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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年11月
378/506

油小路の変

 今一番会いたい人、それはお師匠様だろう。

 まず、聞きたいことがたくさんある。

 近江屋になんで刀のさやが落ちていたのか?

 だって、私が最後に出た時はそんなもの落ちていなかった。

 本当に坂本龍馬と中岡慎太郎は助かっているのか?

 表向きには亡くなったことになっているから、生きているのかどうなのかがわからない。

 どこから新選組が出てきて疑われているのか?

 原田さんが疑われているあたりなんて、歴史通りじゃないか。

 聞きたいことがたくさんあるのだけど、お師匠様は今頃どこかへ旅立っているだろう。

 なんせこの時代に来てから旅行に行きまくっているお師匠様だ。

 あてにはならないだろう。

 はあぁ。

 ため息をつきつつ屯所の門を出ると、遠くの方に見覚えのある影がっ!

 お、お師匠様じゃないかっ!

 お師匠様が来るまで待ってられないので、私は飛び出した。

「おお、蒼良そら。そんなにあわててどうした?」

 聞きたいことがたくさんあるのよっ!

「あのですね、まず、なんで刀の鞘が落ちていたのですか? 坂本龍馬と中岡慎太郎は生きているのですか? なんで新選組がやったって噂が流れているのですか? しかも、原田さんが犯人扱いじゃないですか。一体どうなっているのですか?」

 いっきに質問した。

「あのな……一つずつ頼めんか?」

 あ、すみません。

「まず、刀の鞘です」

「ああ、それか」

 知っているのか?

「なんでだろうな」

 知らんのかいっ!知っていると思ったわっ!

「お前のじゃないのか?」

 なんで私なんだ?

「あそこで刀を抜いていたのはお前だけだぞ」

 そう言われると……。

 私のなのか?

「って、蒼良のものじゃないだろう」

 えっ?

「お前の刀はちゃんと鞘に入っているだろう」

 そうだよ。

 腰のあたりに目をやると、ちゃんと鞘に刀が収まっている。

「まぎらわしいことを言わないでくださいよ」

「普通は、すぐに気がつくだろう」

 そうなのか?そうだよね。 

 刀のしまう場所がないんだもん。

「わしの考えじゃと、あの後多分、刺客たちが戻ってきたと思うんじゃ。そして自分たちが手を加えていないのに、手を加えたような惨状になっていたから、驚いたんじゃないか? どちらにしろ、鞘は落ちる運命だったんじゃな」

 なるほど、そう言われるとそうかもしれない。

「で……」

「坂本龍馬と中岡慎太郎じゃな」

 おお、今日のお師匠様は頭がさえてるぞ。

「坂本龍馬はもう京を去っておる。貿易をやりたいと言っていたから、その準備をしとるんじゃないか? 中岡慎太郎も数日前に京を出た。あいつの場合は、二日間ぐらい寝てから亡くなるから、その通りにさせたら、ずうっと寝てて腰が痛くなったと、文句言っておった」

 どうやら無事らしい。

「で、次は何じゃ?」

 そうだ、次、次。

 なんだっけ?

「噂じゃったかな?」

 そう、それっ!

「それは土方の方が知っとるだろう?」

 えっ、そうなのか?

「原田さん犯人説もですか?」

「それももう知っとるじゃろう。おっ、噂をすれば影じゃ」

 お師匠様が後ろを向いてそう言ったので、私もお師匠様の後ろの方を見た。

 すると、斎藤さんがこちらに向かって歩いてきていた。

「あ、斎藤さん。お仕事終わりですか?」

 斎藤さんは、御陵衛士の間者の仕事が終わった後、紀州藩から護衛してほしいという依頼があったので、名前を変えてそっちの仕事に行っていた。

「いや、今日は屯所に呼び出されたから帰ってきた」

 えっ、誰かが斎藤さんを呼んだのか?

 これから何が起こるんだ?

「そろそろじゃな」

 お師匠様もそうつぶやいていた。

 これから何が起ころうとしているんだ?


 土方さんに呼ばれて行ってみると、永倉さんと原田さんと斎藤さんなどの幹部と呼ばれる人たちと大石さんとかもいた。

 大勢いるけど重大な発表とかあるのか?

「多分、あれじゃな」

 隣に座っているお師匠様がそう言った。 

 って……。

「なんでお師匠様がいるのですかっ!」

 あんた、新選組じゃないだろう。

「一人ぐらい混じっても分かりはしないじゃろう」

 いや、わかるだろう。

「お前、うるさいぞ」

 土方さんに怒られてしまった。

「みんな揃ったようだな」

 近藤さんが顔をこわばらせてはいってきた。

 いつもにこやかなのに、どうしたのだろう?

 近藤さんと土方さんは一番前に座った。

「話と言うのは、伊東のことだ」

 ああ、御陵衛士に行った伊東さんだな。

「近江屋で起きた事件は知っているだろう? あの事件の刺客は俺たちで、原田が斬ったと噂が流れている。その噂を流しているのは、御陵衛士の伊東だ」

 そ、そうなのかっ!

「山崎が確実な情報を持ってきたから間違いねぇ」

 山崎さんも、いつの間に。

 それにしても、伊東さんが噂を流していたとは。

「伊東は、近藤さんを暗殺をくわだてている」

 その情報は、斎藤さんによってもたらされた。

 土方さんのその言葉に、ここにいる人たちの目が近藤さんにいった。

 近藤さんはやっぱり顔をこわばらせて座っていた。

「伊東がくわだてているのなら、こちらからやってしまった方が早いだろう」

 土方さんはニヤリと笑った。

 こちらからやってしまうって、斬るってことか?

「と言う事で、伊藤をはじめとする御陵衛士の連中を斬る」

 すべての感情を押し殺したような顔で、土方さんが言った。

「ちょっと待てよっ! 平助がいるんだぞっ!」

 永倉さんが立ち上がった。

「平助まで斬れって言うのか?」

 原田さんも立ち上がってそう言った。

 土方さんは表情を変えなかった。

 土方さんのことだから、そのことも考えたうえでこの結果になったのだろう。

 悩んで悩みぬいたのだろう。

「おい、黙ってないで、何とか言えよっ!」

 永倉さんが大きな声でそう言った。

「新八、左之、斎藤、そしてお前」

 えっ、私?

