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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年5月
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てるてる坊主

 またしても雨だ。

 梅雨だから仕方ない。でも、雨はもういい加減飽きた。

「うおぉぉぉぉ!!」

 今日は、巡察の当番ではないので、屯所にこもっていたけど、雨でジメジメ。おまけに蒸し暑い。

 だから、ちょっと吠えてみた。

「うるさいっ!!」

 ぽかっと、半紙を丸めたのが飛んできた。

「せっかく暇だから、梅雨の季語が入った俳句でも作ろうかと思っているときに、吠えるんじゃねぇ!ばかやろうっ!」

 土方さんに怒られてしまった。

 丸めた半紙が飛んできたということは…。

「俳句、いいのが浮かばないのですか?」

「お前が吠えるからだっ!」

「だって、ずうっと雨ですよ。洗濯物は乾かないし、色々と不自由じゃないですか。」

 こんなに不自由な思いをしたのは、初めてだ。おそるべし現代の文明。

「でも、紫陽花とか綺麗に見えるし、外は静かだし、いいこともあるだろう。」

 土方さんから、紫陽花が綺麗という言葉が出るとは思わなかった。おそるべし梅雨。

「おっ、今、いいのが浮かびそうだぞ。」

「え、俳句ですか?」

「今はじゃべるな。浮かんだ俳句が逃げていきそうだ。」

 そう言った土方さんは、自分の世界に入っていった。


 自分の世界に入った土方さんを部屋に残し、屯所内をふらふらと歩いた。

 梅雨の非番がこんなに暇なんて、思わなかったわ。

 ああ、こんな時はゲームとかしちゃうのだけど、そんなものないしなぁ。

「たくさん作ろうよ。」

「いいよ。いらない半紙ならたくさんあるから。」

「わーい。」

 子供たちのはしゃぐ声がした。

 行ってみると、沖田さんと近所の子供たちがいた。

「何しているのですか?」

「ああ、蒼良そら雨で外で遊べないから、子供たちを屯所に連れてきたんだ。」

「あのね、てれてれ法師作ってるの。」

 子供たちの一人が嬉しそうに言った。

「てれてれ法師?」

日和坊主ひよりぼうずのことだよ。」

 沖田さんが言い直してくれたけど、余計わからない。

「日和坊主?」

「もしかして、知らないとか?」

「これだよ、これ。」

 別の子供が、出来上がった日和坊主というものを見せてくれた。

「ああ、てるてる坊主。」

「えっ、蒼良は、てるてる坊主っていうの?京ではてれてれ法師って言ってるし。色々言い方があるんだね。」

「そ、そうですね。」

 江戸では、日和坊主というのか…。

「ずうっと雨降っているから、晴れますようにって、作ってるんだぁ。」

 女の子が作りながら話してきた。名前は違うけど、使いかたは同じなのね。

 じゃぁ、顔書かなくちゃ。

 八木さんから墨と筆を借り、いくつか出来たてるてる坊主に顔を入れた。せっかく顔を入れるならと思い、近くに座っている男の子に似せて書いてみた。

 それを見せると、

「わぁ、そっくりだぁ。」

 と言って、みんな喜んでくれたけど、

「蒼良、顔は晴れてから入れるんだよ。」

 と、沖田さんが困った顔をしていた。そ、そうなのか?

