大坂出張
6月になった。旧暦の6月なので、現代になおすと7月の中頃になる。
梅雨も明けたのか、天気のいい日が続き、しかも暑い。
冷房やアイスが恋しい季節だ。
そんな時に話が来た。
「大坂ですか?」
土方さんに聞くと、汗を流しつつ、
「そうだ。」
と、一言言った。
「天下浪士と名乗る者たちが大坂で乱暴狼藉を働いているらしい。そいつらを捕縛しろと言う命が、会津藩からくだされた。」
「会津藩から出されたのなら、従わないといけませんね。」
「当たり前だろう。」
「暑いのに、嫌だなぁ。」
「ばかやろう。そんなこと言っている場合じゃないだろうっ!」
そのとおりなんだけど、この暑い中を大坂まで行くことを考えると、憂鬱になる。
「源さんが一緒に行くから、何かあったときは源さんと頼るといい。」
「えっ、土方さんは行かないのですか?」
「全員で行ったら、京の治安を守る仕事はどうなる。こっちにも居残りが必要だろうが。」
話によると、近藤さんや芹沢さん他10名ぐらいで行くらしい。それにどうやら私も入っているらしい。
「メンバーがえらい個性的じゃないですか。」
芹沢さんと近藤さん、山南さんと源さんと斎藤さんと永倉さんと沖田さん。そして、芹沢さんのお友達の平山さんと野口さん。そして、前回大坂で隊士募集をしたときに入ってきた、体の大きい島田さん。
「それを言うなら、お前も充分個性的だから大丈夫だ。」
そうなのか?
という訳で、その日の夜に出発した。
この日の大坂は、前回来た時と雰囲気が違っていた。
一言で言うと、騒々しい。でも、その中でも、見えない糸がピーンと張り詰めている緊張感もあった。
「何かあったのですか?」
「聞いた話によると、老中の小笠原 長行って奴が、千数名の兵を率いて大坂に来ているらしいぞ。」
永倉さんが説明してくれた。
それって、戦になるってこと?でも、歴史ではそういう記述がなかったから、戦はないはず。
「将軍がいるのに、会津藩が奴らの上陸を止めるように、と朝廷から頼まれたらしい。でもわしらは蚊帳の外だ。」
芹沢さんが面白くなさそうに言った。
今回の仕事は、天下浪士の捕縛で、その上陸を止める仕事と比べると、ものすごく小さくてどちらかというと裏方の、いや、裏方すらならない仕事かもしれない。
「会津藩主、松平 容保公直々の命令だ。小さな仕事かもしれないけど、やらないわけにはいかない。早速、捕縛をするぞ。」
真面目な近藤さんは言った。
「会津藩主というか、会津藩の人間の命令だろう。くだらなすぎてやってられんわ。」
やっぱり、芹沢さんは、今回の仕事は気に食わないらしい。
「じゃぁ、ちゃちゃっと天下浪士を片付けて、その上陸の方も見てみましょうよ。」
やる気を出させるために言ってみたけど、みんなから、命令もされていないのに、そんな大きな仕事に参加できるわけないだろうという目で睨まれてしまった。
「それにしても、天下浪士なんて、どうやって探せばいいのですか?」
現代みたいに写真があって、こいつを探せ!というようなことはない。情報は、天下浪士というだけ。
それだけの情報で、どうやって探すのだろう。
一応、3組に別れたけど、大坂も広い。そう簡単に見つかるものでもないと思うのだけど。
「そのうち、向こうから出てくるよ。」
沖田さんは、ものすごく簡単に言った。そういうものなのか?