「この後残れ。後はおって沙汰を出す」

 土方さんがそう言うと、ほとんどの人たちは部屋を出て行った。

 私たちだけになった時、近藤さんが話し始めた。

「平助は逃がせたら逃がせ。あいつは素晴らしい刀の腕を持っている。それを亡くすのはもったいない」

 そうだよね、そうなるよね。

「この問題はわしに任せてもらえんかの?」

 私の横にいたお師匠様が立ち上がってそう言った。

 って、まだいたのかいっ!

 しかもこんなに目立つことをして、勝手に屯所に入ったって怒られるだろう。

「平助を何とか助けることが出来るのか?」

 近藤さんは必死な表情でそう聞いてきた。

「出来るかもしれんが、出来ないかもしれん。出来る限りやってみるつもりじゃ。うまくいったら、藤堂は伊東が亡くなった時に来ないだろう」

 今頃気がついたけど、これって、油小路か?

 そうだ、油小路だよ。

 近江屋事件とか色々あり過ぎてすっかり忘れていた。

「土方さん、私とお師匠様でやってみます。まかせてください」

 私が言うと、土方さんがコクンとうなずいた。

「お前にまかせる。ただ、無理をするな。命を落とすような危険なことは絶対にするなよ。そして、うまくいかなかったときはすぐ報告しろ。もちろん、うまくいったときもだ。わかったな」

 どっちにしろ、報告しろってことだな。

「わかりました」

 私はそう返事した。

 ところで、お師匠様が無断で新選組の会議に出ているのですが、なんで誰もなんも言わないのだろう?


「とりあえず藤堂に会う必要があるな」

 屯所の中をドカドカと歩きながらお師匠様が言った。

「お師匠様、部外者なのになんで何も言われないのですか?」

 私がそう言うと、前を歩いていたお師匠様が急に立ち止まって振り向いた。

「今はそう言う事を言っておる場合じゃないじゃろう」

 そ、そうなのか?

 新選組じゃないのに、あまりに同化していたから驚いていたんだけど。

「お前、その格好で行くのか?」

 私の姿を見て、お師匠様が言った。

 自分で自分の格好を見たけど、別に普通だった。

「色気がないじゃろう、色気が」

 そんな物、もともと無いわっ!

「藤堂だって、女がしだれかかって、『私と一緒に来て』と言ったら絶対に来ると思うぞ」

 ようは女装していけってことか?

 そうだよね。

 このままで行ったら新選組だって向こう側に警戒されるもんね。

 めんどくさいけど、女装するか。

「わかりました。女装してきますから待っていてください」

 そう言って、部屋に戻った。


            *****


 あれから数日後。

 中岡先生が亡くなった。

 ひそやかに葬式が営まれたが、私たちが中岡先生の亡骸を見ることがなかった。

 傷があまりにひどいから見せられないと言われたのだ。

 そんなに斬られたのか。

 それと同時に、坂本先生と中岡先生を斬った刺客は、新選組という噂が広まった。

 その噂を広げるのに手を貸したのは伊東先生だ。

 伊東先生は、

「聞かれたことに答えただけだ」

 と言っていた。

 確かに最初はそうだった。

 しかし、あっちこっちで会った尊王派の人たちに近江屋での出来事を話し、それは新選組の仕業だと言って回った。

「伊東先生、新選組の仕業だとまだ決まっていません。それなのに何で噂を広げるのですか?」

 あまりに噂を広げるので黙っておれず、屯所で伊東先生を捕まえて聞いてみた。

「平助。これは御陵衛士にとっての好機なんだぞ。うまくいけば、この噂のせいで新選組は土佐にいる尊王派の人間によって倒されるだろう」

 そう言って、伊東先生はニヤリと笑った。

「御陵衛士で、新選組を倒すことを考えないのですか?」

 人を巻き込んでやってもらう事じゃない。

 その前に自分でやればいいのだ。

 新選組ではそうだった。

「私は、斬り合いとかあまり好きではないのでね」

 そう言えば、伊東先生は新選組でもほとんど人を斬っていない。

 鈴木さんや篠原さんは斬っていたが、伊東先生はそう言う事をしなかった。

「ご自分の手を汚すことがいやなのですか?」

 だから、自分から人を斬らないのだろうか。

 確かに、斬らないですむ方法があれば、それが一番だ。

 でも、時には斬らなければならないこともある。

 自らの手を汚すときもある。

 伊東先生は、それすらも嫌なことになるのか?

「平助らしくないことを言うなぁ」

 伊東先生はさわやかな笑顔でそう言った。

「手を汚す、汚さないとかじゃない。ここを使っているんだよ」

 伊東先生はそう言いながら自分の頭を指さした。

 確かに、伊東先生は頭がいい。

 それは私も尊敬していた。

 でも、今やっていることは何かが違う。

「平助は私のやっていることが気に入らないみたいだね」

「いや、そんなことはないです」

 突然言われたので、取り繕ってしまった。

「いや、気に入らないって顔に出ているよ。平助との付き合いは長いからね。何を考えているかだいたいわかるよ」

 伊東先生の言う通り、付き合いは長い。

 そして、近藤さんの道場へ行く前に色々とお世話になった、恩がある人だ。

「そして、もう一つわかっていることがある」

 もう一つ?

「平助は、新選組の間者だね」

 あまりの言葉に驚き、声が出なかった。

「それはどういう意味ですか?」

 私は新選組の間者なんかじゃない。

 疑いがあるのなら、それは斎藤君じゃないか。

「平助は、新選組の肩を持ちすぎている。私が新選組の話をすると、いい顔をしないじゃないか」

 それは、まだわからないことを分かったかのように話しているから嫌なだけだ。

 その話の内容が、たまたま新選組だったというだけの話じゃないか。

「それに、こっちのことが向こうにも筒抜けみたいなんだよね。前に近藤に呼ばれて問い詰められた時だって、全部知っていて驚いたもんなぁ」

 伊東先生は近藤さんに呼ばれ、薩摩が挙兵するんじゃないかと問い詰められたらしい。

 その時のことを言っているのだろう。

「どうなんだい、平助。素直に言っても私は怒らないし斬るなんてこともしない。だから、正直に話してほしい」

 伊東先生は、本気でそう言っているのか?

 私は、伊東先生に疑われているのか?

