伊東さんたちの分離
伊東さんたちの御陵衛士が新選組から分離する日までもう日にちが無かった。
屯所内は、なんとなく慌ただしくなっている。
「結局、隊を分離することになったな」
土方さんがお茶を飲みながらそう言った。
「そうですね。阻止することが出来ませんでした」
私も、お茶をすすりつつ言った。
「お茶だけじゃなくて、団子か何かほしいですね」
「お前、一応、深刻な話をしているんだからな」
そうなんだ。
お茶をすすりつつ言っていたので、そんな深刻な話だとは思わなかった。
「ま、終わっちまったもんは仕方ねぇな。お前まで御陵衛士になると言った時はどうなることかと思ったが」
私も、どうなるかと思った。
伊東さんに脅され、私まで御陵衛士になるところだったのだ。
「いやー、あの時は私もどうなるかと思いましたよ」
「お前、ずいぶんと他人事のように言っているな」
「もう終わったことなので」
御陵衛士にならなくていいとなった時、もうその日から幸せな毎日を送っている。
「毎日楽しそうだな」
土方さんにそう言われた。
「はいっ! 楽しいです」
私も笑顔で返した。
もう本当に幸せだ。
そんな私の姿を見た土方さんはため息をついていた。
なんか私、悪いことをしたか?
「ところで、お団子は……」
「だから、ねぇって言ってんだろう」
そんなことを言っていたなぁ。
「こんな時に源さんがひょいと現れて、団子か何か持ってきてくれそうですね」
「そんなこと、あるわけねぇだろうが」
しかし、土方さんがそう言ったとたん、
「おい、いるか?」
と言う源さんの声が聞こえてきた。
「き、来たっ!」
思わず、土方さんと目を合わせて、同時にそう言っていた。
「えっ、来たらいけなかったか? もしかして、取り込み中だったか?」
襖を開けた源さんがそう言った。
「取り込み中って、そんなんじゃねぇよ」
土方さんが否定していた。
「なにを取り込んでいるのですか?」
と、私が聞いたら、今度は源さんと土方さんが顔あわせて、
「本当に鈍感だな」
と、二人から言われてしまった。
そんなに鈍感なのかなぁ。
「ところで、源さんは何しに来たんだ?」
「おお、そうだった。平助が隊を出るのか?」
もしかして、源さんは今頃気がついたのか?
「そうだ。伊東さんが御陵衛士を拝命して、それで一緒に隊を出ることになった」
「なんだ、そのなんたらえしって」
え、知らないのか?
「御陵衛士ですよ。孝明天皇の御陵を守るらしいです」
「へぇ、そんな仕事があるのか?」
あると言うか、伊東さんが作ったと言うのか……。
「源さん、こいつに説明されるようじゃあ終わりだな」
そ、そうなのか?
「歳、何を言ってんだ。蒼良は一生懸命勉強をしているんだぞ。な、蒼良」
いや、そんなに勉強をしていないけど、
「そうですよっ!」
と言っておいた。
「そうか、平助は御陵を守りに行くのだな。色々と大変だろうなぁ」
源さんはそう言いながら部屋を出て行った。
え、大変なのか?
思わず土方さんの顔を見てしまった。
「さて、仕事を片付けるかな」
土方さんはそう言うと文机に向かい始めた。
御陵衛士って、大変なのか?
屯所内を歩いていると、
「蒼良」
と、呼び止められた。
振り向くと、藤堂さんが広い縁側に座っていた。
「もう荷物はまとまったのですか?」
この前まで藤堂さんは荷物を整理していた。
「おかげさまで。京に来た時は荷物が無くて、着の身着のままだったけど、それなりに荷物は増える物なんだね」
そうなのだ。
壬生から西本願寺に来た時に私もそう実感した。
私は、藤堂さんの隣に腰かけた。
藤堂さんは、空を見上げていた。
だから、私も空を見上げた。
春の霞みかかった青空が広がっていた。
「そう言えば、京に来たのもこの時期だったよね」
そうだった。
もう京に来て四年が過ぎた。
京に来たばかりの時は、せっかく京についたのに、江戸に帰るの帰らないのって騒動になって、近藤さんたちと芹沢さんたちが京に残った。
それが今の新選組になっている。
「色々ありましたよね」
「うん、色々あったね。そう言えば、蒼良に初めて会った時、私が剣の相手をしたんだよね」
そうだった。
あの時は、タイムスリップしてきたばかりで、お師匠様に言われるがまま、近藤さんの道場である試衛館を訪ねたのだった。
そしたら、力ためしをすると言って、藤堂さんと竹刀を合わせたんだ。
「あの時の藤堂さん、私のことを見下してましたよね」
と言っても、今も藤堂さんにはかなわないと思うんだけどね。
あの時、藤堂さんは私に対して手加減をしていた。
「うん、ごめん。あの時は蒼良のことを男だと思っていたし、私より小柄だったから、これは楽勝だなって思ったんだ。そしたら、思っていたより強かったから驚いたよ」
それはほめすぎだろう。
照れてしまった。
「もう、蒼良と竹刀を合わせることはなさそうだね」
藤堂さんが寂しそうにそう言った。
そ、そうなのか?
