幕臣になる
「幕臣に取り立ててもらえることになった」
土方さんがそう言ってきた。
そう言えば、そんな時期だったよなぁ。
「よかったですね」
うん、よかった……んだよね?
なんかいやな予感もするのだけど。
「近藤さんが、見廻組与頭格と言ってだな、これは将軍にも会うことが出来るんだぞ」
そうなんだぁ。
「俺は、将軍には会えねぇが、見廻組肝煎格になった」
そうなんだぁ。
「総司とか、組長たちは見廻組格になった」
そうなんだぁ。
「お前、他人事のように聞いているな」
他人事と言うより……。
「あのですね、見廻組与頭格って何ですか?」
そう、その意味がよくわからないんだよね。
「そりゃ、見廻組与頭格だろう」
なるほどっ!って、全然わからんぞっ!
「とにかく、念願の武士になれたんだ」
そうなんだ。
「俺たちは完全に幕府に仕える組織になったんだぞっ!」
それって……。
「幕府に何かあったら、かけつけないといけないと言う事ですよね」
「あたりめぇだろうがっ!」
と言う事は、幕府が負けても一緒に負けることになるのだ。
幕府の組織になると言う事は、そう言う事だろう。
近藤さんの性格上、幕府に何かあったら、真っ先にかけつけるだろう。
そう、もう逃げることが出来ないのだ。
なんかもう、嫌な予感しかしないわ。
「お前、あまり嬉しそうじゃないな」
未来を知らなければ、きっと純粋に喜んでいたのだろうなぁ。
「そ、そんなことはありませんよ。ただ、なんかいやな予感がするのですよ」
幕府が負けるからとか、そう言う予感じゃない。
なんか、これをきっかけとした事件がなかったか?
あったと思ったのだけど、思いつかない。
もっと勉強しておくべきだった……。
「幕臣かぁ。実感がないな」
原田さんがそう言った。
この日は原田さんと巡察だった。
「そうですよね。やることは今までと同じなんですから」
幕臣になったから仕事が変わるかと思えば、それもなく、本当に今まで通りだった。
「そうなんだよな。新八なんかは、ブツブツわけのわからんことを言っていたが、俺は別にって感じだな」
そうなんだよね。
土方さんはなんか難しい名前を言っていたのだけど、それが何なのか全然わからないし。
生活も変わらないし。
「幕臣になったけど、変化なしと言う事ですね」
「そうだな」
でも、嫌な予感はそのまま残っている。
そう、何かがあったのだ。
それが思い出せない。
「あれ? うちの隊士たちじゃないか?」
御陵衛士の仮の屯所がある五条の善立寺と言う所の近くに来た時、原田さんが指をさしてそう言った。
「そう言われてみると、見たことある顔もありますよね」
十人ほどいて、ちらほらと見たことある顔も交じっていた。
どこで見たのだっけ?あ、伊東さんの勉強会だ。
と言う事は、伊東派の人たちか?
でも、伊東派の人たちは、御陵衛士になって隊を出たはず……。
と思った時に思い出した。
新選組が幕臣になることで起こる事件。
「あの人たちの命が危ないですっ!」
「えっ?」
私がそう言うと、原田さんは驚いていた。
そりゃ突然そう言われたら、誰だって驚くだろう。
「あの人たち、会津藩邸で亡くなります」
切腹か殺されたのかはわかっていない。
原田さんは私が未来から来たことを知っているので、驚かずに聞いてくれた。
「そうなのか? またなんでだ?」
「伊東さんに御陵衛士に入れてくれと言うのだけど、断られるのですよ」
本当に、伊東さんって嫌な人だ。
「私も、伊東さんの所に行ってきます」
亡くなるのがわかっていて黙って見ていることはできない。
原田さんにそう言ってから、御陵衛士のいるところへ行った。
「待て、俺も行く」
原田さんも後からついてきてくれた。
私たちが行ったとき、ちょうどうちの隊から来た隊士たち十人と伊東さんが話をしていた。
「伊東先生、私たちも御陵衛士に入れてください」
代表して話していたのは隊士の茨木さんと言う人だった。
茨木さんを含めた四人が代表して伊東さんと話をしていた。
この四人は、確か伊東さんが江戸から京に来た時に一緒に来た人だ。
「すまないが、その要求をのむことはできないんだよ」
伊東さんは申し訳なさそうに言った。
「どうしてですか? 御陵衛士に入れてあげればいいじゃないですか」
思わず私が口を出してしまった。
「この人たちは、このまま新選組にいても嫌だからここに来たのでしょう?」
私がそう言うと、みんな驚いた顔をしていたけど、うちの隊から来た十人がコクコクとうなずいていた。
「御陵衛士も人数が増えるし、いいじゃないですか」
「おい、蒼良」
私がそう言うと、隣にいた原田さんにつっつかれた。
なんか変なことを言ったか?