「伊東先生、本当に私が間者だと思っているのですか?」

「思っていると言ったらどうする?」

 様子をうかがうように伊東先生が言った。

 そ、そんなふうに私のことを思っていたのか。

「どうして……」

 そこから先は言葉が出なかった。

 伊東先生が私を疑っていたとは……。

「平助は斎藤君と同じ年だし、一緒に新選組から出てきたじゃないか。斎藤君は明らかに間者だとわかったけど、新選組が間者を一人しか入れないなんてありえない。だから平助も間者だと思ったんだけど、どうなんだい」

 そんな理由で、私を間者だと思っていたのか。

 私の行動を見てではなく、状況的な物だけで、そんなことだけで、私は疑われていたのか。

 そう思うと、御陵衛士の人たちの顔が一人一人浮かんできた。

 この人も、この人も、この人も、私が間者だと思っているのか?

 もう、誰も信じられなくなっていた。

「伊東先生」

「本当のことを話してくれるかい」

 伊東先生が身を乗り出してきた。

「今の伊東先生に間者じゃないと言っても聞き入れてくれないでしょう。だから、私はもう何も言いません」

 私は伊東先生に背を向けた。

 もう、話すことは何もない。

 ここにはいたくないと思っても、私の行く場所はなかった。

 こういう時は、蒼良に会いたくてたまらなくなる。

 まだ江戸に行っているのだろうか?もう、京に帰ってきているのだろうか?

「あ、平助」

 伊東先生の弟さんである鈴木さんが私を呼んだ。

 今は、鈴木さんと会いたくなかった。

「お前の女が来ているぞ」

 私の女?

 思い当たる人は一人しかいなかった。

 屯所の玄関から外を見た。

 あの姿はっ!間違いないっ! 


            *****


 女装も終わり、いざ、高台寺へ。

 着いたはいいけど……。

「お師匠様、どうしますか?」

 どうしていいのだかわからず、お師匠様に聞いてしまった。

「普通に行けばいいじゃろう。わしはここで待っとるから、藤堂を連れて来い」

 えっ、そうなの?

「私が行くのですか?」

「今のお前は新選組の蒼良ではない。どこからどう見ても新選組とは無縁の女だ」

 そうだった。

 でも、私が行くのか?

 なんか納得できないなぁと思いながら、御陵衛士の屯所まで行った。

 門の前に着くと、中から鈴木さんが出てきた。

 うわぁっ!突然この人に遭遇するか?

 この鈴木さんは、伊東さんの弟だ。

「あ、女がいるぞ」

 そう言って、私の方へ来た。

 うっ、来ないでくれ。

 ばれたらどうしよう……。

「あっ、お前っ!」

 鈴木さんは指をさしてきた。

 も、もしかして、ばれたのかっ!

 あわてて顔を隠した。

「平助の女だな」

 ……えっ?

「よくここで会っていただろう」

 そ、そうだったか?

「今呼んで来てやるから待ってろよ。平助のやつ、最近元気がないから、なぐさめてやってくれ」

 ポンッと肩を叩かれ、鈴木さんは中に入って行った。

 どうやら呼んできてくれるらしい。

 よかったのか?よかったんだよね?

 オロオロしていると、中から藤堂さんが飛び出してきた。

「蒼良っ!」

 そう言うと、私に向かって走ってきて、そのまま私は藤堂さんに抱きしめられた。

 な、なにがあったんだ?

 でも、色々あったんだろう。

 仲のよかった原田さんが今回の刺客だって疑われているし、それを流しているのは自分の師匠でもある伊東さんだし。

 なぐさめになるかわからないけど、そのまま藤堂さんの背中に手をまわし、さすってあげた。

 しばらく抱きしめられていたけど、急に藤堂さんは私を離した。

 ん?どうしたんだ?

「ご、ごめん。蒼良に会いたいと思っていたから、姿を見たら嬉しくなっちゃって、つい」

 そう言って急に照れてきた。

 こっちも照れるじゃないかっ!

 照れて下を向くと、藤堂さんは裸足だった。

「あ、私としたことが、草履も履いていなかった」

 そう言って藤堂さんは玄関に戻って草履をはいて戻ってきた。


「伊東先生は変わってしまった。私は、今の伊東先生について行くことが出来ない」

 お師匠様の所に藤堂さんを連れて行き、

「外で話すのも寒いじゃろう」

 と言う事で、甘味処へ移動した。

 そこで藤堂さんの周りで起こった出来事を全部話してくれた。

 私たちは、藤堂さんの言葉を最後まで聞いた。

 きっと色々なものがたまっているから、ここで全部出したほうがいいだろう。

 そして、最後にそう一言言ったのだった。

「藤堂さんも大変な思いをしたのですね」

 隊を出るだけでも大変だっただろうに、御陵衛士になったらなったでまた大変な思いをしたのだなぁ。

 しかも、間者だと疑われてしまうというおまけつきだ。

「で、藤堂はこれからどうするんだ? 伊東のことをそこまで思ってしまったら、もう御陵衛士にはいられんじゃろう」

 お師匠様の言う通りだ。

「でも、新選組にもいられません。脱隊しているので、戻ったら切腹です」

 藤堂さんはうつむいてそう言った。

「そんなことはないぞ。斎藤なんか戻っとるぞ。ま、あいつは間者だったからな」

「お師匠様っ!」

 そ、そこまで言っていいのか?

 思わず呼び止めてしまった。

「やっぱり、斎藤君は間者だったんだ。うちの隊の金を持っていなくなったからおかしいなぁとは思っていたんだ。そのせいで私まで疑われるし」

「それは前にも教えただろう」

 前にも教えていたのか?

 それに驚きだ。

「藤堂」

 お師匠様が改めて藤堂さんの名前を呼んだ。

「お前の選択は新選組か御陵衛士かの二つしかないのか? 他の選択肢はないのか? 例えば、わしらの時代に来るという選択肢はないか?」

 おお、そこで話を切り出すのね。

「前に行きたいと言ったら、時期じゃないと言われました」

 そんなこともあったよなぁ。

 あの時はまだ歴史的に藤堂さんがいる時代だったから、現代に連れて行けなかったのだ。

「それはだいぶ前じゃろう。今がその時期だ。どうする? 藤堂が選べ」

 えっ、選ばせるのか?

 選ばせて、やっぱり御陵衛士がいいと言ったらどうするんだ?

 そんなことを考えていると、藤堂さんが私の方を見た。

「そこで蒼良を待っていたら、蒼良は絶対に来る?」

 そんなこと、当たり前じゃないか。

「私の生きている時代ですから、自分の仕事が終わったら帰りますよ」

「それなら、先に行って待っているよ」

 これって、現代に来るってことか?

