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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年11月
374/506

京に着く

 この旅の途中で十一月になった。

 現代で言うと、十二月中旬から下旬あたりになる。

 この時期になると、もう旅日和なんて言っている感じじゃない。

 冬が始まり、寒いのだ。

 それでも歩いていると暖かくなってくるときもあるけど、歩いても暖かくならないぐらい寒い日もある。

 こんな日は火鉢が恋しい。

 でも、火鉢を持って歩けないから、我慢する。

 ただ、宿に着いたら、真っ先に火鉢にかじりつく。

 その姿を見た土方さんは、

「お前は、本当に火鉢が好きだな」

 と言う。

 火鉢じゃなくても温かいものであればいいのですよ。

 

 東海道は段々と山の中に入り、鈴鹿峠にさしかかった。

 鈴鹿峠を越えると、もう間もなく京に入る。

 その前に、琵琶湖がある。

「琵琶湖が見えましたよ」

 山の中からチラッと琵琶湖が見えていたけど、山を下りると琵琶湖が近くに見えた。

「もうすぐ大津だな」

 源さんも、琵琶湖を見てそう言った。

「今回の旅は、行きはのんびりしていましたが、帰りはあわただしかったですね」

「俺は、新選組になってからの旅は今回が初めてだからな。こんなものかと思っていた。あわただしいんだな?」

 源さんはそう聞いてきた。

 そうだった。

 源さんは京に来て初めて江戸に帰ったんだ。

「いつもはもうちょっとゆっくりしているのですよ。江戸にももう少し長くいるし」

 今回は、一カ月いたかいないかじゃないか? 

 旅で時間がかかるから、だいたいは江戸に長く滞在するんだけど。

 今はそれどころじゃないから、仕方ないのかな。

「あれが琵琶湖だね」

 捨助さんが琵琶湖を見てそう言った。

「あれ? 捨助は京に来たことがあるんだから、琵琶湖を見たことあるだろう?」

 源さんが言うと、捨助さんは困ったような顔をした。

 どうしたんだろう?

「実は、ここら辺はいつもかごに乗っていたからね」

 その言葉を聞いて、源さんとかたまってしまった。

 かごは料金がかかるので、よっぽどの金持ちとか、幕府の偉い人じゃないと乗れない。

「なんでかごに乗っていたんだ?」

 源さんと声をそろえて聞いた。

 捨助さんがかごに乗るなんて、考えられない。

「だから、新選組に入れてくれなかったから、帰りに乗ってみたんだ」

 捨助さん、数年前京に来た時の帰り道は、やりたい放題だったんだなぁ。

「でも、あれは人間がのるものじゃないだろう。俺なんて、あっちこっちぶつけたぞ。あれなら歩いたほうがいい」

「あ、源さんもそう思いました? 私もそう思いました。かごはもう乗りたくないですね」

「二人とも、安いかごに乗ったね。俺はそれなりに料金を出して乗ったから、揺れないし最高だったよ」

 そ、そうなのか?

 幕臣になったから、かごに乗って行けと言われたけど、あれはどこかでケチっていたのか?

「そうか、そうだよな。大名だってかごに乗るんだ。その奥さんとかだって乗るだろう? そのかごは揺れるようには見えないもんな」

 源さんがそう言った。

 そうか。

 テレビのドラマで見ていたあのかごは、高級なかごなのか?

「おい、何かごの話をしてんだ?」

 土方さんが前からやってきた。

 また一番最後とか?

 後ろを振り返ると、ちゃんと人がいた。

「今日は最後じゃないですよ」

 私は胸を張って言った。

「そんなことを言いに来たんじゃねぇ」

 えっ、そうなの?

