江戸へ行くぞっ!
「江戸へ行くぞっ!」
土方さんが突然そう言いだした。
そう言えば、仕事が片付いたとか何とか言っていたよなぁ。
「もしかして、明日ですか?」
「逆に聞くが、俺が明日行くぞと言ったら、お前は行けるのか?」
「いや、支度するのに時間がほしいなぁと思うのですが……」
そんな、明日急に行けるわけないだろう。
一応女なんだから、それなりに支度があるのだ。
たいした支度じゃないけど。
「そうだろう。俺だって支度がある」
「ええっ! そうなんですかっ!」
「おい、そこで驚くのはどういう意味だ?」
いや、土方さんも支度するんだなぁというそのままの意味だ。
「俺が支度をしたらいけねぇのか?」
「そ、そう言う意味で言ったのではないのですよ」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「土方さんも支度するんだなぁと思ったのですよ」
男の人も色々支度があるんだなぁって。
「そりゃ支度するだろう。お前、俺をなんだと思っているんだ?」
なんだと思っていると言われると……。
「土方さんですよね」
「それを言われると、そうだとしか言えねぇが」
「土方さん以外何かあるのですか?」
あっ!もう一つあった。
「豊玉!」
土方さんの俳句を書く時の名前だ。
俳号と言うのか?
「お前っ! なんでその名前を知ってるんだっ!」
えっ、知っていたらいけないのか?
「いや、勘ですよ、勘」
「嘘つけっ!」
ごまかせなかった。
「私の時代では、土方さんファンはほとんど知っていると思うのですが……」
土方さんは、私が未来から来たことを知っている。
「そのふぁんって言うのはなんだ?」
この時代にない言葉。
なんて説明すればいいんだろう?
「色々あるのですよ」
ごまかせるかなと思って言ってみた。
「そうか」
あ、あっさりごまかせたぞ。
「とにかく、支度しねぇといけねぇからな」
要するに、支度で忙しいからそんなこと相手にする時間はないと言う事だな。
「そうですね。で、支度って何をするのですか?」
具体的に言ってもらわないと、何をするかわからないんだよね。
「お前、今回で何回目の江戸になるんだ?」
そう聞かれて、私は指を出して数えた。
「今回で三回目ですかね」
多分。
「それだけ行っていたら、何を支度すればいいかわかるだろう」
「足袋と草鞋をたくさんそろえる事ですか?」
「他にもあるだろう」
他にも?
「ああ、ありますね」
「そうだろ、そうだろ」
「着物もそろえないといけないですね」
「それもそうだが……」
他にもあるのか?
「ああっ!」
思いついたぞっ!
「あるだろう?」
「お土産を買って行かないといけないですね」
江戸では土方さんの親戚とか、近藤さんの道場の人たちとか、待っている人たちがたくさんいる。
「おいっ! その前にやることがあるだろうっ!」
えっ、他に何かあったか?
「旅の無事を祈願しねぇといけねぇだろうがっ!」
そこかっ!
妙なところが律儀だよなぁと思うのは、私だけか?
「江戸までは長旅だ。無事に江戸に着くようにお参りは必要だろう」
そうですね、その通りです。
「よし、そうと決まったら行くぞっ!」
と言う事で、旅の安全を祈願しに行くことになった。
「蒼良と一緒に旅が出来るのは嬉しいなぁ」
源さんがニコニコと笑顔でそう言った。
「俺もいるんだぞ」
土方さんがそう言うと、
「あ、忘れてた。蒼良と一緒に行くことしか考えてなかったよ」
と、源さんがそう言った。
「まるで、娘と一緒に旅をする父親みてぇだな」
「そうだな。蒼良ぐらいの娘がいてもおかしくないからな」
えっ、そうなのか?
