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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年11月
375/506

御陵衛士それぞれの思い

 中岡慎太郎という男にあった。

 伊東さんは彼に注意をしていた。

 この中岡慎太郎と言う男は土佐の人間で、今回の大政奉還の案を考えたと言われている坂本龍馬の友人らしい。

 伊東さんが言うには、彼は命を狙われているらしい。

 それなのに、京の町をフラフラしているから見ていられないと言う事だ。

「私は、もともと新選組にいた。だから言わせてもらうが、新選組は中岡先生を狙っています。だから、行動を慎んでもらいたい。なんなら私たちが護衛につくがどうだろうか?」

 伊東さんは中岡慎太郎にそう言った。

 新選組が中岡慎太郎を狙っているなんて、初めて聞いた用か気がする。

 確かに、中岡慎太郎は長州に潜伏していた時期があり、新選組も長州の人間を狙って捕縛していた時期はある。

 ただ、中岡慎太郎個人を狙っていたかと言えば、そうとも言えない。

 命を狙うと言う事もないだろう。

 最初の方はよく斬っていたが、途中から長州の人間を切らないで捕縛するようになり、奉行所に引き渡していた。

 伊東さんの言う事は間違ってはいないだろうが、ちょっと大げさではないか?

「護衛なんていらん。心配するな」

 中岡慎太郎はハハハと豪快に笑ってそう言った。

「それにそちらから護衛をつけると言うが、誰をつけるつもりだ? そちらの人間か?」

 中岡慎太郎は俺の方を見て言った。

 伊東さんは俺を護衛に着けるつもりか?

 伊東さんの顔を見ると、伊東さんは笑顔になった。

「中岡先生はお目が高い。この男は斎藤一と言って、新選組の中でも刀を握らせたら負けるものがいないと言われている男です」

「なんだ、また新選組か。俺は新選組は好かないと言う事をまだ知らないのか?」

 中岡慎太郎はあきれた顔で伊東さんにそう言った。

「私たちは新選組にいましたが、今は考え方も全く違う御陵衛士になっています。元新選組隊士がほとんどですが、考え方も行動も、新選組隊士とは全く違います」

「それはわかっているさ。でも、こう新選組の名前を出されると嫌気がさす」

「す、すみません」

 伊東さんはそう言って頭を下げた。

「護衛はいらんよ。そんなものつけたらうっとうしくて動けん。それに俺には陸援隊もいるから、心配無用だ」

「わかりました」

 伊東さんが頭を下げた。

 俺も頭を下げてその場を後にした。


「新選組ともともと考えが違っていたのに、新選組にいたというだけでこういう扱いされる。もう慣れたけど、悔しいなぁ」

 伊東さんが困った顔で頭をかきながらそう言った。

「伊東さんは、もともと考えが違うのになんで新選組に?」

 理由はなんとなくわかっていた。

「平助に誘われた。近藤の代わりに私が局長になればいいって言われたっけな。私が局長になれば、新選組という戦力を連れて薩摩の援護が出来たんだけどな。御陵衛士になっても戦力どころじゃないね。新選組と同じと見られている」

 悔しそうに伊東さんはそう言った。

 御陵衛士と言う別な組織を作って新選組を円満に脱隊したが、それ故に新選組と同じ組織とみられることもある。

 そこまで見られることはなかったとしても、元新選組と言うだけで恨みをぶつけられることもある。

「新選組が無くなればと思ったことはありますか?」

 思い切って聞いてみた。

「斎藤君も過激なことを聞いてくるね」

 笑顔でかわされた。

 まただめだったか。

 俺は伊東さんの口から、

「新選組をなきものにしたい」

 とか、

「新選組の局長、近藤をけす」

 という言葉を聞きたい。

 その言葉を聞いたら、すぐにでも不動堂にある新選組の屯所に戻る。

 そう思った時にあいつの顔が思い浮かんだ。

 できれば早く帰りたい。

 大政奉還もなされ、今後の新選組が心配だ。

「そりゃ、何回もあるさ」

 伊東さんが笑顔でそう言った。

 これは?

