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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年5月
33/506

気弱な隊士

 藤堂さんと巡察に出た。

 何人か他の隊士も一緒に連れて出るようになった。

 もちろん、例のダンダラ羽織を着ているので、数人で固まって街を歩いていると、とても目立つ。

「なんか、みんなの視線を感じる。」

 藤堂さんが、歩きながら言った。

「この羽織、目立ちますからね。悪いこともできないですよ。」

蒼良そらは、何悪いことをするつもりだったんだい?」

 クスクスと、藤堂さんは笑いながら言ってきた。

 今日も京は平和だ。


 しかし、平和ではなかった。商人の屋敷で、浪人たちが暴れていると、知らせてくれた人がいたので、その人の案内でその商人の屋敷へ。


 話によると、5~6人ぐらいの浪人が、主人たちを柱に縛り付け、金目の物をあさっているとのこと。

「私が先に行く。」

 藤堂さんは、刀を抜きながら屋敷の中を見た。

「私も、後に続きます。」

 私が刀を抜くと、藤堂さんはすでに屋敷の仲に飛び込むようにして、入っていった。

「ご用改めさせていただく!」

 その声と同時に、一緒にいた他の隊士たちも、刀を抜きつつ入っていった。

 藤堂さんは、奥から出てきた浪人を既に2~3人切っていた。

蒼良そら、奥にここのご主人がいるかもしれない。」

「分かりました。奥に急ぎます。」

 私も、向かってくる刀を払いつつ、奥へ。

 奥の部屋の前にいた浪人を切り捨てて中に入ると、ここのご主人と奥さんと子供が、柱に縛り付けられていた。

「大丈夫ですか?ケガはないですか?」

 そう言いながら、私は縄を解いて、ご主人たちを自由にした。

「しばらく、ここにいてください。部屋の外にはまだ浪人がいると思うので。」

「分かりました。あの…。」

「なんですか?」

「あそこにいる方、あんさんたちの仲間かね?」

 あそこにいる人?そう思って、ご主人が指さした方向を見ると、浅葱色した塊が部屋のすみににうずくまっていた。

「あの…。」

 チョンチョンと、その塊を突っつくと、

「わあああああっ!」

 とその塊は叫びながら、バタバタと右へ、左へと、動き出した。

 右往左往とは、このことを言うのか?

