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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年8月
360/506

新選組と御陵衛士

 新選組から分離した御陵衛士として、今月の初めに長州の処分を寛大にしてほしいと、朝廷と幕府に建白書を出した。

 新選組の局長である近藤さんが六月に建白書を出していた。

 その中身は、私たちが今回出したものとは全く逆のもので、長州に厳罰をという内容の物だったらしい。

 だから、今回の私たちの行動は、新選組とは考え方が違うんだという事を、朝廷や幕府に知らせるためのものだった。

 これを知った近藤さんがなんて思っているか。

 気にくわないと思っているだろう。

 けど、そんなことは私たちには関係のないことだ。

 もう、新選組じゃないのだから。

 それから、伊東先生は九州へ出張に行ってしまった。

 これが新選組の場合だと、土方さんが出張に行ったとき、隊の中は鬼の副長がいないとあって、雰囲気がのびきったものになっていたが、御陵衛士は伊東先生がいなくても雰囲気は変わらなかった。

 伊東先生は新選組のように隊の規則と言うものを作らなかった。

「先に入ったとか、年齢とか、そう言うものを関係なく付き合える隊にしたい。同志であり、友でもあるんだから」

 と伊東先生はよく言っていた。 

 だから、上下関係とかもなく、誰もがお互い親しく話が出来る雰囲気だった。

 隊は新選組より、御陵衛士の方が好きだった。

 しかし、ここは本当に私の場所なのだろうか?と思う事が最近あった。

 それは、中岡先生が御陵衛士の屯所である高台寺に来た時のこと。

「平助、ちょっと来なさい」

 伊東先生に呼ばれたので部屋に入った。

「こちらは、土佐出身の中岡先生だ。坂本先生と一緒に日本のために活躍しているお人だ」

 伊東先生は中岡先生のことをそう紹介した。

「藤堂平助と申します」

 私は自己紹介をしてお辞儀をした。

「いい若者だな」

 中岡先生はそう言ってほほ笑んでいた。

 伊東さんがこのことを言うまでは。

「平助は、新選組でも魁先生と呼ばれているぐらい活躍した人物なのですよ」

 伊東さんがそう言うと、中岡先生の目つきが少し変わった。

「もしかして、池田屋にもいたのか?」

 いないと行った方がいいのか?

 しかし、ここで嘘を言ってもいつかはわかることだろう。

「はい」

 私が返事をしたら、

「へぇ、池田屋にいたのか」

 と言いながら、中岡先生は目を細めた。

 確か、池田屋には土佐の人間もいたと思う。

 きっと中岡先生の知り合いがいたのだろう。

 やっぱり、言わない方がよかったのか?

「平助、もういいよ」

 伊東先生は私に下がるようにそう言った。

 きっとその場の空気がものすごく悪いものになったからだろう。

「わかりました。失礼しました」

 私はそう言って頭を下げた後、部屋を出た。

 池田屋にいた。

 その言葉を聞いた時の中岡先生の顔が、頭から離れなかった。

 自分では、新選組を出て御陵衛士の藤堂平助になったつもりだった。

 しかし実際はどうなんだろうか?

 もと新選組にいて、池田屋にもいた藤堂平助になっているんだろうか?

 最近では、池田屋なんかに居なければよかったと思ってしまう。

 過去を捨てて、新しい自分になりたいのに、なれない自分がいる。

 過去は、どこまで今の私を追いかけていくのだろうか。


「最近元気がないな、何かあったのか?」

 夕方、伊東先生の弟である鈴木さんに飲みに誘われた。

 私の元気がないから、誘ってくれたらしい。

「特に、何もないですよ」

 まさか、過去の自分について悩んでいるなんて、言えない。

 御陵衛士になりたくなかったのか?なんて言われそうだ。

「もしかして、夏負けか?」

 夏が暑くて食欲がなくなると、朝から体が重くて何もする気になれないという、夏負けと言うものがある。

 涼しくなってきた今ぐらいの時期に夏の疲れが出てくるってこともあるだろう。

「何でもないですよ。私は元気です」

 健康状態はいいので、元気なのは間違いない。

「そうか、それならいいが。せっかくだから、島原でパーッとやるぞ」

 鈴木さんは楽しそうに島原の方へ歩き出した。

 島原か。

 新選組の巡察する場所の一つになっている。

 芸妓を呼んでお酒を飲む場所だ。

 そんなところで蒼良そらに会いたくない。

 でも、本当はどんな場所でも構わないから顔が見てみたかった。

 芸妓になって潜入捜査でもしていないかな?

 そんな都合のいい話はないか。

「おっ、あれは新選組の蒼良じゃないか」

 鈴木さんが指をさしてそう言った。

 まさか、本当に?

