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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年5月
340/506

沖田さん熱を出す

 相変わらず、梅雨は続いていた。

 この日もしとしとと雨が降っていた。

「梅雨っていつ明けるんですか?」

 土方さんにはわからないだろうと思いつつ聞いてみた。

「雷が鳴ったら、梅雨明けだろう」

 ああ、昔そんなことを聞いたことがあるぞ。

「具体的に、その日はいつになりそうですか?」

「そんなもん知らんっ!」

 そうだよね。

 この時代、そんなことを知っている人はいない。

「土方さんにはわかりませんよね」

 思わずそう言ってしまった。

「そんなことを言うが、お前はわかるのか?」

 そんなこと、わかるわけないだろう。

「気象予報士じゃないのでわかりませんよ。衛星で宇宙から日本をうつして雲の動きとかわかればいつ明けそうだとかわかりそうですがね」

「……お前の言っていることの方がわからんが」

 あ……この時代にない言葉を乱立させてしまった。

「すみません。とにかく、私にはわかりませんよ」

「それなら俺にもわからん」

 ですよね。

 そう言えば、下駄を投げて天気を占う遊びがあったよな?

 やってみるか?

 外を見たら、ちょうど小降りになっていたので、玄関に回って外に出た。

「お前、雨の中で何を始めるんだ?」

 部屋の中から土方さんが私を怪訝そうな顔で見た。

「一種の占いのようなものでしょうか」

「はあ?」

 よし、やるぞ。

 下駄の鼻緒から少しだけ足の指を離した。

 普段は草履をはいているけど、これをするためにわざわざ下駄を探してはいてきたのだ。

 それにしても、この下駄は重いよなぁ。

「明日天気にしておくれっ!」

 そう言って足を思いっきり蹴とばして下駄を飛ばした。

 重かったので、コントロールがきかず、部屋にいる土方さんの方へ飛んでいった。

 土方さんは

「あぶねぇなっ!」

 といいながらも素早くよけた。

 下駄は部屋の中へ。

「土方さん、下駄はどうなってますか?」

 私がそう言うと、どれどれと言いながら部屋の奥へ引っ込んだ。

「お、お前っ! 俺を殺す気だったのか?」

 部屋の奥から土方さんの声が聞こえてきた。

 下駄があたったぐらいで死ぬわけないだろう。

 何言ってんだか。

 そう思いながら、窓をよじ登って部屋に入った。

「お前っ! 俺に何か恨みでもあるのか?」

 私が部屋に入ると、土方さんがそう言いながら私のせまってきた。

「恨みなんてありませんよ。何ですか?」

 私が聞くと、土方さんは無言で下駄を指さした。

 下駄は、縦に立っていた。

 表なら晴れ、裏なら雨なんだけど、これは微妙だなぁ。

「これは、もしかして雪だったりして……」

 この季節に雪はないよな。

「そんなことを言いたいんじゃねぇよ」

 ん?何が言いたいんだ?

「鉄下駄を人に投げつけといて、何が雪だっ!」

 え、鉄下駄?

 よく見ると、鉄でできた下駄だった。

 誰かが体を鍛えるために履いていたものだろう。

「どうりて重いと思ったのですよ」

「おいっ! 俺にこれがあたっていたら死んでたぞっ!」

 あ、そうだよね。

「でも土方さんは避けたから大丈夫だったじゃないですか」

「お前、そう言う問題じゃねぇだろう」

「大丈夫ですよ。土方さんは鉄下駄が当たったぐらいじゃ死にませんよ」

「俺は化けもんかっ!」

 土方さんのげんこつが落ちそうになったので、あわててよけて部屋を後にした。

 ここは逃げるが勝ちだっ!


 最近、沖田さんの部屋に行っていないことに気がついた。

 そろそろ顔を出さないと、

「忘れてたでしょう?」

 なんて嫌味を言われそうだ。

「沖田さん、いますか?」

 部屋の前でそう言ったけど、返事がなかった。

 いないのかな?安静にしていないといけないのに、どこに行っているんだ?

 襖を開けると、沖田さんが縁側の方に座っていた。

「返事がないから、いないかと思いましたよ」

 そう言いながら、私も縁側の方へ行き、沖田さんの隣に座った。

「あ、蒼良そら。来たの?」

 沖田さんはけだるそうにそう言った。

 また嫌味を言われそうだなぁ。

「沖田さんのことが心配だったから来ました」

 これは本当のことだ。

「生きてるよ」

 沖田さんはそう一言言って、あとはボーっと遠くを見るように外をながめていた。

「生きてるって、当たり前じゃないですか」

 まったく、何を言い出すかと思えば。

 私がそう言うと、顔は私の方を向けたけど、目がうつろだった。

 どうしたんだろう?

「沖田さん、大丈夫ですか?」

 なんか、熱があるようなうるっとした目をしているのだけど。

 嫌な予感がして、沖田さんのおでこに手を置いた。

 体の芯の方に熱がこもっている感じがした。

 これは、熱がある。

「沖田さん、熱が高いですよ。なんで言わなかったのですか?」

「ああ、どうにて体が重いような感じがしていたと思ったら、熱があったんだ」

 熱があったんだって、わからなかったのか?

「具合が悪ければ、人を呼べばいいじゃないですか」

「人を呼んだら、その人に病気がうつるじゃん」

 確かに労咳はうつる病気だけど、そんなことを言っていたら、誰も沖田さんに近づけないじゃないか。

「蒼良は別だけどね」

「そんなことを言ってないで、とにかく寝てください。布団を敷きますね」

 私は布団を敷いた。

 そしてそこに沖田さんを寝かした。

「そうか、熱があったんだ」

 沖田さんは布団に横になるとそう言って目を閉じた。

 しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 熱があるのになんで起きていたんだろう?