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

 その人は、いきなり謝り出した。

「命だけは。」

「だ、大丈夫ですよ。よく見てください。同じ隊士でしょう。」

 私が言うと、その人はホッとしたのか、ヘナヘナト座り込んでしまった。

 部屋の外の様子を見てきてもらおうかと思ったけど、私が行ったほうがいいみたい。

「部屋の外の様子を見てきます。ご主人たちをよろしくお願いします。」

「ええっ!む、無理です。」

「無理って…。」

 予想外の返事に絶句してしまった。

「何もしなくていいので、ここにいてください。それなら出来ますよね。」

 私が言うと、その人はふるえながらもコクコクとうなずいた。


 部屋の外に出ると、藤堂さんが浪人を相手していたので、私が後ろから切って、それで終わった。

「蒼良、ありがとう。ご主人は?」

「奥の部屋にいます。無事です。」

 話を聞くために、藤堂さんと奥の部屋に行った。


 主人の話によると、浪人が金を貸せと言ってきたらしい。丁重に断ると、今度はその浪人が仲間を連れて来て、強盗をしようとしたらしい。

「こういう話を聞くと、京は治安が悪いのだなって、改めて思いますね。」

 私が言うと、藤堂さんもうなずきながら、

「今は、京だけではないと思う。金のない浪人がたくさんいるから、金を得るために弱い者のところに押しかける。それが今回のようなことになるのだろうなぁ。」

「ところで、あん人はどうしますのや。」

 ご主人に言われて、指さされた方を見ると、さっきと同じ、浅葱色の塊があった。

「あ、佐々山君だ。」

 藤堂さんからその塊の名前が出た。

 佐々山というのか…。


 ふるえる佐々山さんを連れ出し、なんとか屋敷を出た。

 この佐々山さん、とても大きな体をしているので、引っ張り出すのも藤堂さんと二人がかりでやっと外に出したという感じだ。

 屯所まで引っ張り歩けないので、彼が収まるまで待ち、それから屯所に帰った。


 屯所に帰ってから、土方さんに佐々山さんのことを抜かして報告した。

 どうして抜かしたかというと、藤堂さんに、

「佐々山君のことは、土方さんに言わないで欲しい。」

 と頼まれたからだ。

 それから、藤堂さんと佐々山さんのことについて話をした。

 話によると、彼は、佐々山 甚太郎じんたろうと言って、大坂で募集したときに入ってきた隊士だ。

「しかし、どうも刀を使えないみたいなんだ。」

「えっ、刀を使えない?」

「信じられないだろう。私も信じられなかった。」

「また、なんでそんな人がこの隊に?」

 壬生浪士組は、刀が使えてなんぼみたいなところがあるので、刀を使えない人がいるのが不思議だった。

「入隊の時に試験とかなかったのですかね。」

「さぁ、私にはわからないな。」

「でも、なんでまたこの隊に?」

「この羽織を着て、家茂公の警護で並んで歩いただろう?その姿を見て、ここならご飯を食わしてもらえると思って入ったらしいよ。」

 ま、確かに食べさせてはもらえる。

「土方さんに、佐々山君の面倒を見るように頼まれたけど、あれじゃぁ、いつ使い物になるかわからない。」

 確かに。

「刀を持ったことがないってことだけならなんとかなりそうですけど、あの人、かなり気が弱くないですか?」

「実は、そうなんだよ。臆病というか、巡察に出るといつもビクビクしているよ。」

 それはなんだかかわいそうだな。

「この隊に向いてないですね。」

「でも、追い出すわけにはいかないだろう。隊を出たら切腹だし。」

「でも、このままでも、士道に背いたってことで切腹になりそうですよ。」

 あの屋敷で何もやらずにうずくまっているのが土方さんにバレた日には、即切腹かもしれない。

「どうしたらいいのやら…。」

 藤堂さんがつぶやいた。

 本当に、どうしたらいいのやら。


「じゃぁ、防具をつけてください。」

 私と藤堂さんと佐々山さんで道場にいる。

 とりあえず、刀を使えるようになればなんとかなるかもしれない。そう思い、3人で道場に来た。

 佐々山さんの相手は、藤堂さんも小柄だけど、それよりさらに小柄な私なら、佐々山さんもそんなに怖がらないだろうということで、私がすることになった。

 防具なら付け慣れている私が、着々と身に付けているときに、

「これ、どうやって付けるのですか?」

 と、こわごわと聞いてくる佐々山さんの声が聞こえた。

「もしかして、付けたことがないのですか?」

 私が聞くと、やっぱりこわごわとうなずいた。

「じゃぁ、私が付けてあげますよ。蒼良は、自分の準備を。」

 藤堂さんが、佐々山さんに防具をつけていった。

 竹刀を持って向かい合わせになった。

 防具をつけた佐々山さんは、体は大きいので、とても手ごわそうに見える。

 しかし、私が竹刀を振り上げると、

「ひいいいいい!」

 と叫んで、竹刀を投げ捨てて逃げてしまった。

 刀も使えるようになれないかも。

「おい、今、ひとり勢いよく出ていったが…。」

 土方さんが道場に入ってきた。今、一番遭遇したくない人かも。