「晴れたら、顔を入れて川に流すんだ。」

 そうなんだ。それは知らなかった。

「でも、これ、面白いよ。僕の顔をも書いて。」

 男の子がそう言いながら、自分で作ったてるてる坊主を私のところにもってくると、他の子達も、

「私もっ!」

 と言って、持ってきた。私も、暇だったので、それぞれの顔に似せて絵を書いてみた。

「蒼良、絵がうまいね。これなんてそっくりだよ。」

「なんなら、沖田さんの顔も書いてあげますよ。」

「書いてみて。」

 沖田さんの顔を書いてみせると、子供たちも

「そっくりだぁ。」

 と、反応が良かった。


 子供たちが帰ったあとも、沖田さんは、なぜかてるてる坊主を作っていた。そして、出来ると、

「近藤さんの顔、書いてみて。」

 と言って来たので、私が顔を書いた。近藤さんの次は土方さんって感じで書いていると、いつの間にか、みんなの顔の書いてあるてるてる坊主達が出来上がっていた。

「面白いから、吊るしてみよう。」

 沖田さんに言われ、一緒に吊るしてみた。みんなが楽しそうに揺れていた。ただ、てるてる坊主って、首吊っているみたいに見えるんだよね。それが何か不気味だなぁと思った。


「あっ、これ、俺だろう。」

 巡察から帰ってきた永倉さんが、てるてる坊主に気がついた。

「蒼良が書いたんだ。似てるでしょ。」

「おう、そっくりだ。特に左之なんて本当にそっくりだぞ。」

「これ、俺の顔のやつもらっていいか?」

 一緒に帰ってきた原田さんが聞いてきた。

「別にいいですけど、何するんですか?」

 私が聞くと、自分の顔のてるてる坊主をとった原田さんは、お財布を吊るしてある根付の部分にそれをつけた。

「似合うか?」

「なんか、そんなところにてるてる坊主がいるのも面白いですね。」

「俺も、どこかにつけようかな。」

 永倉さんも、てるてる坊主をとって、はかまからぶら下げた。

「新八さん、間違えても前にはぶら下げないでくださいよ。」

 沖田さんは笑いながら言った。

「おお、それも面白そうだな。」

「おい、新八、それはやめたほうがいいぞ。」

 原田さんも止める。

「冗談だよ。」

 どうやら、前にぶら下げることはやめたらしい。

「用をたすとき、邪魔だろうが。」

 そうなのか?


 しばらくすると、斎藤さんがやって来た。

「これ、俺か?」

 吊るしてあるてるてる坊主を手に取ると、無言でもって言ってしまった。

「斎藤君は無口だから。」

 沖田さんが、仕方ないかという感じで言った。

「あ、私のもある。」

「あ、藤堂さん。藤堂さんのはこれです。」

「ありがとう。自分の部屋の軒下に吊るしておくよ。」

 そう言って藤堂さんは持っていったのだけど、しばらくしたら戻ってきた。

「どうしたのですか?」

 私が聞くと、

「先に斎藤君が吊るしていて、隣に吊るしてしばらく二人で眺めていたのだけど…。」

 何があったのだろう?

「斎藤君が、何かこれを見ていると、藤堂といちゃついているように見えて気持ち悪いと言われて。」

「なんだそりゃ。女の日和坊主ならいいのかな?蒼良、何か美女の日和坊主を作ってみてよ。」

「美女の日和坊主って…。」

 思わず絶句してしまった。そりゃ無理だろう。


 近藤さんや源さんもやってきて、持ってはいかなかったけど、

「似ているなぁ。」

 と源さんがつぶやき、

「蒼良の意外な特技が見れたな。それにしても、こういうのも面白いなぁ。」

 と、近藤さんは感心していた。


 最後に土方さんがやって来た。

「何か賑やかだと思っていたら、日和坊主か。」

「蒼良が、顔を書いてしまったから、願掛けにはならないけど。」

「晴れてから顔を書くことを知らなかったので。」

「ん、これは、俺か。」

「はい。似てますか?」

「うまくできてんなぁ。」

 土方さんもてるてる坊主を持っていこうとした。しかし、持っていこうとしたときに土方さんの動作が止まった。

「おい、この日和坊主の材料はなんだ?」

「材料って、半紙ですよ。」

 おかしなことを聞くなぁと思いつつ、私は答えた。

「半紙はわかってる。その、半子の中身だ。」

 えっ、半子の中身?

「ああ。土方さんのところにたくさん落ちていたから、それを使ったけど。」

 沖田さんが答えた。ということは…。

「中身は、土方さんの俳句の失敗作ですね。」

「ということだ。勝手に使いやがって。」

「でも、そこらへんに投げてあるから、使わないものだと思ったのですよ。」

 沖田さんの言うとおりだ。ゴミはゴミ箱へ。って、この時代もゴミはゴミっていっていたのかな?

「他の奴らも持っていったよな。」

「はい。喜んでもらえて嬉しかったです。」

「お前の感想は聞いてねぇっ!」

 はい、すみません。

「まさか、これ壊して中見ることはしねぇよな。」

「そこまでするとは思いませんけど。中身までは知らないから。」

 沖田さんが、てるてる坊主をいじりながら言った。

「そこまで言われると、壊して、中を見たくなるなぁ。」

「あ、私も、中みたいです。」

「お前らっ、絶対に見るなよ。中身も他の奴らに言うなよ。」

 これはもらってく。と最後に言って、土方さんは自分のてるてる坊主を持っていった。

「そこまで言われると、余計見たくなりますよね。」

「でも、蒼良、中見ても多分何が書いてあるかわからないと思うよ。」

「えっ、なんでですか?」

「墨で顔書いちゃったじゃん。中も墨でにじんでいると思うな。」

「あ、そうか。」

 せっかく土方さんの俳句を見れるチャンスだったのに。


 あれだけてるてる坊主を作ったけど、次の日も雨だった。やっぱり顔を書いたのがいけなかったのかな。

 でも、みんな喜んで色々なところに飾ってくれているから、あれはあれでいいのかな。

 私がいる部屋の軒下には、雨の中、土方てるてる坊主が揺れていた。

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