シャボン玉と風車
この時代の京の夏を満喫できるのは、この夏で最後。
そう思うと、今までの夏の過ごし方に悔いはないかとか、もうちょっとこういうことをしたいと思い、やりたいと思ったことをすぐにやるようになった。
納涼床も、もう何回も行った。
昼間の納涼床でお昼寝をしたり、夜の納涼床で飲んだりもした。
そのたびに土方さんから、
「お前、また行ったのか?」
と言われた。
最初の方はそう言われていたけど、もう最後の方になると、
「また行ったのか……」
と、あきれていた。
今日のくずもちもその一つだ。
現代に帰っても、京都に行ったら同じようなくずもちが食べれるのだろうけど、この時代のこの時期に食べるくずもちの方が美味しく思えた。
しかも、京のくずもちと江戸のくずもちは違う。
江戸のくずもちは小麦のでんぷんから作られるけど、京のくずもちは葛と言う、秋の七草のひとつであるくずと言う植物の根っこから作られる粉から作られる。
そして、プルプルしていて夏に食べるともう美味しいのだ。
ちなみに、体を温めてくれる成分が入っているらしい。
夏より冬に食べたほうがよさそうだなぁ。
「蒼良も好きだなぁ。この前も一緒にここに来たと思うが」
原田さんがくずもちを食べながらそう言った。
そうだったかな?
今日は、原田さんと巡察していて、暑いからどこかで休もうという話になり、それならくずもちが食べたいと私が行ったら、甘味処に連れてきてくれた。
「最近はほとんど毎日のように食べてますよ」
ズルズルとくずもちを食べながらそう言った。
「そんなに好きだったのか?」
「今年のくずもちが特別に美味しく感じるのです」
だって、今日この時に食べるくずもちが、もしかしたら最後のくずもちになってしまうかもしれない。
そう思うと、普段以上に美味しく感じるのだ。
「俺には昨年と変わらないと思うけどな」
原田さんも、そう言いながらズルズルとくずもちを食べた。
普通はそうだよね。
「もしかしたら、これが京の最後のくずもちになるかもしれないと思うと、いとおしく思うというのでしょうか? 毎日でも食べたくなってしまって」
原田さんは、私が未来から来たことを知っている。
「京の最後のって、何かあるのか? 俺たちは京を離れるのか?」
原田さんは驚いていた。
そりゃそうだよね、新選組の中にいて、新選組が無くなる組織だと思っている人はいないと思う。
「はい。今年の年末あたりには京を出ます」
来年の今頃はどこにいるのだろう?
こうなるという大まかな流れは知っているけど、それはどの季節と言われると、ピンとこない。
そのうちわかってくるんだろう。
「そうか。それなら今のうちに満喫しとかないとな」
原田さんは、私の頭に軽く手をのせてそう言ったのだった。
くずもちを食べた後、中断していた巡察を始めた。
相変わらず外は暑い。
まだ昼間だもんなぁ。
そんなことを思って歩いていると、目の前をシャボン玉が飛んできた。
「えっ、シャボン玉?」
この時代にもあったのか?
「しゃぼんだま?」
原田さんが聞き返してきた。
えっ、さっき私の目の前に飛んできた、丸い浮遊物はシャボン玉だよね?
飛んできたほうを見ると、子供たちが筒状な物からシャボン玉を作って遊んでいた。
「あれ、シャボン玉ですよね」
指さして原田さんに聞くと、
「あれは、サボン玉だ」
さ、サボン玉と言うのか?
「興味があるなら、買ってやろうか? 子供たちがああやって遊んでいると言う事は、サボン玉売りが近くに来たのだろう? また近くにいるかもしれない」
原田さんと周りを見回して探してみた。
いないなぁと思い、角を曲がったら目の前にいたので驚いた。
「い、いましたっ!」
私のその言葉に、原田さんは声を出して笑っていた。
「そんなにほしかったのか?」
いや、そう言う意味じゃないのですが……。
否定する間もなく、原田さんはサボン玉売りの人からサボン玉と呼ばれている物を買って私に渡してくれた。
「いいのですか?」
「やりたかったんだろ?」
いや、そう言うわけじゃないのだけど、この時代のシャボン玉に興味はある。
早速、細い筒を液につけて吹いてみた。
現代のようにたくさんのシャボン玉が出ることはあまりなかったけど、十分に楽しめる量のシャボン玉ができた。
「おおっ、出来た」
思っていたよりもできたので、驚いた。
「楽しいか?」
原田さんが笑顔で聞いてきた。
「俺も久しぶりにやってみるかな」
私から細い筒をとった原田さんは、液体をつけてふうっと筒を吹いた。
「あ、私のやった後で大丈夫ですか?」
間接キスになっているが、大丈夫なのか?
「そんなこと、気にするわけないだろう」
そうなのか?
「気にしてたら、新八と一緒に酒なんて飲めないぞ」
この時代、人の口をつけた後の物を使いたくないという人は、あまりいないらしい。
お酒とかでも、普通に人の口をつけた後でも飲んでいるもんね。
「特に、相手が蒼良なら大歓迎だ」
そ、それは何か意味だあるのか?
