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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年7月
352/506

五山送り火

 京に来てもう五年近くたつというのに、京の夏の風物詩である五山送り火を見たことがなかった。

 行われていることは知っている。

 だって、巡察中にチラッと見たことあるし、人がたくさんいて大変な思いをして巡察をしたことがあるから。

 でも、しっかりと見たことはなかった。

 なんて残念なことをしているんだ、自分。

 来年の今頃は京にいない。

 それは確実だ。

 だから、この時代で五山の送り火を見るチャンスは今年の夏、まさに今なのだ。

 と、気合を入れていたわけではない。

 事の始まりは、山崎さんとの巡察だった。

蒼良そらさん、五山の送り火を見たことがありますか?」

 珍しく山崎さんと巡察していると、山崎さんにそう聞かれた。

「五山の送り火ですか?」

「山に大とか文字や鳥居とかが火で浮かび上がるものですよ」

 山崎さんに言われ、ああ、あれかと思い出した。

「見たことないですね。巡察中にちょこっと見たぐらいですかね。この日は人がたくさん出ているのですよね」

 それもそうだ。

 後で知ったのだけど、祇園祭と並ぶ京の夏の風物詩になっている。

「私は、その日は休みなのですが、もしよかったら一緒に見ませんか?」

 私はどうだったかな?

「確か、蒼良さんも休みでしたよ」

 おおっ、私の休みもチェックしてくれていたのね。

「よかったらでいいのですが、どうですか?」

 五山の送り火かぁ、面白そうだなぁ。

 この時代の最後の行事になりそうだし。

 この際行っておこう。

「行きますっ! 連れて行ってください」

 連れて行ってもらわないと、一人で人ごみにまぎれて見る勇気がない。

「いいですよ」

 山崎さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。


 当日、急に仕事がはいったとか無いよね?と思いつつ、チェックをしていた。

「よし、休みだ」

 よかった。

 仕事も入ってない。

「何かあるのか?」

「えっ、土方さん知らなかったのですか? 五山送り火があるのですよ」

「ああ、あれか。山に文字とかが浮かび上がるやつだろ? 見に行くのか?」

「はい。山崎さんに誘われたので見に行きます」

「はあ? 山崎に誘われたのか?」

 何かいけなかったか?

「はい。せっかく京に住んでいるのに、五山送り火を見たことないなんて、なんかもったいないじゃないですか」

「で、山崎と見に行くのか?」

「はい。たまたま誘われたので」

 やっぱり、いけなかったのか?

「お前、誘われればどこにでも行くのか?」

 さ、誘われればどこにでも行くって、どういう意味だ?

「大丈夫です。誘われても行き場所は選びます」

 地獄に一緒に行こうと言われても、行きませんから。

「そう言うもんだんじゃねぇ。誰でも人に誘われたら行くのか? と聞いてんだ」

 人にって?何が言いたいんだ?

「そりゃ行きますよ。猫が誘ってくるわけないですしね」

 犬も誘ってこないだろうし。

 誘ってくるのは人しかいないだろう。

「そう言う意味じゃねぇっ!」

 じゃあどういう意味なのさっ!

「蒼良さん」

 部屋の外から私を呼ぶ山崎さんの声が聞こえてきた。

 そろそろ出発するのか?

「じゃあ、行ってきますね」

「おい、俺の話はまだ終わってねぇぞ」

 土方さんの話を聞くのがめんどくさかったので、

「後でゆっくり聞きますので。それじゃあ行ってきます」

 と言って、部屋から出た。

「後じゃあ遅いだろうがっ!」

 という土方さんの声が部屋の中から聞こえてきたが、無視しよう。


 山崎さんに連れてこられたのは、賀茂川沿いだった。

「ここからだと、少し移動をするだけで五山の送り火が見れますよ」

 そうなんだ。

 場所もいいところらしく、まだ夕方なのに人がたくさんいた。

「昼間、下見をしたら全部見えたので、間違いないです」

「下見までしたのですか?」

 山崎さん、すごい気合が入っているよな。

「せっかく蒼良さんに見せるのですから、いい場所で見たいと思って」

 そうだったんだぁ。

「私のために、ありがとうございます」

 場所まで気にしてもらって申し訳ない。

「いいのですよ。私も楽しんでやっているので」

 そうなのか?

