私も御陵衛士?
事の始まりは、伊東さんを大坂に迎えに行き、京に帰って来る途中のことだった。
「平助、九州で中岡慎太郎とかに会ったよ」
伊東さんが得意げに藤堂さんにそう言っていた。
そう言えば、そこで新選組を出るっておおやけにしたって歴史ではなっていたなぁ。
「坂本先生と仲のいい人ですね」
藤堂さんがそう言った。
藤堂さんと伊東さんは北辰一刀流で、坂本龍馬も同じ流派なので知っているのだろう。
「そう言えば、長州に高杉晋作と言う面白い男がいると聞いたのだが……」
伊東さんは高杉晋作のことを話し始めた。
その内容は、長州征伐の活躍などだった。
「で、そう言う男にぜひ会ってみたいと思って長州にも寄ってこようかと思ったのだが出来なかったのだ」
「伊東先生、長崎にも長くいたと言う話も聞きました。長州にも寄ってとなると、帰京がかなり遅れてましたよ」
藤堂さんが心配するような声で伊東さんに言った。
「忙しくて寄れなかったのではないんだ。高杉の方が病がひどいらしく、長州に行っても会えないかもしれないと思い、寄るのをやめたのだ。なんの病だと思う?」
伊東さんが藤堂さんに聞いた。
「どういう病なのですか?」
「それが労咳なんだよ」
「それじゃあ治らないじゃないですか」
「そうなんだ。もうかなり病状が進んでいるらしい」
そうなんだ。
山崎さんがあった時も、血を吐いていたと言っていたから、もう時間の問題なのかもしれない。
「中岡が言っていたが、高杉は新選組に知り合いがいるらしいぞ」
もしかして、山崎さんのことか?
「そう言えば、長州征伐の時は山崎君が長州に潜入していたのだな。だから山崎君のことだろう」
伊東さんがそう言った。
ばれでるし。
「そうですね。山崎君はその時期に長州にいました。知り合いになるなら山崎君しかいないですね」
藤堂さんも同意した。
「ただ、その時は女もいたらしいんだ」
伊東さんがそう言った時、ドキッとしてしまった。
思わず藤堂さんの顔を見たら、目があってしまった。
その目が、
「蒼良なの?」
と言っているような感じがした。
「き、きっと、隊で女を用意したのでしょう。長州に潜入するなら男一人より女と一緒に夫婦役で潜入した方がやりやすいと思いますから」
藤堂さんが私の方をチラッと見ながらそう言った。
あ、あまりチラチラと見ないでくれっ!ばれるじゃないかっ!
「そうか、そうだよな。うちの隊に女なんていないしな」
アハハと笑いながら伊東さんが言った。
私の心臓はもう爆発しそうだった。
「帰ってきたか?」
部屋に入ったら土方さんがそう言った。
「はい、帰って来ました」
「何か収穫はあったか?」
収穫ねぇ……。
「鴻池さんが伊東さんに雷を落としたぐらいですかね」
「なんで鴻池さんが出てくるんだ? もしかして伊東さんも鴻池家に連れて行ったのか?」
「はい。連れて行ってほしいと言われたので」
「お前っ! どっちの味方だっ! 伊東さんが鴻池家に援助を求めたらどうするんだ?」
「ああ、それならもう求めてましたよ、援助」
「な、なんだとっ!」
土方さんはそう言って立ち上がった。
「お前、なんてことをしてくれたんだっ!」
え、何かいけないことをしたのか?
「鴻池家が伊東さんたちにも援助したらどうするんだ?」
「それなら大丈夫ですよ。鴻池さんはちゃんとお断りしてました」
それを聞いた土方さんはしばらく考え込んでいた。
「もしかして、それで伊東さんに雷を落としたとか?」
「はい。伊東さんが帰った後は塩巻いてました」
「そうか、いい気味だ」
土方さんは楽しそうに笑っていた。
「大坂までご苦労だったな」
土方さんにそう言われたけど、今回も特に何もできなかった。
逆に援助の手伝いをするところだった。
なんか最近の私って、悪いことばかりだよなぁ。
「蒼良君、ちょっと」
大坂から帰ってきた次の日。
屯所内を歩いていると伊東さんに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
この人とあまり関わりたくないんだよなぁ。
でも、今回の歴史を変えようしている内容は、この人が大きくかかわっているから嫌になる。
「私が新選組を抜けようとしていることは知っているね」
自分から簡単にこんな重要なことを言っていいのか?
「蒼良君、君も私たちと隊を抜けて一緒に行動しないか?」
私の返事を待たずに伊東さんがそう言ってきた。
な、何言ってんだっ!
「私は、新選組を抜けるつもりはありません」
そう言って行こうとしたら、伊東さんの手が私の目の前に伸びてきて行くことが出来なかった。
「なにするのですか?」
「蒼良君がそう言う事はこっちだってわかっていたさ。でも、蒼良君はどうしてもほしい人材だから、ぜひ一緒に来てほしいんだ」
だから、行かないって言っているだろうっ!