「そんなことないですよ。隊を離れると言っても、新選組と連携しそうですし……」
「蒼良は、本当にそう思っている? 御陵衛士と新選組が仲良く手を取り合って京の町を歩くって思っている?」
いや、まったく思っていない。
むしろ、隊を抜けると近藤さんに言った時、ものすごく平和的に話が進んだから、拍子抜けしたぐらいだ。
でも、伊東さんは新選組に暗殺されるから、どこかでこの仲がこじれるんだろうなぁ。
「だから、蒼良とこうやって話をするのも、これで最後かもしれない」
そうなるのかなぁ。
なんか実感がない。
「いや、大丈夫ですよ。何とかします」
なんとかしないとだめなのだ。
話が出来なければ、藤堂さんが殺されるのを阻止できなくなるかもしれない。
それだけは何としてでも避けなければ。
「何とかするって、どうするの?」
「私は、土方さんにばれないように。藤堂さんは伊東さんにばれないようにすればいいのですよ」
なんだ、簡単なことじゃないか。
私がそう言うと、藤堂さんは吹き出した。
「蒼良と話をしてると、本当に楽しいよ」
なんか、変なことを言ったか?
「そうだね、ばれなければいいんだよね。うん、わかったよ」
そう言っている間も、涙を流しながら笑っていた藤堂さん。
そんなに楽しいことを言ったか?私。
「それじゃあ、ばれないようにこっそりと会いに行くよ」
「はい。私も、ばれないように行きますので、その時はよろしくお願いします」
「うん、わかったよ」
藤堂さんは笑いながらそう言ったのだった。
藤堂さんと別れた後は、斎藤さんに会った。
「ちょうどいいところに会ったな」
そ、そうなのか?
「何か用があったのですか?」
ちょうどいいところなんて言うから。
「お前と飲みに行こうと思って探していたんだ」
そうだったのかっ!
「それなら早く行ってくれればよかったのですよ。さ、行きましょうっ!」
「お前も話に酒がかかわってくると早いな」
な、何が早いんだ?
「よし、行こう。お前を酔いつぶしてやるから、覚悟しておけ」
こちらこそ、相手を酔いつぶすのは、私の得意技ですからね。
覚悟してくださいよ。
居酒屋で斎藤さんと飲み比べになった。
斎藤さんもお酒が強いのでなかなか酔わない。
だから、二人の間には、空になった徳利が大量に転がることになった。
それでも、もうやめようとお互いが言わなかったので、空の徳利は増えていった。
「お前も相変わらず強いな」
「斎藤さんだって、強いじゃないですか」
ここまで来て酔いつぶれない人も珍しいぞ。
「お前とこうやって酒を飲み合うのも最後かもしれないな」
「そんなことはないでしょう」
だって、斎藤さんは藤堂さんと違い、御陵衛士になるけど、土方さんの間者なので、新選組に帰ってくる。
「いや、もう俺は戻ってこないかもしれないぞ」
え、そうなのか?
「そのまま、御陵衛士になってしまうかもしれないぞ」
そ、そうなのか?
「そしてそのまま亡くなってしまうかもしれないぞ」
いや、それはない。
「斎藤さんは長生きするから大丈夫ですよ」
確か、新選組の隊士の中で長命の方なんじゃないか?
「なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
あ、斎藤さんは、私が未来から来たことを知らなかった。
「か、勘です、勘っ!」
相変わらず、同じごまかし方だよなぁ。
全然成長をしていない私。
そんな時、斎藤さんの顔色が悪くなっていることに気がついた。
「斎藤さん、どうかしましたか?」
お酒を飲むのをやめた斎藤さん。
どうしたんだろう?
「気持ち悪い」
ええっ!ど、ど、どうすればいいんだっ!
え、エチケット袋ないのか?ないよ、この時代にあるわけないじゃないか。
ビニールもないし……。
ど、どうすればいいんだ?
「うっ!」
斎藤さんが口を押え始めた。
「さ、斎藤さん、少し我慢してくださいっ!」
そう言いながらあたりを見回すと、つぼが飾ってあるのが目に入った。
思わずそのつぼを斎藤さんに差し出した。
斎藤さんはつぼを手に取って外に出た。
それを無言で見送った私。
今まで酔っ払って寝てしまってそれを連れて帰ったことは何回かあったけど、気持ち悪くなった人は初めてかも。
斎藤さんは、何事もなかったかのように、つぼを持って帰ってきた。
そして、何事もなかったかのようにもとにあった場所に置いた。
え、中身は……いいのか?
「帰るぞ」
斎藤さんは一言そう言った。
え、帰るのか?
そう思っている間にも、斎藤さんは店を出てしまった。
逃げるが勝ちってやつか?
とうとうその日がやってきてしまった。
伊東さんたちが隊を出る日。
伊東さんは別に隊を出ようがどうしようが私にはあまり関係ないけど、それに藤堂さんと斎藤さんがかかわってきているとなると、話は別だ。
と言うわけで、見送りに出た。
「蒼良、元気でね。私は隊を離れても蒼良のことを見ているからね」
藤堂さんが私の両手を自分の両手で包み込みながらそう言った。
「それと、ばれないように会おうね」
と、小さい声でそう言った。
「はい」
私は笑顔で答えた。
「おい、お前と飲みに行ったときに記憶がないが、俺は何かしたか?」
その横から斎藤さんが話しかけてきた。
「はい、しました」
「なにをした」
「それは、知らない方がいいと思いますよ」
うん、知らないほうがいい。
世の中、知らないほうがいいことだってあるのだ。
「そんなにひどく酔っ払ったのか?」
あれは酔ったと言うのか?言うんだろうなぁ。
「そうですね。ひどかったですね」
私がそう言うと、斎藤さんはしばらく考え込んでいた。
そしてその後、
「わかった」
と、一言言って去っていった。
「じゃあね、蒼良」
藤堂さんもそう言って去っていった。
私はその後姿が小さくなって消えるまでずうっと見送っていた。