 そんな話をしていると、

「ほら、火がつきましたよ」

 と、山崎さんが指をさした。

 ええっ、これって夜、暗くなってから灯るものじゃないのか?

 まだ夕方なんだけど。

 これは後でわかったことなのだけど、夜八時から順番に火がつくのは現代になってかららしい。

 この時代では夕方に始まって夕方に終わるというものだった。

 だから、まだ日が沈んでいないのに文字が灯り始めたのだ。

 しかも、順番も現代と全然違う。

「夕方に始まるのですね」

「知らなかったのですか?」

 知りませんでした。

 

 一つが灯ると、山崎さんが私の手を引いて移動し始めた。

 次に灯る文字がよく見える場所に移動したのだ。

 今度は橋の上だった。

 たくさんの人が橋の上にいた。

「この橋、壊れませんか?」

 思わず山崎さんに聞いてしまった。

 現代みたいにコンクリートじゃなく、木造の橋だ。

 そんな橋にたくさんの人がのったら、壊れないか?

「面白いことを言いますね」

 え、面白いことなのか?普通に考えることだろう。

「大丈夫ですよ。壊れたことありませんからね」

 山崎さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。

 それにしても、たくさんの人だ。

 まるで朝の満員電車に乗っている気分だ。

 朝の満員電車は冷房があるけど、ここにはそんなものはない。

 だから、暑いのだ。

「蒼良さん、大丈夫ですか? 手を離さないでくださいね」

 言われなくても、離しませんよ。

 こんなところで離した日には、二度と山崎さんに会えなくなりそうだ。

 ギュッと山崎さんの手を握りかえしたら、山崎さんが優しく笑っていた。

 今度は鳥居が出た。

 文字だけだと思っていたので、鳥居が出た時は驚いた。

「鳥居ですよ」

 人ごみの中にいるのも忘れていた。

「鳥居は、弘法大師から始まったという説や、伏見稲荷大社が見えるから始めたという説や、愛宕神社と関係があるという説があるのですよ」

「色々と説があるのですね」

 現代でもどの説が正しいのか明らかになっていないらしい。

 この時代で明らかになっていないのだから、当たり前か。

「さあ、移動しましょう」

 鳥居が点灯されたあと、山崎さんと次の場所へ移動した。


 人ごみをかき分けて移動していると、子供の泣き声が聞こえてきた。

 どこで泣いているのだろう。

 下の方から聞こえてきているみたいだったので、下を見て見ると、小さい手が出ているのが見えた。

「山崎さんっ! 下に子供がいます」

「えっ?」

 山崎さんも下を見た。

 子供は人ごみの中で転んでしまったらしい。

「こんなところで転んでいたら、踏みつぶされてしまう」

 山崎さんはそう言うと、人ごみから出ていた子供の手を引っ張った。

 子供の体が半分出ると、山崎さんはそのまま抱き上げた。

 子供は泣きじゃくっていた。

「この子の親はいますか?」

 私は周りの人ごみに向かって声をかけたけど反応がなかった。

「迷い子のようですね」

 山崎さんは困ったような笑顔でそう言った。

「迷い子をこのままにしておくわけにはいきませんね。送り火はあきらめて、この子の親を探しましょう」

 山崎さんのその言葉にうなずいた。

 迷子はその間もずうっと泣いていた。


 人ごみから外れ、とりあえず子供から事情を聞こうと思った。

 しかし、なかなか泣き止まないので、事情も聞くことが出来なかった。

 とりあえず、泣き止ますのが先かな。

 出店があって、そこで水あめが売っていたので、買ってきてなめさせたら、やっと泣き止んでくれた。

「この水あめ、美味しいですね」

 子供と一緒になめた水あめが美味しかったので、なめながらそう言うと、

「子供が二人いるようですね」

 と言って、山崎さんが笑っていた。

 この子と一緒にされてしまった。

 子供を見ると、一生懸命水あめをなめていた。

「美味しいよね」

 私が聞くと、なめながらコクンとうなずいてくれた。