 そう思って鈴木さんの指の先を見ると、新選組の隊士を数人連れて巡察している蒼良がいた。

「あいつもえらくなったもんだな。下っ端を数人連れて歩いているぞ」

 蒼良は慣れた感じで、数人の隊士に指示を出していた。

 少し見ない間に、たくましさも感じたけど、綺麗になったとも思った。

「あ、こんばんわ。お久しぶりですね」

 私たちに気がついた蒼良がそう言って頭を下げてきた。

「蒼良もえらくなったな」

 鈴木さんは楽しそうにそう言った。

 鈴木さんは、伊東先生から新選組と距離を置きたいからかかわらないように、って言われなかったのか?

 鈴木さんをひじでつっつくと、

「わかっている。でも、今は兄上もいないから羽を伸ばしてもいいだろう? な、蒼良」

 なんで蒼良に聞いているんだっ!

「えっ、何がですか?」

 ほら、蒼良だって、突然話をふられたらわからないじゃないか。

「平助は、兄上が言った事を気にしているんだ。それで、俺と蒼良が話すのを見ているのが嫌なのだろう?」

 確かに、鈴木さんが蒼良と仲がいいのを見るのは嫌だ。

 それは鈴木さん以外の男が蒼良と親しくするのは嫌だというのを同じことだ。

 今回は、それとは違う事だ。

「違いますよ」

 だから、私は否定した。

「そんなにむきになることはないだろう」

 いや、むきになってない。

 私は普通だ。

「今、伊東さんはいないのですか?」

 私たちの雰囲気を見て察したのか、蒼良が話の話題を変えてきた。

「九州へ出張中だ」

 鈴木さんは相手が新選組だというのに、あっさりと話してしまった。

 でも、蒼良は未来から来たと言っていたから、伊東先生が九州へ出張中だと言う事も知っているかもしれない。

「そうなのですか。大宰府あたりにでも行っているのですかね」

「そこまでは知らんが。蒼良はなんでそう思ったんだ?」

 鈴木さんは怪訝な顔をして聞いていた。

 やっぱり、蒼良は知っていたのだ。

「鈴木さん、蒼良は勘がいいのですよ。ね、蒼良」

 私が助け舟を出すと、蒼良はにこっと私に微笑んでからうなずいた。

「そ、そうなんですよ。昔から勘だけはよかったようで」

 そう言って蒼良はごまかしていた。

「そうか。俺は新選組が間者を放っているかと思ったぞ。でも俺も、兄上が九州のどこにいるか知らないんだけどな」

 そう言うと、あははと鈴木さんは豪快に笑っていた。

「そろそろ行きましょう」

 私は鈴木さんに声をかけた。

 と言うのも、蒼良と一緒に来ていた隊士たちが、こちらを怪訝な顔で見ていたからだ。

 御陵衛士のやつらだと悪口を言っているのだろう。

 あまり蒼良と一緒にいると、蒼良の評判まで落ちてしまうかもしれない。

「あ、そうだな。俺らはこれから飲みに行くんだ。平助が最近元気がないからな」

「そうなのですか? 大丈夫ですか?」

 鈴木さんは本当に余計なことを言うのだから。

 蒼良が心配しているじゃないか。

「大丈夫だよ。じゃあ、私たちは行くから」

「あまり飲みすぎないようにしてくださいね」

「酒には飲まれないから大丈夫だ」

 そう言う鈴木さんを引っ張って蒼良から離した。

 蒼良は手を振って見送ってくれた。

「蒼良は大物なのか、知らないだけなのか、わからんな」

 蒼良の姿が遠くなってから鈴木さんがそう言いだした。

「どうしてですか?」

 話題が蒼良のこととなると、すごく気になる。

「俺たちが新選組とまったく正反対の建白書を出しただろう? 新選組の中は、御陵衛士たちは裏切り者だとか、敵視している奴らが多いと思うぞ」

 確かに。

 蒼良と一緒にいた隊士たちの反応が普通の反応なのだ。

「でも、蒼良は全く変わりがなかった。あれは建白書を知らんか、そんなこと気にしていない大物なのか、どちらかだぞ」

「蒼良は、違うものを見ている人だから、そんなことを気にしていないのでしょう」

 きっとそうだ。

 彼女の頭の中は、新選組を助けることだけしかないだろう。

 だから、建白書の中身とかそんなものは頭に入っていない。

「そうかもしれないな。兄上じゃないが、俺も蒼良を御陵衛士にほしくなったぞ」

「それは無理でしょう。蒼良の頭の中は新選組でいっぱいですから」

「そうらしいな。もったいないな」

 鈴木さんは残念そうにそう言った。

 私だって蒼良が御陵衛士に来てくれたらどんなに嬉しかっただろう。


 次の日、鈴木さんが笑顔で私を呼んだ。

「おい、蒼良が御陵衛士に来たぞ」

 それはないだろう。

「鈴木さん、そんな冗談はやめてください」

「あ、ばれたか」

 そんな嘘はすぐにばれるだろう。

「でも、来ているのは本当だ。お前に用があるらしい。部屋に通してある。兄上がいる時なら玄関先で断って返しているところだが、いないから通してもいいだろう」

 鈴木さんはそう言ってニヤリと笑った。

「平助、蒼良を説得しろ」

 そのために中に通したのか?