「どっちの味方だ? 俺は新選組に戻るように説得すると思っていたのだが……」
あ、その手もあったか。
「どっちがいいのでしょうかね?」
戻るように説得して聞いてくれるかなぁ。
わからないけど、とりあえず、説得するか。
「やっぱり、新選組に戻ったほうがいいと思いますよ。幕臣になったことだし、これからいいことたくさんあるともいますよ」
そういいことたくさんないんだけどね。
「あんたはどっちの味方だ? 新選組のまわしものか?」
茨木さんの隣にいた富川さんと言う人に言われてしまった。
「いや、まわしものではないですよ」
「お前らがここに入って行く姿を見て、心配になってここに来ただけだ。このことは隊の誰も知らない」
原田さんがそう言うと、十人からホッとしたという空気が流れた。
これって、下手すれば脱隊になるもんね。
切腹になるかもしれない。
「蒼良君。私も茨城君たちがここに入りたいというのなら、喜んで受け入れたいが、そう簡単に行かないんだよ」
そ、そうなのか?
「私たちが新選組を出る時に、これ以上、新選組から御陵衛士に隊士を入れないと約束をしたのだ。もちろん、御陵衛士から新選組に入ることもだめだ」
そうだ、そう言う約束があったと聞いたことがある。
新選組に後で戻ってくる斎藤さんは、命がけの仕事をしているんだよね。
「ただ、どうしても君たちが入りたいのなら、新選組を預かっている会津藩に新選組を脱隊したいとお願いしてみてはどうかな? 君たちが新選組じゃなければ、私たちも喜んで歓迎するよ」
伊東さんは得意そうにそう言った。
あ、そう言う方法があったか。
「わかりました。早速、会津藩に行ってみます」
茨木さんがそう言った。
それからみんなの視線が私たちの方へ。
「な、何でしょうか?」
視線が怖いのですがっ!
「俺たちがここに来たことを誰にも言うな。特にお前は土方のお気に入りだからな」
富川さんが私にそう言ってきた。
お、お気に入りって、そうだったのか?
初めて知ったぞっ!
「言わない。俺たちはお前たちが心配でここに来たんだ」
私が驚いている間に、原田さんがそう言ってくれた。
すると、十人の隊士たちは去っていった。
「俺たちも行くか」
原田さんに言われたから、伊東さんに軽く挨拶をした。
「蒼良君が御陵衛士になるのなら、約束なんて関係なく喜んで迎え入れるけどね」
そんな簡単に約束を破っていいのか?
って、私は御陵衛士になんかになりませんよっ!
「会津藩邸に行ってくる」
次の日、土方さんが鼻にしわを寄せてそう言った。
「なんかあったのですか?」
変な顔もしているし。
「うちの隊士十名ほどが会津公用方に脱隊嘆願書と言うものを出しやがった」
あ、出したんだ、早いなぁ。
「それを説得してくれって会津藩の方から要請が来てな。とりあえず説得をしてくる」
「わ、私も行きますっ!」
すごく嫌な予感がするんだもん。
だから一緒に行くことにした。
「近藤さんたちも行くぞ」
そりゃそうだろう、局長なんだから。
「わかってますよ。連れて行ってください」
「遊びに行くんじゃねぇんだからな」
そ、そんなことわかってますよ。
「私も説得します」
と胸を張って言ったのだけど、昨日は伊東さんに御陵衛士に入れてあげてほしいって言っちゃったしなぁ。
なにいってんだ、こいつって思われるだろうなぁ。
黙って成り行きを見届けよう。
近藤さんと土方さんと山崎さんと吉村さんと尾形さんが新選組から説得のために会津藩邸に行った。
私もついて行った。
向こうも十人じゃなく、代表者の四人がいた。
そして案の定、私の顔を見ると、なんだこいつと言う顔をされた。
そうだよね、そう思うよね。
でも、昨日のことは言ってないんだからねっ!と、目で訴えた。
「どうしても抜けるのか?」
土方さんが腕を前で組んで難しい顔をして聞いた。
四人はうなずいた。
「武士として二君に仕えずという気持ちでここまで来た。ここで幕臣になり栄誉をいただくのは旧君に申し訳ない」
四人のうちの一人がそう言った。
旧君って誰のことなんだろう?
