中岡慎太郎と会う
縁側に影が出来るように朝顔が植えてあった。
その朝顔も盛りを過ぎたのか、徐々に花を咲かす量が減ってきた。
もう七月も終わりに近づいてきていた。
塀の上に置かれる石の数も減ってきていた。
この事に気がついたのはつい最近のことだった。
ふと、塀を見ると石が並べてあった。
そして、石を置く手が見えた。
不審な人物が来ているのかもしれない。
そう思い、気配を消して塀に近づいた。
塀越しで相手の気配を感じ取る。
どうやら殺意はないらしい。
それなら、塀の外の人間は何をしに来ているのだ?
そう思い、門から外に出て塀に向かった。
すると、あいつが一生懸命背伸びをして、塀に石を置いていた。
「お前、何やってんだ?」
俺がそう言うと驚いたらしく、飛び上がって驚いていた。
それと同時に、塀の上に乗っていた石も全部落ちた。
「さ、斎藤さんじゃないですかっ! 驚きましたよっ!」
手には石を持ったままあいつはそう言った。
飛び上がって驚く姿を思い出し、おかしくなってしまった。
本当に、こいつはなんでも一生懸命なんだな。
「なにやっているんだ?」
こんなところに石を並べて、こいつは何をしているんだ?
「斎藤さんこそ、突然出てきて、どうしたのですか?」
「塀に石を並べる手が出てきたら、不審な者かと思って出てくるのは当然だろう」
「あ、そうですよね」
やっと自分の行動がおかしいことに気がついたらしい。
「あのですね、藤堂さんと沖田さんと一緒に朝顔競争やっているのですよ」
朝顔競争だと?
こいつの話を詳しく聞くと、藤堂と沖田とこいつが、祭りの日に一緒に朝顔を買ったらしい。
それで誰が一番多く朝顔の花を咲かすか、多く咲かせた人が勝ちと言う競争を始めたらしい。
「でも、藤堂さんは御陵衛士だし、私たちは新選組だし、住むところが違うから競争が出来ないじゃないですか」
「お前、それは朝顔を買う前に気がつくことだろう」
なんで後になって気がつくんだ?
「そうなんですけど……」
「それと石がどう関係あるんだ?」
俺がきくと、こいつの顔に笑顔が戻ってきた。
「それで、私と沖田さんの朝顔の開花した数を巡察のついでに石を並べて教えるから、藤堂さんに記録をお願いしたのです」
「なんだ、そんなことか」
俺は思わずそう言ってしまった。
「そんなめんどくさいことしなくても、直接会って知らせればいいだろう」
そうすれば、藤堂も喜びそうだと思うがな。
「だって、藤堂さんは伊東さんから新選組とあまり顔を合わせないようにと言われたらしいですよ」
そう言った後に気がついたのだろう。
「斎藤さんも、私とここで立ち話をしていると、伊東さんに見つかっちゃいますよ」
と言ってきた。
「俺はそんなことは気にしない。伊東さんは伊東さんで勝手にそう思っていればいいだろう」
もともと、俺は伊東さんを慕って御陵衛士になったわけではない。
土方さんに頼まれたから、間者となってここにいる。
だから、伊東さんがどう思おうと、勝手にしろって感じだ。
「そう言うものなのですか?」
「俺は別にそこまで伊東さんのことを考えてないさ」
そうなんだ、と、つぶやいていた。
「なんなら、これから二人で出かけてもいいぞ」
断ってくることはわかっていた。
「巡察の途中なので、今度また誘ってください」
しかし、そう笑顔で言われると、少しだけ辛いと思ってしまう。
あいつは、そう言ってここを去ろうとした。
「おい、忘れているぞ」
石を乗せている途中だっただろう?
「あ、すみません」
あわてて戻ってきて、背伸びをして石をのせていた。
「大変そうだな」
届くか届かないかと言うところまで手をのばして石を乗せていた。
「塀が高いので大変なのですよ」
俺は、あいつが持っていた石をとり、塀の上にのせた。
「もういいのか?」
俺がそう言聞いたら、驚いた顔をして俺を見上げていた。
「は、はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてきた。
「最近、朝顔の咲く量が減って来まして、石の量も減りました」
「それは、朝顔の季節も終わろうとしているからだろう」
夏が終わろうとしていた。
「沖田さんが、枯れるのを見たくないと言っていたのですが、どうすればいいのですかね」
なんで急に沖田の話なんてしてくるんだ?
「そんなこと知らん。枯れない花はないだろう」
俺にそんなこと聞かれても知らん。
少し腹ただしくなった。
「そうですよね。それじゃあ斎藤さんもお元気で」
あいつが頭を下げて去っていった。
去っていった後、少しだけ寂しいと思った。
「斎藤君、ちょっと」
伊東さんに呼ばれた。
何の用だ?
「一緒に会いに行ってもらいたい人がいる」
誰なんだ?
「中岡慎太郎と言うのだがな」
ああ、土佐の人間か。
確か、薩長同盟を坂本龍馬と一緒に仲介に立って結ばせたと聞いたことがある。
「どうだい、一緒に来ないか?」
「喜んでご一緒します」
土方さんに報告だな。
そう思うと顔がにやけそうになってしまいそうだったが、表情をおさえた。
それにしても、どうして俺なんだろう?
藤堂とかもいるだろう。
それに、中岡慎太郎に会っていったいにないをするんだ?
