表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年10月
369/506

日野に到着

 箱根宿を通ってからは、私の知っている地名の宿場町をいくつか通り過ぎた。

 そして、江戸に着いた。

 東海道は日本橋からなんだけど、日本橋まで行ってしまうと、近藤さんの道場が遠くなるので、途中で東海道をはずれた。

 そして、近藤さんの家に到着した。

 幕臣になり、近藤さんは家を建て替えたらしい。

 着いた場所は新しいお屋敷だった。

 近藤さんの家には、近藤さんの奥さんであるおつねさんと、その子供であるおたまちゃんがいた。

 おたまちゃんは少し大きくなっていた。

 それもそうだよね。

 最後に会ったのは確か二年前だ。

 おたまちゃんは三歳の時でまだ片言しか話せなかった。

 それなのに、今は普通に話ができる。

「お待ちしておりました」

 お母さんであるおつねさんと一緒に挨拶してきた。

「おたまちゃん大きくなったね。いくつ?」

「五つ」

 手のひらを見せておたまちゃんは笑顔で言った。

 少し見ない間に子供って、大きくなるのね。

「私のこと覚えている?」

蒼良そらお兄ちゃん」

 あれ?お兄ちゃん?

 一瞬そう思ったけど、私、男装しているからそれでいいんだよね。

「覚えていてくれてありがとう」

 私のことなんて忘れていると思ったから嬉しいっ!

「この人は、わかる?」

 土方さんを指さして聞いてみた。

「おいっ! 子供にそんなこと聞くな」

 土方さんはそう言った。

「うーん、わかりません」

「歳は忘れられているみたいだな、かわいそうに」

 源さんが隣でボソッと言った。

「う、うるせぇ。二年前ここに来た時は忙しくて相手できなかったんだ」

 そうだったか?

「そう言えば、周斎先生は?」

 源さんがおつねさんに聞いていた。

 そう言えば、いつも私たちが江戸に来ると、近藤さんの義理のお父さんであり、師匠でもある近藤周斎さんも、中風と言う現代で言うと脳関係の病気になり体が麻痺して不自由なんだけど、みんなと一緒に迎えに出てくれた。

 今日はその姿がない。

「実は、具合が悪くて奥で寝ております」

 おつねさんがそう言った。

 それを聞いた源さんは、人が変わったかのように屋敷の中に入って行った。

「源さんは、周斎先生の弟子でもあったからな」

 源さんのその姿を見た土方さんがそう言った。

 そうなのだ。

 新選組の中で一番長く天然理心流の道場にいたのは源さんだ。

 周斎先生との思い出がたくさんあるのだろう。

「俺たちも行くぞ」

 土方さんに言われ、近藤さんの家におじゃました。


 屋敷の奥にある部屋に行くと、布団が敷いてあり、そこに周斎先生が寝ていた。

「周斎先生、井上源三郎、ただいま帰ってまいりました」

 源さんは、周斎先生の布団の横に座り、頭を下げた。

 周斎先生は薄目を開けて源さんを見た。

 プルプルとふるえる手を布団から出してきた。

 源さんは周斎先生の手を力強く握った。

 周斎先生は何か言いたそうな感じだったけど、声を出すことはなかった。

 ただ、薄目を開けて源さんを見ていた。

 源さんも、

「周斎先生っ!」

 と言いながら、泣いていた。

 二年前に会った時は元気だったのに。

「もう長くねぇかもな」

 土方さんがボソッと小さな声でそう言った。

「近藤さんは知っているのでしょうか?」

 この時代、電話と言うものがない。

 連絡手段はいつ着くかわからない手紙だけだ。

「知らねぇんじゃないか? 俺たちだってここに来て知ったんだ」

 やっぱり知らないのか?

 なんとかならないのか?

 せめて新幹線があったら、今日中に会うことが出来るのに。

 土方さんは、周斎先生の手を握って泣いている源さんの肩を叩いた。

「源さん、行こう。周斎先生も疲れてしまうだろう」

 源さんはうなずくと周斎先生の手を布団に入れた。

 そして私たちは立ち上がって部屋を出た。

 源さんは、ずうっと泣いていた。

 私は無言で源さんの背中をさすった。


 この日は近藤さんの家に泊まることになった。

 荷物の整理をしていると、

「沖田みつさんがお見えです」

 おつねさんがそう言って部屋に顔を出した。

 沖田さんのお姉さんだっ!

 思わず土方さんと目があってしまった。

 私たちが近藤さんの家に来たことを知り、ここに来たのだろう。

「ちょっと会ってくるか」

 土方さんがそう言って立ち上がった。

「私も行きます」

 沖田さんに報告しなければいけないことがあれば、帰ったらすぐに報告しないと。

「悪いが、俺はここにいる」

 源さんは病気の周斎先生に会って、ちょっとショックを受けているのだろう。

「ゆっくりするといい」

 土方さんが、源さんの肩をポンッとたたいて部屋を出て行った。


 おみつさんは、別な部屋に通されていた。

「総司は元気にしていますか?」

 私たちが座るとすぐにそう話しかけてきた。

「総司の病気を知っているだろう。少しずつだが進んでいる。最近は布団を敷いて寝たり起きたりの生活をしている」

 土方さん、いつの間に知ったんだ?

 仕事が忙しそうだったから、見ていないと思っていた。

 ちゃんと見ているところは見ているんだなぁ。

「やっぱりそうですか」

 土方さんの話を聞いて、おみつさんは肩を落とした。

 そうだよね、あまりいい話じゃない。

「それで、総司に渡してほしいものがあるのです」

 き、きたっ!