もしかして、私の唾液は特別な甘い味がするとか……。
それはないか。
シャボン玉を堪能した後、再び巡察に戻った。
なんか、遊んでばかりいるような感じがするけど、この時代の仕事はみんなこんな感じだ。
今は暑いからなおさらだ。
リンリンと風鈴売りの人が、たくさんの風鈴をぶら下げていた。
風鈴は、あったよなぁ。
そんなことを思ってみていると、今度はカラカラカラと、何かが回る音が聞こえてきた。
ふと見ると、風車がたくさん回っていた。
どうやら、風車売りの人が売りに来たらしい。
色々な模様のついた風車が回っていて、とっても綺麗だった。
「今度は、風車か?」
原田さんが声をかけてきた。
「いや、これは、綺麗だなぁと思ってながめていたのですよ」
「夏に部屋で回っていると、涼しく感じるぞ」
そ、そうなのか?
「風が入ってくるような感じがするだろう?」
ああ、確かに。
「風鈴も涼しく感じますけど、風車もそう感じそうですね」
「どれがいい?」
えっ?それは買ってくれるという意味か?
「いや、いいですよ。サボン玉も買ってもらったし、悪いですよ」
「誰も、買ってやるよとは言ってないけど」
あ、そうだった……。
これじゃあ、買ってくれって言っているようなものだよね。
恐る恐る原田さんの顔を見ると、いたずらした子のような笑顔になっていた。
「蒼良は面白いなぁ。思った通りの反応をしてくるな」
そ、それはいったいどういう意味なんでしょう?
「そんな顔するな。元々買ってやるつもりでいたんだから。ちょっといじめてみたくなっただけだ」
ポンッと軽くたたくように私の頭に優しく手をのせた原田さんは、一つの風車を手に取って、
「いくらだ?」
と、風車売りの人に聞いていた。
「回ってますね」
原田さんに買ってもらったのは、赤っぽい模様の入った風車だった。
回るとその模様が丸く見えた。
「意外と綺麗だな」
原田さんも、私が持っている風車を見てそう言った。
「原田さんも買えばよかったのに」
「男の部屋に風車を飾るのもおかしいだろう?」
そ、そうなのか?
「でも、原田さんの部屋も涼しいと感じるようになると思うのですが……」
「俺の部屋に風車を飾った日には、新八がうるさいぞ。何があったってしつこく聞かれそうだな」
そうなのかなぁ、そう言うものなのかな?
「いくら涼しく見えるからって、平隊士の大部屋に風車が五つぐらいあったらおかしくないか?」
そうかなぁ?
「別におかしくないと思いますが……」
これって、時代の考え方の違いか?
現代で、同じ年の男の子の部屋に風車があったら……。
うん、少しおかしいかな?
風車の模様にもよるけど、現代の子供のおもちゃ屋さんで売っているようなビニール素材の物が飾ってあったら……。
ちょっとおかしいと思うかな?
それと同じことなのかな?
「やっぱり、おかしいですね」
それなら、少しおかしいかな?
「そうだろう」
なんかわからないけど、そう言うものなのかもしれないと思う事にした。
「ああ、風車が止まってしまった」
屯所に帰り、部屋に風車を飾ったら、止まってしまった。
「風が無ければ動かんだろう」
土方さんにそう言われてしまった。
その言葉を聞いた後に止まった風車を見ると、さらに暑く感じた。
うちわであおいでみるか。
パタパタとあおいだら、動き出した。
「動きましたよ」
「お前があおいだからだろう」
そりゃそうなんだけど。
「涼しく感じませんか?」
カラカラと、風車が動くと涼しく感じるでしょう?
「いや、変わらず暑い」
それを言われると何も言えなくなるだろう。
「少しでも、涼しいと感じませんか?」
「風がないからな。お前が風車ではなく俺をあおげば涼しいと思うがな」
なんで土方さんをあおがないといけないのですかっ!
「それにしても、風車を買ってくるとは思わなかったな」
「私が買ったのではなく、買ってもらったのですよ」
私がそう言うと、すごい勢いで振り返ってきた。
「誰に買ってもらったんだっ!」
「は、原田さんに」
い、いけなかったのか?
「左之にか」
「しゃ……サボン玉も買ってもらって、一緒に楽しみました」
「はあ?」
やっぱり、いけなかったのか?
「サボン玉までか。左之もなかなかやるな」
ブツブツと言っている土方さん。
な、何か悪いことでも言ったか?私。
「お前、人からなんでも買ってもらうな」
「いや、私はそう言うつもりはなかったのですが……。以後、気をつけます」
そうだよね。
何でも買ってもらうのはちょっと悪いよね。
その時、風車がカラカラと回り始めた。
「あ、回りましたよっ!」
「風が出れば回るだろう」
そう言えば、部屋の中に風が入ってきたなぁ。
風が入ってきたのがわかるから、いつもより涼しく感じる。
「やっぱり、風車があると涼しく感じますね」
風車を見ながら私が言うと、
「そうだな」
と、土方さんもそう言った。
「あ、思い出しましたっ!」
「どうした?」
「サボン玉の季語は春なんですよ」
これは意外だと思ったけど、季語は春らしい。
「そうなのか?」
えっ、違うのか?
「確か、大正時代の文献にそう載っているらしいですよ」
「はあ? 大正?」
あ、まだ後の時代だった。