沖田さんの小姓
永倉さんに、
「総司の小姓は蒼良だろう」
と言われてから、私って小姓だったのか?と気になってしまった。
土方さんには、
「小姓にしとくにはもったいない」
と言う訳の分からない言葉をいただいてからよけいに悩んでしまった。
私って、沖田さんの小姓だったのか?
「何悩んでんだ?」
最近、ずうっとそんなことを考えていたので土方さんにそう言われてしまった。
「私って、沖田さんの小姓に見えますか?」
思い切って聞いてみた。
土方さんは、
「はあ?」
と言って、私の方を向いて座りなおした。
「だから、私って、沖田さんの小姓だったのでしょうか?」
自分では補佐だと思っていたんだけど。
「安心しろ。お前は小姓になれねぇよ」
そ、そうなのか?
土方さんがそう言った時、
「お茶を持ってきました」
と、タイミングよく鉄之助君が入ってきた。
彼は最近になって新選組に入り、年齢が若いから土方さんの小姓として働いている。
私が部屋にいると分かっていたのか、ちゃんとお茶を二杯持ってきてくれた。
そんなところまで気が回るので、重宝に使われている。
「お茶、ありがとう」
そう言ってお茶を受け取った。
土方さんも、お茶をすすり始めた。
「お団子が食べたくなりましたね」
お茶とくればお団子だろう。
「お前は、茶を飲めば団子って言うよな」
「買ってきましょうか?」
そんな私の言葉を聞いた鉄之助君は、スッと立ち上がってそう言った。
「いや、いらん。ほしければ、自分て買って来いっ!」
土方さんにそう言われてしまった。
「下がっていいぞ」
土方さんがそう一言言うと、スッと鉄之助君は部屋を出て行った。
本当にいい小姓だよなぁ。
そう言えばさっき、土方さんは私は小姓になれないって言っていたけど、なんでだろう?
「なんで、私は小姓になれないのですか?」
「お前は、そんなに小姓になりたいのか?」
いや、あまりなりたくないから、こうやって悩んでいるんじゃないか。
だから、ブンブンと首をふった。
「お前が小姓になれない理由は簡単だ」
そんなに簡単なのか?
「小姓は男がなるものだ。しかも年の若い男だな。二十才過ぎて嫁に行き遅れている女は、どうあがいても小姓になれねぇよ」
二十才過ぎて云々はちょっとよけいじゃないのか?
あれ?男がなるものって言っていたな。
「そうか。だから私は小姓じゃないのですね」
「なれねぇから安心しろ」
でも、小姓に見られてるってことだよな?
それは、逆に言うと、男装が完璧って言う事じゃないか。
いいことかもしれない。
「だからって、そう喜ぶな。顔に出てるぞ」
いかん、顔に出ていたらしい。
私は自分の顔を両手でマッサージするようにグルグルとまわした。
「お前が総司の言う事を何でもかんでも聞くから小姓に見られるんだろう。見られたくなければ、総司の思い通りに動くんじゃねぇよ」
思い通りに動いているつもりはないんだけどなぁ。
でも、そう見えているんだよなぁ。
「どうすればいいのでしょうか?」
何か解決法があるなら教えてほしい。
「総司に一発見舞ってやれ」
一発見舞うって……。
「殴ってやれってことですか?」
「たまには反抗してやれ」
「そ、それはできないですよ。だって、沖田さんは病気なのですよ。これで悪化したら大変じゃないですか」
「殴って悪化する病気なんてあるわけねぇだろうが」
「でも、一応病人なのですから、大事にしてあげないと」
「それなら、大事にしてやればいいだろう」
土方さんはふてくされたように一言そう言うと、文机に向かい始めた。
この問題の解決方法はないって言う事か?
そう思いながら、部屋を出た。
「蒼良」
沖田さんの声が聞こえてきたので、いつもより素早く振り返ってしまった。
「どうしたの? いつもと違うよね」
「き、気のせいですよ、気のせい」
永倉さんに、沖田さんの小姓だって言われたなんて話した日には、本当に小姓になってしまう。
あ、でも、小姓って男の人がなるものだった。
「そう言えば、土方さんの所に小姓が入ったらしいね」
その言葉に思わずドキッとしてしまった。
「な、なんで知っているのですか?」
「あのさ、僕は一応、新選組一番隊組長だからね。今は三番目にえらいんだから、それぐらいは知ってないとね」
そ、そうなのか?
「僕も小姓がほしいよなぁ。思い通りになる小姓」
一応、私は沖田さんには小姓と思われていないらしい。
少しホッとした。
「それを新八さんに話したんだけどね」
クスクスと笑いながら沖田さんがそう言ってきた。
な、永倉さんに話したんかいっ!相手が悪いじゃないかっ!
「お前にはもういるだろうって言われちゃったよ」
そりゃ言うよね。
私にも沖田さんはいるだろうみたいなことを言ってきたんだから。
「なんて言われたと思う?」
沖田さんが楽しそうに私に聞いてきた。
「私が沖田さんの小姓とかって言ってきたんじゃないですか?」
「そう、正解。蒼良、小姓だったんだね」
そう言ってクスクス笑っているけど、私、小姓じゃないからねっ!
「違うよとは言っといたけど、この際、小姓になる?」
「遠慮します」
私は即答した。
ここはちゃんと断っとかないと。
「そう、残念だね。それなら僕も土方さんに言って小姓をもらおう」
みんな、小姓をほしがっているけど、一体小姓をつけて何をされるつもりでいるんだ?
