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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年11月
377/506

近江屋事件の後

 近江屋事件があって、夜が明けた。

 坂本龍馬と中岡慎太郎を逃がすことに成功し、新選組に二人を殺した疑いが向けられることはないと思っていた。

「ったく、朝から冗談じゃねぇ。おい、左之を呼んでこい」

 土方さんが不機嫌そうにそう言った。

「何かあったのですか?」

 この時期に原田さんを呼んで来いとは。

「近江屋って知っているか?」

 近江屋って、あの近江屋だよね。

 コクコクとうなずいた。

「昨夜、あそこ泊まっていた坂本龍馬と中岡慎太郎が殺されたらしい」

 うん、そう言うことになっている。

 そういうふうに細工したから、細工は成功と言う事だな。

「そこに、左之の刀のさやが落ちていたらしい」

 鞘とは、刀の刃の部分をしまうときに使うものだ。

 あれ?なんでだ?

「なんで原田さんの鞘が落ちていたのですか?」

 昨夜は原田さんはいなかった。

 これじゃあ歴史通りじゃないか。

「それが知りてぇから、左之を呼んで来いと言っているんだろう」

 そうなのか?

 昨夜、細工が終わった後に周りを見回したけど……。

「鞘なんて落ちていなかったと思ったのですが。おかしいなぁ」

 うん、後で鞘が落ちていて疑われたと歴史でなっていたから、特に鞘が落ちていないかは見た。

「お前、近江屋に行ったのか?」

「ええ。昨日、お師匠様と行きました……。あっ!」

 言った後にあわてて口を押えたけど、遅かった。

「なんでそんなところに行ったんだ?」

 そうなるよね、そう思うよね。

「さ、さぁ。なんででしょうかね。寝ぼけていたのでしょうか?」

「おい、ふざけるな」

 はい、すみません。

「そこら辺の話をお前からよーく聞いたほうがいいな?」

 土方さんはそう言って私をにらんできた。

 うっ、怖い。

「さて、話してもらおうか」

 はい。

 土方さんが怖かったので、全部話した。

 怒られるのはわかっていた。

 勝手なことをやりやがってと怒るんだろうなぁと思っていた。

 しかし、

「危険なことをやりやがってっ!」

 と、怒られた。

 そっちで怒られるのか?

「一歩間違えてたら、お前の命が危なかっただろうがっ!」

「はい、すみませんでした」

 予想外の怒られ方をされたので、あれ?と思いながらも謝った。

「刺客は左之じゃねぇのはわかっている。で、お前は犯人を見たんだな?」

 見た。

 だって刀を合わせたもん。

「で、刺客は誰だ? 今すぐ検索に入ってそいつを捕縛して土佐藩に投げ入れてやるっ! で、誰だ?」

 ……誰だったんだろう?

 歴史では京都見廻組の犯行になっているけど、それも明らかになっていない。

 ここで下手なことを言うと、関係ない人が巻き込まれる可能性もある。

「あのですね……。私の知らない人でした」

 これじゃあだめだよね。

「知らない人間か。たくさんいるよなぁ」

 土方さんもそうつぶやいた後、考え込んでしまった。

「すみません。お役に立てなくて」

「いや、お前の命があればそれでいい。知らない人間なら、新選組じゃねぇな。じゃあ無視して勝手に言わせておくか」

 いや、それだけはやめたほうがいい。

「土方さん、後々のためにここはきちんと否定をしてください」

 土方さんは私が未来から来たことを知っている。

 土方さんは信じてくれたのに、なんで昨日の坂本龍馬と中岡慎太郎は信じなかったんだ?