「いやー、ちょっとしごいてやろうと思ったら、やりすぎちゃったみたいで。ねっ、藤堂さん。」

 藤堂さんに同意を求めると、

「蒼良のしごきはすごいから、佐々山君が逃げてしまったのです。」

 と、話を合わせてくれた。

「仕方ない、蒼良、一緒に連れ戻しに行こう。」

「そうですね。私もちょっとしごきすぎたことを謝らないと。」

「お前ら、ほどほどにしておけよ。」

 土方さんは、ニヤリという感じで笑った。


 道場を後にし、佐々山さんを探した。彼は八木家の大きな石の上に座っていた。

 藤堂さんは、佐々山さんにつけた防具を外した。防具をつけれないから、当然、自分で外すこともできなかったらしい。

 3人で石の上に座り、今後どうするか話し込んだ。

「この組織で刀を使えないとなると、待っているのは切腹になるのですが…。」

 私が切腹という言葉を口にしただけで、佐々山さんのひいいいいと言う声が聞こえた。

「蒼良、それだけはなんとか避けれないかな?」

「私も、できれば切腹なんて見たくないし、させたくもないですよ。」

「他に案はないかな…。」

 ん?待てよ。

「あります!」

「なに?」

「お師匠様に頼んでみます。」

 何かあった時のお師匠様だ。なんとかしてくれるだろう。


「断るっ!」

 お師匠様を訪ねて早速頼んでみたら、一言そう言われてしまった。

「そこをなんとかできませんか?お師匠様。」

「出来ん!」

 ケチ。

「お前っ!今ケチって思っただろう。」

 なんでわかるんだ?

「でもな、これだけはダメじゃ。」

「佐々山さんの切腹が避けられるのですよ。」

「そんなもん、すきに切腹させればいいじゃろうが。」

 お師匠様、意外と残酷だ。

「佐々山って奴も、もう大人じゃろうが。自分のことを自分で対処できなくてどうすんだっ!」

 そりゃ、ごもっともですが…。

「まず、わしが断る理由。もしここでわしが引き受けたら、お前はきっと、また困った隊士を連れてくるじゃろう。そのたびにわしが引き受けていたら、新選組にいる近藤や土方が、わしを不審がるじゃろう。わしが年数かけて築いてきた信頼が崩れる。」

 そうなったら、困るなぁ。

「それと、そいつが知らずに隊に入ったとはいえ、さっきも言ったとおり大人じゃ。自分の責任は自分で取るものじゃ。お前が取るものではない。わしの所にそいつが頼みにくるのが筋ってものじゃろうが。」

 そのとおりだ。

「ま、そいつが来ても、わしのところに置くつもりはない。わかったか?」

「はい、分かりました。」

「刀が使えなくても、刀以外で使えるもの探し、それを生かしてやるのがいいと思うぞ。」

 刀以外で使えるもの。佐々山さん、何か特技あるのかな?本人ともじっくり話してみないといけないかもしれない。

「お師匠様、ありがとうございます。帰って佐々山さんと話をしてみます。」

「そうするがいい。」

 という訳で、お師匠さんのところを後にして、屯所に戻った。


 屯所に行くと、藤堂さんと佐々山さんが待っていた。

「ダメでした。」

「そうですか。」

 私の言葉を聞いて、藤堂さんは肩を落とした。

「そんな、気を落とさないでください。」

「いや、切腹しかないのかなって思ったら、がっかりしてしまって。」

「お師匠様は、刀が使えないのなら、刀以外で使えるものを探して、生かしてやれって言われました。佐々山さん、何か特技はありますか?」

 私が聞くと、

「こ、これといっては、何も…ないです。」

 と、佐々山さんは言った。そして、

「やっぱり、切腹なのですか?」

 そう言って泣き始めてしまった。

「ご飯が食べたい。それだけでここに来たのは、いけないことだったのですね。自分は、考えが甘かったのかもしれない。」

「さ、佐々山さん、そんなに泣かないでください。」

 私はなぐさめたけど、ちっともなぐさめになっていない。

 泣くだけ泣いた佐々山さんは、顔を上げて立ち上がった。

「決心がつきました。その前に、やりたいことがあるのですが。」

「なんですか?」

 藤堂さんが聞いた。佐々山さんの頼みは、自分でご飯を炊いて食べたいというものだった。

「分かりました。八木家の台所を借りてきます。」

 藤堂さんは、台所を借りに行った。


 台所では、佐々山さんが慣れた手つきでご飯を炊き、おかずを作った。そのおかずも、野菜の捨てるようなところまでも使った節約料理だけど、とても美味しそうだった。

「お二人にはお世話になったので、食べてください。」

 そう言って、佐々山さんは出来た料理を私たちのところに出してきた。

「なんか、ずいぶん作り慣れているような感じがしたのですが、ここに来る前に何やっていたのですか?」

 興味が出てきたので、聞いてみた。

「奉公に出ていて、その奉公先で台所仕事もやらされまして。その台所仕事が私に合っていたみたいで、作るのが楽しいし、自分の作った料理を喜んで食べてくれる人の顔を見るのもまた楽しくて。個人的に色々勉強をしたりしていたのですが、運悪く、奉公先に不幸があって潰れてしまったのです。」