 お師匠様を見ると、お師匠様も笑顔になっていた。

「なに、そんな長いこと待たせんよ」

 いや、後2~3年ぐらいかかると思いますよ、この仕事。

「よし、そうと決まったら、準備をして来い。すぐに出発じゃ」

 こういうことは早いほうがいいだろう。

「伊東先生に挨拶は……」

「そんなもんいらんよ。伊東は殺されるからの」

「えっ、伊東先生が?」

 もしかして、お師匠様は余計なことを言ったんじゃないか?

「伊東は、新選組に殺される。なんでも近藤の暗殺をくわだてたとか?」

「いや、伊東先生は確かに新選組さえなければなんて言ってましたが、暗殺とかくわだてていません」

 そ、そうなのか?

 私の知っている歴史と違う。

 歴史の方が違っているのか?

「あと、近江屋の件も新選組の原田がやったと言いふらしたらしいじゃないか」

「あの時は、土佐藩士が刺客が伊予の方言を使っていたと言ったので、新選組で伊予の方言を使うのは、左之さんだって伊東先生は言っただけです。それに、私たちが中岡先生の所に行ったときは、そこにいた人たちは新選組の仕業だって言っていました」

 そうなのか?

 これも違うぞ。

 どうする?お師匠様。

「藤堂、さっきは伊東のことを信じられないと言っただろう。本当はどっちだ?」

「今の伊東先生についていけないという気持ちは変わりません。でも、亡くなってほしいと思うほど憎めないです」

 これが本当の思いなんだろうなぁ。

 憎むことが出来たらどんなに楽なんだろうという思いが。

「よし、わかった。伊東と話して来い。それからわしらの時代に来ても遅くはないだろう」

 えっ、そうなのか?

「大丈夫ですか、お師匠様」

「藤堂、伊東をとるか、蒼良をとるかだぞ」

 はあ?それはどういう意味だ?今は関係ないじゃないかっ!

「それは決まっています」

 そう言って、藤堂さんは私を見た。

 な、なんで私を見るんだ?

 そんなことより、

「ここで、伊東さんと私をはかりにかけないでください。気持ち悪いじゃないですか」

 私ははっきり言うと、伊東さんが嫌いだ。 

 ここで一緒に話題に出されただけでも嫌だ。

「藤堂、蒼良は分かっとらんようだぞ」

「そうみたいですね。前から何回も言っているのですが」

 二人は目を合わせてそう言っていた。

 わかってないって、何が?気になるじゃないかっ!


 とりあえず、私たちは分かれた。

 私は土方さんに報告をしに行き、お師匠様は夕方ぐらいに藤堂さんを迎えに行くことになった。

 藤堂さんは伊東さんと話をした後、お師匠様と合流することになった。

 その時に私も合流するつもりだ。


 屯所に帰り、土方さんに報告した。

「まだわからんと言う事だな」

 土方さんがそう言った。

 そうです、簡単に言うとそう言う事です。

「そうか、わかった。で、女装しているついでに頼んでいいか?」

 えっ、仕事か?

「これから近藤さんの妾宅に行く。そこに伊東が来ることになっている。伊東をそこで酔いつぶす」

「そして、斬るのですね」

「そうだ」

 ここは歴史通りだ。

「お前は斬らなくていい。伊東を酔いつぶせ」

 酔いつぶすのは得意中の得意だ。

「わかりました」

「お前は飲むなよ」

 えっ、そうなのか?

 飲まないと、酔いつぶせないじゃないかっ!


 土方さんに事情を説明し、お師匠様が待っている場所には山崎さんが行き、私が仕事を頼まれたので、遅くなるという伝言をしてくれるようになった。

 電話があればすぐにすむ話なんだけど、電話がないから仕方ない。

 そして、そのまま近藤さんの妾宅へ行った。

 そこは楓ちゃんの家だった。

「蒼良はん、久しぶり。今日は手伝いに来てくれておおきに」

 楓ちゃん、なんか女らしくなったぞ。

 そのことを話したら

「嫌やわ。蒼良はん、うまいんだから」

 と言って、バシンッ!と、強く背中を叩かれた。

 前言撤回していいかな?

 で、何をすればいいんだろう?

「何か手伝うことある?」

「実は、何もないんよ。だって、料理は運んできてくれるらしいし、お酒は酒屋さんが持ってきてくれるし」

 そうなんだ。

 と言う事は、私は伊東さんを酔いつぶすだけのためにいるというわけか。

 それもどうなんだろう?

 そうこうしているうちに料理が運び込まれ、お酒も到着した。

 一口味見をしようとしたら、ちょうど土方さんがやってきて怒られた。

 こんなタイミングよく現れることないじゃないかっ!


             *****


 これが伊東先生との最後の話になるのかもしれない。

 私は、蒼良の生きている未来へ行く。

 他の人は信じられないと思うだろうが、相手が蒼良だから信じることが出来る。

 ただ、このままの状態で行くことはできない。

 伊東先生に誤解されたままというのがいやだったのと、疑われても、伊東先生には死んでほしくない。

 私が屯所に戻ったら、伊東先生が出かけるところだった。

「近藤の所へ行ってくる」

 にこやかにそう言った。

「おい、平助。兄貴を止めてくれ。そんなところに行ったら殺されるぞっ!」

 鈴木さんが玄関に出てきてそう言った。

「そんな、大げさだなぁ」

「大げさなもんかっ! 坂本先生や中岡先生だって斬ったんだぞ。次は兄貴の番じゃないのか?」

「そんなに私は大物じゃないよ」

 あははと、伊東先生は笑った。

「何の用事で行くのですか?」

「なんだ、知らないのか? 平助なら知っていたと思ったが」

 表情はにこやかなのに、目は全然にこやかじゃなく冷たかった。

 ああ、やっぱり疑っているんだな。

「兄貴っ! 言い過ぎだろう。それはまだわかっていないんだ」

 鈴木さんはそう言うと、私と目があった。

 そして口を押えて、しまった、という顔をした。

 なんだ、私は疑われたうえに、知らないところで色々調べられていたんだ。

 重い沈黙が流れた。

「近藤から呼び出されたんだよ。新選組にいた時の恩賞金があるから渡したいというのと、私の政治的な意見を聞きたいらしい。もしかしたら新選組も思想を変えるかもしれないぞ」