この時代の人たちは、結婚して子供を産むのが早いからなぁ。
「とにかく、旅の安全を祈願しに行くぞ」
と土方さんが言った。
向かったところは、首途八幡宮と言う神社だ。
ここは、源義経が奥州に旅立つときに、旅の安全を祈願した。
だから、旅に出る時はここに祈願しに行く。
そう言えば、江戸に行くときはここに来ているなぁ。
三人でお参りをした後は、お守りを買いに行った。
この時代のお守りは、現代と違ってお守りの中身だけを売っている。
それを自分で袋を作って首からぶら下げるのもいいし、そういう感じの袋も売っているので、それを買ってお守りをその中に入れる。
私も土方さんからもらったお守りの中身を袋の中に入れて、ずうっと首からぶら下げて歩いている。
源さんと土方さんはお守りを買っていたので、私も買おうとした。
「お前はいい」
と、なぜか土方さんに止められた。
「なんでですか?」
「お前は、俺が渡した強力なお守りがあるからそれで充分だ」
そうなのだ。
土方さんが私にくれたお守りは、ものすごく強力な物らしい。
だから、中身を見ようとしても、
「強力なものだから、見たらばちがあたるぞ」
と言われるので、中身を見たことがない。
そして、今回のようにお守りを買おうとしても、このお守りがあるからいらないと言われる。
「そんなに強力なお守りなのですか?」
首からぶら下げたお守り袋を外に出した。
「あ、その袋、見たことあるぞ」
源さんが私のお守りを指さして言った。
「え、見たことあるのですか?」
「確か……。あっ!」
と、源さんが言ったら、土方さんが手で源さんの口をふさいだ。
源さんはもごもごと言っていた。
「そんな袋はどこにでもある袋だ。気にするな」
いや、そんなことされると気にするだろう。
気になるっ!と言おうとしたら、源さんの顔が真っ赤になっていた。
なんで真っ赤になっているんだろう?と思ってよく見て見ると……。
「土方さんっ! 源さんの鼻までふさいでますよっ!」
だから、源さんは息が出来なかったのだ。
「あっ、すまん、源さん」
土方さんが手をはなすと、源さんはぜーぜーと荒い息をしていた。
「死ぬかと思った」
それだけ苦しかったと言う事だろう。
「大丈夫ですか?」
「心配してくれるのは、蒼良だけだ。大丈夫だよ」
源さんは笑顔でそう言ったので、大丈夫だろう。
「源さんは、こいつに甘すぎる」
「蒼良は、俺の大事な娘だからな。帰りは蒼良の好きな団子を食べて帰ろうか」
あ、団子っ!
「いいですね。行きましょうっ!」
「お前も食べ物につられるな」
土方さんがそう言ってきた。
別につられてないぞっ!
「歳は行かないってことだな」
源さんが、土方さんの方をチラッと見てそう言った。
「誰もそうとは言ってねぇだろう」
「土方さんも、食べ物につられてますね」
「なんだとっ!」
「蒼良に怒るなよ」
源さんが土方さんにそう言った。
「今回の江戸の旅は色々と面倒なことになりそうだな」
土方さんがそうつぶやいていた。
そうかな?私は楽しそうだと思うけど。
団子を食べて屯所に帰ってきた。
江戸へ行く前に沖田さんの所に顔出しておかないと。
また、報告がなかったとかって言われそうだしなぁ。
そんなことより、私たちが江戸に行っている間に病気が今より悪化したらと言う心配の方が大きい。
「沖田さん、入りますよ」
襖の前でそう言ったけど、返事がなかった。
またどこかへ外出しているのか?
そう思いながら襖をあけた。
沖田さんは外出していなかった。
布団が敷いてあり、そこに寝ていた。
その顔があまりに青白くて、驚いてしまった。
もしかして、病気が進んでいるのか?
おでこに手をのせてみた。
熱は、体の芯の方がかすかに温かいという感じだ。
微熱かな。
いつの間に、こんなになってしまったんだ?
「蒼良、顔が怖いよ」
沖田さんの声が聞こえた。
驚いて顔を見ると、薄く眼を開けていた。
「いつから目がさめていたのですか?」
「蒼良が僕のおでこに手を置いたときかな。蒼良の手、冷たくて気持ちよかった」
そう言うと、私の手を引っ張り出して、自分のおでこにのせた。
「具合が悪いのですか?」
「蒼良はいつもそれを聞くよね」
だって、心配なんだもん。
「大丈夫だよ。ちょっと昼寝をしていただけだよ」
わざわざ布団を敷いてか?
浴衣に着替えてか?
「具合が悪かったのですね」
「今日は少しだけね。でも、寝てたから治ったよ」
そう言うと、沖田さんは起き上がった。
「いいですよ、無理しなくても」
「無理してないよ。ずうっと寝ていたら、目が腐っちゃうよ」
いや、腐らないだろう。
安静なんだから、寝ているぐらいがちょうどいいだろう。
「寝ていてください」
「大丈夫だって」
沖田さんはそう言うと立ち上がって障子をあけ、縁側に出た。
「今日もいい天気だね」
浴衣じゃ寒いだろう。
せめて上を着てくれ。
そう思い、布団の上に脱ぎ捨ててあった上着を持って行き、沖田さんの上にかけた。
「あ、ありがとう」
沖田さんはそう言うと、縁側に座った。
「こういう日は、縁側にいると気持ちがいいね」
楽しそうに沖田さんはそう言った。
私も沖田さんの隣に座った。
「そうですね。この季節が一番気持ちいいですね」
しばらくの間、二人で無言で外をながめていた。
「江戸に行くんだってね」
あ、知っていたのか?
