てるてる坊主
またしても雨だ。
梅雨だから仕方ない。でも、雨はもういい加減飽きた。
「うおぉぉぉぉ!!」
今日は、巡察の当番ではないので、屯所にこもっていたけど、雨でジメジメ。おまけに蒸し暑い。
だから、ちょっと吠えてみた。
「うるさいっ!!」
ぽかっと、半紙を丸めたのが飛んできた。
「せっかく暇だから、梅雨の季語が入った俳句でも作ろうかと思っているときに、吠えるんじゃねぇ!ばかやろうっ!」
土方さんに怒られてしまった。
丸めた半紙が飛んできたということは…。
「俳句、いいのが浮かばないのですか?」
「お前が吠えるからだっ!」
「だって、ずうっと雨ですよ。洗濯物は乾かないし、色々と不自由じゃないですか。」
こんなに不自由な思いをしたのは、初めてだ。おそるべし現代の文明。
「でも、紫陽花とか綺麗に見えるし、外は静かだし、いいこともあるだろう。」
土方さんから、紫陽花が綺麗という言葉が出るとは思わなかった。おそるべし梅雨。
「おっ、今、いいのが浮かびそうだぞ。」
「え、俳句ですか?」
「今はじゃべるな。浮かんだ俳句が逃げていきそうだ。」
そう言った土方さんは、自分の世界に入っていった。
自分の世界に入った土方さんを部屋に残し、屯所内をふらふらと歩いた。
梅雨の非番がこんなに暇なんて、思わなかったわ。
ああ、こんな時はゲームとかしちゃうのだけど、そんなものないしなぁ。
「たくさん作ろうよ。」
「いいよ。いらない半紙ならたくさんあるから。」
「わーい。」
子供たちのはしゃぐ声がした。
行ってみると、沖田さんと近所の子供たちがいた。
「何しているのですか?」
「ああ、蒼良雨で外で遊べないから、子供たちを屯所に連れてきたんだ。」
「あのね、てれてれ法師作ってるの。」
子供たちの一人が嬉しそうに言った。
「てれてれ法師?」
「日和坊主のことだよ。」
沖田さんが言い直してくれたけど、余計わからない。
「日和坊主?」
「もしかして、知らないとか?」
「これだよ、これ。」
別の子供が、出来上がった日和坊主というものを見せてくれた。
「ああ、てるてる坊主。」
「えっ、蒼良は、てるてる坊主っていうの?京ではてれてれ法師って言ってるし。色々言い方があるんだね。」
「そ、そうですね。」
江戸では、日和坊主というのか…。
「ずうっと雨降っているから、晴れますようにって、作ってるんだぁ。」
女の子が作りながら話してきた。名前は違うけど、使いかたは同じなのね。
じゃぁ、顔書かなくちゃ。
八木さんから墨と筆を借り、いくつか出来たてるてる坊主に顔を入れた。せっかく顔を入れるならと思い、近くに座っている男の子に似せて書いてみた。
それを見せると、
「わぁ、そっくりだぁ。」
と言って、みんな喜んでくれたけど、
「蒼良、顔は晴れてから入れるんだよ。」
と、沖田さんが困った顔をしていた。そ、そうなのか?
「晴れたら、顔を入れて川に流すんだ。」
そうなんだ。それは知らなかった。
「でも、これ、面白いよ。僕の顔をも書いて。」
男の子がそう言いながら、自分で作ったてるてる坊主を私のところにもってくると、他の子達も、
「私もっ!」
と言って、持ってきた。私も、暇だったので、それぞれの顔に似せて絵を書いてみた。
「蒼良、絵がうまいね。これなんてそっくりだよ。」
「なんなら、沖田さんの顔も書いてあげますよ。」
「書いてみて。」
沖田さんの顔を書いてみせると、子供たちも
「そっくりだぁ。」
と、反応が良かった。
子供たちが帰ったあとも、沖田さんは、なぜかてるてる坊主を作っていた。そして、出来ると、
「近藤さんの顔、書いてみて。」
と言って来たので、私が顔を書いた。近藤さんの次は土方さんって感じで書いていると、いつの間にか、みんなの顔の書いてあるてるてる坊主達が出来上がっていた。
「面白いから、吊るしてみよう。」
沖田さんに言われ、一緒に吊るしてみた。みんなが楽しそうに揺れていた。ただ、てるてる坊主って、首吊っているみたいに見えるんだよね。それが何か不気味だなぁと思った。
「あっ、これ、俺だろう。」
巡察から帰ってきた永倉さんが、てるてる坊主に気がついた。
「蒼良が書いたんだ。似てるでしょ。」
「おう、そっくりだ。特に左之なんて本当にそっくりだぞ。」
「これ、俺の顔のやつもらっていいか?」
一緒に帰ってきた原田さんが聞いてきた。
「別にいいですけど、何するんですか?」
私が聞くと、自分の顔のてるてる坊主をとった原田さんは、お財布を吊るしてある根付の部分にそれをつけた。
「似合うか?」
「なんか、そんなところにてるてる坊主がいるのも面白いですね。」
「俺も、どこかにつけようかな。」
永倉さんも、てるてる坊主をとって、袴からぶら下げた。
「新八さん、間違えても前にはぶら下げないでくださいよ。」
沖田さんは笑いながら言った。
「おお、それも面白そうだな。」
「おい、新八、それはやめたほうがいいぞ。」
原田さんも止める。
「冗談だよ。」
どうやら、前にぶら下げることはやめたらしい。
「用をたすとき、邪魔だろうが。」
そうなのか?