「もうすぐ大津に着くぞ。この旅もこれで終わりそうだな」

 そうか、もう着くのか。

 旅をしているときは、早く到着したい一心だけど、この旅が終わるとなると寂しさを感じてしまう。

「大津を素通りして、一気にこのまま京に行くぞ」

 土方さんはそう言った。

 大津で休まなくても京に行ける距離だ。

「わかりました」

 旅も終わっちゃうなぁ。

 そう思いながら返事をした。


 しかし、旅は終わらなかった。

 というのも、原田さんと永倉さんが他の隊士を率いて大津宿まで迎えに来ていたのだ。

「思っていたより早かったな」

 永倉さんがそう言いながら私たちを出迎えてくれた。

「俺たちも文が着てすぐ出てきたんだ。遅れていたら、会わなかったな」

 原田さんは私の荷物に手をかけながらそう言った。

 持ってやるよと言う事なんだろう。

 でも、自分の荷物は自分で持たないと、新入り隊士達に示しがつかないので、断った。

 この時代、電話と言うものがないから、何日に出たという文が届くと、だいたいこの日に着きそうだなと思った日に迎えに行くことになる。

 それが長く待つことになることもあり、逆に迎えに行こうと思っていたら帰ってきてしまったという行き違いもある。

 近藤さんも、私たちが急いで帰ってくると言う事をなんとなく知っていて、早く迎えに出したのだろう。

「よし、宴会をやるぞっ! 今日は大津で歓迎会だっ!」

 永倉さんがそう言いながら宿に入って行った。

 その宿には、

「歓迎 幕臣新選組副長 土方歳三殿」

 と、大きな看板が出ていた。

 その看板を見て、土方さんは固まっていた。

「おい、この看板は誰が用意した?」

 土方さんが永倉さんと原田さんに聞いた。

「ああ、近藤さんだよ。派手に出迎えてやれって言われたから」

 原田さんもそう言いながら宿に入って行った。

「俺は泊まらんぞ。今すぐ京へ行く。急いでんだ」

 土方さんが行こうとしたら、永倉さんが出てきた。

「近藤さんがここで歓迎会をするように手配したから。京で歓迎会はできる状態じゃないと思うぞ」

 そうだろう。

 大政奉還をやった後で、幕府は無くなった。

 きっと京はあわただしくて治安もそれなりに悪くなっているだろう。

「せっかく勇さんが手配してくれたんだ。ここで歓迎会をやってから京に帰ってもばちは当たらんだろう」

 源さんがそう言いながら宿に入った。

「仕方ねぇな。よし、今日はここに泊まるぞ」

 土方さんは、新入隊士たちに指示を出してから中に入った。

 わーい、今日は宴会だぁ。


「今日は無礼講だっ! おおいに飲めっ!」

 永倉さんのその声で、宴会が始まった。

蒼良そらも、今回の旅は忙しかっただろう?」

 原田さんがそう言いながらお酒をそそいでくれた。

「忙しかったですが、東海道で行ったので、富士山が見れましたよ」

「いいなぁ。俺は浮世絵しか見てないな」

 この時代、写真なんてものはあるけど、そんなに浸透していないし、テレビなんてものがないので、映像もない。

 一生富士山を見ずに亡くなる人だって少なくない時代だ。

 浮世絵で富士山を見たと言う事は……。

歌川広重うたがわひろしげですね」

 この人の、東海道五十三次という浮世絵集みたいなものだろう。

「そう、そうだよ。蒼良、知っていたか」

 原田さんは驚いていた。

 何にも知らないと思っていたのか? 

 歌川広重ぐらいなら知っているぞ。

 歴史の授業で習った。

「それぐらい、知ってますよ」

 私は胸を張って自慢げにそう言った。

 そう言えば、土方さんの姿がないが……。

 また酔っ払って部屋で倒れているのか?

 放っておこうか?と思ったけど、この寒い時期に布団もかけずに寝ていたら風邪を引くと思い、部屋へ様子を見に行った。

「土方さん?」

 部屋のふすまを開けると真っ暗だった。

 人の気配もしないので、いないのかな?

 それじゃあどこに行ったんだ?

 まさか、一人で京に帰ったとか?

 そう思って、宿の外に出た。

 月明かりが何もかも白く照らす、寒い夜だった。

 土方さん、どこ行っちゃったんだ?

