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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年7月
350/506

嵐山に避暑へ

「暑い……」

 暑くて何もする気にならない。

 ゴロゴロと転がっていると、

「転がるなっ!」

 と、書き物をしていた土方さんが、筆を持ったまま立ち上がっていた。

「そ、そんなに怒らなくても……」

「お前を見ていると暑苦しいんだよっ!」

 いや、そんなことを言われても……。

「私を見なくても十分暑いと思いますよ」

 今日は風もないし、ものすごく厚く感じる。

「そう言われるとそうかもしれねぇな。俺が行き詰っているのも暑いせいかもなぁ」

 行き詰っていたのか?

「俳句を作っていたのですか? こんな暑いのに。あ、暑いは夏の季語ですかね?」

 そう言いながら土方さんを見ると、怖い顔をしていた。

「じ、冗談ですよ」

 そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか。

「俳句だったら、こんなに行き詰らねぇよ」

 そ、そうなのか?

 それならもっと上手な……。

 いや、これ以上考えるのはやめよう。

「なにを書いているのですか?」

「色々とな、やることがあるんだよ」

 副長ともなると、やることがあるんだろうなぁ。

「土方さん、暑いけど、頑張ってくださいね」

「おい、ゴロゴロしながら言うな。暑苦しいって言ってんだろうが」

 しょうがないなぁ。

 仕方なく起き上がった。

 起きても暑い。

「うう、暑い」

 せめて、扇風機がほしい。

「夏だからな。暑いだろう」

 そう言いながら書き物に戻った土方さん。

 土方さんはそんなに暑くないのかな?

 汗は流れるほどかいてなさそうだし……。

 よく見れば肌の色も白いなぁ。

 男なのに、なんで色が白いんだ?

「お前……、邪魔をしているのか?」

「いや、邪魔はしていないですよ」

 しているつもりは全然ない。

「それなら聞くが、お前は何してんだ?」

「ああ、土方さんは色が白いなぁって見ていたのですよ」

「そんなに近くでか?」

 気がつくと、土方さんにものすごく近づいていた。

 こんなに近づいていたから、色々見えたんだぁ。

 それに気がついたら、急にドキドキしてしまった。

 どうしてなんだ?

「す、すみませんっ! そんなつもりじゃなかったのです」

 飛び退くように土方さんから離れた。

「別に謝ることじゃねぇだろう」

 土方さんは何事もなかったかのようにそう言った。

 一人でドキドキしたり慌てふためいたりしていたのか?

 なんか、恥ずかしいよなぁ。

「それにしても、暑いなぁ」

 土方さんは筆を置いた。

「あれ? お仕事は?」

「暑くてやってられねぇよ」

 そ、そうなのか?

「お茶を入れてきました」

 土方さんが仕事を投げだしたら、鉄之助君がタイミングよく入ってきた。

「グットタイミングっ!」

 私がそう言ったら、二人とも怪訝な顔で見てきた。

 あ、異国の言葉だった。

「いえ、何でもないです」

 そう言ってごまかした。

 鉄之助君からお茶をもらった。

 あれ?いつもと色が違う。

 緑茶じゃなく、茶色のお茶だった。

 一口飲むと、冷たい麦茶だった。

「ええっ! 冷蔵庫がないのに、なんでこんなに冷たいのですか?」

 それぐらい冷たかったのだ。

「れいぞうこ?」

 二人が口をそろえて再び怪訝な顔をした。

 そうだ、この時代にはなかった。

「なんで、こんなに冷たいのですか?」

「美味しくないですか?」

 鉄之助君が不安そうな顔でそう聞いてきた。

「いや、お前の入れるお茶はいつもうまいぞ。こいつがおかしいんだ」

 おかしくないですよっ!

「冷たくておいしいから聞いているのですよ」

 この時代に、こんな冷たくて美味しいものを飲めるとは思わなかった。

「麦茶を作って冷ました後、さらに井戸水で冷やしたのですよ」

 鉄之助君が笑顔でそう言った。

 そこまで気がきくとは、なんてできた小姓なんだっ!

 井戸水は、夏は冷たい。

「おかわりしてもいいですか?」

 思わず、空っぽのなった湯呑を出した。

「お前、人の小姓を使うとは、図々しいぞ」

 そ、そうなのか?

「す、すみません」

 自分でくんできます。

 私が立ち上がると、

「俺の分も持ってこい」

 と、土方さんも湯呑を出してきた。

「私が持ってきます」

 鉄之助君は私から二つの湯呑をとり、部屋を出た。

「人の小姓を使うな」

 いや、鉄之助君の方が私よりよく気がつく人だったと言う事だ。

 うん、それってどうなの?とも思うんだけど。

「それにしても暑いな。避暑地にでも行くか?」

 え、避暑地なんてあるのか?

「どこへ行くつもりなのですか?」

 避暑地と言ったら、軽井沢か?

 いや、現代ならすぐ行けるけど、この時代は歩いて行くから遠いだろう。

 中山道を歩いて行けば着くかな?

「避暑地だ。行くか?」

 もう、涼しいところならどこへでも行きますっ!