「俺でいいのですか?」
気になったので、聞いてみた。
「充分だよ。斎藤君は口がかたいからね」
ただ話すのが苦手なだけなのだが、それが口がかたいと思われているらしい。
これは得な性格なのか、そんな性格なのか?
「中岡君は、我々と同じ考え方をしている。それに、坂本君と一緒にこの国をいい国にしようと日々活動をしている。私は、中岡君に私の思いも聞いてもらい、私も彼らと一緒にこの国をいい国にしたいと思っているのだ」
そのために、中岡慎太郎と会うと言う事か。
「斎藤君は、どう思っている?」
俺の意見を聞いているのか?
別にどうも思ってはいない。
協力してうまくいくなら協力すればいいだろう。
そんな感じだ。
「俺は、伊東さんと同じです」
本心をそのままに言ったら、どういう反応をするんだろうな。
試してみたいと思いつつも、それをやってしまったら、俺の間者の仕事は終わりになるから、やめておこう。
「そうだろう、そうだろう」
伊東さんは喜んでそう言っていた。
その表情を見たら、余計にさっきの言葉を言いたくなったが、やめておこう。
小林と言う人間の屋敷に向かっていた。
小林と言う人間がどういう人間か知らないが……。
伊東さんの後について歩いていた。
そのうちにその屋敷に着いた。
部屋の中に通され、伊東さんとすわって待っていた。
「そろそろ相手の方もいらっしゃると思うので」
女が一人、お茶を持って入ってきた。
その女を見てギョッとした。
その女はあいつだった。
なんでいるんだ?
確かにこれは早く知らせたほうがいいと思い、近くに潜んでいた山崎を捕まえて文を持たせた。
それで、土方さんはあいつを女装させて中に入れたんだな。
しかし、伊東さんもあいつが女だと言う事を知っている。
大丈夫なのか?
チラッと伊東さんを見た。
「ありがとう」
何も感じないのか、気づいていないのか、普通にお礼を言っていた。
そう言えば、伊東さんはあいつが女だと言う事を知っているが、実際、女の姿になっているあいつを見たことはない。
だから、土方さんもあいつを潜入させたのか?
ずいぶんと危ないことをさせるな。
「斎藤君も、お茶をいただいたらどうだい」
伊東さんに言われ、俺は平常心を失っていたことに気がついた。
「さっきから、この女性のことを見ているが、気に入ったのか?」
伊東さんが笑顔でとんでもないことを言いだした。
「いや、そう言うわけではないです」
俺がここで同様したら、あいつの仕事に影響が出る。
必死で取り繕った。
こんなあわただしい思いをしたのはずいぶんを久々だぞ。
あわててお茶をすすったら、思っていたより熱く、
「あつっ!」
と言って、ふきこぼしていた。
それを見て、
「動揺しているところを見ると、さっきの話は本当らしいね」
と、伊東さんは楽しそうにそう言った。
中岡慎太郎がやってきた。
なんてことない、普通の男だった。
伊東さんは中岡慎太郎のことをほめちぎりながらも、自分たちが新選組から離脱したことを強調し、新選組とは考え方も違う事を強調していた。
そんなに強調しなくてもいいだろうと思ってしまった。
その間、あいつはしずしずと入ってきて酒をそそいでいた。
中岡慎太郎が来て真剣な話をした後は酒も出てきた。
お前も飲みたいんだろうな。
そう思いながら俺も酒を飲んだ。
「斎藤君は酒が強いから酔いませんよ」
伊東さんが中岡慎太郎に俺のことを自慢していた。
自慢するほどのものでもないだろう。
「そう言えば、新選組で酒が強い男がいると聞いたことがある」
中岡慎太郎が酒を飲みながらそう言った。
「それはここにいる斎藤君のことですよ」
伊東さんがそう言ったが、中岡慎太郎が首をふった。
「いや、違う。まだ新選組にいる人間だ。確か……」
「天野ですか?」
俺がきくと、
「そうだ、そうだ。そう言う名前の人間だ。何でも、島原に彼が言った後は、空の徳利が山ほど転がっているらしい」
なんだ、意外と有名になっているのだな。
酒をそそいでいるあいつをチラッと見ると、あいつも俺をチラッと見ていた。
斎藤さん、これ以上言わないでくださいね。
そう言われているような感じ出した。
「ああ、蒼良君か。蒼良君は……」
伊東さんは
「蒼良君は男ではない、女だ」
と言おうとしたのだろう。
「伊東さん」
そんなことは言わせない。
そう思った時、俺は伊東さんを呼んでいた。
「その話はここでする話ではないです。せっかく中岡先生にお会いしたのですから、色々聞きたいことを聞いたらどうですか?」
「おお、そうだった。そうだよな。せっかくお会いしたんだから」
そう言うと、伊東さんは中岡慎太郎に色々話し始めた。
あいつが俺のところに酒をつぎに来た。
「斎藤さん、ありがとうございます」
小さい声でそう言うと、酒をそそぎ始めた。
「ここでそんなことを言っていると、ばれるぞ」
俺がそう言うと、ニコッと笑っていた。
「その時はまた助けてくださいね」
「気分によってだな」
俺はそう言ったが、またそう言う危機になったらきっと助けてしまうのだろう。
そう思っているうちにあいつは伊東さんと中岡慎太郎に酒をつぎに行ってしまった。
あいつの前に立つと、俺は俺でいられなくなる。
でも、それは嫌なことではない。
俺はあいつをながめて一人で酒を飲んだ。
こういうのも悪くはないな。
そう思ったのだった。