「新選組は局長の近藤さえ消せばなんとかなりそうだな」

 何事もないような感じで伊東さんは言ったが、俺の心は、やっと言わせたぞ、と言う思いでいっぱいになっていた。

 こういう時にこそ、冷静にならねば。

「新選組にはそれなりに剣豪もいますからね」

「斎藤君、そうは言うけど、新選組で一番の剣豪の沖田総司は労咳で寝込んでいるらしいし、斎藤君と平助はこちらにいるし楽勝でしょう」

 ニッコリと笑って伊東さんは言った。

「そうですね」

 心の中身が顔に出ないように俺はそう相づちをうった。


             *****


「伊東先生、倒幕の延期の沙汰が出されたようです」

 今日、薩摩藩の方から情報が入ってきた。

 大政奉還の前に、倒幕の密勅が出ていた。

 その中身は徳川慶喜と会津藩、桑名藩の両藩の討伐命令も天皇から出されていた。

 しかし、その密勅の存在を慶喜公が知ったのだろう。

 自分から大政奉還をしてしまった。

 倒幕をしなくても幕府が無くなってしまったのだ。

 そうなると、倒幕の密勅が存在する意味がなくなってしまう。

 それで朝廷は密勅の延期の沙汰を出したのだろう。

 とりあえず延期をして様子見ようと言う事なのか?

「そうみたいだね。まさか、慶喜が大政奉還をするとは思わなかったからなぁ」

 伊東先生はまいったなぁという感じでそう言った。

「そう言えば、会津藩は大政奉還に反対みたいだよ。慶喜が守護職を引退するように言ったらしいけど、会津藩は拒否したみたいだよ」

 伊東さんがそう言ってきた。

「それはそうでしょう。今、幕府が無くなって一番困るのは、きっと会津藩や桑名藩ですよ」

 会津藩や桑名藩は、幕府でも重要な地位についていたし、一時期は政治の中心にいた。

「そうだろうね。新選組はどうなんだろう?」

 新選組は……どうなるんだろう?

 左之さんや永倉さんは?そして、蒼良そらは?

 近藤さんだって幕臣になったと聞いたから、どうなるんだろう?