 とにかく、良順先生に診てもらおう。


「労咳の症状の一つで、特に問題はない」

 寝ている沖田さんを診察した良順先生がそう言った。

 症状の一つって……。

「病気が進んでいると言う事ですか?」

「それは何とも言えんな。気候が悪いのかもしれんし、どこかで無理をしてこうなったのかもしれんし」

 そ、そうなのか?

 どこかで無理をしてって……。

「そんなに考え込まなくても大丈夫だ。熱は高いときは高くなるもんだ。今すぐどうのこうのなるわけじゃない」

 今すぐどうのこうのなったら大変じゃないか。

「とにかく、安静に寝ていれば治るだろう」

 そう言って良順先生は帰っていった。

 沖田さんの病気が病気なだけに、熱が出るとものすごく心配になる。

 歴史でもまだ亡くなる時じゃないから大丈夫だと思うのだけど。

 心配になりつつ、沖田さんのおでこの上に置いた手拭いをぬらして再びおでこに置いた。


「うわぁっ!」

 そんな声がして目が覚めた。

 どうやら、私もウトウトと寝ていたらしい。

 声のした方を見ると、沖田さんが飛び起きていた。

「どうかしたのですか?」

 私が声をかけると、沖田さんはホッとした顔をした。

「怖い夢を見た。夢でよかった」

 そう言う沖田さんを見ると、汗をいっぱいかいたみたいで、浴衣が少しぬれていた。

「着替えたほうがいいですね」

 そう言って、私は新しい浴衣を出した。

 後は、汗をかいた分、水分を補給しないと。

「水を持ってくるので、着替えておいてくださいね」

 私が出ようとしたら、

「汗かいて気持ち悪いから、体ふいてよ」

 と言われてしまった。

 えっ、私がか?

「まだ体がだるいから、あまり動きたくないんだよね」

 そ、そうなのか?でも、私がふくのか?

「誰か呼びましょうか?」

「僕は蒼良にふいてほしいのだけど」

 やっぱり、私か?

「一応、私、嫁入り前の女なので、男性の裸を見るのはどうかと思いますが……」

「嫁入り前って言ったって、行き遅れているじゃん」

 わ、悪かったな。

 一応、私の時代では行き遅れるような年じゃないんだからねっ!

「それに、全部ふけとは言ってないよ。上半身だけだよ。まさか下まで拭こうと思っていた?」

 そっ、そんなことまで思ってませんよっ!

「嫌だなぁ、蒼良は。すけべなんだから」

 そ、そこまで言うか?

「わ、わかりましたよっ! 上だけふきますからねっ!」

 と言う事で、沖田さんの体をふくことになった。

 上だけふいたら水を取りに行った。

 戻ってきたら、新しい浴衣を着てさっぱりした沖田さんがいた。

 水を渡すと、のどが渇いていたのか一気に飲んだ。

「蒼良がいてくれてよかった」

 水を飲んで再び布団に横になった沖田さんが言った。

「こういう日は、誰でもいいからそばに誰かいてほしい」

 沖田さんにしては珍しく弱音をはいている。

 きっと熱が出て心細くなっているのだろう。

「私でよければここにいますから、今はちゃんと寝て熱を下げましょう」

「ありがとう」

 珍しくお礼を言ったぞ。

「ところで、怖い夢ってどういう夢だったのですか?」

 飛び起きるぐらいだから、相当怖い夢なのだろう。

「蒼良が殺される夢」

 はあ?勝手に人を殺すなっ!

「蒼良が殺されそうになっているのに、僕は何もできなくて、蒼良が死んでいくのを見ているだけなんだ。何もできないのが怖かった」

 そ、そんなに怖い夢だったのか?

 蒼良が殺されてよかったと言われなかっただけでも、ものすごくましなのかもしれない。

「大丈夫ですよ。私は簡単に死にませんよ。だから安心して休んでください。ずうっとここにいますから」

 今は、沖田さんを安心させたほうがいいだろう。

「わかった」

 そう言うと、沖田さんは目を閉じた。


 気がつくと、私が布団に寝ていた。

 あれ?いつもと天井が違うと、一瞬思った。

 あ、沖田さんの部屋に来ていたんだった。

 そうだ、沖田さんが熱があって寝ていたんだよね。

 なんで私が布団に寝ているんだ?

 飛び起きると、外は明るくなっていた。

 いつの間にか夜が明けていたらしい。

 って、沖田さんはどこ?

「蒼良、おはよう。相変わらず今日も雨だよ。いつまで降るんだろう?」

 沖田さんは縁側に出て外を見ていた。

「お、沖田さんっ! なんでそこにいるのですかっ! 沖田さんがいるべきところはここですからねっ!」

 私は自分が寝ていた布団から飛び出て指をさした。

「僕は大人しく寝ていたけど、蒼良が僕の布団をとったんだよ」

 そ、そうなのか?

「と、とにかく、寝てくださいっ!」

「ええ、もう寝ているのもあきたよ」

 あ、あきたって……。

 でも、見た感じ昨日より元気そうだよな。

「熱は下がったのですか?」

「みたいだよ。すっかり元気だよ」

 沖田さんのおでこに手をのせてみた。

 あ、下がっている。

 よかったぁ、熱が下がっている。

「このまま下がらなかったらどうしようと思ってましたよ」

「だからって、蒼良が泣くことないじゃん」

 ホッとしたら涙が出たのですよっ!

 本当に、よかったぁ。

 泣いている私の涙を指でふいてくれた沖田さん。

「蒼良、ありがとう」

 そう言った沖田さんはとっても優しい笑顔をしていた。

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