そして接待
「お前、庭にある枯れた朝顔、早く何とかしろ」
土方さんにそう言われた。
早く何とかしろって言われても、どうすりゃいいのさっ!
「近藤さんも、汚らしいから何とかしろって言っていたぞ」
えっ、近藤さんがそんなことを言っていたのか?
「本当に言っていたのですか?」
「そこまでは言っとらん。ただ、枯れた朝顔がいつまでも庭にあるのは寂しいなぁと言っていたぞ」
あ、それなら近藤さんらしい。
と言う事は……。
「汚らしいと言っていたのは誰ですか?」
誰が言っていたか非常に気になる。
人によってはお仕置きもしてやるぞ。
指をポキポキと鳴らしながらそう思っていると、
「それは俺だ。言ってはいない。そう思っていただけだ」
あ、土方さんか。
指を鳴らすのをやめた。
土方さんなら、お仕置きとかできないじゃないか。
やった日には、逆にげんこつが落ちてくるからね。
「なんだ、文句でもあるのか?」
「い、いえ、ないです。文句なんてないですよ」
とっさに嘘をついた私。
「それなら、さっき指を鳴らしていたのは何だ?」
気合入れて鳴らさなければよかった。
「そ、それですか? ちょっと関節をほぐしていたのですよ」
「ほお、なるほどな。俺がほぐしてやろうか?」
な、何を言い出すんだ。
土方さんに手の関節をほぐされた日には、骨が折れそうだぞ。
「え、遠慮しますっ!」
「遠慮しなくてもいいぞ」
そう言う意味で言ったんじゃないっ!空気を読んでくれっ!
「いや、遠慮します。土方さんも私にそんなことしている暇はないでしょう?」
「遠慮しなくてもいいって言っているだろう」
そう言うと、土方さんは私の手を引っ張ってきた。
ほ、骨を折られるぞっ!
「いや、いいですっ!」
あわてて引っ込めようとしたけど、土方さんの手が私の手を握りしめているから、引っ込めることが出来ない。
どうすればいいんだ?
そう考えている間にも、土方さんの手が私の指にふれる。
「お願いですから、どうか骨だけはおらないでくださいっ!」
私が必死に頼んだら、
「何言ってんだ?」
と、変な顔をされた。
えっ、おるんじゃないのか?
しばらく固まっていると、土方さんは私の手をマッサージし始めた。
「関節がこっていると言っていたが、少しこっているな」
いや、こっているなんて一言も言ってませんから。
「で、指を鳴らして何を考えてたんだ?」
あれ?もしかして、考えていたことがばれてる?
「お前のことだから、ろくなこと考えてねぇだろう」
そこまでばれてるし。
「朝顔を汚らしいと言った人間によっては、お仕置きをしてやろうと思ったのですよ」
もうここまでばれていたら、嘘を言っても仕方ないだろう。
「で、俺だったからやめたというわけだな」
「はい、すみません」
私が謝ると、土方さんは楽しそうな顔になった。
してやったりって思っているんだろうなぁ。
「汚らしいと言ったのは悪かった。総司の件で悩んでいることも分かっている。でもな、いつまでも枯れた朝顔がそこにあるのを総司が見たら余計悲しまないか?」
そうだよね。
悲しくなっちゃうよね。
「いつまでも置いておくなら、捨てたほうがましだろう。種をとって捨てて、また来年種をまけ」
そうするしかなさそうだなぁ。
「そうします」
私がそう言うと、土方さんはうなずいた。
その間も、土方さんは私の指をマッサージしていたのだった。
いつまでそうしているつもりなんだろう?
枯れた朝顔から種をみんな取った。
つるがまいていたので、下の根っこの方を抜いてから上に持ち上げるようにして、巻きついている棒から抜いた。
すると、綺麗な丸型になった。
なんか、クリスマスのリースみたいだな。
上の方を持って見た。
これ、リースだよ。
クリスマスリースでも作るか?でも、クリスマスにはまだ早いなぁ。
それなら、秋っぽいものを飾って、秋のお飾りでも作るか?