 一時は恨んでいた時期もあったけど、お世話になったのは変わりないから、心配になってしまう。

「平助は心配なんだろう? この中で一番長く新選組にいたからね」

 色々思っていると、伊東さんにそう言われてしまった。

「べ、別に心配じゃないです」

「嘘をつくことはないよ。それは悪いことじゃないからね」

 伊東さんは笑顔でそう言ってくれた。

「ま、私としては、このまま新選組も無くなってくれると、活動がしやすいんだけどね」

 それはそうだろう。

 討幕派の人たちと付き合いたいけど、新選組にいたという過去が邪魔をするときがある。

 最近、やっと中岡先生や坂本先生と付き合う機会はできたけど、私は新選組にいたと言う事で嫌われているようだ。

 みんな新選組にいたのだけど、私だけは違うらしい。

 一番の理由は、池田屋で中岡先生や坂本先生の同郷である土佐藩士を斬ったという理由だろう。

 あの時は誰が誰を斬ったかなんてわからない。

 真っ暗な中での戦いだったからだ。

 新選組が無くなったとしても、私は嫌われ者のままなんだろうなぁと思った。

「そう言えば……」

 伊東さんの顔から笑顔が消えた。

「どうしたのですか?」

「斎藤君を見かけなかったか?」

 ああ、そう言えば昨日から姿を見ていない。

「探しましょうか?」

「いや、いい。きっと馴染みの芸妓といい時間を過ごしているのだろう」

 伊東先生の言う通りかもしれない。

 篠原さんがまた言うんだろうなぁ。

「斎藤君は、本当に好きなんだからなぁ」

 って、豪快に笑って。

 何が好きなんだかわからないんだけど。

 そう思ったら、自然と笑顔になっていた。

 斎藤君はあまり好きではないけど、新選組からずうっと一緒だったせいか、嫌いにはなれない自分がいる。

 斎藤君も、芸妓遊びはそこそこにして早く帰ってくればいいのに。


          *****


 島原で横になっていた。

 どれぐらいの時間こうしているのだろう。

 伊東さんから近藤さんを消したいというような言葉を聞いてから日にちはそんなにたっていない。

 早く屯所に帰りたい。

 ただ、このまま逃げるように御陵衛士から去ったら、俺が間者だったと言う事がばれてしまう。

 今までの給金としていただいてもいいだろう。

 御陵衛士の金がしまってあるところからいくらか失敬した。

 その金で島原に来ている。

 金を全部使い切ってしまおう。

 そう思い、いつからか島原に来て酒を飲み続けている。

 そろそろ勘定してもらうかな。

 番頭を呼んで勘定をしてもらった。

「つけですか?」

 番頭がそう言うぐらい俺は飲んでいたらしい。

「いや、今払う」

 御陵衛士からいただいた金を、まとめてぽいっと番頭に投げた。

「釣りはいらん」

 俺はそう言って島原を後にした。


 外に出たら夜だった。

 ちょうどいい。

 昼間帰るより、夜の方がいい。

 他の隊士に見られることがないからだ。

 俺はやましいことをしたとは思っていない。

 間者だって立派な仕事だ。

 ただ、何も知らない隊士にグタグタと言われるのは嫌だ。

 屯所の門をくぐり、玄関を開けた。

「あ、斎藤さん」

 ちょうどあいつが立っていた。

 まさか、最初にこいつに会うとは思っていなかったから、声が出なかった。

 グタグタ言われることはないが、質問攻めにあいそうだ。

 しかし、そんな俺の考えを裏切った。

「お帰りなさい。お疲れさまでした」

 そう言って笑顔で出迎えてくれた。

 さっきも思ったが、俺は悪いことをしているとは思っていない。

 ただ、こいつにだけは、悪く思われたくなかった。

「斎藤さん、大丈夫ですか?」

 心配して俺に近づいてくる。

「お前は、俺を見て何も思わないのか?」

 それが一番知りたかった。

「お仕事大変だっただろうなぁって思いましたが」

「俺は、御陵衛士から金も盗んできたぞ」

 それでも、何も思わないのか?

「お給金だと思っておけばいいじゃないですか」

 笑顔でそう言ってきた。

「俺を悪く思わないのか?」

「なんで悪く思う必要があるのですか? ちゃんと仕事してきたじゃないですか」

 こいつは俺の仕事を知っていたのか?

 いや、それはないだろう。

 妙に勘がいいところがあるから、それなんだろう。

 こいつさえ、悪く思っていなければそれでいい。

 玄関からあがり、こいつに近づいた。

 目の前にこいつがいるのが嬉しかったから、抱きしめてしまった。

 俺は、酔っていないよな、夢じゃないよな?

「さ、斎藤さん? どうしたのですか?」

 俺の胸の中で戸惑っているあいつがいる。

「ありがとう」

 俺を信じてくれて、ありがとう。

 俺がそう言うと、胸の中でもぞもぞしていたのが止まった。

 俺はそのまま抱きしめていた。


            *****


「斎藤君が金を持って出て行っただと?」

 伊東先生がそう言って驚いた。

 御陵衛士で勘定を管理している人間がそう報告してきたのだ。

 そう言えば、斎藤君もまだ帰ってきていない。

「なんのために……」

 なんのためにそんなことをしたんだ?

「斎藤君のことだから、馴染みの芸妓がいて、それを身請けするのに金がないからここから持って行ったんだろう? そこまでしたら、ここには戻ってこないな」

 篠原さんがそう言った。

 斎藤君に馴染みの芸妓と言う言葉がつながらなかった。

「仕方ないな。うちは新選組のように脱隊したら切腹とかって言う事はないからね。もう、そのままでいいかな」

 伊東先生はあきらめたようにそう言った。

 斎藤君は、もしかして間者とかって事はないよね?