「お前、何してんだ?」

 宿の庭の方から声が聞こえた。

「あ、土方さん」

「もしかして、一人で京に帰るつもりだったのか?」

 いや、それはあんただろう。

「土方さんがいなかったので、一人で京に帰ったかと思ったのですよ」

 庭の方へ回りながらそう言った。

「新入り隊士もいるのに、置いて帰れねぇだろう。それに俺だけ帰ってきたら、近藤さんもがっかりするだろう。せっかく迎えまでよこしてくれたのによ」

 あ、そうか。

 土方さんは近藤さんのことを尊敬しているし、大事に思っているから、近藤さんが悲しむようなことはしない。

「俺は早く帰って、これからどうなるか、情勢を見極めたいがな」

「大政奉還したので、後は幕府が完全に無くなるだけですよ」

 そうなのだ。

 幕府派の人たちは、大政奉還して幕府は無くなったけど、朝廷だけじゃ何もできないでしょ。

 そう思っている。

 だから、自分たちの生活に影響が出るなんて一切思っていない。

 今まで通り仕事もあるだろうと思っている。

「幕府が無くなったら、俺たちも幕臣どころの騒ぎじゃねぇな」

「そうですね。幕府が無くなるから、幕臣もなくなりますね」

「そうか」

 土方さんが悲しそうに空を見上げた。

 ちょっと言い過ぎちゃったかな?

「すみません。変なことを言って」

 私は謝った。

 こんな悲しい顔するとは思わなかったんだもん。

「お前が謝ることねぇだろう。本当のことを言ったんだろうから。そんなことより、空を見ろよ」

 土方さんに言われて空を見た。

 冬の星座がたくさんきらめいていた。

 この時代の夜空は、現代の夜空の何倍も星が見える。

「綺麗」

 思わずつぶやいた。

 現代だと、オリオン座をすぐ見つけることが出来るけど、こんなに星があったらなかなか見つからないや。

 オリオン座を一生懸命探していると、白いものが降ってきた。

「土方さんっ! 星が降って来ましたよっ!」

 一瞬そう思ったのだ。

「お前、星が落ちてくるわけねぇだろう。雪だ、雪」

「でも、星が出ているから、空は晴れていると思うのですが」

「風花だろう」

 そうか。

 風で雪が流されてきたんだ。

「星が降ってきたって、面白いことを言うな」

 土方さんは隣でクックックと笑っていた。

 だって、晴れているのに雪が降るとは思わないだろう。

 ブスッとしていると、ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。

「お前、幕府は無くなるし、下手すりゃ新選組だってどうなるかわからねぇ。俺だって、これから先どうなるかわからねぇぞ」

 大丈夫、土方さんはまだ亡くなる予定もない。

「それでも、そばにいてくれるか?」

 土方さんの顔は、月明かりに照らされて白っぽくなっていた。

 その表情は真面目で、まっすぐに私を見ていた。

「当たり前じゃないですか」

 そのためにここにいるのだ。

 だから、土方さんとずうっと一緒にいるつもりだ。

「ありがとな」

 そう言うと、頭をくしゃっとしてなでた。

 それがなぜか気持ちいいと思った。

 なんでだろう?

「よし、宴会に出るか。いつまでもここにいたら、新八あたりが呼びに来るかもしれんぞ」

 そうだ、宴会の最中だったのだ。

「お酒、飲んでいる途中でした」

 原田さんに注いでもらったお酒がまだ残っていたぞ。

「お前は、飲むことしか考えてねぇだろう」

「そ、そんなことないですよ。飲めないからって、そんなこと言わないでくださいよ」

「女の大酒飲みもどうかと思うぞ」

 そ、そうかなぁ? 

「俺はお前が大酒飲みでも構わねぇがな」

 だったら、そんなこと言わなければいいじゃないかっ!

 でも、そう言われたことが嬉しく感じだ。

 最近、土方さんのそばにいることが楽しいと思う。

 なんでだ?


 次の日、雪がちらついていた。

 その雪がちらつく中、私たちは京に到着した。

 到着して近藤さんから聞かされたことは、江戸で寝込んでいた周斎先生こと、近藤周斎が亡くなったという知らせだった。

 私たちが出発して数日後に亡くなった。

「わしの代わりに歳たちに会えてよかった」

 近藤さんはそう言ったけど、周斎先生は近藤さんに会いたかったと思う。

「もう長くはねぇなとは思っていたが、早かったな」

 土方さんがそう言った。

 源さんは周斎先生に剣術を教わっていたので、江戸にいた時のように泣いていた。

「あれが最後だったのか」

 何回もそう言って泣いていた。


 そして、私は沖田さんが気になったので、部屋に行ってみた。

 京を出る時は、布団を敷いてあったけど元気な日はほとんど起きていた。

 病気が進行していないといいんだけど。

「沖田さん、入ります」

 返事がなかった。

 もしかして、また外を歩き回っているのか?

 雪が降っているのに。

 襖を開けると、沖田さんは中にいた。

 布団の中で眠っていた。

 顔色が悪かった。

 そして、すこしやせたように見えた。

 もしかして、進行してしまったのか?

