土方さんへの誕生日プレゼント
五月になった。
現代で言うと六月の中旬から下旬あたりになる。
梅雨に入る前のさわやかな気候が続く今日この頃。
空も一年で一番綺麗な時期らしい。
しかも、空気の綺麗なこの時代、空がものすごく綺麗によく見える。
だから、暇さえあれば空をながめている。
上を向いていたので口が半開きになっていたのだろう。
突然、口に何かが入ってきた。
口の中が甘くなったので、思わず味わってしまった。
「蒼良、口を開けて上向いていると、口の中に何か入れられるぞ」
という源さんの声が聞こえてきた。
源さんは、手に持っていた金平糖を私にくれた。
その金平糖を私の口の中に入れたらしい。
「美味しいか?」
「はい、美味しいです」
今度は自分で口の中に入れた。
源さんはたまにこうやって甘い物を買ってきてくれる。
それがとっても嬉しい。
「この前、巡察中に和菓子屋によったらこれが売っていたから買ってきた。蒼良が気に入ってくれてよかったよ」
「いつもありがとうございます」
私は、改めてお礼を言った。
「空が真っ青だなぁ」
源さんが空を見上げてそう言った。
「そうでしょう? 私も今見ていたのですよ。青くて綺麗だなぁって」
「だから口が開いていたのか」
いや、口は関係ありませんから。
「こういう空を見ると、歳が生まれた時のことを思い出すなぁ」
ん?土方さんが生まれた時のこと?
「歳が生まれた時もこんな青い空だったなぁ」
そう言えば、土方さんの誕生日って五月五日じゃなかったか?
歴史ではそうなっていたはずだ。
もうすぐじゃないか。
いつもお世話になっているから、誕生日ぐらい何かあげたいなぁ。
しかしこの時代は、みんなお正月に年を取るものなので、誕生日をお祝いするという習慣がない。
だから、副長の誕生日が近いというのに、お祝いしようという人がいないのだ。
「土方さん、何がほしいのかなぁ」
思わずそうつぶやいていた。
「なんだ、突然」
そりゃ驚くよね。
「土方さんが生まれた日が近いから、何をお祝いしてあげようかなぁと思いまして」
「生まれた日をお祝いするのか? 面白いな」
やっぱり、そう言う習慣がないので、面白いらしい。
ん?面白い?ちょっと反応が違うような?
「源さん、土方さんって、何がほしいと思いますか?」
「歳か? 難しいなぁ」
「俳句がうまくなるように、奥の細道か何か送りましょうか?」
松尾芭蕉の句集だ。
それを読めば少しは俳句がうまくなるかもしれない。
「なんだ、その奥の細道って」
「句集ですよ」
有名なものだけど、知らないのかな?
「歳にそんなもの贈った日には、蒼良が殴られるぞ」
そうなんだよね。
俳句の話を少しでもすると怒る。
季語の話をしただけで、
「なんだってっ!」
なんて怒鳴られるのだ。
それじゃあ何がいいんだろう?
「甘いのが好きそうだから、団子一年分贈るか?」
甘いのが好きだったのか?知らなかった。
「それなら、蒼良も一緒に食べれるだろう?」
それはちょっと違うと思うんだけど。
「一緒に食べれるのは嬉しいのですが、土方さんの贈り物を一緒にいただくってどうなのかなぁと思うのですが」
「そんなこと考えなくても大丈夫だ。団子でも送っとけ。それで充分だから」
ほ、本当か?本当に充分なのか?
「団子、こんなにいらねぇよっ!」
って怒られそうなんだけど。
「わ、わかりました。それも考えておきますね」
そう言って、源さんと別れた。
本当に、土方さんは何がほしいんだろう?
