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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年8月
358/506

放生会

放生会ほうじょうえに行かないか?」

 突然、土方さんに誘われた。

「少し遠いが、石清水八幡宮で大規模なものがやるらしいんだ。今年で京が最後なら、石清水八幡宮の放生会を見てみたくなってな」

 その言葉に固まってしまった。

「なんだ?」

 土方さんと一緒に行くのは全然かまわない。

 ただ……。

「その、ほうじょうえと言うものは何ですか?」

 そう、放生会と言うものを知らないのだ。

 それって一体何なのさっ!

「やっぱり、知らなかったか」

 やっぱりって何なのさっ!

 土方さんの話によると、つかまえた魚や鳥などの生き物を川や野に逃がしてあげるというものらしい。

「もしかして、恩返しか何かがあるかもしれないですね」

 私がそう言うと、

「そう言う話もあるが、全部偽物だろう」

 と、土方さんに言われてしまった。

「土方さんは夢がないですよ」

「お前、それは夢とは言わんだろう?」

 なんていうんだ?

「自分に都合のいいことしか考えてねぇって言うんだよっ! 恩返しを期待して、京の治安は守れねぇだろうが」

 そ、そうなるのか?

「仕事に恩返しは求めていないですよ」

 仕事は仕事、これはこれだ。

「それならいいが。で、行くのか?」

「どこにですか?」

「お前、人の話を聞いていたか?」

 えっ、何を話していたんだっけ?

 ああ、放生会へ行くの行かないのって話だった。

「行きます、行きましょうっ!」

 せっかくっ誘ってくれたんだし、話に聞いたら面白そうな行事じゃないかっ!

「で、場所はどこですか?」

「石清水八幡宮だって言っているだろう」

 そうだったっけ?

「ああ、あの仁和寺の法師が行った、石清水八幡宮ですね」

 私がそう言うと、しばらく沈黙が流れた。

「なんだ、そりゃ。仁和寺の法師が石清水八幡宮に行ったって話は、あまり聞いたことがねぇぞ」

 あれ、知らないのか?

「徒然草ですよ。吉田兼好の」

「ああ、そんな書物があったよな。でも、内容までは知らん。お前はどうでもいいことを知っているよな」

 そ、それはどういう意味だっ!

「知識として、知っていて損はないですよ」

「いつ使うんだ、その知識とやらを」

 それを言われると困るのですが……。

「例えば今みたいな会話の中で使うとか……」

「他には?」

 他にと言われても……。

「あ、鉄之助君に教えてあげるとか」

「そんな知識を持っていても、相手が刀を持っていたら命を守れんだろう」

 それを言われちゃうと、そうなんだけど。

「どうせ教えるなら、命を守るものを教えてやれ」

 はい、わかりました。

「じゃあ、行くぞ」

「どこへ行くのですか?」

「石清水八幡宮だって言っているだろうがっ!」

 そ、そうでしたっ!


 石清水八幡宮に着いた。

 着いてすぐに本殿だと思っていたら、なんと、本殿は山の上の方にあった。

 なんだ、この建物が本殿だと思っていたら、違ったのか。

 どうにて、みんな上へと昇っていくわけだよなぁ。

 って、これじゃあ、仁和寺の法師じゃないかっ!

 ちなみに、徒然草にかかれている仁和寺の法師も、石清水八幡宮にお参りに行ったのだけど、下の方だけお参りをして、それで本殿もお参りしたと思っていたらしい。

 そして、知り合いに、

「そう言えば、みんな上に登って行っていたけど、上には何があるんだろう?」

 と言ったらしい。

 本殿だよっ!ってつっこみを入れたくなるよね。

 今、私も同じことをしそうになったから。

 土方さんが居なかったら、ここで帰っていたよな。

「おい、みんな上に登っていくが、上には何があるんだ?」

 えっ?土方さんまでそれを言うか?

「もしかして、土方さんも仁和寺の法師だったのですか?」

「何ばかなことを言っていやがる」

 だって、同じ反応だったから、思わずそうなのかと思ったじゃないかっ!

「本殿があるのだと思いますよ」

「これが本殿じゃなかったのか?」

 おい、大丈夫か?

 でも、本殿以外の建物も立派だからそう思っちゃうよね。

「じゃあ、本殿に行くぞ」

 と言う事で、本殿に行くために山道を登っていった。

「すごい山道ですね」

「この参道で心を静めろって事だろう。そのための参道なんだからな」

 そ、そうなのか?

「ケーブルかなにかで一気に本殿まで運んでくれたらいいのに」

「お前、何ばかなこと言ってんだ。この参道を歩いて、心を清めろ」

 はい、すみません。

 ちなみに、現代はちゃんとケーブルで本殿に行けるらしい。


 本殿に着くと、たくさんのお坊さんがいた。

「あれ? 神社ですよね」

 神社にお坊さんがいたっけ?ここはお寺だったのか?

「そうだ」

「なんで神社にお坊さんがいるのですか?」

「そんな事、当たり前のことだろう」

 そうなのか?

 後で調べたのだけど、こういう神社を神仏習合と言って、神様と仏様を一緒に祀ってある神社が、この時代はたくさんあったらしい。

 しかし、のちに起こる明治維新の時に神仏分離という決まりが出来上がってしまい、この石清水八幡宮の寺の部分は壊されてしまったらしい。

 今はその前なので、石清水八幡寺という感じなのだ。

 で、そのお坊さんたちや神主さんや私たちのような一般人も交じり、たくさんの人が列をなして歩いていた。

「行くぞ」

 土方さんがそう言ってきた。

 なんか、この人たちは山を下りそうなのですが……。

「もしかして、山を下りるのですか?」

「放生会は川で行われるらしいから、ここに川が無ければ降りるしかねぇだろう」

 そ、そうなのか?