 そう言えばこの前、天野先生が

「こいつは間者で……」

 なんてことを言っていたよね。

 まさか、斎藤君が間者とは、考えられない。

 だって、新選組にいた時だって、最初の方から伊東先生の勉強会に出ていた。

 本当に伊東先生の考え方にひかれてここに来たんだろう。

 私はそう信じている。

 いや、そう信じたい。


            *****


 たまたま屯所の玄関付近を歩いていたら、玄関の戸が開く音がした。

 誰だろう?そう思って見て見たら、斎藤さんだった。

 出迎えたら、抱きしめられたのには驚いた。

 それから、土方さんに報告に行った。

「伊東は、近藤さんの暗殺を考えています」

 斎藤さんは普通の顔でそう言った。

 やっぱり考えていたのか。

 歴史通りに進んでいるじゃないか。

「それは本当か?」

 土方さんは斎藤さんをにらむように見て言った。

「近藤さんが消えたらいいのにと言っていました。普段から新選組を邪魔に感じていたのは、明らかです」

 消えたらいいのにと、暗殺を考えるのとではちょっと違うと思うのだけど。

「伊東をいつまでもこのままにしておくわけにはいかねぇとは思っていた」

 そ、そうだったのか?

「近藤さんには、伊東さんが暗殺をくわだてていると言おう。そうすれば伊東を斬ることが出来るだろう」

 こ、これは、油小路が近いんじゃないか?

 いや、油小路の前に大事な事件があったぞっ!

「斎藤、御陵衛士から帰ってきて何もおとがめなしで隊務に復帰したら、他の隊士からも文句が出るだろう」

「でも、斎藤さんは、御陵衛士で新選組の仕事をしていたのですよ」

 それなのに、なんで文句を言われないといけないんだ?

「他の隊士は斎藤が脱隊して御陵衛士に行ったと思ってんだ」

 そ、そうだった。

 斎藤さんが間者だと知っているのは、本当に一部の人間だけだ。

「心得ています」

 斎藤さんはそう言って頭を下げた。

 一番大変な仕事をしてきたのに、一番嫌な思いをしているような感じがする。

「紀州藩からの仕事が来ている。紀州藩士である三浦休太郎という人間を警護してほしい。その間、屯所から離れるからちょうどいいだろう」

「わかりました」

 ほとぼりが冷めるまでと言う事なんだろう。

「名前も変えたほうがいいな。適当に名前を変えて、さっそく向かってくれ」

 休む間もないのか?

「わかりました」

 斎藤さんはそう言って立ち上がった。


 斎藤さんが支度をするところをずうっと見ていた。

 なんか、かわいそうだなぁ。

 支度が終わると、玄関に向かって行った。

「斎藤さん、行くのですか?」

「命令だからな。俺は何とも思っていない」

 斎藤さんは少し笑った顔でそう言った。

「それと、俺は今日から斎藤ではない。山口だ」

 そう言えば、斎藤さんは途中で名前を変えたよな。

「山口次郎さん」

「なんで知っているんだ」

 あ、しまった。

 斎藤さんは私が未来から来たことを知らない。

「土方さんから聞いたのです」

「俺が今考えたんだがな」

 そ、そうなのか?

「それじゃあ勘です、勘」

 そんな私にフッと笑った斎藤さん。

 おかしい奴だと思っているのだろうなぁ。

「行ってくる」

 斎藤さんがそう言って戸を開けた。

「行ってらっしゃい。ご無事で帰ってきてくださいね」

 そう言ったら、

「わかった」

 と言って戸を閉めて行ってしまった。


 そろそろ油小路の変がありそうだ。

 その前に大きな事件があったはず。

 なんだったっけ?

 それより、藤堂さんを何とかしないとっ!

 ああ、忙しくなりそうだ。

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