四候会議
「山崎から情報が入り、お前が言っていた会議が大詰めになってきたらしいぞ」
そ、そうなのか?
先月、薩摩藩が護衛を連れて京にやってきた。
なんでそんな護衛をつけてやってきたんだろう?という話になった。
そこで思いついたのが、歴史の授業で習った四候会議だった。
松平春嶽・島津久光・山内容堂・伊達宗城の四賢候と呼ばれていた人たちが、合議制による会議を行う。
でも、薩摩藩が来たのは四月だった。
なんで一カ月早いんだ?と疑問に思ったけど、それ準備の為だろうと言う事で話がまとまった。
それから土方さんが山崎さんを潜入捜索をさせていたらしい。
その会議がいよいよ大詰めになってきたと言う事なんだろう。
それにしても……
「四候会議という言葉が出てこなくなったと言う事は、土方さんも……」
いよいよぼけたか?
「なんだ、何が言いたい」
それを言っちゃうと、げんこつなんだろうなぁ。
「色々とあって成長したのですね」
「わけが分からんぞっ! お前のことだから、頭がおかしくなったとか言いたいんだろう?」
「な、なんでわかったのですかっ!」
「って、本当に思ってたのかっ!」
ヒイッ!なんか知らないけどばれてるっ!
「す、すみませんっ! ごめんなさいっ!」
私はひたすら謝った。
「そんなことは今はいい」
え、いいのか?
「問題は、その四候会議というのか? それだ。今後どうなる?」
今後か。
歴史の授業を思い出してみた。
確か……。
「慶喜公は兵庫港の開港問題のことを解決したかったらしいのですが、薩摩藩の島津さんは長州問題を解決したがりまして……」
「お前、島津さんって、近所の人間のことを話すみたいに話しやがって。島津久光だろう」
そうだ、その人だ。
フルネームで覚えてなかったのだ。
「そうか。薩摩は長州と同盟を結んでいるからな。それに、幕府が長州問題を解決することはないだろう」
そ、そうなのか?
「なんでですか?」
「よく考えてみろ。第二次長州征伐は幕府は認めてねぇが、長州が勝っているのだぞ。それを幕府が解決すると言う事は、事実上、幕府が負けを認めたことになるだろう」
よくわからないが、そうなのか?
確かに、長州問題について話し合うと言う事は、幕府の今回の征伐が間違っていたということになり、下手すれば、幕府が長州に謝るという事態になる。
それは幕府としては何としても避けたいことだろう。
「なるほど」
私のつぶやきを聞いた土方さんは、
「わかったか?」
と、なぜか胸を張っていた。
「と言う事は、兵庫開港問題は解決するってことだな?」
「はい、多分」
解決するんだよね?
「多分って……。お前、知ってんじゃねぇのか?」
「私だって知っていることと知らないことがあるのですよ」
私がそう言ったら、しばらく沈黙が流れた。
「要は、そこまで調べてねぇと言う事だな?」
すみません、そう言う事です。
勉強不足と言う事で……。
「よし、わかった。これから起きることを山崎と一緒に行って探って来い」
あ、そうなるのか?
「わかりました」
歴史の出来事をこの目で見てくるぞっ!
四候会議が行われている場所の近くにいる山崎さんのところに行った。
「山崎さんのことだから、中に入って捜査をしているのかと思いました」
そう、山崎さんはきっと四候会議が行われている建物のどこかに潜入しているだろうと思っていた。
しかし、今回はその会議が行われている場所が見えるところにいる。
見えると言っても、周りはもちろん厳重に警備されているから、その建物の屋根がチラッと見えるか見えないかぐらい離れている場所だ。
「そんな危険なことはしませんよ」
確かに、厳重な警備の中に潜入するのは、命がけの仕事だ。
「今回は、中にいる人間から話を聞くことになっています」
中に間者を放っていると言う事だろう。
「蒼良さん、会議はいよいよ佳境にさしかかったところだと思います」
山崎さんの話によると、四候会議のメンバーは、長州問題先決を求めているらしいのだけど、土方さんとの話通り、慶喜公が兵庫港開港問題を先にするようにという事でもめているらしい。
間をとって両方という人もいたらしいんだけどね。
「会議がもめている間にも、薩摩に変な動きがあったので、今回はそちらを捜査したいと思いますが、蒼良さんも一緒に来ますか?」
薩摩に変な動き?なんだろう?
「おじゃまじゃなければ、一緒に連れて行ってください」
と言う事で、山崎さんと一緒に薩摩藩の方を捜査することになった。
動き出したのは、西郷隆盛だった。
この時の名前はまだ吉之助か?
「あの人、薩摩の人です」
西郷隆盛を見つけ、山崎さんにそう教えた。
「わかっていますよ。西郷吉之助。今回、島津久光と一緒に京に来た薩摩の人間です」
あ、知っていた。
当たり前か。
その西郷隆盛の後をこっそりとつけるとある屋敷の中に入って行った。
その屋敷の周りで見張っていると、中岡慎太郎がやってきた。
これは、ただ事ではない出来事があるぞ。
そして、板垣退助も入って行った。
「い、板垣退助も入って行きましたよっ!」
この人は明治の世で政治家になる。
自由民権運動で有名になる人だ。
「板垣退助?」
えっ、山崎さん知らないのか?