 あの近藤さんが思想を変えるなんてありえない。

 あの人は武を重んじる人だ。

 仕える主君は一人だけ。

 それは幕臣になった時点で幕府に一生仕えるだろう。

「兄貴、せめて護衛をつけて行ったらどうだ?」

「護衛なんかつけて行ったら、相手にどう思われるか。それに失礼だろう。まさか、相手だって私を斬るまではしないだろう?」

 伊東先生は、鈴木さんの言う事を聞く気がないらしい。

「伊東先生。私が一緒に行きます」

 私が一緒に行けば、伊東先生は斬られずにすむかもしれない。

 その前に天野先生に会って、伊東先生がどうやって斬られるか聞いておけば、それを防げるかもしれない。

 私だったら、伊東先生を助けることが出来るかもしれない。 

 その思いで出た一言だった。

 伊東先生は一瞬、鈴木さんと目を合わせた。

「平助、気持ちは嬉しいが、兄貴は大丈夫だ」

「護衛は誰もいらない。だから、平助も護衛につかなくていい」

 ああ、やっぱり疑われているのだなぁと、改めて実感した。

「お願いです。護衛に私を連れて行ってください」

 伊東先生に死んでほしくない。

 私は玄関で土下座をして言った。

 再び重い空気が流れた。

 伊東先生と鈴木さんが顔を見合わせているのだろうけど、私は土下座をしているのでそれが見えない。 

「平助、顔をあげなさい」

 伊東先生の手が私の肩にかかった。

「伊東先生が私を連れて行くというまで、顔をあげませんっ!」

「平助っ!」

 伊東先生がこんなに声を荒げたことがあっただろうか?

 驚いて顔をあげた。

「平助のことを疑っているから護衛につけないわけじゃない。誰であっても護衛はいらないと言っているんだ。私が護衛をつけて行ったら、相手に失礼だろう。さぁ、立ちなさい」

 伊東先生は、護衛をつける気はないらしい。

 私は伊東先生に腕を引っ張られて、よろよろと立ち上がった。

「さっきは言い過ぎたと思っている。すまなかった。帰ってきたら、また話をしよう」

「伊東先生が無事に帰ってこれるかわからないじゃないですかっ!」

「平助、何か知っているのか?」

 鈴木さんが私の顔をのぞき込んでそう言った。

「新選組は、伊東先生を斬る気でいます」

 天野先生がそう言っていた。

 この先の未来に起こる出来事だ。

 伊東先生が未来に起こることを知ったら、斬られることはないかもしれない。

 しかし、伊東先生の目が鋭くなった。

 隣にいる鈴木さんも同じ目になった。

「なんで、新選組の情報を平助が知っているんだ?」

 伊東先生が私の顔をのぞき込んできた。

「もしかして、罠なのか? 新選組からそう言えって言われたのか?」

 鈴木さんは私の肩をつかんでゆすってきた。

 ますます疑われてしまった。

「ここまでじゃっ!」

 玄関の入り口から天野先生の声が聞こえてきた。

「お前たちが藤堂を疑ってどうする? 本当に藤堂が間者だと思っているのか?」

 そう言いながら、天野先生は私の肩にのっていた鈴木さんの手をはらった。

「仲間を疑っていると、すべてを疑うようになり、誰も信じられなくなるぞ」

 天野先生は私の前に立った。

 それはまるで私をかばってくれているように思えた。

 伊東先生と鈴木先生はお互い顔を見合わせていた。

「藤堂はわしがあずかる。ここに置いておいても藤堂の心が傷つくだけじゃ。わしと一緒に旅に出る。それでいいだろう? どうだ?」

 その場にいるみんなに聞いたのだろう。

「平助が京から出るというのなら、こちらも安心だ」

 伊東先生のその言葉が信じられなかった。

 そう思われていたのか。

「と言う事じゃ。わかっただろう。これ以上やっても無駄だ。行くぞ」

 天野先生はそう言うと玄関を出た。

 私は伊東先生と鈴木さんの方を向いた。

 もう、思い残すことはない。

「今までお世話になりました」

 そう言って二人に頭を下げた。

 心の中の重みがすとんと落ちたような感じがした。

 ここから出ることに、後悔はない。

 二人に背を向けた後、天野先生を追いかけた。

 さようなら、伊東先生。

 伊東先生は私の尊敬する人でした。

「愚かなやつじゃな。人がせっかくこれから起こることを教えたの言うのにそれを聞かんとはな」

 天野先生に追いつくと、天野先生はつぶやくようにそう言っていた。


             *****


 楓ちゃんの家で待っていると、近藤さんに連れられて伊東さんがやってきた。

「あれ? こちらの女性は、どこかで見たことあるぞ」

 伊東さんが私を見つけてそう言った。

 そうだった。

 この格好で藤堂さんに会いに行っていて、伊東さんにも会ったことがあったっ!

 すっかり忘れていた。

 土方さんは隣で、

「どういうことだ?」

 という顔をしてにらんでいる。

 ど、どうしよう?

「あのですね、この姿で伊東さんに会っていたのですよ」

 小さい声で土方さんに言ったら、

「なんだとっ! なんで言わなかった?」

 と、小さい声で怒られた。

 小さい声だから、怖さも半分みたいな……。

「すみません、忘れてました」

「お前なぁ」

 そう言う会話をしていたら、伊東さんが、

「ああっ!」 

 と、私を指さして言った。

「確か平助の……」

 そう言えば、鈴木さんも平助の女だとかって騒いでいたよなぁ。

 土方さんに一番知られたくない。

「なんだったかなぁ……。平助と一緒にいたという記憶はあるのだが」

 もしかして、忘れているとか?

「それなら、平助の所につけを払うように言ってきた芸妓だろう。そこにいる楓も元芸妓だからな」

 あ、そうなるのね。

「そうだよな? 今日は楓の手伝いで来たんだよな?」

 そう言って私をにらむ土方さん。

 有無を言わさずって感じだな。

「はい」

 私はうなずいた。

「なんだ、そう言う事か。平助も女遊びが派手だなぁ」

 伊東さんが楽しそうにそう言った。

 うっ、藤堂さん、ごめんなさい。

 ところで、藤堂さんと伊東さんの話はどうなったんだろう?

