十五夜
「月が綺麗ですね」
山崎さんと夜の巡察だった。
秋になってきたからか、月明かりが青白く照らされていて、すべて物が綺麗に見えた。
現代と違って明るい夜じゃないので、月が出ているだけで、今日は明るいなぁと思う。
「もうすぐ十五夜ですからね」
えっ、十五夜?
「十五夜って、九月ですよね」
「九月は十三夜ですよ」
山崎さんの優しい笑顔が月明かりに照らされていた。
あれ?九月だよな?
よく考えてみると、今は旧暦だ。
現代になおすと九月になる。
だから、この時期が十五夜になるのだろう。
てっきり九月だと思っていたよ。
「そうですね、もうすぐ十五夜ですね」
山崎さんは私が未来から来たと言う事を知らないので、旧暦や新暦と言ったら疑われるだろう。
だから、そう言ってごまかした。
そう言えば、この時代に来て月見をやっていなかったなぁ。
「十五夜と言ったらお団子ですよね」
今年はちゃんとやってお団子を食べたいなぁ。
「蒼良さんは、本当にお団子が好きですね」
「いや、別に、お団子が目的じゃないですよ」
「無理しなくてもいいですよ」
いや、別に無理はしてないぞ。
「お団子のほかにもお供えをしますよ」
現代と同じものなのか?
「ススキを飾って、収穫したばかりの里芋などをお供えしますよ。あと、お酒もお供えしますね」
「お酒ですかっ!」
私が現代でやっていた時は、お酒はなかったぞ。
「蒼良さん、嬉しそうですね」
「そりゃ嬉しいですよ。正々堂々とお酒飲めますからね」
その言葉を聞いた山崎さんはクスクスと笑いだした。
「蒼良さんらしいですね」
そ、そうなのか?
「今年はぜひ、屯所でも十五夜をやりましょうっ!」
「そうですね。月を見ながら美味しいお酒を飲みたいですよね」
「もちろんっ!」
あれ?
山崎さんは再びクスクスと笑っているし、何か変なことでも言ったか?
「蒼良さんらしい」
どうやら言ったらしいぞ。
「月見とくれば、団子をそろえないといけないですね。明日が十五夜だと思ったので、急がないといけないですね」
えっ、明日だったのか?
「ずいぶんと早い月見ですよね」
「月見は前から決まってましたよ」
そうなんだけど……。
「思っていたより速かったなぁと思ったのですよ。明日の昼間に団子とかお酒とか揃えないといけないと言う事ですね」
「団子とお酒だけじゃないですよ」
山崎さんは楽しそうにそう言った。
わかっていますよ。
「私も手伝いますから、一緒にそろえましょう」
山崎さんが手伝ってくれるのならありがたい。
「お願いします」
と言う事で、次の日の昼間、一緒に月見の材料をそろえることになった。
「月見か。お前の目的は酒だろ?」
無断でお月見をしたらいけないかなぁと思い、副長である土方さんの許可をとるために話をした。
「何言っているのですか。そんなことはないですよ」
少しはその目的はあるけど。
「いいぞ」
「え、いいのですか?」
あっさりと許可が出たことに驚いた。
「いいって言っているだろう。季節を感じることはいいことだ」
たまにはいいことを言うじゃないかっ!
「ちなみに、昨日は待つ宵と言い、明日は十六夜と言うんだ。これは俳句をたしなむ者の間では知らんものはいないものなんだがな」
俳句かぁ。
土方さんからその話題が出るとは。
「なにニヤニヤしてんだ?」
あ、顔に出ていたらしい。
「いや、何でもないですよ。ところで、新しい俳句集はいつできるのですか?」
「そんなもん、作っとらんっ!」
そ、そうなのか?
「土方さんファンとしては、ここでもう一冊俳句集を作ってほしいと思っていると思いますよ」
「ふぁん?」
あ、この時代にはない言葉だ。
「土方さんを応援している人たちと言うのか、好きな人たちと言うのか……」
「そんな人間がいるわけねぇだろう」
この時代にはあまりいないかもしれないけど、現代に行くと、たくさんファンがいるからね。
「グダグダ言っていると、月見の許可を取り消すぞ」
あ、それだけはっ!
「取り消さないでくださいよ。一度許可を出したものを取り下げるのは、武士としてどうかと思うのですが……」
「ほお、お前から武士と言う言葉を聞くとは思わなかったぞ」
そう言った土方さんの顔が怖いのですがっ!
今までの経験上、ここは逃げるが勝ちかもしれない。
「あ、準備がありますから、ここで失礼しますっ! あ、お月見楽しみにしててくださいね」
いうだけ言うと、私は部屋を出た。
「まず、ススキを探しましょう。いい場所があるのですよ」
えっ、ススキを探すのか?
「売っている物じゃないのですか?」
現代だと、花屋とかスーパーとかで売っているけど。
「そんなもの、売り物にもならないと思いますよ。あっちこっちにありますからね」
そ、そうなのか?
山崎さんに案内された場所には、ススキが山ほどあった。
なんか、秋の花粉がたくさん飛んでそうだと思うのは、私だけか?
「本当に、たくさんありますね」
売るほどあるぞ。
そうだっ!
「これを売って歩いたら、さぞかし儲かりますよ」
脇差でススキを切っている山崎さんに向かって言うと、山崎さんは吹き出していた。
な、なんか変なことを言ったか?
