鈴鹿峠越え
大津から隊士のみんなに見送られ、かごに乗って東海道へ。
テレビのドラマに出てくるような豪華なかごに乗ることになり、はしゃいでいた私。
かごが出る前に小さい窓を開けて、
「それでは行ってきます」
なんて、みんなに挨拶した時は、もう、どこかの大名のお姫様気分だ。
服装はお姫様どころか、この時代の旅人の服なんだけど。
「気を付けて行って来いよ」
なんて、原田さんたちに言われ、かごの中でちょっと寂しくなったりもした。
しかし、それも一瞬だった。
えっさ、ほっさの掛け声とともにかごが揺れる揺れる。
縦、横、あっちこっちの方向にとにかく揺れる。
最初はちょっと気取って正座して乗っていたけど、揺れと同時にもう正座どころじゃなくなった。
かごの中で転がりまくり、あっちこっちに体をぶつけた。
「いでっ!」
ぶつかるたびにそんな声を出していたけど、かごをかついでいた人は、そんな私の声が聞こえていないのか、聞こえているけど聞こえないふりしているのか、一行に揺れが収まる気配すらなかった。
これ、どうすればいいのよっ!
かごの中で転がりながら見つけたのは、上からぶら下がっているひもだった。
これにつかまれってことか?
このまま転がっていても仕方ないから、藁をもつかむ気持ちでひもを捕まえてしがみついた。
これにより、転がることは無くなったけど、揺れは相変わらずで、今度は上に頭をぶつけることになった。
ドラマで見ると、みんな優雅に乗っているけど、あれは嘘だな。
分かったことはそれだけだった。
かごって、意外と乗り心地が悪いのね。
かごを背負っていた人たちが休憩するのか、急にかごが止まった。
ガラッと横の戸が開いた。
「ちょっと一休みします」
そう言われたから、よろよろと外に出た。
ずうっと揺られて体のどこかに力が入っていたので、歩いていないのに体が疲れて動かない。
だから、かごから出るのも一苦労だった。
先にあるかご二つを見ると、土方さんと源さんも、よろよろと出てきた。
「これは、思ったより乗り心地が良くないな。蒼良は大丈夫だったか?」
源さんが、外に出ると同時に私に声をかけてきた。
「あっちこっちぶつけました」
「そうだろう。かわいそうに。大丈夫か?」
源さんが真っ先に私の方に来た。
「おい、俺もいるんだが」
腰を叩きながら土方さんが出てきた。
「歳は大丈夫だろう」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「付き合いの長さだな。俺には蒼良の方が心配だしな。な、蒼良」
源さん、ここで私の同意を求められても、どう返事をしていいのかがわからない。
「それにしても、これからもこのかごに乗らねぇといけねぇらしいんだが、耐えられねぇな」
えっ、これからもって……。
「もしかして、江戸までこれで行くのですか?」
もしそうだったら、江戸に着く前に死んでるぞ。
「そうだと言ったらどうする?」
土方さんがチラッとかごの方を見て言った。
「俺は無理だぞ。絶対に腰がやられる」
源さんが真っ先にそう言った。
「近藤さんが、幕臣らしくかごで行けと言っていたが……」
そ、そうなのか?
「幕臣って、かごを使うのですか?」
そんなこと初めて聞いたぞ。
「そんなこともねぇだろう。俺の知っている幕臣の人間はかごに乗ってねぇぞ」
そうだよね。
あまり乗り心地の良いものではない。
「それなら、お断りしましょうよ」
絶対に歩いたほうがいいって。
「断れるなら、断ったほうがいいよな」
「断れるか?」
土方さんが、再びかごの方を見て言った。
かごの方では、かごを運んでくれた人たちが休憩している。
「断れないなら、土方さんが代表して乗るっていう手もありですよ。私たちはその横を歩きますので」
「ああ、それもいいな。歳、お前が代表して乗れ」
「な、なんでそんな話になるんだっ!」
だって……。
「土方さんは副長じゃないですか。幕臣でも、副長と私たちとでは身分も違いますから」
確か、違ったと思ったけど。
名前が難しいから、あまり覚えていないんだよね。
「そうだ。歳は、見廻組肝煎格で、俺たちは見廻組格だからな。歳の方が高いんだ」
どっちの名前がどうとかよくわからないけど、土方さんの方が位が高いのはわかる。
「ちょっと待った。なんで俺がそんな思いをしねぇといけねぇんだ」
「身分が高いから」
土方さんの問いに声をそろえて答えた私たち。
「身分の高い人間がこんな理不尽な思いをするのはおかしいだろう」
そうかな?
「かごに乗れるんだから、いいじゃないですか」
「俺たち護衛についてやるから」
「俺は納得してねぇそっ!」
それから三人で話し合い、最初の宿場町までは我慢してかごに乗ることになったのだった。
かごを帰し、旅は順調に続いていた。
そんなある日のこと。
土山宿で泊まり、朝の出発時のこと。
「今日は、神社にお参りしてから行くぞ」
と、土方さんが言いだした。
「何かあったのですか?」
中山道を通っていた時は、途中で神社にお参りなんてことはなかった。
「これからあるんだ」
えっ、これから?
「ああ、峠越えか」
源さんがそう言った。
峠越え?
「鈴鹿峠を越えるから、安全を願って神社にお参りをする」
そんなにすごい峠なのか?