 まさかここで聞けないしなぁ。

「伊東君、さぁ、一杯」

 近藤さんがそう言って、伊東さんのお猪口にお酒を注いだ。

「これから色々話をするのに、飲んでしまっては話にならないかもしれない」

 伊東さんがお酒を断ってきた。

「こういう話は飲みながらするのがいいんだろう?」

 土方さんがそう言ったから、今度は私が伊東さんにお酒をついだ。

 お酒も飲めない人がよくそう言うことを言えるよなぁ。

 伊東さんは私のついだお酒は断らなかった。

 土方さんを見ると、どんどんいけっ!と、目で合図を送っている。

 私も飲みたいのですがっ!

 目で訴えたら怖い顔をした。

 やっぱり駄目なのね。

「君も芸妓なら飲めるんだろう?」

 お酒をあきらめていたら、伊東さんの方から徳利を傾けていた。

 これは、私がお酌をしてあげるから、飲みなさいってことだよね?

「ありがとうございます」

 やったねっ!

 私は喜んで自分でお猪口を出した。

 土方さんが、

「ばかやろう、飲むなっ!」

 と、口を動かしていたけど、知らんぷりしよう。

 ここは飲んだもん勝ちだもんねっ!

「ところで君は、誰かに似ている。誰だったかなぁ」

 伊東さんはお酒を飲みながらそう言った。

「ああ、そうだっ! 蒼良君だ」

 伊東さんのその言葉でお酒が変なところに入り、むせた。

「おお、そう言われると似ているなぁ」

 近藤さんまでそう言ってきた。

 って、近藤さんには私が来ることを知らないのか?

 知らないからこう言うんだよね。

 知っていて言ったら、相当性格が悪いぞ。

「な、なに言ってんだ。似てねぇよ」

 そう言いながら土方さんがお猪口を出してきた。

 俺にも酒をつげって言っているのだろう。

 土方さんはお酒が弱いから、飲んだらすぐ酔う。

 大丈夫なのか?

 土方さんに近づいてお酒をつぐと、

「ばかやろう。本当につぐやつがあるかっ!」

 と、小さい声で怒られた。

「だって、つげって出してきたじゃないですか」

「お前を伊東のそばから離すためだよ。まったく、ばれやがって」

 いや、まだばれていないぞ、似ていると言われただけだ。

「だからやないですか?」

 楓ちゃんが、近藤さんにお酒をつぎながらそう言った。

「藤堂はんが気に入っとる芸妓はんなんやろ? 藤堂はんは蒼良はんが好きなんちゃいますか?」

 か、楓ちゃん、突然何言っているんだ?

「ああ、なるほど。蒼良と結ばれることがないから、似ている芸妓を呼んでまぎらわしているのだな」

 近藤さんまでそう言うんだから。

「でも、蒼良は女だし、平助は男だ。一般の男女なんだから、結ばれることは可能だろう」

 伊東さんも一緒になってそう言った。

 えっ、そうなるのか?

 そこに私の意思はあるのか?

 思わず、土方さんを見て助けを求めてしまった。

「勝手なことを言いやがって」

 土方さんは小さい声でそうつぶやいていた。

 本当、その通りですよねっ!

「ちょっと待て。ここにこの芸妓がいると言う事は……」

 今度は伊東さんがブツブツ言いだした。

 いったい何なんだ?

「この芸妓は誰が呼んだのですか?」

 伊東さんが土方さんと近藤さんに私のことを聞いてきた。

 近藤さんはわからないらしく、土方さんの顔を見た。

 土方さんは、私の顔を見て返答に困っている。

 ど、どうする?

「うちの妹分どす。年は同い年なんやけど、芸妓になったのはうちの方が先やさかい。だからうちがいた置屋から呼んだんどす。何かあるのですか?」

 楓ちゃんが伊東さんにお酒をつぎながらそう言った。

 楓ちゃん、ナイスフォローッ!

「そう言う事か。平助の件に関係がある芸妓だと思ったんでね。変なことを聞いてすまなかった」

 伊東さんは私に謝ってきた。

 藤堂さんの件って、やっぱり藤堂さんは伊東さんから疑われているのらしい。

 だから、私が藤堂さんから聞いた情報を、新選組に流しているとでも思ったのだろう。

「平助の件とは?」

 今度は土方さんが伊東さんに聞いた。

「いや、こちらのことでたいしたことない。色々あって、平助はうちの隊を出た」

 えっ、御陵衛士を抜けたのか?