「ほしいもの? そりゃ地位やろう」
楓ちゃんが自信満々に言った。
あれから、芸妓をやっていた楓ちゃんなら、男性が何をほしいかわかるかもしれないと思い、楓ちゃんに聞きに行った。
そしたら、そう言われた。
「武士という地位がほしいんやろ。勇さんが大名になれれば、土方はんも嬉しいんと違う?」
そ、そうなのか?
それは楓ちゃんの願望も入っているような気がしないでもないのだけど。
「勇はんが喜ぶなら、土方はんも喜ぶと思うで」
そうなのか?
「でも、もしそれが本当だとして、私には無理な贈り物だよ」
私には、土方さんたちを大名や武士にするような力はない。
「それなら、勇はんを喜ばせてあげればいいんや」
それは、楓ちゃんの仕事じゃないかと、思ったりするのだけど。
「蒼良はん、頼んだで」
いや、それはちょっと違うだろう。
「楓ちゃん、私は近藤さんじゃなくて、土方さんに喜んでもらいたいのだけど」
「だから、勇はんを喜ばせれば……」
「それって、楓ちゃんがやってあげれば、近藤さんがものすごく喜んでくれるとおもけど」
私がそう言うと、楓ちゃんはしばらく考え込んでいたけど、
「そうやな。よう考えたらそうやわ。うちが勇はんを喜ばせればええんや。なんや簡単やないの」
そうなのだ、近藤さんは楓ちゃんにお任せの方がいいと思う。
「それなら、土方はんも毎日喜んでいるからええと思うで」
な、なんでそうなるんだ?
「だって、うちが毎日、勇はんを笑顔にさせとるさかいな」
楓ちゃんに聞いたのが間違ってたかな。
なんでここで、楓ちゃんののぼせばなしを聞かないといけないんだ?
「そうだよね。土方さんもきっと毎日喜んでいると思うよ」
そう言って、楓ちゃんの所を後にした。
ああ、一体何をあげればいいんだろう?
そう思いつつ、京の町をブラブラと歩いていた。
「暇そうだな」
声をかけてきたのは斎藤さんだった。
思い切って斎藤さんに聞いてみよう。
そう思い、斎藤さんに聞いてみた。
「一番ほしいものか? それは刀だな」
それ、前にも聞いたことがあるような?
「名刀であればあるほどいい」
そう一言言った。
一言で簡単に言うけど……。
「値段も名刀であればあるほど高いのですよね」
「当たり前だ」
やっぱりねぇ。
「俺にくれるなら、そうだな、村正がいいな」
いや、私に刀の名前を言われても、わかりませんからねっ!
ただわかっていることは、高そうな刀の名前だなぁということぐらいかな。
「お前、もしかして村正を知らんのか?」
「知りません」
「有名な刀だぞ」
そ、そうなのか?
「徳川の妖刀として有名だ」
ようとう?
「すみません、それって何ですか?」
「お前、そんなことも知らんのか?」
そんなに有名なことなのか?
「徳川家康の家族がすべて村正で斬られている」
そ、そうなのか?
「だから、徳川を滅ぼす妖刀なのだ」
そうだったのか?
「それって、たまたまじゃないのですか?」
「家族全員が村正で斬られているのだぞ。それに、家康自身も村正で斬られそうになったり怪我したりしているのだぞ。これはもう徳川を滅ぼす妖刀だろう」
そ、そんな怖い刀があるのか?
「これを手に入れたら、倒幕も簡単だと言う事で、倒幕派からの人気が出ている」
そうなのか?それならやっぱり値も上がっているだろう。
でも、その前に……。
「そんな呪われている刀なら、お祓いをしてもらった方がいいと思いますが」
「お前、正気でそんなことを言っているのか? そんなことをしたらただの刀になるだろう。妖刀だからいいのだ」
そんな刀、私だったらお断りだ。
「俺にくれるのなら、遠慮はいらんぞ」
いや、斎藤さんにあげるなんて一言も言っていないからねっ!
