不動堂へお引越し
これは、少し前の話。
西本願寺のお坊さんに呼ばれて出かけていた土方さんが帰ってきた。
お説教をたっぷりとくらって、ものすごく不機嫌なんだろうなぁと思っていたら、それとは逆でものすごく機嫌がよかった。
「何かあったのですか?」
もしかして、お坊さんに怒られすぎておかしくなったのか?
「はっはっは」
土方さんは声に出してそう笑っていた。
やっぱりおかしくなったんだ。
歴史ではおかしくなったなんてことないんだけど。
「とうとう土方さんがおかしくなってしまった。副長は沖田さんかな? あ、でも、沖田さんは病気だし……」
「おいっ! 誰がおかしくなったって?」
「土方さんです。かわいそうに。お坊さんたちに色々言われて怒られたのですね」
誰のせいだ?
「おかしくなってねぇよっ! おい、屯所を引っ越すぞ」
……やっぱりおかしくなってる。
「副長は源さんでもいいかな?」
「おいっ! 人の話を聞け」
「聞いてますよ。どうして急に引っ越すことになったのですかっ!」
「西本願寺から、出て行けと言われた」
そ、そうなのか?
次の屯所の場所を探さなければならないじゃないか。
新選組に屯所として使っていいなんて言う、人のいい人なんてそういないからね。
「屯所の場所を探さないといけないですね」
「その必要はねぇ」
そ、そうなのか?
やっぱりおかしくなったのか?
「副長は永倉さんでもいいかな……」
「おい、なんでそう言う話になるんだっ!」
「だって、土方さんの頭がおかしくなってしまったじゃないですかっ!」
「俺は普通だ」
「おかしくなった人はたいていそう言いますよ」
俺は頭がおかしいんだって言う人はいませんよ。
「お前なぁ……。とにかく話を聞け」
わかりました、聞きましょう。
「西本願寺から出て行けと言われた。これは前から言われていたんだがな」
そうだったんだ。
そりゃそうだろうなぁ。
静かなお寺の隣に乱暴者が入ってきたんだから。
「俺たちは、出て行ってほしければ、ここの代わりになる屯所を見つけるなり作るなりしてくれ。そしたら喜んで出て行ってやると言っていた」
そうなんだぁ。
「そしたら、西本願寺の奴ら新しい屯所を用意した」
あっ!
「不動堂ですね」
「そうだ。未来から来たって言っている割に気がつくのが遅いな」
うっ、すみません。
この時期だったんだ、三つ目の屯所に引っ越しするとき。
「もう建てて出来上がっているらしいぞ。見に行くか?」
「えっ、行ってもいいのですか?」
「俺たちの屯所になるんだ。下見も必要だろ」
わーい、新しい屯所が見れるぞ。
と言う事で、土方さんと不動堂に作られた屯所を見に行った。
「すごい、広いじゃないですかっ!」
不動堂に新しく作られた屯所を見て最初に思ったのは、広いっ!と言う事だった。
「そこら辺にある大名屋敷にも負けてねぇぞ」
確かに。
どこかの大名屋敷のようだ。
中に入ると、新しい木の香りがした。
新築だぁ。
「広いから迷子になるなよ」
「大丈夫ですよ。家の中で迷子になるなんて、ありえないですよ」
そう言って、広い屋敷の中を探索したのだけど……。
信じられないことに、迷子になってしまった。
「土方さーん、どこにいますか?」
ここはどういう部屋なんだ?
とにかく部屋がたくさんあるのだ。
自分がどこにいるかわからなくなってしまった。
こういう時は外を見たほうがいいのかな?
そう思って外を見ると、なんと、馬小屋まであった。
すごい、全部そろっている。
って言うか、うちの隊に馬なんてあったか?
