市村鉄之助君登場
四月になった。
現代になおすと五月の中旬あたりになる。
寒くもなく、暑くもなく、晴れの日も多い、過ごすにはちょうどいい季節だ。
何をするのにも楽しくなってしまう。
「お前、本当に楽しそうだな」
そんな姿を見て土方さんが言った。
「季節が楽しいじゃないですか」
そう言ったら、
「季節が楽しいって、変な事言うやつだな」
と言われてしまった。
「土方さん、俳句をたしなむ人は、季節に敏感じゃないとだめじゃないですか」
「なんか言ったか?」
書き物をしていた途中で振り返った土方さんの顔が怖かった。
俳句のことになると、本当に怖くなるよなぁ。
「いや、何でもないです。もう少し、季節に敏感になれなんて、言ってないですよ」
「言ってんじゃないか」
はい、言いましたよ。
「俳句のことになるとそうやって怒るのなら、最初からつくらなければよかったのですよ。豊玉発句集……」
「なんだとっ!」
「いや、何でもないです」
俳句のことはやっぱり禁句らしい。
外を見ると、青空が広がっていた。
今日もいい天気だなぁ。
「こんな日に屯所にこもっているのも、残念だなぁ」
空を見ながら私が言うと、
「仕事があるんだから、仕方ねぇだろう」
と、土方さんに言われてしまった。
「いや、私は非番なので、どこかに行ってこようかなぁと……」
「お前、それを仕事している人間の前で言うか?」
「あ、すみません」
何を書いているんだかよくわからないけど、書き物の仕事をしている土方さん。
「くそ、こんなに天気がいいのに、なんで俺はこんなことをしてんだっ!」
それが仕事だからだろう。
そう言おうとしたけど、そんなことを言った日には硯が飛んできそうだからやめておいた。
「土方先生」
襖の外から男の子の声がした。
初めて聞く声だなぁ。
「なんだ?」
「お茶を入れてきました」
「気がきくな。入って来い」
土方さんのその一言で男の子が襖を開けて入ってきた。
え、この子、何歳なんだ?
私より年下なのは確実なんだけど、妙に大人っぽいところもあるし……。
男の子は土方さんの前にお茶を置いた。
「お茶、もう一杯持ってきますか?」
男の子は私の方をチラッと見てそう言った。
私の分もお茶を入れてきましょうか?と言う事なんだろう。
なんて気の利く子なんだ。
「あ、こいつの分はいらん」
え、そうなのか?
「そろそろ出かけんだろ?」
「いや、出かけませんよ」
いつそんな話になったんだ?
「なんだ、いるのか」
「それでは、お茶を……」
「いや、こいつのはいらん」
結局そうなるのか。
「ところで、この子はどこの子ですか?」
こんな男の子が隊にいたとは思えないんだけど。
「どこの子って、ここの子だ」
ここの子って……
「新選組のですか? もしかして、近藤さんの隠し子とかって言うんじゃぁ……」
「ばかやろう。なんでそうなるんだ。数日前に新選組に入ってきたんだ」
そ、そうなのか?
「兄と一緒に来て、兄の方はそのまま隊士にしたが、こいつは隊士にするにはまだ小さいだろう」
確かにそうだ。
一体いくつなんだろう?中学生ぐらいか?
「だから、俺の小姓にした」
「はあ?」
小姓にしただと?
「なんだ、不満か?」
不満も何も……。
「こんな小さい子を小姓にしてどうするのですか?」
「小さいから小姓にしたんだろう」
「俺の好みに育ててやるってやつですか?」
そう言うと土方さんがお茶を吹き出した。
き、汚いじゃないかっ!
「どこからそんな言葉が出てくんだ?」
え、そう言う意味じゃないのか?
「お前、勘違いしているだろう? こいつは、俺の身の回りの世話をするためにここにいるんだ。変な事考えてんじゃねぇっ!」
そ、そうなのか?
「なんだ、私はてっきり……」
「ばかやろう」
照れてる私に一言、土方さんがそう言った。
「紹介がまだだったな。市村鉄之助だ」
市村鉄之助……。
「ああっ!」
思わず、指をさして叫んでしまった。
思い出したぞ。
土方さんの写真と髪の毛と刀を、蝦夷から日野の家まで届けた子だ。
そうか、この時期に入ってきたんだ。
そういえば、歴史でも兄と入ったって言っていたよな。
「なんだ、知り合いか?」
「いえ、会うのは初めてです」
知ってはいるが、こうやって会うのは初めてた。
「そうか。知り合いかと思ったぞ」
そうだよね。
指さして叫んだら、知り合いだと思うよね。
「どうぞ、よろしくお願いします」
市村鉄之助君が頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私も頭を下げた。
「そうだ、お前出かけないんだったら、こいつに剣を教えてやれ」
え、そうなるのか?
「私よりもっとふさわしい人がいるでしょう。斎藤さんとか……」
あっ……
言った後に気がついた。
「斎藤はいねぇだろうが」
そうだった。
先月、伊東さんと一緒に離隊した。
「わかりました。私でよければ」
と言うわけで、市村鉄之助君を連れて道場へ行った。
道場で一通り稽古をした。
この子は、稽古をつければさらに伸びるだろうとそう思った。
私だって、お師匠様の道場で小学生に稽古をしているので、なんとなくそういうことは分かる。
やっぱり、私より他の人に指導してもらったほうがいいかもしれない。
でも、誰がいいんだろう?