 おみつさんは弟である沖田さんが心配なのだろう。

 さまざまな薬を手に入れて渡してくる。

 きっと値段が高いものなんだろうと思うのだけど、労咳と言う病気には全く効かないものだ。

 過去には、人間のミイラを削ったものだとか、処刑された人の臓器を乾燥させたものを渡してきた。

 きっとおみつさんは原料が何なのか知らないのだろう。

 知らないで渡してんだよね、と、思いたい。

「これなのですが……」

 出してきたのは、紙に包まれていた。

 中を見たら、白い塊が数個入っていた。

「人中白と言う薬です」

 じんちゅうはく?なんか、今回はまともな薬みたいだぞ。

「わかった。総司に渡せばいいんだな」

「お願いします」

 土方さんは、おみつさんから出された薬を受け取った。


「今回の薬は、まともな薬ですね」

 部屋に帰ってから、土方さんに言うと、

「本当にまともだと思うか?」

 と、逆に聞かれた。

 えっ、まともじゃないのか?

「人中白ってなんだか知っているか?」

 そんなもの、知らない。

 首を横にふった。

「そうだろうな。原料は、尿だ」

 えっ?

「人の尿を置いておくと、その中にあるものが固まるんだ。それが人中白だ」

 そ、そうなのか?

「それって、労咳に効くのですか?」

「効くわけねぇだろう」

 そうだよね。

「それなら、なぜ受け取ったのですか?」

 そこはちゃんと教えてあげようよ。

「おみつさんは怖いんだぞ」

 それは沖田さんからも聞いたことがある。

「おとなしそうですが」

 見た感じはおとなしく見える。

「怒ると怖い。あそこで受け取らなかったら、絶対に怒るだろう。この薬だって安いもんじゃねぇぞ」

 高くても、効かなければ意味がないじゃないですかっ!

「とりあえず、総司に渡す」

 そう言って土方さんは、おみつさんから受け取った包みをふところにしまった。

 土方さんが、ちゃんと渡してくださいよ。

 そんな物渡した日には、私がまた怒られてしまう。


 そして次の日。

 私たちは日野へ向かった。

 日野へ向かう前に周斎先生に挨拶をした。

 周斎先生の意識はなかったけど、源さんは一生懸命話しかけていた。

 日野へ行くと、みんなが出迎えてくれた。

 ここを出る時はただの浪人だったのに、帰ってきたら幕臣になっていたから、みんなの歓迎はすごいにぎやかなものだった。

 その中でも、源さんのお兄さんである井上松五郎さんが源さんを見つけると、二人で泣きながら抱き合っていたのが印象に残った。

 源さんは、ここを出てから一回も帰省していない。

 今回は四年ぶりの再開になるのだ。

 だから、一番嬉しそうで、一番はりきっていたのは源さんと源さんの家族だろう。

 それから大宴会が行われた。

 町中の人が集まってきて、いつ終わるかわからないものだった。

 その宴会の時、松本捨助さんがお酒を注ぎに来た。

「今回は隊士募集で帰ってきたんだよね」

 もしかして、まだあきらめてなかったのか?

 というのも、捨助さんは隊士になりたくて、ここから京まで来たことがある。

 その時も断られて江戸に帰っていった。

 私たちが江戸に来るたびに、

「隊士になりたいんだけど」

 と、アプローチをしてくるのだけど、それが成功しておらず、今に至る。

「そうですが……」

 また、俺も入れてくれって言ってくるかな?

 そんなことを思いながら恐る恐る言った。

「今度こそ、隊士にしてほしい」

 やっぱり来たっ!

「この日のために剣術も磨いたし、度胸もついた」

 ど、度胸までつけたのか?

「だから、新選組にいれてほしい」

「だめだっ!」

 隣で話を聞いていた土方さんがそう言った。

「なんでだめなんだよ」

 捨助さんは私にではなく土方さんにそう言った。

「お前は跡取りだからだよっ!」

 そうなのだ。

 捨助さんが隊士になれないのは、長男だからだ。

 この時代、長男は家を継ぐもので、新選組に入ったりして自由にできるのは次男三男なのだ。

 だから、新選組も次男や三男が多い。

「俺だって、好きで跡取りになったわけじゃないやいっ!」

 そりゃそうだよね。

 誰だって、生まれる順番は決められないもんね。

「だめなものはだめだっ!」

 土方さんに言われ、ちぇっとつぶやいた捨助さんはそのままどこかへ行ってしまった。

「お前、捨助を説得しとけ」

 それは私の仕事なのね。

「今までもちゃんと説得したのですが」

「じゃあ、今まで通り説得しろ」

 そうなのね。

 でも……。

「そろそろ入れてあげてもいいと思うのですが……」

 なんか、捨助さんがかわいそうになってきた。

 新選組に入りたい一心で頑張っているのに。

「だめだ。跡取りは入れねぇ」

 土方さんは一言そう言った。

 やっぱり駄目なのね。


 この日の宴会は夜遅くまで続いた。

 お酒の弱い土方さんは、案の定、宴会の途中で寝てしまった。

 だから、宴会が終わったら、私が部屋まで引きずって行った。

 源さんに頼もうと思ったら、源さんも酔いつぶれていて、お兄さんに引きずられていた。

 長旅の疲れも出たのだろう。

「土方さん、部屋に着きましたよっ!」

 部屋には布団がすでに敷いてあった。

 きっと、土方さんのお姉さんが敷いてくれたのだろう。

 そこに土方さんを寝かした。

「近藤さんは、御目見得以上で、将軍様にも直接会えるんだぞ」

 布団に寝かすと自慢げにそう寝言を言っていた。

 そのセリフを今日は何回も言っていたよなぁ。

 しかも、自分のことじゃないのに、自分のことのように自慢げに。

 まさか寝言でも言うとは。

 思わず笑顔になってしまった。 

 しかし、この平和はそう続かなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