豚とかならいるけど……。
「おい、呼んだか?」
後ろから土方さんの声がした。
突然声がしたので、驚いて飛び上がってしまった。
「お前が呼んだんだろう」
た、確かにそうだけど……。
「あのですね、人の後ろから来るときは、気配をころさないでくださいよ」
絶対に気配をころしていたぞ。
「ああ、いつもの癖でな」
そ、そうなのか?
「迷子になったんだろ?」
土方さんがニヤリと笑ってそう言った。
「な、なってませんよっ!」
本当はなっていたのだけど、土方さんの顔を見ていたら、迷子になったと認めたくなくなった。
「馬小屋があると思って、呼んだのですよ」
「ああ、全部そろっているぞ」
「えっ、馬もですか?」
いつの間に?
「それはおいおい揃えていく」
そうだよね。
「それより風呂が広いぞ。見に行くか?」
えっ、お風呂もあるのか?
と言う事で、お風呂場に向かった。
「隊士三十人ぐらい一気に入れるぞ」
土方さんがそう言うぐらい、広いお風呂だった。
「いつでも風呂に入れるぞ」
そうなんだ。
夏の暑い日とか、巡察から汗だくで帰ってきても、お風呂で流せるんだぁ。
幸せだなぁ……。
あれ?
私はあることに気がついた。
「土方さん、女風呂がないですよ」
「ばかやろう。男しかいねぇのに女風呂作ってどうすんだ?」
ええっ!
「私が女ですよっ!」
「お前は表向きは男だろう」
そうだった。
と言う事は……
「私はお風呂に入れないと言う事ですか?」
「お前、もしかして、他の隊士と一緒に風呂に入るつもりだったのか?」
ま、まさかっ!
「そんなことしませんよっ! 私はお風呂に入れないのですか?」
「普通の時間じゃ入れねぇよな」
そうだよね。
私が入っているときに他の人が入ってきたら、えらいことになるよね。
「源さんか誰かに見張りを頼んでそれでは入れ」
やっぱりそうなるんだよね。
いつでもお風呂に入れると思ったんだけどな。
それから、色々な部屋を見た。
近藤さんや土方さんの部屋はもちろん、副長助勤にあたる組長たちの部屋も個室であった。
そして、小姓たちの部屋や平隊士の部屋、客間などもあった。
「で、私の部屋はどこにあるのですか?」
ワクワクしながら聞いてみた。
「お前の部屋か? 俺と一緒だ」
えっ?
「今なんて言いました?」
信じたくない言葉を聞いたのだけど。
「ここでも俺と一緒に部屋を使う。お前ひとりで部屋を与えて何かあっても困るからな。俺の手元に置いておくのが一番安全だ」
そ、そうなのか?
「こんなに部屋があるのに、私の部屋はないのですか?」
「ねぇよ。お前に部屋を与えて、着替えとかしているときに他の隊士が部屋に入ってきたらどうすんだ?」
逆に、そんなことあるのか?と聞きたい。
「俺のそばにいたほうが絶対に安全だ。俺も安心するしな」
そ、そうなのか?
「なんだ。不服そうだな?」
大いに不服ですよ。
でも、ここでそんなことを言った日には、げんこつが落ちてきそうだから、
「土方さんと同じ部屋で光栄です」
と、笑顔をひきつらせてそう言った。
「お前、そんな顔してよくそう言う言葉が言えるよな。安心しろ。部屋は今より広くしてあるからな」
今より広い部屋。
それが唯一嬉しいことかもしれない。
屯所は新しいところに引っ越すのに、私の心は晴れないわ。
せっかく綺麗で新しい屯所なのに。
新しい屯所と言うところと、三つ目の屯所と言うところになぜか引っかかった。
なんでだろう。
あっ!
「ここには、半年しかいられないのですよ」
思わずそう言っていた。
今は六月で、十二月にはここを引き払って伏見奉行所に行く。
鳥羽伏見の戦いだ。
「半年だと?」
「はい。大きな戦があるので、そっちに行くのですよ」
「それでもう戻ってこねぇってことだな」
残念だけど、そうなのだ。
「そうか。それならもっと早く西本願寺の方に用意してもらえばよかったな」
自分で用意するのではなく、西本願寺かっ!