「ああ、それで、行く場所がなくなり、ここに来たのですね。」

 藤堂さんが聞くと、佐々山さんはうなずいた。

「自分は次男なので、家にいつまでもいるわけにはいかず。だから、家にも帰ることができず、途方に暮れていたら、大坂で浪士組を見て、そして隊士を募集していると聞いて…。」

「ということは、ここには台所仕事をするために来たのですね。」

 私が言ったら、うなずいた。そうだったんだ。

 しかし、実際は台所仕事ではなく、刀を使う仕事だった。慣れないけど、慣れなければ切腹しかないと聞き、一生懸命慣れようと努力したけど、やっぱりダメだった。

 そんな佐々山さんがここにいるのだ。

「あ、美味しい。」

 料理を一口食べた藤堂さんが言った。私も一口食べてみた。

「本当、美味しいです。」

 いつもの食事よりも断然美味しかった。

 これは、ここを生かしてもいいのでは?

 

「で、そいつを、料理人として使えってことだな。」

 今までのことを土方さんと近藤さんに話した。佐々山さんが刀以外で生きるなら、料理人意外ないだろう。

「そうです。ダメですか?」

「じゃぁ、一度佐々山君の料理を見てみよう。」

 近藤さんがそう言ってくれた。

 台所に行くと、さっきと同じように手早く、そして材料を無駄にせず、料理をしている佐々山さんがいた。

 そこにいる佐々山さんは、とても生き生きとしてて、竹刀を持って怯えていた人間と同じ人間だとは思えなかった。

「蒼良、どうだった?」

 藤堂さんが聞いてきた。

「とりあえず、料理を見てみようということで連れてきたのだけど…。」

 近藤さんと土方さんの元に、出来た料理が来た。

「おっ、うまい。」

 近藤さんはそう言って、もぐもぐと食べ始めた。土方さんは無言だ。その沈黙が怖いのですが…。

「どうですか?」

 食べ終わったのを見て聞いてみた。

「俺は、文句ない。こんなうまいものを毎日食べれるなら、いいと思うぞ。どうだ、歳。」

「そうだな。味も文句はないし、食材の使い方も、普通なら捨てるところまで使って作っているところが気に入った。今日から、料理人として使ってもいいぞ。」

「よかったですね、佐々山さん。」

「はい。ありがとうございます。」

 佐々山さんは、何回もおじぎをしていた。


「自分が世話していた隊士が切腹にならなくてよかった。」

 佐々山さんが、料理人として隊にいることが決まり、ほっとした藤堂さんが言った。

「私も、切腹なんて見たくなかったので、よかったです。」

「蒼良、ありがとう。」

「いや、これは佐々山さんの特技のおかげです。」

「でも、蒼良に相談してよかった。ありがとう。」

「私、たいしたことしてませんよ。」

「自分で背負っていたら、佐々山君は切腹だったかもしれない。」

 そうか。藤堂さんは、笑顔が多くて明るい人だけど、その笑顔の影で色々なものを背負いこむときがある。

「背負い込んで、それが重くなったら、その時は、背負っているものを半分、私にください。」

 私がそう言ったら、藤堂さんは驚いた顔をした。

「そうしたら、重さも半分になって、身動き取れるでしょ。あとは一緒に背負っているものを無くせばいいのです。だから、一人で背負い込まないでください。」

「分かった。そうするよ。」

 藤堂さんは笑顔でそういった。


 その後、佐々山さんは、新選組が京を離れるまで隊の台所を守った。

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