「下で待っているという手もあったんじゃ……」

「お前、ずいぶんとばちあたりなことを言うな」

 そ、そうなのか?

「本殿に参拝もしないで放生会に参加しようとしていたのか? こういう行事に参加するときは、本殿に参拝してからするもんだろう」

 土方さんって意外と律儀だなぁ。

「じゃあ、せっかくきたので、参拝しましょうよ」

「それもそうだな。参拝した後で下に降りて放生会に参加した方がいいだろう」

 と言う事で、参拝することになった。

 本殿は朱色の豪勢なものだった。

 家光が建てたものらしい。

 豪勢な彫刻がたくさんあり、思わず見上げてしまった。

「口が開いているぞ」

 人間、上にあるものに集中してみるときは口が無意識に開いてしまうもので。

 土方さんに言われてあわてて口を閉じたけど、気がついたらまた開いていた。

 そんな私の姿を見て土方さんは微笑んでいた。

 確かに、おかしいよね。

「おい、この猿を知っているか?」

 土方さんが上の方にある彫刻を指さした。

「猿が何か食べてますね」

「この猿、夜中になるとここから抜け出して、畑とか荒らしていたらしいぞ」

 また、土方さんは変なこと言うんだから。

「その目は疑っているな。それなら猿の右目を見てみろ」

 右目が何かあるのか?あれ?

「左目と比べると、何かおかしいですね」

「そこにくぎを刺して、動けなくしたらしいぞ」

 そ、そうなのか?

「だから、目貫きの猿と呼ばれているんだ」

 そうなんだ。

「放生会なのに、なんて残酷なことを」

「おい、これと放生会はあまり関係ねぇだろう」

 そうなのか?

 この目貫きの猿をはじめとするさまざまな彫刻があるのだけど、ほとんどが、東照宮の眠り猫とかを作った左甚五郎の作品と言われている。

 どの彫刻もとってもよくできている。

 きっと目貫きの猿も、そこから抜けて出てきそうな感じだからそう言う話が出来たのかな?

「よし、行くか」

 えっ、どこへ行くんだ?

「まだ肝心な放生会に参加してねぇだろうが」

 そうだった。


 長い行列に混ざって下に降りていった。

 その途中で、土方さんが亀を買ってくれた。

「えっ、屯所で飼うのですか?」

 私が聞いたら、

「これは放生会だろうが。この亀を川に放すんだよ」

 と言われてしまった。

 そうか、捕まえた魚などの生き物を放つのが放生会だもんね。

 土方さんが買ってくれた亀を見て、あることを思ってしまった。

「土方さん、放生会だから、この亀を川に放すんですよね」

「そうだ。何かあるのか?」

「川の下流で、亀を売っていた仲間の人たちが待っていて、流れてきた亀を捕まえて再び売るなんて話、ありそうですよね」

「お前は、ばちあたりなことばかり考えやがって」

 いや、そう言う考えの人もいるだろう、多分。

「私が亀屋だったら、やるかもしれないですね」

 だって、二重に儲かるじゃないかっ!

 そんな話をしていると、ところどころで生き物を売っていた人たちの一部の人たちが、私たちの前を走り去っていった。

「あれはきっとそうですよ」

 土方さんも、目を細めて走り去っていった人たちを見ていた。

 しかし、

「行くぞ」

 と言ってその人たちと反対の方向に歩き始めた。

「捕まえないのですか?」

「必要ねぇだろう」

 そうなのか?

「やってはいけねぇって言う決まりもねぇしな」

 確かにそうだよな。

「ま、そう言う奴らはばちにでもあたりゃいいんだ」

 そう言うと言う事は、土方さんも捕まえたいんだろうなぁと思ってしまった。

 本当に何にも思わなかったら、そんなこと言わないもんね。

「早くしねぇと始まってしまうぞ」

 そうだ、急がないと。


 近くを流れている川で、お坊さんたちがお経を読み、橋の上では神楽が始まっていた。

「土方さん」

 それに見入っていた土方さんに声をかけた。

「なんだ?」

「亀が暴れるのですが……」

 亀は、ひもで胴の部分が結ばれて、ぶら下げて歩くようになっていたのだけど、その亀が手足をばたつかせて暴れているのだ。

「生き物だから、暴れるだろう」

 そりゃ、暴れるよね。

「なんか、ひもから抜けそうで怖いのですが」

「抜けやしねぇよ」

 そうなのか?

 抜けそうな勢いで、手足をばたつかせているけど。

 しばらく亀を見ていたけど、やっぱり暴れている。

「やっぱり逃げそうですよ」

「逃げたらつかまえりゃいいだろう」

「ええっ、素手でですか?」

「手以外の物を使うのか?」

 逆に聞かれてしまった。

「網とか……ないですよね」

 周りを見てもそんなものはなさそうだ。

「放生会でそんなものを使わねぇだろう」

 そうだよね、逃がしてあげるのに、捕まえるための道具があるのはおかしいよね。

 そんなことを思っていると、私の亀も土方さんが持ってくれた。

「亀が怖いなんて、面白いやつだよね」

 土方さんはそう言うと笑っていた。

「だって、噛みつきそうじゃないですか」

「噛まれても死にはしねぇよ」

 いや、死ぬかもしれないだろう。

 噛みつき亀って呼ばれるものまでいるんだぞ。

「俺が持っていてやるから、安心しろ」

 亀を持っていない方の手で、頭をなでられた。


 それから無事に亀を川に放した。

 亀は嬉しそうに川を泳いでいった。

「色々ありましたが、楽しかったですね」

「お前にそう言ってもらえると、連れてきたかいはあったな」

 土方さんは嬉しそうにそう言ったのだった。

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