「実は、私は蒼良君の秘密を知ってしまったんだ」
え、秘密って、もしかして……。
「君は、女だね」
やっぱり、これかっ!
なんでばれてんだっ!
「昨日、京へ帰る途中平助と話をしていた内容は聞いただろう?」
聞いたも何も、聞くつもりはないけど聞こえていた。
「山崎君が長州に潜入していた話をしただろう? 女と一緒にいたって言う話。その女が蒼良君だったとしたら、話が全部あうんだ」
そ、そうなのか?
「山崎君が潜入していた時期に、蒼良君もいなかっただろう? それでもしかしてと思って平助に聞いてみたんだ」
と、藤堂さんが話したのか?
「あ、平助を責めないでくれ。あいつは悪くない。私の誘導質問に引っかかっただけだから」
そ、そうなのか?
いったいどういう質問をしたんだ?
「私は蒼良君の正体を知ってしまった。土方は知っていても、近藤局長は知らないだろう?」
近藤さんは、私が女だと言う事を知らない。
だって、土方さんが近藤さんだけにはばれるなって言っていたから。
「ここで、交換条件をだす。私は蒼良君が女だと言う事を黙っている代わりに、蒼良君は私たちと一緒に隊を出る」
出なければいけないのか?
「もし、断ったらどうするのですか?」
「その時は、蒼良君のことを近藤局長に話すだけだ。局長をだましたと言う事は、士道不覚悟で切腹かな?」
こ、怖いことを言うよなぁ。
「選択肢はもうないでしょう?」
伊東さんは勝ち誇ったようにそう言って笑った。
「わかりました」
確かに、もう選択肢はない。
伊東さんと一緒に御陵衛士になれば、全部が丸く収まるのだろう。
これ以上、土方さんに迷惑をかけるわけにはいかないし。
「蒼良君が理解してくれてよかったよ」
ポンポンと伊東さんは私の肩を叩くと行ってしまった。
新選組を守るためにここにいるのに、なんでこうなっちゃうんだろう。
伊東さんに呼ばれたので行ってみると、土方さんと近藤さんがいた。
「なんでお前がここに来てるんだ?」
土方さんが驚いたようにそう言った。
「蒼良君も私たちと一緒に御陵衛士になります」
伊東さんがそう答えた。
「そ、そんな話は聞いとらんぞっ! 本当か?」
土方さんが私に聞いてきた。
「本当のことです。蒼良君が自分も一緒に行動したいと言ってくれました」
私の代わりに伊東さんが答えた。
「伊東さんに聞いてんじゃねぇよ。俺はこいつに聞いてるんだ。おい、本当か?」
土方さんが私の顔を見て聞いてきた。
私はコクンとうなずいた。
「そうか」
気を落としたような声で土方さんが言った。
本当は行きたくないのですよ。
いつまでも土方さんと一緒にいて新選組を守りたいのですよ。
そう言いたいけど、言うことが出来ない。
それを言ったら、近藤さんに私が女だってばれるから。
それは何としてでも避けなければならないことだ。
近藤さんと土方さんと伊東さんで今後の話が進んでいった。
新選組を抜けるのだから、ものすごくもめて仕方なく伊東さんが御陵衛士になるのを了解したと思っていたのだけど、実際はなごやかなものだった。
と言うのも、自分たちが誰を主体として攘夷を行うかと言う誰の部分が、新選組は幕府だし、伊東さんたちは天皇と言う違いだけで、攘夷を行うと言う事は同じ意見なので、お互い協力しつつ攘夷を実行しようじゃないか。
と言う感じだった。
協力しつつって、本当に協力できるのか?と言う感じなんだけど。
話が終わり、部屋に戻った。
土方さんも後から部屋に入ってきたけど、特に会話はなかった。
こんなこと、初めてだなぁと思い、寂しく感じた。
そして夜の布団の中で、誰にもわからないように泣いた。
新選組を離れたくないよ。
そんな私の思いとは裏腹に、伊東さんたちの新選組からの分離の準備は着々と進んでいった。
屯所は三条の方にいい場所があるらしく、そこを交渉していたけど、歴史を知っている私は、交渉がうまくいかないことを知っていた。
でも、これが新選組のことだったら声を大にして土方さんに言っていたんだろうけど、御陵衛士のことなので、言うつもりもなかった。
分離する人たちも決まり、斎藤さんに、
「お前が来るとは意外だな」
と言われてしまった。
「私も、まさか自分が御陵衛士になるとは思いませんでした」
私はそう一言言った。
たまに、藤堂さんが
「蒼良は本当にいいの?」
と言われた。
本当にいいのも何も、これしか方法がないだろう。
「私は、蒼良が来てくれるのは嬉しいんだけど、これはちょっと違うような感じがするよ。私のせいだよね」
いや、藤堂さんは悪くない。
「伊東さんがずるかしこすぎるのですよ」
全部伊東さんが悪い。
そう思うことにした。
その言葉を聞いた藤堂さんは黙っていた。
「今日は、伊東さんたちが御陵衛士になるお祝いの宴会をする。お前も来るだろう?」
久しぶりに土方さんと話をした内容がこれだった。
毎日一緒の部屋で寝起きしているのに、最近は全然話をしなかった。
お酒を飲む気分じゃないけど、お酒を飲んでこの悲しい気持ちを紛らわすのもいいのかもしれないと思い、無言でうなずいた。
「わかった」
土方さんはそう一言言うと、黙ってしまった。
そして宴会が始まった。
御陵衛士になる人たちと近藤さんと土方さんがいた。
宴会も終わりの方になると、伊東さんが挨拶をした。
「このような会まで開いていただき、ありがたい。私たちは御陵衛士として、新選組と共に攘夷を行っていきたいと思っております」
本当にそんなこと思っているのか?