でも、口を出さないって決めたから黙っていた。
「幕臣になりたくないってことか?」
今度は近藤さんがそう言った。
四人は黙ってうなずいた。
しばらく説得は続いたけど、四人の意思は固かった。
そしてその日はそれで解散となった。
この話し合いがうまくいかず、次の日、四人は会津藩で切腹か殺されることになっている。
これを阻止するなら今だろう。
四人と話をしようと思ったけど、出来なかった。
近づくことが出来なかったのだ。
「どうした、蒼良」
近づくことが出来なくてオロオロしていたら、原田さんが声をかけてきた。
そうだ、原田さんに頼もう。
私はこれから起こることを原田さんに話した。
「わかった。四人は会津藩邸に来ないほうがいいな。俺が伝えておく」
原田さんはそう言って引き受けてくれた。
昨日の続きと言わんばかりに、昨日と同じメンバーで会津藩邸で四人を待っていた。
来なければいいと思っていた。
でも、歴史通りなら来てしまうのだろう。
「お前、何そわそわしてんだ。厠に行きてぇのならさっさと行って来い」
土方さん、厠じゃないのですが……。
でも、厠に行くふりをして四人が来るかどうか見れるかな?
と言う事で、部屋を出た。
厠に行くふりをしてあっちこっちあるいていた。
四人を見かけなかったから、来なかったかもしれないと思っていたら、ばったりと廊下で会った。
「な、なんで来てしまったのですか?」
思わずそう言ってしまった。
「原田君からの伝言は聞いた。しかし、新選組を抜けなければ御陵衛士になれないから、ここはちゃんと話をしたほうがいいと思ってきた」
茨木さんがそう言った。
「でも、死ぬかもしれないのですよ」
「実は、ここに来る前に伊東先生のところに行ってきた。伊東先生も会津藩邸に今行くのはどうかと思う。とりあえず身を隠して時期を見てはどうかと言われたが、俺たちは早く新選組から抜けたいのだ」
今度は富川さんが言った。
「それに逃げたと思われるのはもっと嫌なことだ」
それより、命が亡くなる方が嫌じゃないのか?
「この部屋だな」
四人は私たちがいた部屋と別な部屋に入って行った。
もう止められないのかもしれない。
でも、土方さんに話したら止めれるかな?
それとも、殺されるのだろうか?
どうすればいいかわからないまま、私は元いた部屋に戻っていった。
さっきの部屋は控室で、もう少ししたら四人は来るのかな?
そう思って待っていたけど、来たのは会津藩の人だった。
「四人が亡くなったから、後はそちらで処理を頼む」
無表情でそう一言言った。
「な、亡くなっただと?」
近藤さんが驚いて立ち上がった。
「どこで亡くなった?」
土方さんはそう言うと真っ先に部屋を出た。
私は、また歴史を変えることが出来なかったと途方に暮れていた。
「蒼良、悪かったな。俺がもっと強く言ってれば、あいつらも会津藩邸に行かなかっただろうな」
原田さんに伝言のお礼をしに行ったらそう言われた。
「いえ、原田さんは悪くないです。四人を救えなかった私が悪いのです」
そう、私が悪い。
「そう自分を責めるな。蒼良一人で全員の命を預かったら、蒼良が重いだろう」
原田さんは落ち込む私の頭を優しくなでてくれた。
「でも、亡くなるとわかっていたのに、何もできませんでした」
「それは蒼良のせいではない。何をしても、どうにもならないことがあるんだ」
原田さんは私の頭をなでながら、優しくそう言ってくれた。
「だから、自分を責めるな。わかったな。蒼良が自分を責めるなら、俺も四人をすくえなかったから自分を責めるぞ」
「原田さんは悪くないです」
私がそう言うと、原田さんが私を抱きしめてきた。
えっ、なんで?
「蒼良だって悪くない。だから、もうそんな悲しい顔をするな。蒼良の悲しい顔は見たくない」
あ、見たくないから私の顔を見ないように抱きしめたのか。
「す、すみません」
「だから、蒼良は悪くない。こういう時もあるんだから気にするな」
と、抱きしめたまま原田さんは言ってくれた。
「俺の元気をやるから、早く元気になれ」
そう言って原田さんは強く抱きしめてきたのだった。




