約束の十三夜
旧暦は、月との関係が大きくかかわっているらしい。
だから、先月の十五日は十五夜だった。
そして今日は十三日。
もしかして今日は十三夜だと思うのだけど、十五夜の時のようににぎやかさがなかった。
みんな忘れているのかな?
「土方さん、今日は何の日かわかっていますか?」
一生懸命書き物をしている土方さんの背中に向かってそう言ってみた。
「知らん」
えっ、そうなのか?
「十三夜だと思うのですが……」
「そんなことどうでもいい」
そうなるのか?
「あのですね、十五夜のお月見をやったら、十三夜もやらないと、方見月と言って縁起が悪いらしいですよ」
「そんなこと知るかっ!」
ええっ!
「縁起が悪いのですよ。何かあって、ああ、あの時方見月だったからだって、後悔するかもしれないですよ」
私がそう言うと、すくっと土方さんが立ちあがった。
そして私の方を見て歩いてきた。
私は座り込んでいたから、土方さんを見上げるような感じになった。
「月見がどうしたって?」
なんか怒ってないか?怖いんだけど。
「あのですね、たぶん今日あたりが十三夜だと思うのですが……」
「それがどうした?」
だから、そんなにらむように見下ろさないでくれ。
怖いじゃないかっ!
「十五夜をやったから、十三夜もやらないと縁起が悪いかなぁなんて思ったのですよ」
「それは、花街の風習だろう」
そうなんだけど。
「うちは花街じゃねぇ、新選組だ」
そんなのわかってますよ。
ここが花街だったら、ある意味怖いわっ!
「で、俺に何をしろって言いたいんだ?」
「月見を……」
「一言言っていいか?」
な、何なんだ?
「俺はそんな暇はねぇ」
そうなのか?
「江戸に早く行かねぇといけねぇのに、仕事が終わらねぇからいつまでたっても行けねぇんだっ!」
あ、そうだったのね。
「こうやって必死になって仕事をしている俺を見たら、普通はわかるだろう?」
いや、わからなかったのだけど……。
「それじゃあ月見はどうしますか?」
バンッと土方さんが片足を強く畳を踏みつけた。
こ、怖いっ!なんか変な殺気がただよっているぞっ!
何が飛んできてもいいように構えていたら、
「勝手にやってくれ」
と、ポツリと言ったら文机に戻っていった。
どうしたんだろう?
文机に向かっている土方さんをのぞき込むと、
必死になって物を書いていた。
ああ、やっぱり仕事が終わらないんだ。
「土方さん、無理しないでくださいね」
そう言ったけど、耳に入っていないらしい。
書き物を書く手を休めることはなかった。
そろっと部屋を出ようとしたら、
「無理はしねぇよ」
と、遅れて返事がきた。
今返事がきたって、大丈夫か?
十三夜、何をすればいいんだ?
十五夜の時と同じような感じでいいんだよね。
じゃあ団子を買って……。
そんなことを考えて歩いていると、山崎さんの姿を見つけた。
なんか、救世主登場って感じだぞっ!
「山崎さんっ!」
山崎さんに向かって行きながら呼び止めた。
「どうしたのですか? そんなに必死になって何かあったのですか?」
少し心配そうな顔で山崎さんが聞いてきた。
もしかして、山崎さんも忘れているのか?
「今日あたりが十三夜だと思うのですが……」
まさか、違うとか?
でも、間違ってはいないと思うんだけどなぁ。
「あっ、そうですね。忘れてました」
忘れていたのか?
「もしかして、何かありましたか?」
山崎さんが先月言っていたのに。
「実は仕事が立て込んでいまして」
えっ、山崎さんもなのか?
今って新選組にとって忙しい時期なのか?
「大丈夫ですか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それでは十三夜の準備をしましょう」
山崎さんがそう言ってくれてよかったぁ。
「実は、屯所の中は誰もお月見の話もしないし、話題にも出ないし、心配だったのですよ」
土方さんも忙しそうだったし。
一人でどうしようかと思っていたから、山崎さんがいてくれて本当によかった。
「それでは、色々揃えに行きましょう」
山崎さんのその一言の後、屯所を出た。
「実は今、人を追っていまして」
団子を買って、お供え物を調達しているときに山崎さんがそう言いだした。
「誰を追っているのですか?」
「尊皇派の人間で、考え方が過激だから捕縛しておいたほうがいいだろうと言う事になったのです」
そんな簡単に捕縛できるものなのか?
長州征伐で負ける前は、誰でも理由をつけて簡単に捕縛出来たけど、今はあまり捕縛とかしなくなった。
というか、出来なくなったのか?
変なことをして、立場の弱くなった幕府が、立場の強くなった薩摩や長州にやられる可能性があるからだ。
「捕縛するのですか?」
だから、心配になって聞いてみた。
「できないのです。理由がないから」
やっぱり。
「だから、今は理由を探しているのです。彼らが何かやったらすぐに動けるように監視も続けています」
それで忙しかったのか。
「そんな大事な時期に、十三夜をやって大丈夫ですか?」
少しでも、監視をしたい時期なんじゃないのかな?
「大丈夫ですよ。ちょうど今日は休みなので。私だって、ずうっと監視をしていたら倒れてしまいます」
そうだよね。
「でも、せっかくのお休みなのに」
「休みだから、蒼良さんと一緒にいるのが楽しいのですよ」
なんだかわからないけど、そうなのか?