「ああいう奴らは、じっとしてないからな。どこかで暴れているだろうから、それをとらえればいいさ。」
源さんも、ものすごく簡単なもののように言った。
「できれば、短時間で終わらせたいですね。暑いし。」
現代のように35度とか6度とかまでは上がっていないと思うけど、暑いものは暑い。
「ま、それは相手次第かな。相手も暑くて出てこれないようだったら、見つけるのも時間かかると思うし。」
「沖田さんは、暑くないのですか?ものすごく涼しげに言ってますけど。」
「そりゃ、暑いよ。」
「そんなに暑いか?よし、捕まえたら、今晩俺がうなぎをごちそうしてやる。」
「源さん、それ本当ですか?」
「蒼良、俺は嘘は言わないよ。」
「わーい、うなぎ、うなぎ。久々の魚だぁ。」
本当は肉をガッツリ食べたいけど、この時代は肉を食べることはあまりいいことではないという時代なので、そういうわけにもいかない。でもうなぎでも十分嬉しい。
冷蔵庫という便利なものがないので、夏の生ものは手に入りにくい。だから、魚も久々だ。
「ちゃっちゃと捕まえちゃいましょう。」
「蒼良も、単純だなぁ。」
「沖田さん、うなぎが待っているのですよ。」
「お、噂をすれば…。らしいぞ。」
源さんが言ったので見てみると、目の前のお店が騒々しかった。
そのお店は、食事処のようなところで、浪人2人連れが騒いでいた。
「俺たちは、攘夷を実行するためにここにいる天下浪士だ。その天下浪士に金を払えだと!」
いた、天下浪士。
「天下浪士だかなんだかしらんけど、食べたら勘定はするものやろう。」
お店の人も一生懸命反論しているけど、天下浪士たちは刀を出してきた。
「そこまでだ。」
源さんがお店の人と天下浪士の間に入った。
私もいつでも刀を抜けるように準備しておく。
「お前たちを捕縛しろって命が来ているから、おとなしく付いてこい。」
源さんがそう言ったけど、当然、おとなしく付いてきてくれる人たちではなく。
「何を!」
と言いながら、刀を振り上げてきた。
私は、お店の人を避難させる。その間に沖田さんが素早く刀を抜き、天下浪士に切りかかる。
今回は、捕まえて奉行所に渡すようにと言う命令だったから、沖田さんも、一人で二人を相手にし、刀を持てないように相手の手などを切りつけて、その後源さんが捕獲した。
それから、その二人を奉行所に連れていき、仕事終了になった。
「まむし?!」
3人で声をそろえてその文字を読んでしまった。
「源さん、私の目が悪くなったのか、うなぎという文字がまむしと見えるのですが。」
「蒼良、大丈夫。僕の目もまむしって見えるよ。」
沖田さんも張り紙の文字が『まむし』って見えるということは、本当にまむしと書いてあるらしい。
「あれ、おかしいな。確かにここで間違いないと思うのだが。」
源さんは、私たちにうなぎをごちそうするのに、どうせならうまい店がいいということで、宿泊先である八軒家の京屋の人に聞いて、その場所に来たのだけど…。
張り紙の文字が、うなぎではなく、まむしと書いてあった。
「大坂の人って、まむし食べるのですか?」
「さぁ。繁盛しているみたいだから、食べるかもね。」
店の中をおそるおそるのぞきながら、沖田さんが言った。
「まむしって、あの毒蛇ですよね。」
現代のまむしと江戸時代のまむしが同じものなら、確か毒蛇で有名なあの蛇のはず。
「そうだよ。よくみんな食べれるなぁ。」
「おかしいなぁ。うなぎ屋のはずなんだけど。なんでまむし屋なんだ?」
源さんは、さっきから首をかしげて悩んでいる。
「あ、あんさんら、もしかしてよそから来たん?」
店の外でおそるおそる見ていた視線に気がついたのか、中から人が出てきた。
「京から来たが、出身は江戸だ。」
源さんが答えた。
「まむしって書いてあるけど、うなぎや。」
なぜにまむしなんだ?
聞くところによると、うなぎの蒲焼を切って、ご飯にまぶすからまむしとか、ご飯の温かさで蒸されるから、まむしだとか。
どちらにしても、大坂ではまむしはうなぎ丼のこと。
「よかった、まむしじゃなくて。」
ホッとして私が言うと、
「まむしだったら、絶対食べない。」
と、沖田さんが言った。
「とにかく、うなぎが食べれるんだ。よかったよかった。」
源さんは満足そうだった。
評判通り、美味しかった。
「なんか、油っぽいなぁ。」
沖田さんはそう言いながら食べていたけど、江戸と大坂では違うのかな?
「ちなみに、大坂では腹から割くらしいぞ。腹を割って話すという意味でな。」
「そうなんですか。源さん詳しいですね。」
「京屋さんから聞いた。ちなみに江戸は背から割く。腹を割くのは切腹みたいだからな。」
「でも、それは後付けの理由みたいですよ。」
「沖田さんも、詳しいのですか?」
「聞いた話。本当は、腹から割くと串刺しにする時に柔らかすぎて崩れるから江戸では背から割くらしいよ。」
「総司も、詳しいなぁ。」
「どっちでも、美味しければいいです。」
そう言いながら、私はうなぎ丼をかきこんだ。
「蒼良らしいや。」
沖田さんが私を見ながらそうつぶやいた。
宿に戻り、お腹いっぱいで布団の中に入った。
布団の中で携帯があればなぁと思った。そうしたら、今日のことも土方さんに報告できるのに。
よく考えたら、私が江戸時代に来てから、一番話をしていて、一番近くにいる人が土方さんだ。同じ部屋だから、必ず顔を合わせるし、合えばその時あったことなど必ず話をしていた。
離れて1日しか経っていないけど、こんなに離れていたことはなかった。だから、会って今日のことを話したかった。
江戸から千数名の兵が船できていて、大坂の街は戦になるかもしれないと言う緊張感が漂っていること。今日捕まえた天下浪士のこと。そして、うなぎのこと。
うなぎのことは、まむしを食べるのですよって、騙しても面白そうだなぁ。
あ、そうそう、明日、芹沢さんが川涼みしようと言っていたなぁ。何しろ船に乗って涼むらしい。
水辺は涼しいって言うし、きっと涼しいのだろうなぁ。楽しみだなぁ…。
そんなことを思っていると、夢の中に入っていた。