「平助が? いったい何があったんだ?」

 近藤さんが驚いてそう聞いた。

「知っているくせに」

 と、伊東さんの唇が動いていたのを見逃さなかった。

 他の人は気がつかなかったみたいだけど。

「こちらの事情でね。たいしたことじゃないのですよ」

 伊東さんは、さわやかに微笑んでそう言った。

「とにかく、今日は伊東さんも飲んでくださいよ」

 そう言いながら土方さんが伊東さんにお酒をすすめた。

 早く酔いつぶせと言う事なんだろう。

 わかりました。

 私は伊東さんのお猪口にお酒をそそいだ。

 ついでに私もそそいでもらって飲んだ。


 伊東さんは数時間後には酔いつぶれた。

「伊東さん、大丈夫かい?」

 土方さんは、酔いつぶれた伊東さんの肩を揺すった。

「いや~、今日はおおいに語ったね。満足だよ」

 酔って顔が赤くなり、壁にもたれかかっている伊東さん。

 でも、口調がレロレロにはなっていなかった。

「伊東君、高台寺の方には帰れるかい?」

 近藤さんが伊東さんの顔をうかがいながらそう言った。

「よし、かごを呼んでやるから、それに乗って帰るといい」

 土方さんが部屋の外で待機していた近藤さんの小姓に

「かごを呼んで来てくれ」

 と言った。

 ここまでスムーズにいったと言う事は、ここまで計画していたのだろう。

 しばらくすると、

「かごが着ました」

 という声が聞こえてきた。

「伊東はん、かごが着ましたえ。立てますか?」

 楓ちゃんが声をかけると、

「大丈夫、大丈夫」

 と言いながら伊東さんは立ち上がったけど、すぐによろけた。

「おっとあぶねぇ。転んだら怪我するぞ」

 土方さんがあわてて伊東さんを支えた。

「よし、わしも一緒に行こう」

 近藤さんも伊東さんを支えた。

 二人に抱えられるように外に出た伊東さん。

 外に出た時、北風がぴゅーっと吹いてきた。

 今日の夜はまた特別に寒いよなぁ。

 土方さんと近藤さんは、伊東さんをかごにのせようとした。

 しかし、伊東さんはかごの前で一人で立った。

「夜風にあたったら、少し酔いがさめた。このまま歩いて帰れば酔いもさめるだろう。だからかごはいいよ」

 伊東さんはそう言って歩き始めた。

「いや、せっかく呼んだんだから、乗っていけばいいだろう」

 土方さんがかごの前に立ってそう言ったけど、伊東さんはすでに歩きはじめていた。

「転んだら大変だから、念のためかごをつけて行くから、酔いが回ってきたら乗るといい」

 近藤さんがそう言って、かごをかついできた人たちに、

「あの人を頼む」

 と言うと、かごも伊東さんの後を追うように行ってしまった。

 私たちは、伊東さんの姿が見えなくなるまで見送った。

「伊東はん、途中で倒れんとええんやけど。かなりお酒がはいっとったもんなぁ」

 楓ちゃんが伊東さんを心配するように言った。

 楓ちゃんはこの後伊東さんが斬られることを知らないんだろう。

「勇はん、風邪ひくから中に入りまひょ」

 楓ちゃんは近藤さんにそう言ってから中に入った。

「近藤さんは、家の中で待っているといい。大将なんだから、手を汚すことはねぇよ。後は俺たちに任せてくれ」

「歳、いつも悪いな」

 近藤さんはそう言うと、楓ちゃんを追うようにして家の中に入った。

「で、お前はどうするんだ? 平助は御陵衛士を抜けたらしいが、まだ安心はできんのだろう?」

 そうなのだ。

 御陵衛士を抜けたから、油小路で殺されないって言う証拠はない。

 完全に救うには、藤堂さんを現代へ連れて行くことだ。

「お師匠様の所に行ってきます」

 伊東さんの接待をするという、急な仕事が入ったから、お師匠様も待ちくたびれているだろう。

「行って来い。昼間も言ったが、危険なことはするなよ」

「わかりました」

 そう言って、私は夜の町をかけた。


 お師匠様と待ち合わせをしている場所に行くと、藤堂さんもいた。

「遅いっ!」

 やっぱり待ちくたびれたらしい。

「山崎さんから伝言があったでしょう」

「確かにあった。しかし、こんなに待つとは思わなかったぞ」

 すみません。

「時間がない。藤堂、行くぞ」

「はい」

 私たちは、タイムマシンがあるお師匠様の長屋へ行った。

 

 お師匠様の長屋へ向かって走っていると、

「奸賊はらっ!」

 という伊東さんの声が聞こえてきた。

 ふと立ち止まる藤堂さん。

 なんで伊東さんの声が?

 周りを見回すと……。

 あ、油小路の近くじゃないかっ!

「お、お師匠様っ! 別な道はなかったのですかっ!」

「わしとしたことが、うっかりしとったわい」

 うっかりしていたのかっ!

 藤堂さんを見ると、長屋の陰から通りの方を見ている。

 私も藤堂さんと一緒に見ると、伊東さんが大石さんに槍で刺されていた。

「い、伊東先生っ!」

 藤堂さんはそうつぶやいて飛び出そうとしたので、私はあわてて藤堂さんの着物をつかんだ。

 ここで藤堂さんを行かせたら、私たちの努力がすべて無駄なことになってしまう。

 藤堂さんは振り返って私の顔を見た。

「だめですっ!」

 行ってはだめっ!

 私はさらに力を込めて藤堂さんの着物をつかんだ。

 だめっ!行ったら絶対にだめだっ!

 しばらく藤堂さんと見つめ合った。

 藤堂さんの着物をつかんでいる手は、力をこめすぎて白くなっていた。

「遺体はどうする?」

 そんな声が聞こえてきたので、再び藤堂さんと通りを見た。

 新選組の人たちが、伊東さんの遺体を囲んでいた。

「ここに置いておく。そのうちに御陵衛士の連中が遺体を取りに来るだろう。それを狙って斬る」

 誰がそう言ったかはわからないけど、そう言う声が聞こえた。

 再び藤堂さんの着物を強く握る。

「藤堂、お前が選べ。もう亡くなっているが伊東のことろへ行くか、わしらとともに行くか」

 えっ、選ばせるのか?

「蒼良、お前も着物をはなしてやれ」

 お師匠様のその言葉に、

「嫌ですっ!」

 と言っていた。

 藤堂さんが伊東さんを選んだら、死んじゃうじゃないかっ!

「蒼良、泣かないで」

 藤堂さんの声が聞こえてきた。

 泣いてなんかないやいっ!と思っているけど、視界が涙でかすんでいる。

 いつの間にか泣いていたらしい。

「藤堂、女を泣かすとは、罪作りな奴だな」

 お師匠様、それは少し違うと思いますが……。

「天野先生と蒼良の時代に行きます。昼間もそう言ったじゃないですか」

 藤堂さんはお師匠様にそう言っていた。

 本当に、来てくれるのか?

 藤堂さんを見上げると、私の涙を手ですくってくれた。

「蒼良がこんなに強く着物を握っているんだもん。伊東先生の所へは行けないよ」

 そ、そうだったか。

 手をはなすと、藤堂さんの着物がしわになっていた。

「す、すみませんっ!」

「いいよ。蒼良の気持ちがわかったから。それに、私が行っても、伊東先生は生き返らないからね。これがまだ亡くなる前だったら飛び出していたかもしれない」

 そうなのだ。

 私たちが見た時は、もう槍で刺されて絶命していた。

「そうと決まったなら、早く行くぞ」

 お師匠様のその言葉で、再び走り始めた。


 お師匠様の長屋に着いた。

「蒼良、行ってくるからな。すぐ帰ってくるから待ってろ」

 お師匠様がそう言って長屋の中へ入って行った。

「蒼良、先に行って待っているから」

 藤堂さんが私の方を見てそう言った。

「仕事が終わったら帰りますから、待っていてください」

 私がそう言うと、藤堂さんは笑顔で私を見た後、長屋へ入って行った。

 二人とも行っちゃった。

 無事に現代に着いたかなぁ?

 そんなことを考えながら待っていると、お師匠様たちが入って行った長屋の戸が開いた。

「よっ!」

 そこからなんと、お師匠様が出てきたのだ。

 あ、あんたはっ!

「お師匠様っ! ふざけてないで早く藤堂さんを現代へ連れて行ってくださいよっ!」

 ふざけている暇なんかないだろうっ!