「後々の為と言う事は、何かあるのだな?」

 そうなのだ。

 土佐藩の怒りをかい、近藤さんが捕縛された時、薩摩藩は斬首に待ったをかけたのだけど、土佐藩はこの恨みのために近藤さんを斬首してしまう。

 私たちも、近藤さんが捕縛されないように色々やってみるけど、万が一と言う事もある。

 だから、出来る時に出来ることをやっておきたい。

 私は土方さんの問いにうなずいた。

「わかった。左之と一緒に俺たちじゃねぇことをきちんと話してくる」

 土方さんはそう言ってくれた。


             *****


「坂本先生と中岡先生が襲われた?」

 伊東先生から朝一番にその事件の話を聞いた。

「宿を移るようにとあれほど言ったのに」

 伊東先生は悔しそうにそう言った。

 そうなのだ。

 この事件の数日前に、伊東先生と一緒に近江屋へ行ったのだ。

「お二人とも、ここは新選組も狙っていて危険です」

 伊東先生はお二人の部屋に入るなりそう言った。

 坂本先生は風邪をひいていて、たまに鼻をすすっていた。

 それにしても、伊東先生はおかしなことを言う。

 新選組も昔は捕縛しようとしていたかもしれない。

 けど大政奉還がなされた今は、幕府からも様子見でと言われていると思う。

 それのそのはず。

 幕府の大政奉還はここにいる坂本先生が考えたものだから。

 この二人が殺されて困るのは幕府派だろう。

 なのに、この前から新選組がお二人を狙っているという。

「大丈夫だ。近くに土佐藩邸もあるし、陸援隊もいる」

 中岡先生はそう言って丁寧に断ってきた。

「しかし、それはあてになるのですか?」

 伊東先生はそれでも心配みたいで、そう言った。

「元新選組よりあてになる」

 ぼそっと鼻声で坂本先生がそう言った。

 そしてチラッと私の方を見て視線をそらせた。

 やっぱり私か。

「そ、そこまで言わなくてもっ!」

 伊東さんもはらをたてたようで、声を荒くしてそう言った。

「すまん。龍馬は風邪で体調が悪い。だから今日の所は帰ってくれないか?」

 中岡先生に言われ、私たちは近江屋を後にした。

「元新選組であって、今は御陵衛士なのに。考え方だって全く違う別組織になっているのに、いまだに新選組と同じとみられるのだな」

 帰り道に伊東さんがそう言った。

「私のことだと思いますが」

 伊東先生のことではなく、私の方を見て言ったから、坂本先生は私のことを言ったのだろう。

「いや、平助も私も一緒だろう。そう落ち込むな」

 伊東先生はそう言いながら私の背中を軽くたたいた。

 それが、つい数日前の話だ。

「坂本先生は絶命してしまったが、中岡先生は助けられて、今、養生をしている。早速行ってみよう」

 伊東先生に言われ、私は一瞬どうしよう?と思った。

 私が行って、中岡先生は受け入れてくれるだろうか?

 元新選組の奴が来たって思われるだけじゃないか?

「平助、行くよ」

 伊東先生はそう言って出かける準備を始めたので、私も出かける準備をした。


 中岡先生は思っていたより顔色がよかった。

 私たちがお見舞いに行ったときは寝ていたので、顔を見た後、隣の部屋へ移動した。

 そこには土佐藩士と、陸援隊の人たちが数人いた。

「斬った人間はわかっているのですか?」

 伊東先生はみんなに向かってそう言った。

「新選組じゃないかと。そう噂が流れている」

 新選組が?私はそう思えなかった。

 みんな、新選組が犯人だという。

 そんなみんなと意見の違う私との違いはなんだ?

「この鞘が落ちていました」

 鞘が出された。

「刺客が落して言ったものと思われます」

 陸援隊の一人が言った。

「刺客は、こなくそっ! と話していたそうだ」

 土佐藩士の人が言った。

 こなくそ?

 伊東先生と首をかしげていると、

「ああ、伊予弁でしょう。悔しいときに出る言葉です」

 と、さっきの土佐藩士の人が説明してくれた。

「江戸で言うこんちくしょうっ! みたいな感じかな?」

 伊東先生が言うと、

「だいたいそう言う意味です」

 と言われた。

「伊予で新選組と言ったら、原田君かな?」

 左之さんが?

「それはないですっ!」

 私は立ち上がって否定した。

 そもそも、新選組がやったと言うのだって違和感がある。

 でも、そこは黙って聞いていた。

 しかし、ここに来て刺客は私の友人でもある左之さんになってしまうのは我慢できなかった。

「左之さんは、そんなことしません」

 こんな、刀の鞘を落とすようなへまはしない。

「平助、ちょっと」

 私が興奮していたせいか、伊東先生が私を連れて部屋を出た。

「平助、ちょっと落ち着いて」

 部屋から出ると伊東先生にそう言われた。

「平助は原田君と仲が良かったから、原田君が刺客だと思われるのがいやなんだろう」

 伊東先生に言われ、私はうなずいた。

「しかし、いくら違うと言ってもどうにもならないことだってあるんだよ」

 これが、どうにもならないことなのか?

「伊東先生は、新選組が今回の刺客だと本気で思っているのですか?」

 坂本先生たちが襲われる前から、

「新選組が狙っている」

 みたいなことを言っていた。

 ここに来たら、みんながそう思っているようだ。

 私が、おかしいのか?