「ちょっと探せばただで手に入るものを買う人はいませんよ」
それもそうだな。
ススキが生える場所が無くなった現代だから売れるものなのだろう。
「それもそうですね」
「蒼良さん、落ち込んでいる暇はないですよ。にぎやかにやりたいので、ススキはたくさん必要ですよ。蒼良さんもとってください」
そうだよね。
広い屯所でやるのだから、お供えする場所も大きくないとね。
それにはたくさんススキが必要だわ。
直接、手で取ろうと思い、ススキを手で触ると、ズキッと痛みが走った。
あれ?と思って手を見てみると、何故か知らないけど、手が切れていた。
「あれ、切れてる」
自分の手を見てつぶやくと、
「蒼良さん、大丈夫ですか?」
と、山崎さんが心配そうな顔をして私の方へ来た。
「あ、大丈夫ですよ。傷は浅いので」
これぐらいなら、切り傷のうちにも入らないだろう。
「手を出してください」
そう言いながら、私の手を引っ張り出した山崎さんは、切り傷に手拭いを巻き始めた。
「山崎さん、大げさですよ。なめておけば治ります」
「蒼良さんの手に傷跡が残ったら大変ですよ」
跡も残らないと思うのだけど。
「もしかして、素手でとろうとしましたか?」
山崎さんに聞かれ、コクンとうなずいた。
「ススキは葉をさわるとたまに切れることがあるので、素手でとるのは危険ですよ。こうやって脇差を使ってとるのが一番です」
山崎さんは、脇差を使ってススキをとった。
脇差って、そう言う事のためにあるのか?
「ここは私がとるので、蒼良さんは見ててください」
「それは山崎さんに悪いじゃないですか」
一緒に準備するって約束したのに。
「もうすぐ終わるので、大丈夫ですよ」
そうなのか?
山崎さんのとったススキを見ると、結構な量になっていた。
それじゃあ、お言葉に甘えて。
と言う事で、山崎さんがススキをとっている姿をながめていたのだった。
「次は、この秋とれたものをお供えします。できれば山芋なんかがいいのですが」
それはもう八百屋だろう。
「八百屋さんにでも行きますか?」
「もっと楽に手に入るところがありますよ」
えっ、そんな所があるのか?
そう思いつつ、山崎さんの後をついて行き、ついたところは……。
「新選組もずいぶん風流な組織になったなぁ。ここにおったころは月見のつの字もやらんかったやろう?」
そう、八木さんの家だった。
「里芋ぐらい、自分らで用意したらええやろう?」
私もそう思って八百屋にって思ったのですよ。
「ないのですか?」
山崎さんが一言そう言うと、
「ちょうど今、とれたてがあるから、持って行き」
と、八木さんはそう言うと、土のついた里芋をたくさん用意してくれた。
「いいのですか? そんな簡単にもらってしまって」
あまりのあっさりとくれるので、思わずそう聞いてしまった。
「金払ってくれるんか?」
その言葉に、ブンブンと首をふった。
「幕臣になって儲かっとるんやないのか?」
そ、そんなことはないぞ。
「屯所が移転したばかりなので、色々お金がかかるのですよ」
山崎さんが普通にそう言った。
あれ?
「それは、西本願寺が……」
全部用意してくれたと思ったんだけど……。
と言おうとしたら、手で口をふさがれてしまった。
「西本願寺がなんや?」
「西本願寺から追い出されて大変だったと言う事です」
山崎さんがニッコリと笑顔でそう言った。
ここは話を合わせておけと言う事か。
私も口をふさがれたまま、コクコクとうなずいた。
「なんで口ふさいどるん?」
八木さんにそう聞かれると、山崎さんはあわてて手を離した。
「くしゃみが出そうだったのですよ」
私はそう言ってごまかした。
「そうなん? 相変わらず変な人たちやな」
変な人は余計だろうっ!
しかし、ここで余計なことを言って、八木さんの機嫌をそこねて八木さんの機嫌が悪くなると、山芋をもらえなくなるかもしれないので、笑ってごまかした。
お酒も団子もそろえ、屯所でお供えをした。
「お、月見か」
お供えをしている様子を見に来た永倉さん。
「そうです。ここのお酒飲まないでくださいね」
永倉さん、そ知らぬ顔して飲みそうだもんなぁ。
「それは蒼良が一番やりそうなことだろう」
え、そうなのか?そんなことないだろう。
そんなやり取りを聞いていた山崎さんは笑っていた。
「大丈夫ですよ。お供えのお酒のほかに、たくさん頼んでありますから」
山崎さんは笑顔でそう言った。
「気がきくな。今日は宴会だな」
永倉さんがご機嫌で去っていった。
というわけで、お月見の宴が始まった。
私もお酒を飲んだり、団子を食べたりして楽しんでいた。
しかし、山崎さんの姿がないことに気がついた。
どこに行ったのだろう。
まだ準備することがあったのか?
そう思い、屯所の庭を探して歩いていると、月を見上げている山崎さんがいた。
「あ、山崎さん、探しましたよ。まだ準備するものがありましたか?」
山崎さんに声をかけると、月明かりに照らされて優しい笑顔を浮かべていた。
「蒼良さん、十五夜をやったら、十三夜もやらないといけないのですよ」
あ、それ聞いたことあるぞ。
「方見月と言って縁起が悪いのですよね」
「そうです。島原とか花街の言い伝えなんですがね」
そ、そうだったのか。
「でも、やらないより、やったほうがいいでしょう」
そうだよね、私もそう思う。
「だから、十三夜も一緒に準備しましょう」
「はいっ! よろしくお願いします」
そう言って私は頭を下げた。
今度はススキで手を切らないように、気を付けるぞ。