「はい。いつの間にかそう言う話になっていました」
そうなんだよね。
いつの間にか、私がオッケーって言っていたのだ。
「そうなんだ。いつ帰ってくるの?」
いつ帰ってくるんだろう?
確か、歴史ではこの時期に土方さんは江戸に隊士募集に行き……。
「十一月に帰って来ますよ」
それぐらいに帰ってきたと思うぞ。
「二カ月後かぁ。僕はいないかもね」
そうなのか?
「亡くなっているかも」
そう言う意味で言ったのかいっ!
「大丈夫ですよ。沖田さんはまだ亡くなりませんから。それに、私が死なせませんからねっ!」
「蒼良のその言葉が聞きたかったんだ」
沖田さんは、弱々しい笑顔でそう言った。
「実は、ここ数日具合が悪かったんだ」
そうだったのかっ!
「なんで私に言ってくれなかったのですか?」
「蒼良だって、忙しそうだったじゃん」
そうだけど……。
「でも、沖田さんの補佐なんだから、そう言うときは遠慮なく言ってください」
そう言って私は立ち上がった。
「どうしたの?」
立ち上がった私を見上げて沖田さんは言った。
「江戸行き、断って来ます」
「なんで?」
「沖田さんが具合悪いのに、行けないですよ」
私がそう言うと、今度は沖田さんも立ち上がった。
「僕は大丈夫だよ。だから江戸に行って来てよ」
そう言うけど、私は沖田さんが心配だ。
「じゃあ、僕の代わりに江戸に行ってきて。そして、僕の姉さんとかに会って来てよ。僕が江戸に行くわけにはいかないでしょ」
当たり前だ。
安静にしていないといけないのに、なんで江戸に行かないといけないんだ?
それこそ、病気が進むぞっ!
「だから、蒼良が行って。僕の代わりをまかせられるのは、蒼良しかいないから」
「沖田さんの代わりなんて、私はそんなに刀が使えませんよ」
「大丈夫。誰も蒼良にそこまで求めてないから」
あっ、そうなのね。
「わかりました。沖田さんの代わりに行ってきますね」
「うん、頼むよ。お土産買って来てね」
「わかりました。何がいいですか?」
「そばがいいな。京ではそば屋があまりないからね。たまに江戸のそばが食べたくなるんだよね」
京は味付けが薄いから、江戸で育った沖田さんから見ると、味が物足りないのだろう。
「わかりました、そばですね」
ところで、そばって腐らないのかな?
現代のように、乾燥したような麺があるのかな?
「それと……」
そばのことを考えていると、沖田さんが何か言いたそうに言ってきた。
「なんですか?」
「おみつ姉さんが変な薬を渡してきたら断ってね」
沖田さんのお姉さんのおみつさんは、沖田さんが病気なったと聞いて心配なんだろう。
過去に色々な薬を渡してきた。
一番強烈だったのが、人間のミイラを削って粉にしたという、強烈な割に効かない薬だった。
「そ、それは無理だと思います」
薬を渡してくるおみつさんの気持ちがわかるから、断り切れない。
「ええ、そうなの?」
沖田さんは嫌だなぁという顔をした。
「それなら沖田さんが、薬はいりませんって、文か何か書けばいいじゃないですか。それを渡しますよ」
私がそう言うと、
「それはだめだよ。怒られる」
と、沖田さんは言った。
「おみつ姉さんは、怒ると怖いんだ」
そ、そうなのか?
会ったことあるけど、優しそうな人だったぞ。
「仕方ない。蒼良がばれないように捨ててきてよ」
それはもっと無理だろう。
「沖田さん、お姉さん孝行だと思って……」
うん、お姉さんに恩を返すと思って、ここは我慢を。
「わかったよ」
口をとがらせて沖田さんはそう言った。
「気を付けて行って来てね。待っているから」
沖田さんは手をヒラヒラと振ってそう言った。
「はい、行ってきますね。お姉さんにも、沖田さんのこと報告しますね」
「変な報告はしないでよね。本当に怖いんだから」
どうしようかなぁ。
沖田さんの弱みを知ったから、ちょっと嬉しかったりする。
「変な報告したら、蒼良が女だって、屯所に張り紙するからね」
私の方が、最大の弱みを沖田さんに知られていたんだった。
「わかりました。元気にやっていると報告しておくので、それだけはやめてください」
せっかく沖田さんの弱みを知ったと思ったのになぁ。