 ほら、やっぱり美味しいんだよ。

「それより、この子の家を探さないといけませんね」

 そうだった。

 水あめを堪能している場合じゃなのだ。

「お家、どこかな?」

 水あめをなめながら聞くと、

「あっち」

 と、後ろを指さして子供が言った。

 あっちか……。

 全然わからん。

「近くに大きな建物か何かありますか?」

 子供の目線に合わせてしゃがんだ山崎さんが聞いた。

 子供にも敬語つかっている山崎さんが微笑ましく見えた。

「蒼良さん、何を笑っているのですか?」

 あれ?笑っていたか?

 そのつもりはなかったのだけど。

「山崎さんがいい人だなぁと思ったのですよ」

 そう言うと、今度は山崎さんの顔が赤くなった。

 何か悪いことを言ったかな?

「長屋だよ」

 私たちのそんなやり取りの間に子供が言った。

 えっ、長屋?たくさんあるのだけどっ!

「ど、どこの長屋かな?」

 これを聞いても、的確な言葉が返ってくる可能性は低いだろうなぁ……。

「あっち」

 やっぱり後ろを指さしてそう言った。

 やっぱりあっちの長屋なのね。

「とりあえず、あっちの方向に行ってみましょう」

 山崎さんに言われ、子供が水あめをなめ終ってからあっちへ向かって歩き始めた。


 あっちの方角に行ったけど、案の定、長屋がたくさんあってどこの長屋かわからず。

 しかも、子供は寝てしまい、山崎さんの背中におぶさっていた。

 これって、八方塞がりってやつか?

「どうしましょう?」

 このままこの子の親が見つからなければ、新選組に入れるしかないのか?

 こんな小さい子を新選組に入れて大丈夫なんだろうか?

「とりあえず、八坂神社に行ってみましょうか?」

 この時代、迷子になっても放送で流すということが出来ないので、神社に尋ね人みたいな感じで張り紙をして、情報があれば紙に書いてはってもらうという掲示板のようなものがあった。

 その一つが八坂神社にあった。

 山崎さんはこの子の親が八坂神社にいるかもしれないと思ったのだろう。

「そうですね。それしかないですね」

 家もわからないので、最後の頼みはもうそこしかないだろう。

 八坂神社の方向へ足を向けた時、こちらへかけてくる足音が聞こえてきた。

 振り向くと、髪の毛を振り乱した夫婦がこちらへ向かって走ってきていた。

 あっちこっちあるきまわっていたのか、顔は汗だらけになっていた。

「この子の親ですか?」

 こうやってかけよってくる人は、もうその人しか思いつかない。

「この子、どこにいましたか?」

 女の人の方が恐る恐る聞いてきた。

 山崎さんが橋の名前を言い、そこの人ごみで転んでいたのを見つけたと説明していた。

「そう、ちょうどそこではぐれたんだ。見つかってよかった」

 今度は男の人が山崎さんに背負われていた子供に手を伸ばして、自分たちの方へ抱き寄せていた。

「あ、父さん」

 少し目を覚ました子供が、男の人の顔を見てそう言った。

 もう、この子の親であることは間違いないだろう。

「この子の親を探していたのです。見つかってよかったです」

 私はそう言って子供の頭をなでた。

 子供もにっこりと笑顔になっていた。

 よかった、よかった。

 

「せっかく下見までしてくれたのに、見れませんでしたね。すみませんでした」

 色々下準備をしてくれたんだろうなぁ。

 そう思って山崎さんに言った。

「蒼良さんのせいではありませんよ。それに、下見をしなくてもいい場所が見つかったので」

 えっ、そうなのか?

「ほら」

 山崎さんが笑顔で指をさしたのでその方向を見ると、送り火が全て見えた。

「すごいっ! ここって穴場ですね」

 この時代の五山送り火を見れてよかった。

 私がこの時見た送り火の中に「一」という文字や長刀もあった。

 これは現代の送り火の中にはないものだった。

 貴重なものが見れたなぁと、感動したのだった。

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