 着いたところは嵐山だった。

 やっぱりそうか。

 うすうすわかっていたけど……。

「この音は何ですか?」

 青々とした竹林の中で、コンコンと響く音を聞いた鉄之助君が聞いてきた。

 今日は鉄之助君も一緒に来た。

「お前も暑い中毎日働いて疲れるだろう? たまには休め」

 と、土方さんが言って連れてきたのだ。

「竹と竹がぶつかり合う音だよ」

 ちょっと得意げに私が教えた。

「なにえらそうに言ってんた。お前だって最初は知らなかっただろうが」

 土方さんにそう言われてしまった。

 そうだったのだ。

 初めて土方さんとこの竹林に来た時にそう聞いたのだ。

「そうなんですか」

 鉄之助君はそう言うと、顔を上にあげて竹を見ていた。

 音がするのが珍しいのかもしれないなぁ。

 私もそうだったもんなぁ。

「おい」

 土方さんに肩を叩かれ、ちょっとと手招きされたので、顔をよせたら、土方さんの顔が私の耳元に近づいてきた。

 な、何?ドキドキするじゃないかっ!

「あいつ、十四才らしくねぇだろう?」

「あいつって誰ですか?」

「鉄之助だっ! それぐらい分かれっ!」

 はい、すみません。

「俺が十四才の時は悪ガキだったぞ」

 確か、土方さんは悪ガキではなく……。

「土方さんはバラガキでしょう?」

「おお、お前、よく知っていたな。そんな余計なことを」

 余計なことだったのか?

「お前が十四才の時だって、鉄之助のように大人びてなかっただろう?」

 確かに。

「私は、中学生でしたね」

「ちゅうがくせい?」

 あ、この時代にはなかったか?

「鉄之助君のように大人びてなかったです」

「そうだろ、そうだろ。お前ならなおさらだろう」

 そうなのか?って、土方さんは十四才の私を知っているのか?

「だいたい、十四才のお前も今もそんなに変わりねぇだろう」

 確かに。

「なんでわかるんですか?」

「お前みてりゃ分かる。で、鉄之助の話だ」

 そうだった。

「鉄之助はまだ子供だ。しかし、子供らしくないと言う事は、大人にならなければいけない事情があったのだろう」

 そうかもしれない。

 それもなんかかわいそうだなぁ。

「せめて、ここにいる時だけでも子供らしくさせてやりたいと思うんだがどうだ?」

「それはいいと思いますよ」

 私も、鉄之助君が年齢の割に大人びていたからある意味心配だったのだ。

「よし、子供らしく過ごさせてやろう」

 土方さんがそう言った時、鉄之助君を見た。

 鉄之助君は少年らしい表情で竹を見ていた。

 風が吹いて、コンコンと再び音が鳴り響いていた。


「鉄之助君、涼しいよ」

 嵐山には桂川がある。

 とっても綺麗で下まで透き通っている。

 そして、足をひたすととっても冷たくて気持ちいい。

 膝まで川に入り、鉄之助君を呼んだ。

「おいでよっ!」

 私が呼んだら、鉄之助君は許可をとるように土方さんを見た。

「行って来いよ。俺はここで休んでいる」

 土方さんが川をながめるように座ると、鉄之助君は私が入っている川まで走ってきた。

 そして、飛び込むように川に入った。

 しぶきが私に飛んできた。

「うわぁっ!」

 しぶきをあわててよけた。

 鉄之助君を見ると、笑っていた。

 その笑顔が子供に戻っていたから、嬉しくなった。

「仕返しだぁっ!」

 私は手で鉄之助君に水をかけた。

「僕はそんなにかけてないよ」

 そう言いながら、鉄之助君も水をかけてきた。

 鉄之助君が子供らしくなっている。

 いい感じだぞ。

 そんなことを思いながら、夢中で水をかけた。

「お前はそこまで」

 土方さんがそう言って私を抱き上げた。

 えっ、何?

 突然に抱き上げられたので、何が起きたのかわからず、気がついたら川ではなく岸の上にいた。

 驚いている私に、土方さんは着物をかけた。

 土方さんを見ると、ふんどし姿になっている。

 ええっ!なんで?

「見えるぞ」

 一言そう言うと、

「俺が相手だ。遠慮せずにこい」

 と言いながら、土方さんが鉄之助君に水をかけ始めた。

 鉄之助君も、最初は戸惑っていたけど、すぐに楽しそうに土方さんに水をかけ始めた。

 見えると言っていたな?

 かけられた着物から自分の着物を見ると、ぬれて着物の下に巻いていたさらしが見えていた。

 確かに、見えてるわ。

 楽しかったのになぁ、水遊び。

 でも、これじゃあできないよね。

 仕方ないか。

 楽しそうに水遊びをしている鉄之助君と土方さんをずうっと眺めていた。


 それから、宿に行った。

「こんなに美味しい料理を初めて食べました」

 いつも嵐山に行くと食べている普通の料理を食べた鉄之助君はそう言った。

 鉄之助君はすごい苦労をしてきたのだろうなぁ。

 十四才で新選組に入っちゃうんだもんね。

 普通に生きていくだけでも苦労をしたのに違いない。

「今日はお前の休日だから、好きなものを好きなだけ食え」

 土方さんはそう言って、ご飯のおかわりを頼んだ。

「ありがとうございますっ! お酒もう一杯っ!」

「お前じゃねぇよ、ばかやろう」

 わかっているけど、鉄之助君の笑顔が見たくて、そう言ってみた。

 チラッと鉄之助君を見ると笑っていた。

 土方さんもそれを見て満足そうだった。


 鉄之助君は昼間はしゃぎすぎたせいか、早々と寝てしまった。

「まだこいつにはこういう事も必要だよな」

 鉄之助君の寝顔を見て土方さんが言った。

「そうですね。まだ十四才ですもんね」

「また、頼んだぞ」

「はい」

 鉄之助君が子供に戻る時って、私も楽しいことだと言う事がわかった。

 次も喜んで協力しよう。

「ところで次は何をしますか? あ、納涼床なんかいいですよね」

「お前、飲むことしか考えとらんだろう?」

 あ、なんでばれたんだ?

 

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