 思わずお師匠様の胸ぐらをつかんでゆすっていた。

「お、落着け、蒼良っ!」

 これが落ち着いていられるかっ!

「こんな時にふざけるなんてっ!」

「よく聞け、蒼良っ! 藤堂はちゃんと現代に行ったっ!」

 えっ、そうなのか?

「だって、さっき一緒に長屋に入ったばかりじゃないですかっ!」

 本当に、ついさっきのことなんだぞ。

「いいか、タイムマシンは、時間を操る機械なんだぞ」

 それはよくわかっている。

「わしは前にも説明したと思うが、タイムマシンで現代へ行く。で、ここに戻ってくるときに蒼良と別れた時間に戻るように設定すると、実際は時間がかかっているのに、別れた時間に戻るからお前から見ると、すぐ戻って来たように感じるんじゃ」

 そう言えば、そんな話を前にも聞いたような気がする。

「実際は、藤堂を現代へ置いてきてから、少し話をしたりスマホを充電したりしてから来たから、結構時間がかかっているんじゃ」

 スマホを充電って、なにするつもりなんだ?

 この時代じゃ使えないだろう。

「だから、向こうで待っている藤堂も、わしらが戻るときは藤堂が現代に来た時、というか、わしらがここに来た時なんじゃがな。その時に戻るから、藤堂もそんなに待たんですむと言う事じゃ」

 なんだかよくわからないけど、そうなのか?

 藤堂さんも、私が少ししか待たなかったのと同じぐらいな感じなのかな?

 だったらいいけど。

 それより、一つ気になることがあった。

「お師匠様、歴史でも伊東さんと藤堂さんはあんな感じになったのでしょうか?」

 伊東さんが藤堂さんを間者だと疑っていると聞いて驚いた。

 だってそんな話、歴史でも聞いたことがなかったから。

「いや、歴史では二人とも仲が良かったぞ」

 やっぱりそうだよね。

「それじゃあなんで今回はあんなふうになっちゃったのですか?」

 ここだけは歴史通りじゃなかったのだ。

「わしらが歴史をちょこちょこ変えとったから、自然と変わったのかもしれないぞ」

 そ、そんなことがあるのか?

「今回はいい方に変わったが、これが悪い方に変わる時もある。だから注意せんとな」

 本当にその通りだ。

 私たちが変えようと思わなくても変わる歴史もあるんだなぁと、今回実感した。

「お前、そろそろ新選組に戻った方がええんじゃないか?」

 あっ、そうだった、すっかり忘れていたわ。

「私、行きますっ!」

「わしも、しばらくはここにいるから、何かあったらここに来い」

「わかりました」

 私はお師匠様と別れた。


 みんなどこにいるのだろう?

 油小路にいるんだろう。

 私も急いで油小路へ行った。

 もうすぐ油小路と言うときに、誰かに手を引っ張られて止められた。

 誰だ?

 振り向くと、土方さんがいた。

「お前、その格好で行く気か?」

 あ、女装していた。

「女装でしたね。すっかり忘れてました」

「いや、それもそうだが、それ以外のことにも気がつけよ。そんな乱れた格好で行くのか?」

 えっ?と思い、自分の格好を見て見ると、走ったりしたせいか、帯は斜めになっていて、着物は真ん中からぱっかりとあいていて、ひざから下は丸見えだった。

「すごい格好ですね……」

「お前、今頃気がついたのか?」

 そう言いながら私をぐるっと回し、土方さんに背中を向けるような形になった私。

 土方さんは帯をなおしてくれた。

 そして再び回し、今度は前をなおしてくれた。

「これでよしっ!」

 土方さんがそう言ったので、

「では行ってきますっ!」

 と言って油小路に飛び出そうとしたら、土方さんに止められた。

「だから、今のお前は女だろうっ!」

 いつも女ですよっ!何言っているんだ、まったく……。

 そう思いつつ、改めて自分の格好を見た。

 そうだ、女装中だったのだ。

「それに、お前は見ないほうがいい。あまりいいものではないからな」

 そう言われるとそうなんだけど。

 でも、油小路がどうなるのか気になる。

「どうしてもって言うなら、ここで見てろ。ここからでも充分見える」

 土方さんにそう言われたので、油小路の方を見て見ると、伊東さんに死体の他に三体が血だらけになって倒れていた。

 歴史では藤堂さんを入れて三体だ。

 しかし、藤堂さんがいないのに三体も倒れている。

 もしかして、藤堂さんは現代に行っていなかったとか……。

 そんなことを思っていると、土方さんが油小路の方へ行ってしまった。

 土方さんは三体の死体を転がして顔を確認した。

「どうしますか?」

 隊士の誰かが土方さんに聞いた。

「そのままにして置けっ!」

 一言そう言って土方さんは油小路を後にして私の方へ来た。 

「平助は、お前がどこかへ連れて行ったのか?」

 えっ?

「あそこに平助はいなかった」

 死体は三体あるけど、藤堂さんじゃなかったんだ。

「いなかったのですね」

「ああ、いなかった」

 そう言った土方さんが嬉しそうだった。

「藤堂さんは、お師匠様が私たちの時代へ連れて行きました」

 私がそう言うと、土方さんがホッとしたとうな顔をした。

「それが一番いいかもな。よし、俺たちも帰るぞ。こんな寒いところにいたら風邪をひく。伊東さんの死体も凍っていたからな」

 そ、そうなのか?

 そう言われると寒いよなぁ。

 必死になっていたので、今気がついた。

 私たちも帰ろう。

 でも、伊東さんの死体、本当にあのままでいいのかなぁ?

「土方さん、伊東さんの死体、本当にあのままでいいのですか?」

 土方さんは、チラッと油小路の方を見ると、

「他の奴がちゃんと処理するだろう」

 そう言って、背中を向けた。

 そ、そうなのか?


 私たちはその後すぐ屯所に帰った。

 伊東さんの死体などは数日放置されていたけど、しばらくするとちゃんと埋葬された。

 最初は光縁寺と言うお寺に埋葬されていたらしいのだけど、その後、御陵衛士拝命のきっかけを作った泉涌寺塔頭戒光寺に埋葬された。

 現代でもそのお墓はある。

 油小路の変で逃げ切った人たちは、薩摩藩に保護された。

 新選組には会津藩から報償金が出された。

 そして、油小路の変は幕を閉じた。

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