 沖田さんが眠っているといつも熱があるか確かめてしまう。

 今日も、沖田さんのおでこに手をあてた。

 体の芯の方が少し熱いかな?きっと微熱だろう。

 手を引っ込めようとしたら、沖田さんに手をおさえられてしまった。

「蒼良、そのままでいて。蒼良の手は冷たくて気持ちいいから」

 それは、沖田さんに熱があるからですよ。

「泣いているの?」

 私は泣いていた。

 だって、いない間に沖田さんがこんなに弱っているんだもん。

 江戸に行かなければよかった。

「僕は大丈夫だよ。今日は寒いから調子が悪いだけだよ。いつもは起きて普通に生活していたんだから」

 そう言って起き上がろうとした沖田さん。

 しかし、ゴホゴホと咳が出た。

「大丈夫ですか?」

 私は背中をさすった。

「だ、大丈夫だよ」

 手ぬぐいを口元にあてた沖田さん。

 その手ぬぐいに血痰がついていた。

 まだ大腸に菌がいっていないようだ。

 労咳は、最初はだいたい肺から始まり、そのうち体中を結核菌でおかされる。

 そして最後は腸に菌が入り、栄養が取れなくなって亡くなっていく。

 腸に菌が入ると、血の色も黒っぽいものになり、吐く量も多くなる。

 まだそこまで言っていないと言う事は、沖田さんはまだ大丈夫と言う事だろう。

「で、お土産は?」

「今回はちゃんと買ってきましたよ」

 そう言って、熱田神宮で買ったお守りを渡した。

「今回はちゃんとしたお守りだね」

 そ、それはどういう意味だ。

「前は商売繁盛のお守りを買ってきたじゃん」

 あれは、伏見稲荷大社に行った時で、あそこは商売の神様が祀られている。

 だから、お守りが商売繁盛になったのだ。

「効き目があるかな?」

「大丈夫ですよ。伊勢神宮の次に由緒があるという神社ですから」

「それなら効きそうだね」

 そう言った沖田さんの横に、お盆に入っている水と、白い塊が置いてあったのを見つけた。

 こ、これはっ!

「あ、これ?」

 私の視線に気がついたみたいで、沖田さんが白い塊を持った。

「土方さんが、おみつ姉さんから預かってきたって言って持ってきたんだ」

 そうだよね。

 土方さんが持っていたもん。

「もしかして、飲んだのですか?」

 私が聞いたら、沖田さんは首をふった。

「飲むわけないじゃん。おみつ姉さんが持たせたものなんだよ。怖くて飲めないよ」

 飲まなくて正解です。

「で、これなんなの? 土方さんは、知らんほうがいいと言って説明してくれなかったけど」

 ある意味、知らないほうがいいのかも。

 でも、沖田さんになんなの?って聞かれているし。

「あ、あのですね、人中白と言う労咳によく効く薬です」

「そう言う薬って、変なものが多いよね」

 そ、そうなのか?

「もしかして、人間の体の何かとか?」

 そ、そこまでわかったか?

「尿です」

「えっ?」

 私の言葉を聞いて、沖田さんは固まった。

「蒼良、おみつ姉さんから物をもらうなって言ったよね」

 確かに言われましたよ。

「でも、土方さんが怒らすと怖いと言ったので」

 みんなそう言うんだよね。

 そんなに怖いのか?

「仕方ないなぁ」

 そう言って、沖田さんは静かに立ち上がって障子を開けた。

「沖田さん、風にあたるとよくないですよ」

 ましてや今日は雪が降っているんだから。

 沖田さんは、縁側に出て、その人中白を外に投げた。

「これで雪と一緒になってわからなくなるよね」

 そう言うと、部屋の中に戻ってきた。

「もしかして蒼良、飲みたかった?」

 ま、まさかっ!

「あっ、とっといて、こっそり誰かのお茶に入れてもよかったなぁ」

 そ、そんなことをするのか?

「でも捨てちゃったし、残念」

 よかった、捨ててくれて。

「僕はもう少し寝るね」

 そう言って、沖田さんは布団の中に入った。

 それから間もなく寝息が聞こえてきた。

 沖田さん、絶対に死なせませんからねっ!

 そう思いながら、沖田さんのおでこをそおっとなでた。

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