「市村さん……」
私がそう呼んだら、
「鉄之助でいいです。天野先生より私の方が明らかに年下で、位も下なので」
年は明らかにしただけど、位はわからないだろう。
「じゃあ、鉄之助君。稽古のことだけど、鉄之助君は素質があるから、私より他の人に教わったほうがいいかもしれない。誰がいいか探しておくね」
うん、それがいいだろう。
とりあえず、誰がいいか探そう。
「ありがとうございます、天野先生」
天野先生って、なんか照れるなぁ。
「あのさぁ、私も天野先生じゃなくて、蒼良でいいよ」
「そんなわけにはいきません。天野先生だって、新選組の幹部と同じだって、土方先生が言っていました」
そ、そうなのか?
「でも、天野先生は、私のお師匠様がそう呼ばれているので、出来れば他の呼び方がいいなぁ」
「それでは蒼良先生で」
やっぱり、先生はつくのね。
「ところで、鉄之助君はいくつなの?」
ずうっと気になっていた。
この子、一体いくつなんだろう?
「十四才です」
えっ?
「十四才?」
「はい」
中学二年生か?私より八才も年下なのか?
ずいぶんと大人っぽい中学生だな。
でも、この時代は十五才でも大人になるのか?
いや、でも、まだ子供だよなぁ。
その前に、十四才で新選組に入隊できるのか?
「よく、新選組に入れたね」
思わず言ってしまった。
もうちょっと、せめて後四年後ぐらいなら入隊してもおかしくない年齢だっただろう。
でも、四年後は新選組の方が無くなっているんだよなぁ。
「まだ子供だから、土方先生のそばについて色々教わるように言われました」
だから、土方さんの小姓なのか。
「土方さんにいじわるされたら、私に言ってね」
この子をいじめた日には、土方さんにげんこつ落としてやるっ!できないんだけどね。
「土方先生は優しい人です」
鉄之助君は笑顔でそう言った。
そうなんだよね。
鬼副長とか言われているんだけど、本当は人一倍気を使っていて優しい人なんだよね。
二人で道場の外を見て話していると、
「なにしてんだ?」
と、永倉さんが道場に入ってきた。
あ、永倉さんがいたわ。
「永倉さんっ! ちょうどいいところに来てくれましたね」
私が永倉さんを歓迎すると、
「な、なんだよ」
と、永倉さんは戸惑っていた。
「彼は、市村鉄之助君と言って、土方さんの小姓をしています」
私が鉄之助君を紹介すると、
「市村鉄之助です。よろしくお願いします」
と、鉄之助君は礼儀正しく頭を下げた。
「おう、よろしく。で、なんだ?」
「私が稽古をしたのですが、私より永倉さんが稽古した方が鉄之助君もうまくなると思ったので、永倉さんに鉄之助君の稽古を頼んでいいですか?」
私が言ったら、
「俺でよければ、全然かまわんぞ」
と、笑顔で了解してくれた。
「ありがとうございます」
鉄之助君と二人で頭を下げた。
「腕は総司の方がいいが、あいつは教え方が下手だからな」
そうなんだよね。
沖田さんの場合、自分を基準にして教える。
剣の天才の基準にあわせられると、教えられる方もついていけない。
と言う事で、沖田さんには頼めないのだ。
「そうか、土方さんにも小姓が出来たか。総司にも小姓がいるしなぁ。俺にもほしいなぁ」
ん?沖田さんにも小姓が出来たのか?
「沖田さんの小姓って、誰がやっているのですか?」
大変そうだよな、沖田さんの小姓って。
「何言ってんだよ。蒼良だろ?」
え、私か?
私、沖田さんの小姓だったのか。
知らなかった。
「私、沖田さんの補佐だと思っていたのですが……」
「補佐も、小姓と同じようなものだろう」
そ、そうなのか?
「お前も、蒼良見習って立派な小姓になれよ」
永倉さんが鉄之助君の肩をポンッとたたいてそう言った。
わ、私も小姓だったのか。
知らなかった。
部屋に戻り、鉄之助君の稽古を永倉さんにたくしたことを土方さんに話した。
「それが一番いいかもな」
土方さんもそう言ってくれた。
「ところで、私って、沖田さんの小姓だったのですか?」
それを聞いたら、またお茶を吹き出した。
なんでまた吹き出すんだっ!
汚いじゃないかっ!
「誰がそんなこと言ったんだ?」
「永倉さんに言われました」
「お前が総司にいいようにこき使われてるからそう言われたんだろう」
そ、そうなのか?
そう言われると、そんな感じがする。
「お前は小姓なんかじゃねぇよ。本当は一組お前に任せたいが、そう言うわけにもいかんだろう」
女だから、他の隊士にばれたときの対処を考えると、今のままの方が気が楽なのだ。
「いや、大丈夫です。今のままで満足してますから」
「実は近藤さんも、伊東さんたちが抜けた分をおまえにって言っていたんだがな」
そ、そうなのか?
「俺が断った。いけなかったか?」
「いえ、それでよかったです。もし、私にも話があれば、お断りしていたので」
今のままの方が色々と動きやすいし、何かあった時も対処できる。
一組任された日には、身動きとれなくなって困ってしまうだろう。
「お前が小姓なんてもったいないだろう。こんなに頑張っているんだからな」
土方さんがそう言って私の頭をなでてきた。
これってほめられているんだよね?
そう思いながら、なでられるがままになっていた。