずいてしまった。

「そうだろ、そうなんだよ。だから、着物を脱がせるのは無理だな。」

 無理だよなっ!と、また念を押してきたので、コクンとうなずいた。

 なんでまたそんなことを?と思ったけど、口パクで「お・ん・な」と言われて気がついた。

 そうだ、女だった。着物を脱ぐなんて、論外だわ。

「じゃぁ、腕を見せてください。」

 腕なら大丈夫だろうと思い、腕を出すと、しばらく脈をとってから鍼を刺し始めた。

 本当だ、痛くない。ツボに入るとピリッと痺れるような感じがあるだけだ。

 そして、私の治療も終わった。

「打撲に効く所を刺激してみました。後は、これでをあざのところに塗れば、あざも薄くなってくるでしょう。」

 塗り薬をもらった。

「若いのに、随分と腕がいいな。」

 源さんがその人をほめた。

「父を見てきたので。」

 お父さんも鍼灸の人なんだ。というか、お父さんが先生なのか?

「名前はなんというんだい?」

「山崎 すすむ

「ええっ!」

 思わず指を指して叫んでしまった。

「なんだ、蒼良、知り合いか?」

 知り合いというか、一方的に知っているというか…。でも、一方的にって、何かストーカーみたいだなぁ。どうやってごまかそう?まさか、この後隊に入ってきて、間者のような仕事をしますよなんて言えないし。

「いえ、知りません。」

「なんだ、知ってんのかと思ったぞ。」

「今日初めてあったので、知っているわけないじゃないですか。」

 ねぇっと、山崎さんに同意を求めたら、山崎さんも、うなずいてくれた。


 大坂も色々あって治安が悪いから、送ってやってほしいと、源さんに頼まれ、山崎さんを送っていくことになった。

 しばらく歩くと、

「私なら、大丈夫だ。」

 と、山崎さんに言われた。

「でも、源さんに言われたので。」

「女性に送ってもらうほどのものではない。」

「そうですか。でも、治安も悪いし…。」

 って、今、女性って言わなかったか?

「女性に送ってもらうぐらいなら、一人で帰れる。それなりに剣術も出来るから。」

 ええっ!なんでバレてんだ?なにもバレそうなことしてないよね。着物脱がなかったぐらいしか思いつかないんだけど。

「な、なんでわかったのですか?」

「脈は男女違う脈をしている。」

 そう言われてみると、脈を見ていたなぁ。そうか、脈か。それでバレるとは思わなかった。

「すみません。騙すつもりはなかったのですが。他の人には言わないでください。」

「女性が壬生浪士組にいるということは、何か訳があることだと思います。誰にも言うつもりはありません。」

 よかった。

「ありがとうございます。じゃぁ、また、お会いしましょう。」

 私がそう言うと、不思議そうな顔をしていた。

「また会えるか、わからないが…。」

「いや、絶対にまた会えますよ。お待ちしてます。」

 山崎さんは首をかしげながら去っていった。


 私の覚えに間違いなければ、彼はこの年末辺りに隊に入ってくるだろう。

 浪士に見えないから、土方さんたちから間者として重宝に使われることになる。

 すごい楽しみだなぁ。

 思いがけない人物と、思いがけないところで会えたことが嬉しかった。

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