それ、いいかも。
二つあるから、一つは沖田さんに、一つは自分に作ろう。
そして部屋に飾ってみるか。
そうと決まったら、さっそく材料を集めに行かないと。
そう思って立ち上がった時、
「蒼良」
と呼ぶ声がした。
声のした方を見ると、沖田さんが立っていた。
「沖田さん、なんで外にいるのですか?」
「僕だって外に出るよ」
そりゃ出るだろう。
ただ、安静にしていないといけないのに、なんで外にいるんだ?と聞いているんだ。
私が口を開こうとすると、沖田さんが私の口の前に人差し指を出してきた。
な、なんだ?
「蒼良、いつ接待してくれるの?」
ああっ!忘れていたのにっ!
「まさか、忘れてないよね?」
「お、覚えていますよ」
「ならよかった」
私はよくないよ。
「あ、そうそう。僕は男に接待されるより、女に接待されるほうがいいから、頼むね」
それは、女装して接待しろってことか?
「勝手に女装すると、土方さんに怒られます」
私がそう言うと、沖田さんがニヤリと笑った。
な、なんだ?
「この前、平助の所で女装していたのは、土方さんの許可をとっていたんだ」
えっ、こ、この前か?
確か、とっていなかったぞ。
「それなら、どうして女装した蒼良を平助の所に行かせたのか、土方さんに聞いてみよう」
行こうとした沖田さんの袖をあわてて引っ張って止めた。
「ち、ちょっと待ってください」
「何? なんか用?」
「土方さんにそんなことを聞かないでください」
「と言う事は、許可をとっていないと言う事だね」
そう言う事です。
コクコクとうなずいた。
「じゃあ、僕の時も女装できるよね」
しないと土方さんに言いつけちゃうんでしょ。
やりますよ。女装でも男装でもっ!
あ、男装はしているんだった。
ほっとくと、いつ土方さんに言いつけられるかわからないので、次の日さっそく接待をすることにした。
女装した私を見て、
「どんな接待をしてくれるか楽しみだなぁ」
と、沖田さんは楽しそうに言った。
どんな接待って、沖田さんは病気だからお酒はだめだ。
と言う事は、島原とか祇園は却下だな。
安静だから、遠くはいけないよね。
かごを頼むって言う手もあるけど、かごはお金がかかりそうだしなぁ。
どうすればいいんだろう?
この際、リースをつくるために一緒に秋の素材集めでもしようかな。
どんぐりひろい手伝ってもらおう。
「沖田さん、どんぐりがたくさんある場所って知ってます?」
「なんでどんぐりなの?」
「いいから、いいから」
「それなら、あそこかな」
あそこってどこだ?
沖田さんがそう言って歩き始めたので、私も後をついて行った。
着いたところは船岡山と言う、京の街中にある小さな山だった。
沖田さんの言う通り、どんぐりがたくさん落ちていた。
「ここは、城があったんだよ」
そうなのか?そう言えば、城らしき石がある。
「応仁の乱の時に西軍の城として作ったらしいんだけど、次の年に東軍に落城されちゃったらしいよ」
そうなんだ。
翌年落城って、新選組の不動堂の今の屯所みたいだなぁ。
「それってどういうことかわかる?」
沖田さんが、どんぐりを拾っている私に向かって楽しそうに聞いてきた。
どういう事なんだ?
何かあるのか?
「応仁の乱の前の保元の乱の時は、ここで処刑された人がいるらしいし」
それを聞いて、持っていたどんぐりを落としてしまった。
「な、何が言いたいのですか?」
「出そうだね」
な、何が出るというのだっ!
「これが。蒼良、好きなんだよね」
沖田さんは、両手を顔の前に持って行くあのポーズをした。
も、もしかして、この世のものではないものか?
「好きでしょ?」
「いや、嫌いです」
そんな物、いるわけないじゃないかっ!