でも、私もそれを考えたんだよね。
「早く苦情が出ればいいなぁと思いまして、私も色々とやったのですが……」
「そうだな。お前はやりすぎだよな。何回お前が原因で怒られたか」
そ、そうなのか?
「罰掃除も、隊の中ではお前だけだしな」
そうだった。
「そうか、そう言う作戦があったから、お前はわざとそうやって色々とやっていたのだな」
「そ、そうなのですよ」
本当はそう言う気持ちでやっていたのではなく、なぜかいつも運悪く私だけが見つかってしまうという状態だったのだけど。
「なるほどなぁ」
と言いながらにらみつけてきた土方さんが怖いのですがっ!
「すみません、嘘をついてました」
怖かったから、白状した。
「そうだろう。そんなうまい話はねぇからな。よし、引っ越しの準備をしねぇとな」
そうだ、屯所の場所が決まったのだから、引っ越しだっ!
しかし、引っ越しの直前に、富川さんや茨木さんをはじめとする四人が亡くなるという事件があった。
「引っ越しは延期ですか?」
延期になっちゃうんだろうなぁ。
「何言ってんだ。延期したら新しい屯所で過ごす日が減るだろう」
そりゃ、その通りなんだけど……。
「引っ越しは予定通りやるぞ。あいつらの葬式もださねぇとな」
ほら、忙しいじゃないかっ!
「よし、あいつらの葬式をやった後に引っ越しだ」
そ、そうなのか?
ずいぶんと忙しいじゃないかっ!
土方さんの言う通り、朝の早いうちにお葬式をやった。
「引っ越しと同じ日にやらなくてもなぁ。忙しくてかなわん」
永倉さんが不服そうにそう言っていた。
「土方さんは早く新しい屯所に移りたいのですよ」
一日も多く住みたいのだろう。
「でも、引っ越しは次の日でもいいだろう」
そうなんだよね。
不服を言っていた永倉さんだったけど、新しい屯所と自分の部屋を見て、
「これは、一日も早くここに住みたくもなるよな」
と、納得していた。
いいなぁ、部屋があって。
私は、少し広くなった土方さんの部屋に行った。
「広くなったから、真ん中に屏風か何か置くか? そうすれば部屋を二つに分けて使えるだろう」
屏風って、あの屏風か?
祇園祭の時に裏通りでお金持ちの人たちが屏風を見せ合う屏風祭りと言うものをやる。
お金持ちの人が買って見せ合うぐらいだから、高いだろう。
「そんな、お金をかけなくてもいいですよ」
「そうか? お前が部屋がほしそうな顔をしているから考えたんだが」
そうだったんだ。
「だ、大丈夫ですよ。今までも土方さんと同じ部屋だったのですから。今更別にしてもねぇ……」
高い屏風を買うお金があるのなら、別なことに有効に使ってほしい。
「そうか。それならいいか。またよろしく頼むな」
土方さんが優しい笑顔で言った。
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」
「これを機会に、物を食う夢を見て寝言を言うのはやめてくれ」
ね、寝言を言っていたのか?
いや、寝言を言うなって無理だろう。
寝ている時のことだからわからないし。
「ひ、土方さんこそ、夜遅くまで行燈照らして仕事しないでください。眠れないのですよ」
土方さんが言うのならと思って、こちらも不服を言わせてもらった。
「なんだと。俺は仕事をしてんだぞ」
「私は寝ているのですよ」
そう言うと、沈黙が流れた。
こんなことで言い合いしても仕方ないか。
土方さんと同じ部屋で過ごすのだから、どうせ過ごすなら仲良く過ごしたい。
土方さんも同じことを思ったのだろう。
「つべこべ言っても仕方ねぇ。とにかく仲良くやろう」
と言ってきたのだった。