「みんながそう言っているのだからそうなのだろう」

 いや、違う。

「伊東先生らしくないです。新選組が坂本先生たちを襲うわけないことは一番よく分かっているでしょう」

 伊東先生だって、本当はわかっているはずだ。

 伊東先生ははあっとため息をついた。

「平助はわかっていたんだね」

「伊東先生も分かっていたのですね」

「平助の言う通り、新選組は今回の刺客じゃない。襲う理由がない」

 それならなんで……。

「なんで、左之さんを刺客に仕立ててまで新選組の仕業にしたいのですか?」

「平助。私たちは元新選組と言う事で、色々苦労をしてきた。それはわかるだろう?」

 わかっている。

 違う組織で、違う思想なのに、色々な人に新選組と同じだろうという目で見られてきた。

 勤王派で攘夷をしたいのに、幕府派だとみられていたのだ。

 だから、勤王派の中で生きていくのは大変だった。

 それでも、やっとここまで来たのだ。

「私は何回も、新選組がなくなればいいと思っていた。新選組が自分の物にならないとわかってから何回も、何回も。今回これは新選組をなくす好機じゃないか?」

 伊東先生はいっきにそう言った。

 私は……。

「私は、新選組がなくなればなんて思ったことはありません。近藤さんが局長なのはどうなのかな? とは思ったことはあります。伊東先生。先生のやっていることは間違っています」

 新選組は今回の刺客じゃないのに、刺客に仕立て上げるのは、間違っている。

「平助には私の思いはわからないだろう。私が新選組のせいでどれだけののしられてきたかっ!」

「それは私も同じです。でも、嘘をついてまで、こんな汚い手を使って新選組をなくすのは反対です」

 私がそう言うと、伊東先生はニヤッと笑った。

「平助。私は嘘をついていない」

 えっ?

「向こうが新選組じゃないか? と言ってきたんだ。『こなくそ』という伊予弁を使っていたと言ってきたんだ。だから、新選組で伊予出身だったら原田君かな? 

と言った。これのどこが嘘なんだい?」

 伊東先生は全部本当のことを言っていた。

「これでわかっただろう? 部屋に戻ろう」

 伊東先生に肩を軽くたたかれ、部屋に戻った。

 部屋の中は、新選組がやったという説で盛り上がっていた。

 それを悔しい思いで見ていた。

 伊東先生はそれに勢いを出すように同調していた。

 伊東先生は変わってしまった。

 江戸にいた時はこんなことをする人じゃなかった。

 新選組に入った当初だって、そうだった。

 いつも正しかった。

 どこで、伊東先生は間違ってしまったのだろう。


           *****


「一応、土佐藩やその周辺の組織には、俺たちじゃねぇって説明したきたが、どこまで信じるかな」

 土方さんが原田さんを連れて帰ってきた後そう言った。

「なんで俺がやるんだ? 俺が知りたい」

 原田さんはそう言いながらも笑顔で自分の鞘を出してきた。

「俺の鞘はずうっとここにあるのにな。もしかしてこいつが勝手に歩いて行ったのか? あ、それならここにないよな」

 その言い方がおかしくて、原田さんと一緒になって笑ってしまった。

「で、お前。本当は刺客の正体を知っているのだろう?」

 土方さんがそう言うと、原田さんも私を見た。

 原田さんも私が未来から来たことを知っている。

 私が嘘ついていたこともなぜかばれてるし。

 言うしかないかな。

「京都見廻組の佐々木さんだと言われています」

「あいつかっ!」

 二人とも佐々木さんを知っていたみたいで、声をそろえてそう言った。

「ただ、私の時代でも誰が斬ったのかわかっていないのです。色々な説があるのですよ。今回の新選組がやった説や、京都見廻組説。他にも、紀州藩や薩摩藩がやったんじゃないかとか、もしかしたら一緒にいた中岡慎太郎じゃないかとか。後、御陵衛士の伊東さん説もあります」

 私がそう言うと、二人は黙り込んでしまった。

「もうむちゃくちゃだな」

 土方さんがボソッとそう言った。

 私も自分で話していてそう思う。

 ただ言えるのは、一番有力なのが京都見廻組という説だ。

 でも、これも確実なものじゃないから、手が出せない。

「みんな捕縛して吐かせるか? 土方さん得意だろう?」

 原田さんが土方さんを見てそう言った。

 そう言えば、池田屋事件の時も古高俊太郎を捕縛して吐かせたよな?

「冗談じゃねぇよ。こんなにいっぱい捕まえて吐かせられるかっ!」

「土方さんならできるかも」

 原田さんと声をそろえて言ってしまった。

「お前ら……。それならまずお前らから捕縛して吐かせるか?」

 えっ、なんでだ?

「こいつは近江屋にいたらしいし、左之も疑われている。これで捕縛して吐かせる材料はそろっているぞ」

 ええっ!

「土方さん、冗談はよしてくれよ」

 原田さんがそう言うと、土方さんは笑顔になった。

「できるもんなら、左之の言った通り疑わしい者は全員捕縛して吐かせたいが無理だろう。今は、俺たちじゃねぇって言うのが精いっぱいだ」

 土方さんの言う通りだ。

 あれだけ頑張って近江屋事件を回避させたのに、結局同じことになっている。

 歴史を変えることの難しさを改めて感じたのだった。

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