沖田さんに聞いたら、
「色々とこき使って働いてもらう」
と、笑顔で言った。
沖田さんの小姓になる人、大変そうだなぁ。
沖田さん、人使い荒そうだしなぁ。
私、沖田さんの小姓じゃなくてよかったよぉ。
「ところで、蒼良に見せたい場所を見つけたんだけど、一緒に来る?」
なんで安静にしていないといけない人が、いい場所を見つけているんだ?
「沖田さん、いつ出かけたのですか?」
「蒼良は、僕がそう言うとすぐに怖い顔をする」
そ、そうか?
「散歩だよ、散歩。良順先生も散歩ぐらいならいいって言ってたじゃん」
確かにそうだけど、沖田さんの散歩の距離が長いのだ。
この時代だとそれは普通の距離らしいけど、現代ならバスとかで移動する距離だからね。
「それに、ここからそんなに遠くないから、一緒に行こうよ」
近くなのか?
それなら沖田さんの散歩の付き添いで一緒に行ってもいいよね。
「わかりました。そのいい場所を教えて下さい」
私がそう言ったら、沖田さんは嬉しそうに笑った。
着いたところは、本満寺と言うお寺だった。
京都御苑の少し後ろあたりにあるお寺だ。
「屯所から遠いじゃないですかっ!」
近いって聞いたぞ。
「これぐらいは、近所のうちだよ」
そ、そうなのか?
「けっこう歩きましたよ」
「だから、これぐらい普通だから」
この言葉にだまされそうだけど……。
「あ、信用できないって顔している」
ん?そんな顔していたか?
「そうだよね。どうせ僕は信用できないよね」
あ、もしかして、いじけ始めたか?
「そ、そんなことはないですよ。沖田さんがこれが普通と言うなら、普通なんですよね?」
「そうだよ」
いじけると面倒なので、これが普通なんだと思うことにした。
こんなことしているから、小姓って思われちゃうんだよね。
この本満寺と言うお寺は日蓮宗のお寺で、過去に何回か火災で焼失しているけど、その度に建て直しているらしい。
現代の建物も明治の時に焼失したけど、昭和の時に建て直されたものらしい。
ここは立派なしだれ桜があるけど、その季節は終わっていて、今は新緑の緑の葉がついている。
「僕が見せたかったのはこれだよ」
そう言うと、沖田さんが走り始めたので、私もあわてて追いかけた。
安静にしている人がなんで走ってんだ?
沖田さんが止まったので、追いついた。
一言言ってやらなきゃと思い、口を開いたら、
「蒼良、ほら、見て」
と、沖田さんが指をさした。
その方向を見て見ると、八重桜が終わった後なのか、ピンクの花びらがじゅうたんのように広がっていた。
その上に綺麗な牡丹の花が咲いていた。
色もさまざまな色があって、白っぽい色から赤っぽいものまで、色とりどり咲いていた。
牡丹も今が見ごろなんだろう。
どの花も綺麗に咲いていた。
「綺麗」
沖田さんに一言言ってやるつもりが、牡丹の綺麗さですっかり一言が飛んで行ってしまった。
「でしょ。蒼良に見せたいと思っていたんだ。今日あたり見頃なんだろうなぁと思ったから、連れてくることが出来てよかったよ」
そうだったんだ。
「ありがとうございます」
「だから、僕の散歩に文句を言わないでね」
いや、それは話が別になるだろう。
「私は、沖田さんの病気が悪化したら心配だから言っているのですよ」
「大丈夫だよ。蒼良が僕を死なせないって言ってくれるから。だから、悪化もしないよ」
それは、わからないからね。
万が一のことがあるかもしれないから、心配なのだ。
でも、沖田さんがそう言ってくれたと言う事は、私のことを信じているってことだよね。
それは嬉しいなぁ。
「死なせませんよ。絶対に」
決意新たにそう言った。
「だから、僕も死ぬ気がしないんだ」
そ、そうなのか?
「だからって、安静なのに……」
一言言っているときに、
「ほら、あそこも綺麗だよ」
と、沖田さんに指をさされたので、そっちを見ると、また見事な牡丹が咲いていた。
「本当、綺麗」
あれ?さっきなんか言ってやろうと思ったけど、忘れちゃった。
「蒼良、蒼良は僕の小姓じゃないから、安心して」
本満寺からの帰り道、突然沖田さんがそう言いだした。
どうしたんだ?
「蒼良が気にしているみたいだから言ったんだ」
やっぱり、気にしているように見えたか?
「僕にとって蒼良は、小姓以上の存在だから」
それって、ほめられているのか?
「僕にとって蒼良は、小姓なんて安っぽいものじゃないよ。蒼良がいなければ、僕は病気に負けていたかもしれない」
そんなことはない。
私がいなくても、沖田さんは立派に生きたと思う。
「だから、僕にはこれからも蒼良が必要なんだ。小姓とかじゃなくて補佐として。蒼良なら、僕のすべてをまかせれらるからね」
そ、そうなのか?
「ほ、本当ですか?」
「こんなことに嘘ついてどうするの?」
確かにそうだよな。
「新八さんにも、蒼良は僕にとっては小姓以上の存在だからと言っておいたからね」
そうだったんだ。
そこまで気を使ってくれたんだ。
「ありがとうございます」
「だから、これからも僕の世話をしてね」
「はい、喜んでっ!」
あれ?なんか、返事をしないほうがいいところで返事をしたような……。
「わーい、ありがとう。これからは遠慮なく何でも頼めるね」
そ、そうなのかっ!そうなるのかっ!
数日後、永倉さんに会った。
「蒼良、お前、総司とできているのか? 小姓以上の関係って、俺にはもうできているとしか思えないんだが」
永倉さんが、私の顔を見るとすぐにそう言ってきた。
な、なんでそうなっているんだっ!