「十三夜は、栗名月とも言われています。だから栗を用意しましょう」
もしかして……。
「また八木さんのお世話になるのですか?」
前回は、八木さんから里芋をもらってお供えをした。
八木さん色々ブツブツ言っていたけど、とれたての里芋をくれのだ。
「八木さんの家には栗の木はなかったので、残念ながら今回は八百屋で調達しましょう」
今回は、八木さんにブツブツ言われなくて済みそうだぞ。
屯所に帰り、十五夜の時と同じようにお供えをした。
でも、十五夜の時のように、みんなでお酒を飲んでと言う宴会のような感じにはならなかった。
みんな忙しいのか、お供えをチラッと見ると、そのままどこかへ行ってしまった。
月が出るころには、山崎さんと私だけになった。
「なんか、寂しい月見ですね」
栗のような形の月を見ながらお酒を飲んだ。
「でも、月見は静かに見るのが私は好きですよ」
それもそうだなぁ。
こうやって静かに眺めるのもいいのかもしれない。
お酒もすすむし。
「蒼良さん、ずいぶんとお酒が進みますね」
山崎さんが優しくそう言った。
えっと思って周りを見て見ると、空の徳利がかなりの数転がっていた。
えっ、これ、私が飲んだのか?
「あ、いつの間に……」
「いいですよ。今日は月見酒ですね」
そう言いながら山崎さんがお酒をそそいでくれた。
お猪口に入ったお酒に月がうつっていて、なんか月見っぽくていいなぁと思った。
「無事に十三夜が出来てよかったです」
方見月が縁起が悪いと言っていたから気になっていたのだ。
「そうですね。蒼良さんとこうやって月見が出来てよかったです」
そう言っていると、ドカドカと足音が聞こえてきた。
せっかくの月見なのにぶち壊すのは誰だ?
そう思って見て見ると、土方さんがすごい勢いでこちらにやってきた。
な、なにっ?
土方さんはチラッと私を見た後、山崎さんに向かって、
「奴らが動き出したぞ」
と、一言そう言った。
「わかりました。急いで捕縛してきます」
山崎さんはスッと立ちあがって行ってしまった。
えっ、私、一人で月見するの?嫌だなあ。
「わ、私も一緒に行きますっ!」
私も立ち上がり、山崎さんを追いかけていった。
山崎さんと他の隊士数人で、山崎さんが監視していた人間がいる場所に走って行った。
「御用改めだっ!」
そう言って、勢いよく家の戸を開けた。
みんなですみずみまで探したけど、もぬけの殻になっていた。
「逃げたばかりらしい」
家の中の状態を見て山崎さんが言った。
「外を見てきます」
他の隊士たちが急いで外に出て行った。
「きっとこちらの情報がもれたのでしょう」
山崎さんが家の中を見ながらそう言った。
「隊の中に間者がいると言う事ですか?」
誰が間者なんだろう?
「いるかもしれませんね。隊士の数も多くなってきたし」
一応幕臣になっているから、尊皇派の間者が潜んでいるかもしれない。
誰かを疑いながら過ごすって嫌だなぁ。
「家の中にはもう誰もいないようなので、私たちも外に行きましょう」
まだ近くにいれば、追いかけて捕まえることが出来るかも。
しかし、すでにどこかへ隠れこんでいるのだろう。
山崎さんが監視していた人たちは見つからなかった。
「きっと、もう誰かが彼らをかくまっているのかもしれない」
これだけ早く行動を起こしたのに見つからないと言う事は、もうそう言う事だろう。
京には尊皇派の人間が多数いると言う事だ。
それはどういうことかというと、時は確実に明治維新へ向けて動き始めていると言う事だろう。
着々と準備が進められている。
「そんなに落ち込むことはないですよ」
山崎さんは私にそう声をかけてきた。
歴史を変えるには、こういう小さいことにも気を使わなければならない。
それが出来なかったのは、自分の歴史の勉強不足だ。
もっと歴史を、特に幕末のことを勉強しておくのだった。
「今回の奴らは逃しても別に害はないのですよ。ただ、捕縛できればその後ろにいる人物も捕縛できるかもしれないという事だけです」
それって大事なことじゃないかっ!
「その後ろにいる人物が大物だったらどうするのですか?」
「たぶん、そんな大物じゃないですよ。後ろにいる人間は多分、鷲尾隆聚という人間です」
……知らない人だ。
誰だ?
後で調べてみると、この人、鳥羽伏見の戦いで錦の旗を授けられた人だった。
すごい大物だったじゃないかっ!
「やっと仕事がひと段落しそうだぞ」
土方さんが嬉しそうに言った。
「よかったですね」
「お前もいつまでも落ち込むな」
落ち込むなと言われても、大物取り逃がしちゃったしなぁ。
「相手の方が上手だったというだけの話だ。これからはそんなことがしょっちゅうあるだろうな」
そうなるだろうなぁ。
はあ。
思わずため息をついてしまった。
「ため息つくほどのことじゃねぇよ。まだ次があるんだから」
土方さんが、ポンッと私の頭に優しく手をのせてきた。
そうですね、次がありますね。
あるといいのだけど……。
もう不吉なことばかり考えてもきりがないからやめておこう。
「そう言えば、十三夜はやったのか?」
「はい、山崎さんとやりました」
「山崎とやったのか?」
だって、誰も相手してくれなかったじゃないか。
「いけませんでしたか?」
「いや、そうじゃないが……」
そう言うと、土方さんはブツブツと何かを言っていた。
「土方さんは仕事が忙しいと言っていたので」
「そうだ、忙しかった。ああ、悔しいな」
何が悔しいんだ?わけがわからん。
「そんなに悔しければ、来年出来たらやりましょう」
「できたらって、なんだ?」
「できないかもしれないので」
それどころじゃないかもしれないし……。
「それもそうだな。来年の話をすると鬼が笑うって言うからな」
「土方さんが笑うのですか?」
「ばかやろう」
だって、鬼と言えば土方さんじゃないかっ!