後で調べてみたら、この鈴鹿峠は箱根峠に次ぐ難所と言われていたらしい。
どれぐらいの難所かというと、過去に電車や道路を作ろうとしたけど、あまりの難所だったので、その場所を避けたということがあったらしい。
ちなみに現代は国道一号線が通っていて、トンネルが開通している。
「トンネルがあれば、峠越えをしなくてもいいのですよね」
思わずそう言っていた。
「はあ? トンネル?」
土方さんと源さんに声をそろえて聞き返されてしまった。
「山に穴をあけて、向こう側へ通すのですよ」
トンネルの話をしたら、
「そんなこと、出来るわけねぇだろう」
「蒼良は、面白いことを考えるよな」
と、二人から笑われてしまった。
ほ、本当にあるんだからねっ!
土方さんにお参りすると言われたので、田村神社と言うところに行った。
鈴鹿峠は現代の滋賀県と三重県の間にある峠で、鈴鹿を越える人たちは、滋賀県側からだとこの田村神社にお参りをし、三重県側からだと片山神社と言う神社があるので、そこに旅の安全を祈願してから峠を越える。
無事に峠をこえたら、峠を越えた先にある神社にお礼をする。
田村神社でお参りをした私たち。
「蒼良、坂上田村麻呂って知っているか?」
お参りをした後に源さんに話しかけられた。
うーん、確か……。
「平安時代の人ですよね」
「おお、わかっていたか」
土方さんがそう言ってきた。
「歴史で習いました」
その言葉に二人から、
「はあ?」
と言われてしまった。
「で、その人がどうかしたのですか?」
何があったんだ?
「昔、ここに鬼が出て、坂上田村麻呂って人が退治したらしいぞ」
ほ、本当なのか?
「その顔は信じてねぇな。この峠を下った先に鏡岩って言う大きな岩がある。その岩が証拠だ」
土方さんがそう言いながら歩き始めた。
「本当に、鬼がいたのですか?」
「話によると、その鏡岩に旅人がうつると、鬼が出てきて襲ってきたらしいぞ」
源さんも知っているみたいで、そう教えてくれた。
「それなら、峠を下ったときが楽しみですね」
鏡岩が見れるからね。
「お前、そんなのんきなことを言っていてもいいのか?」
土方さんが真顔でそう言ってきた。
えっ、何かあるのか?
「今も鬼がいるかもしれねぇだろう」
そ、そうなのか?
思わず源さんを見てしまった。
源さんも心配そうな顔をしているので、嘘ではないらしい。
ほ、本当にいるのか?
「その時は、土方さんお願いします」
「なんで俺なんだ?」
「新選組の鬼副長じゃないですか。本当の鬼とどっちが強いか楽しみです」
土方さんが強いことを願っていますが。
「あははっ! 蒼良にはまいったなぁ。歳もしてやられたな」
源さんが、私の頭をポンッと優しくたたいてきた。
ん?してやられた?
「蒼良、鬼なんているわけないだろう。冗談だ、冗談」
えっ、そうなのか?
「つべこべ言ってねぇで、行くぞっ!」
冗談だったのか?
鈴鹿峠は話通り難所だった。
それでも、岩にへばりついて山を登ると思っていたので、それに比べると楽だった。
と言うのも、細いながらも道があったからだ。
ただ、山道なので、大きな石とかもあり、かなり歩きずらかった。
そして、急な上り坂になっていたので、歩くのも大変だった。
この道も江戸時代になってから整備したらしいので、その前までは、本当の難所だったんだろうなぁ。
峠の上の方へ着くと、一休みすることになった。
「蒼良、よくここまで来れたな。大丈夫か?」
源さんがそう言ってくれた。
「大丈夫です」
「おい源さん、こいつだって子供じゃねぇんだぞ」
「でも、こんな峠をよく文句言わずに登ってきた。えらかったぞ」
源さんがほめてくれた。
歩くのに必死だったから、文句言うゆとりもなかったんだけど。
「あまり甘やかすなよ」
「いいじゃないか。蒼良はかわいいんだから。なぁ」
いや、そこで返事を求められても困るから。
「親ばかじゃなくて、ばかな親を見ている気分になってくる」
土方さんがボソッと言ったけど、源さんは聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、無視していた。
そう言えば、峠の上の方だから、下と比べると気温が低いんだよね。
もしかして、紅葉が始まっていたりしないか?
そう思って上を見上げた。
「うわぁっ!」
思わず声をあげてしまった。
そう、紅葉が始まっていて、ちょうど見ごろだったのだ。
ずうっと下を向いて歩いていたから、気がつかなかった。
「どうした?」
土方さんに言われたので、上を指さすと、源さんも上を見上げた。
「こりゃ、すごいな。いいものが見れたぞ」
源さんは嬉しそうにそう言った。
「そうだな。今年は見れねぇと思ったが、ここで見れるとは思わなかったな」
土方さんも、上を見上げてそう言った。
「よかったですね。俳句の材料があって」
「はあ? 何か言ったか?」
「中山道の山道は作る気が無いようなので、東海道の花道なんてどうでしょう?」
「お前……」
絶句をする土方さん。
「いいなぁ、それ。ほら、最近出た俳句の奥の細道みたいだな」
あ、源さん知っていたんだ。
「中身はきっと奥の細道の方がよさそうだけどな」
いや、それは言ってはいけませんよ、源さん。
「お前らっ! 好きかって言いやがってっ! 行くぞっ!」
土方さんは立ち上がり、峠を下り始めた。
俳句の話をすると、いつもそれなんだから。
峠も無事に下り、三重県側に到着した。
片山神社に無事を感謝しに行った。
ちなみにこの片山神社は、現代は廃屋のようになっているらしい。
現代では見られない状態のものがこの時代で見られるのは嬉しい。
けど、廃屋になるのはもったいないなぁ。
「いつまで拝んでるんだ。行くぞ」
土方さんに言われ、急いで後をついて行った。
片山神社を後にした私たち。
東海道の旅はまだまだ続く。