「なんだ、好きだと思ったんだけど、違ったね」
わざと間違えているだろう。
「あっ! 蒼良の後ろっ!」
ええっ!な、な、な、何がいるというんだっ!
思わず沖田さんに抱きついてしまった。
「というのは冗談だよ」
し、しゃれにならないんだからねっ!
「ねぇ、いつまで僕に抱きついているの? 僕は全然かまわないんだけどね」
あ、そうだ、いつまで抱きついていたんだ?
あわてて沖田さんから離れた。
「離れちゃうの? 残念。蒼良ならずうっと抱きついていてもいいのにね」
女の格好しているからそう思うんだよ。
「沖田さんっ!さっきのこと、悪かったと思っているなら、どんぐり一緒に拾ってください」
断られるかと思っていたら、
「仕方ないなぁ」
と言って一緒にどんぐりを拾ってくれた。
なんで拾ってくれたんだろう?
絶対に断ってくると思っていたのに。
「壬生にいた時に、子供たちと来たことがあるんだ」
なんだ、そうだったんだ。
「また一緒に拾いたいけど、子供たちに病気をうつすわけにはいかないからね」
沖田さんは寂しそうにそう言った。
「大丈夫ですよ。子供たちの代わりに私が一緒に拾いますよ」
「これが、蒼良の接待と言うわけだね」
あ、そこまで考えていなかったけど、それもいいなぁ。
どんぐりを拾い、どんぐり以外の秋の物も拾って帰ってきた。
「蒼良、今度は何をたくらんでいるの?」
と、沖田さんに聞かれたけど、
「内緒です」
と、言っておいた。
出来上がってからのお楽しみと言う事で。
屯所に帰ってから、朝顔のリースにこの日拾ってきたもので飾り付けた。
秋のリースが出来上がり、さっそく沖田さんに届けた。
「なにこれ?」
そう来ると思っていた。
この時代に、飾りのリースなんてものはない。
「朝顔のつるですよ。こうやって飾り物に変えたのですよ」
「へぇ、何かたくらんでいると思ったら、そんなことを考えていたんだ」
沖田さんは嬉しそうにリースを手にした。
「一つは沖田さんの朝顔からできたので、沖田さんの物ですよ。壁に飾っておくといいですよ」
「壁にね」
そう言いながら、沖田さんは壁にそのリースを飾った。
「面白い飾りだね」
沖田さんも満足そうだ。
作ってよかった。
「そう言えば、一つ、蒼良に言わないといけないことがあるんだ」
えっ、何?
「朝顔なんだけど、途中で僕が蒼良の朝顔と入れ替えていたの分かった?」
えっ?それってどういうことだ?
「蒼良が朝顔に水あげているのが気にくわなくてね」
な、なんで気にくわないんだ?
「だって、蒼良は一番隊組長の補佐でしょ。僕の補佐しないといけないのに、朝顔の世話に夢中になっているんだもん」
な、何なんだ、それは。
「だから、蒼良の朝顔と僕の朝顔入れ替えたんだ。毎日世話している蒼良なら気がつくと思ったんだけど、気がつかなかったね」
気がつくかいっ!そんなことされてたなんて思いもしなかったわ。
「と言う事は……」
「そう、本当は僕の朝顔が三番で、蒼良が一番ってこと。だから、本当は僕が接待しないといけなかったんだけどね」
そ、そうだったんかいっ!
あまりのショックで、体の力が抜けて座り込んでしまった。
「そんなに落ち込まないでよ。僕が接待してあげるから」
沖田さんの接待って……。
「良順先生の健康診断巡りなんてどう?」
要は、自分の診察について来いってことなんだろう。
「はい、それでいいですよ」
沖田さんの診察は気になるから、ついて来いと言われなくてもついて行くわよっ!
そうか、やっぱり私が一番だったのね。
今までの接待は何だったんだ?
でも、私がやったのも、接待と言えるものじゃなかったよね。
ま、これでいいか。