しばらくすると、斎藤さんがやって来た。
「これ、俺か?」
吊るしてあるてるてる坊主を手に取ると、無言でもって言ってしまった。
「斎藤君は無口だから。」
沖田さんが、仕方ないかという感じで言った。
「あ、私のもある。」
「あ、藤堂さん。藤堂さんのはこれです。」
「ありがとう。自分の部屋の軒下に吊るしておくよ。」
そう言って藤堂さんは持っていったのだけど、しばらくしたら戻ってきた。
「どうしたのですか?」
私が聞くと、
「先に斎藤君が吊るしていて、隣に吊るしてしばらく二人で眺めていたのだけど…。」
何があったのだろう?
「斎藤君が、何かこれを見ていると、藤堂といちゃついているように見えて気持ち悪いと言われて。」
「なんだそりゃ。女の日和坊主ならいいのかな?蒼良、何か美女の日和坊主を作ってみてよ。」
「美女の日和坊主って…。」
思わず絶句してしまった。そりゃ無理だろう。
近藤さんや源さんもやってきて、持ってはいかなかったけど、
「似ているなぁ。」
と源さんがつぶやき、
「蒼良の意外な特技が見れたな。それにしても、こういうのも面白いなぁ。」
と、近藤さんは感心していた。
最後に土方さんがやって来た。
「何か賑やかだと思っていたら、日和坊主か。」
「蒼良が、顔を書いてしまったから、願掛けにはならないけど。」
「晴れてから顔を書くことを知らなかったので。」
「ん、これは、俺か。」
「はい。似てますか?」
「うまくできてんなぁ。」
土方さんもてるてる坊主を持っていこうとした。しかし、持っていこうとしたときに土方さんの動作が止まった。
「おい、この日和坊主の材料はなんだ?」
「材料って、半紙ですよ。」
おかしなことを聞くなぁと思いつつ、私は答えた。
「半紙はわかってる。その、半子の中身だ。」
えっ、半子の中身?
「ああ。土方さんのところにたくさん落ちていたから、それを使ったけど。」
沖田さんが答えた。ということは…。
「中身は、土方さんの俳句の失敗作ですね。」
「ということだ。勝手に使いやがって。」
「でも、そこらへんに投げてあるから、使わないものだと思ったのですよ。」
沖田さんの言うとおりだ。ゴミはゴミ箱へ。って、この時代もゴミはゴミっていっていたのかな?
「他の奴らも持っていったよな。」
「はい。喜んでもらえて嬉しかったです。」
「お前の感想は聞いてねぇっ!」
はい、すみません。
「まさか、これ壊して中見ることはしねぇよな。」
「そこまでするとは思いませんけど。中身までは知らないから。」
沖田さんが、てるてる坊主をいじりながら言った。
「そこまで言われると、壊して、中を見たくなるなぁ。」
「あ、私も、中みたいです。」
「お前らっ、絶対に見るなよ。中身も他の奴らに言うなよ。」
これはもらってく。と最後に言って、土方さんは自分のてるてる坊主を持っていった。
「そこまで言われると、余計見たくなりますよね。」
「でも、蒼良、中見ても多分何が書いてあるかわからないと思うよ。」
「えっ、なんでですか?」
「墨で顔書いちゃったじゃん。中も墨でにじんでいると思うな。」
「あ、そうか。」
せっかく土方さんの俳句を見れるチャンスだったのに。
あれだけてるてる坊主を作ったけど、次の日も雨だった。やっぱり顔を書いたのがいけなかったのかな。
でも、みんな喜んで色々なところに飾ってくれているから、あれはあれでいいのかな。
私がいる部屋の軒下には、雨の中、土方てるてる坊主が揺れていた。