「無理ですよ」

 そう言って私は蒼良が待っている部屋に向かって行った。

「あ、藤堂さん。すみません。突然おしかけてしまって」

 私が部屋に入ると、蒼良は立ち上がってそう言った。

「私は大丈夫だから、座って」

 私がそう言うと、蒼良は畳の上に座った。

「伊東さんがいないと聞いて、それなら直接会いに行っても大丈夫かな? なんて様子をうかがっていたら、鈴木さんに見つかってしまって、遠慮することな、入れ! と言われて、気がついたらここにいました」

 なんだ、鈴木さんが入れたんじゃないか。

「すみません」

 そんなことは全然かまわない。

 むしろ、ここに蒼良がいることを嬉しく感じている自分がいる。

 しかし、心配なのは蒼良だ。

「蒼良は大丈夫なの?」

「なにがですか?」

「ここにいて、御陵衛士の所に行っているって、悪口とか言われない?」

「ああ、そんなことは大丈夫ですよ。あまり気にしていないので」

 やっぱり、蒼良はそう言う人間だよな。

 そう言うところが好きだったりするんだけど。

「それより、私に何か用があったの?」

 様子をうかがっていたと聞いたから、何か用があったのだろう。

「昨日会ったら、藤堂さんが元気なさそうだったので。何かあったのですか?」

 それでここまで来てくれたのか?

「それだけのことで、ここまで来たの?」

「それだけのことで片づけられることじゃないですよ。元気がないって鈴木さんも言っていたから何があったんだろうと心配だったのですよ」

 そんなに心配されると、もしかして私のことが……なんて期待をしてしまう。

「なにがあったのか、教えてください」

 真剣な顔で言う蒼良に負け、私は中岡先生に会った時のことを話した。


 蒼良は黙って全部聞いてくれた。

「それで、悩んでいるのですね」

 蒼良が真剣に聞いてくれるので、私も悩みとか全部話した。

「そうなんだ。もう堂々巡りになってしまって。過去に悩むなんておかしいよね」

「そんなことないですよ」

 蒼良のその言葉にホッとした。

 嫌われたらどうしようと思っていたからだ。

「うまく言えないのですが、過去の藤堂さんがあるから、今の藤堂さんがあると思うのですよ。じゃあ今の藤堂さんは御陵衛士にいるけど新選組の藤堂さんなのか、それとも御陵衛士の藤堂さんなのか、どっちと言われると……」

 そこで言葉を切った蒼良は、顔をあげて笑顔になった。

「そんなことどっちでもいいじゃないかと思うのです。だって、どっちも藤堂さんでしょ。藤堂さんが藤堂さんであればいいと思うのです」

 私が私であればいい?

 そうかもしれない。

 新選組の考え方がいやになり、伊東先生を連れてくれば変わるかもしれないと思い、江戸から連れてきた。

 それでも変わらなかったから、伊東先生と一緒に新選組を出た。

 これは全部自分がして来たこと。

 池田屋も自分がこれで良かれと思ってやったことだ。

 今回もそうだ。

「それに、藤堂さんの過去は藤堂さんのものであり他の人のものではないですからね。もう、それを受け入れるしかないと思いますよ。池田屋にいたよ。何か文句あるか? ぐらい言ってやる気持ちじゃないと。あ、でもそこまで言ったら怒られちゃいますからね」

「そんなことは言わないよ」

 そう言う私は笑っていた。

「終わったことを色々考えても、変わる物でもないですからね。それなら先のことを考えた方が得ですよ」

 蒼良がニコッと笑って言った。

 そうだ、その通りかもしれない。

 中岡先生も、今は私のことを池田屋にいたもと新選組の男としか見てくれないかもしれないけど、これからの私の活躍次第でその見方も変わるかもしれない。

「そうだね、蒼良の言う通りだね。ありがとう」

「元気になったようでよかったです」

 蒼良の笑顔にまた私が元気になってきたような感じがした。


 玄関まで蒼良を送った。

 草鞋を履いて玄関を出る時、蒼良が振り返った。

「藤堂さん、油小路には絶対に行かないでくださいね」

 私は、油小路で亡くなるらしい。

 だから、蒼良は私に会うと必ずそう言う。

「わかっているよ」

 私は蒼良にうなずきながらそう言った。

「じゃあ、行きますね」

 そう言って、蒼良は去っていった。

 走り去っていく蒼良をいつまでも見送っていた。


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