斎藤さんと別れた後しばらく歩いていた。
男性、特に武士になりたい人なら、刀がほしいのかなぁ。
でも、いい刀って高そうだしなぁ。
それに、土方さんの持っている刀も充分いい刀だったと思ったぞ。
そんなことを思いながら歩いていたら、
「菖蒲太刀~菖蒲太刀~」
という声が聞こえてきた。
太刀って刀だよね?
刀を売って歩いている人がいるのか?
しかも、菖蒲太刀って、なんか勝負とも聞こえるし、いい名前じゃないか。
その売り子さんを呼び止め、値段を聞いてみた。
買えない値段じゃないぞ。
土方さんへのプレゼントはこれで決まりだ。
「しょうぶ太刀くださいっ!」
私はその太刀を買い求めた。
土方さんもきっと喜んでくれるぞ。
屯所に帰ってきた。
なんか、変な物を買っちゃったよなぁ。
土方さんへのプレゼントで買ったものをため息つきながらながめた。
まさか、これが太刀だとは思わなかった。
てっきり刀だと思っていたのに。
土方さん、これもらっても絶対に喜ばないよ。
買った時に返品しようと思い、売り子さんに話しかけようとしたら、その太刀はけっこう人気があるらしく、売り子さんの周りにはたくさんの人が。
そして、気がつけば売り子さんも消えていた。
なんでこんなものが人気があるんだ?
訳が分からない。
というわけで、返品をしそこね、トボトボとこれを持って帰ってきたのだ。
部屋に帰ると土方さんがいた。
思わずその買った太刀を背中に隠した。
「お前、今、何か隠しただろ?」
ば、ばれてるし。
「隠してないですよ」
あわててごまかしたけど、土方さんが近づいてきて私の背中を見た。
「それは、菖蒲太刀じゃねぇか。そうか、端午の節句か」
ん?たんごのせっくって……。
「男の子の節句ですよね」
「そうだ。江戸にいたころは、こいのぼりも見れたが、京ではあまりやらないらしいな。全然見かけねぇ」
この時代にもこいのぼりがあったんだ。
「で、なんでお前がこれを持っているんだ?」
それを聞いてくるのか?
というわけで、しょうぶ太刀という名前で売っていたので、てっきりいい刀だと思った私は、土方さんへの贈り物にしようと思い買ったこと。
買ってみたら、単なる葉っぱで落ち込んでいたことなどを話した。
「と言う事で、今回の誕生日の贈り物が葉っぱになりそうです。すみません」
私がそう言うと、土方さんは優しく笑った。
「いい贈り物じゃねぇか。季節感があって。菖蒲は尚武にかけて、武道と武勇を重んじることとして武士にふさわしいものだ」
そうなのか?
「これ以上いい贈り物はねぇぞ。厄除けにもなるしな。今日の夜は枕にしいて寝て、明日、菖蒲湯にでもするか」
よくわからないけど、いい贈り物をしたらしい。
「それにしても、なんでこの時期に俺に贈り物なんだ?」
「土方さん、誕生日じゃないですか」
「はあ?」
「土方さんが生まれた日ですよ。生まれて何年になるのですか?」
私がそう聞くと、うーんと考えながらも、
「この前の正月で三十三才だが……」
「それなら三十四才になりましたね」
「そうか、三十四才か……」
土方さんはそう言った後、しばらく無言になった。
「ちょっと待て。正月に年取ったばかりなのに、なんでまた年をとるんだ? 一年で二才としとるのはおかしいだろう」
あ、確かに。
「でも、誕生日は五月五日ですよね」
「生まれた日なんて覚えてねぇよ」
そうだった、この時代、みんながお正月にいっせいに年をとる時代だった。
お正月が誕生日なのだ。
それなら特に贈り物はいらなかったのか?
「なんかわからないが、お前からの贈り物だ。ありがたくいただくぞ」
土方さんはとても嬉しそうに菖蒲太刀を受け取ってくれた。
土方さんが喜んでくれているから、いいか。