この時は、まだその名前じゃなかったのかもしれない。
そうだ、名字が違うのだ。
名字が思い出せない……。
「退助ですよ、退助っ!」
こう言うと、自分が板垣退助とものすごく近い知り合いのように聞こえてくるから不思議だ。
「ああ、乾退助ですね」
そ、そうなのか?いぬいと呼ばれていたのか?
「こんなところで土佐と薩摩が集まって何をするつもりなんだろう?」
山崎さんはそうつぶやいて考え込んでいた。
「薩摩から見たら、四候会議で主導を握れなかったから面白くないのだろう。でも、土佐の山内容堂は幕府派の人間だ。長州と同盟を結んだ薩摩とは意見があわないと思うのだが……」
どうしてなんだろう?
これは歴史の授業を思い出したほうがいいのかもしれない。
思い出せ、私っ!
必死に思い出していたかいがあったのか、なんとか思い出した。
「山崎さんっ! これは密約ですっ!」
「え、密約?」
そう、薩・土倒幕の密約だ。
「土佐藩は幕府派だったので、藩はかかわっていないです。土佐藩の倒幕派と薩摩藩が結んだ密約です」
その後、坂本龍馬が仲介に立って薩土盟約と言うものが結ばれるが、これは平和的な手段で倒幕しましょうという盟約なのだけど、二カ月ほどで無くなってしまう。
それに反してこの密約は、戦になれば協力し合って戦うというもので、実際に鳥羽伏見の戦いの時も、土佐藩士は藩主である山内容堂の反対を無視して参戦する。
「蒼良さん、なんでわかったのですか?」
山崎さんは、私が未来から来たことを知らないので、ごまかさないとっ!
「あのですね……、勘です、勘」
相変わらず同じごまかし方しかできない私。
少しは成長しろ、自分。
「蒼良さんの勘はすごいですからね。蒼良さんがそう言うなら、中で密約が交わされているのでしょう。そうなると、色々と厄介ですね」
そ、そうなのか?
「藩主の山内容堂の動きだけ見ていても、何も情報が入らないことになります。藩士一人一人の行動を見るような感じで見て行かないと」
そ、そうなのか?それって大変じゃないか。
だから厄介だと言ったのか。
「行きましょう」
え、もう行くのか?
「中で密約が交わされたことが分かれば、長居は無用です。四候会議の方へ戻りましょう」
と言う事で、山崎さんと一緒にその場を後にした。
一方、四公会議の方は、密約を交わした日から数日後に動きがあった。
この日は朝議という朝廷での会議があり、慶喜公と、四候会議の参加者でもあった松平春嶽・伊達宗城が朝議へ参加した。
島津久光は、自分が思っている通りに会議が進すまなかったという思いがあるのだろう。
朝議に姿を見せる事はなかった。
山内容堂は、薩摩藩主導の会議に警戒をし、帰国することになっていた。
山崎さんは、
「密約に藩主も関係しているのではないか?」
と心配になっていたけど、
「密約を知ってはいると思いますが、山内容堂は幕府派なので大きくは関係してこないと思います」
「なるほど、そう言う事なのですね」
山崎さんは納得したらしく、笑顔でうなずいた。
この朝議、必ず兵庫港を開港させるという強い意志を持った慶喜公と、先代の孝明天皇がそれを望まなかったから、今回も兵庫港開港は反対という朝廷との意見が対立した。
慶喜公からすると、ここで意見が通らなければ、流れは完全に薩摩に握られてしまうという考えがあったのだろう。
それと、開港の予定が本当は今から四年前に兵庫港は開港していたはずなのに、孝明天皇が異国の人間を嫌っていたため、幕府は開港を五年延期させ、その期限が今年の十二月までになっている。
なんとしてでもここで解決させたかったのだろう。
お互いが粘りに粘り、なんと会議は徹夜となった。
「中の人たちは疲れないのですかね」
思わず山崎さんにそう言っていた。
私たちも、中からの情報を得るため、交互に休んだりしていた。
そんなことを言った私に、山崎さんは微笑んでいた。
「必死になっているので、疲れないのでしょう、きっと」
そ、そうなのか?
そして結論が出た。
朝廷が粘り負けをし、兵庫港開港の勅許が出た。
兵庫港を開港していいよという天皇の許可が出たのだった。
「土方さんに知らせないといけませんね」
山崎さんのその言葉が合図となり、私たちは屯所に帰った。
山崎さんからの報告が終わり、部屋には土方さんと私だけになった。
「薩摩は主導権を握れなかったと言う事だな」
土方さんがお茶をすすりながらそう言った。
「はい。でも、これがきっかけで薩摩は武力倒幕派になります」
平和的な倒幕を目指していたけど、慶喜公相手にそれは無理だと言う事になったのだろう。
「武力倒幕か……。お前、禁門の変を覚えているか?」
禁門の変とは、挙兵した長州藩をみんなでたたきつぶした事件だ。
その後、長州兵は京に火をつけ、京の町は火の海になったのだ。
「覚えていますよ。ものすごい火事でしたから」
「いや、そっちじゃねぇよ。あの時の薩摩藩の兵を見たか?」
あの時の薩摩藩の兵……。
思い出してみた。
持っていた銃も、大砲も、近代化されていて、私たちの物とは全く違っていたのだ。
「あれが、敵になるんだぞ」
あれが敵になるんだ。
あの時は味方だったのでものすごく心強かったけど、今後はあの武器が私たちに向けられるのだ。
「何とかしねぇとな」
土方さんはそうつぶやいた。
なんとかしないと。
心ではわかっているけど、何をすればいいか、わからない自分がもどかしくなっていた。