そう思いながら、徳利一本を空にした。
「その前に、伊東さんに言いたいことがある」
土方さんの声が聞こえてきた。
こんな宴会、早く終わればいいのにと思い、ずうっとうつむいていたから、終始声だけしか聞こえていない状態だった。
そんな状態の私の腕が持ち上げられた。
えっ、何?と思って見上げると、土方さんがいた。
「こいつは新選組に置いて行ってほしい」
えっ、えっ!な、何が起きているんだ?
「土方君、いくら土方君の頼みでも蒼良君が新選組を出たいと言っているし、我れ我にとっても蒼良君は貴重な人材だから置いて行くわけにはいかないよ」
「本当か?」
土方さんが、私の顔をのぞき込んで聞いた。
私はコクンとうなずいた。
本当は、違うっ!って言いたかったけど、伊東さんに弱みを握られているので言えない。
「どうせ脅されたんだろ」
つぶやくように言った土方さんの声が聞こえてきた。
えっ?と思っていると、今度は土方さんに腕を引かれて近藤さんの前に連れて行かれた。
「近藤さん、話がある」
突然そう言われた近藤さんは驚いて、
「おう、なんだ?」
と、持っていた猪口を置いてそう言った。
土方さんは何を考えているんだ?
「近藤さん、今までだましていてすまなかった。こいつは女だ」
ええっ!それを今、ここで言うか?
って言うか、私、士道不覚悟で切腹になってしまうじゃないかっ!
あわてふためいている私に近藤さんが
「知っていた」
と言った。
えっ、今なんて言ったんだ?
土方さんと一緒に近藤さんの顔を見てしまった。
「知っていたさ。実は楓に言われたんだ。蒼良はんは実は女なんや。女なのに男の姿して仕事しとったら、女の幸せを得ることが出来なくてかわいそうやから何とかしてくれって」
そ、そうなのか?
「あ、この話は、楓に内緒にしていてくれって言われてたんだ」
そう言って近藤さんは笑顔で人差し指を自分の口の前で立てていた。
「だから、俺が言ったことは内緒にしておいてくれ」
「近藤さん、こいつは切腹か?」
「歳、何言ってんだ。蒼良は新選組に必要な人間だ。それに、特に切腹する理由もないだろう」
そ、そうなのか?
「女の私がここにいるだけで士道不覚悟になると思うのですが……」
「それはないだろう。それだったら、新選組に関係したすべての女も切腹になるだろう。楓も切腹か?」
そ、そうなるのか?
「局長がそう言っているんだから、切腹はないっ! で、近藤さんもお前が女だって知っているし、もう御陵衛士に行く理由はないが、それでもお前が行きたいと言うなら俺は止めねぇぞ」
土方さんはニヤリと笑ってそう言った。
「新選組に置いてくださいっ!」
私は泣きながらそう言った。
もう、本当に、大好きな新選組から離れてしまうって、悲しかったんだからねっ!
「あれ? 伊東さんからお前の意思で御陵衛士に行くと聞いたが、話が違うな?」
土方さんは伊東さんの方を見てそう言った。
「あ、蒼良君も、心変わりをしたのでしょう? 新選組にいたいのなら、いればいい」
「ほら、伊東さんもそう言ってくれてるし、よかったな。で、伊東さん。隊を出るまで、こいつと接触しないでくれ。また脅しそうだしな」
「わ、私は脅しなんで全然していない」
「もういいだろう。せっかくの宴会なんだから、お互い笑顔でな」
土方さんと伊東さんの間にあった一触即発の空気は、間に近藤さんが入ってそう言ったことで消えていった。
「さ、みんな。今日は御陵衛士の門出を祝して飲むぞ」
近藤さんがそう言うと、再び宴会が始まった。
今度は私も笑顔で飲むことが出来た。
「ところで、なんで私が脅されているって知っていたのですか?」
次の日、土方さんに聞いてみた。
「ああ、あれは平助が言ってきたんだ」
え、藤堂さんが?
「お前が一緒に来てくれるのは嬉しいが、こういう感じで一緒に来ることは望んでいないと言っていた。それで、伊東さんが裏で何かをしているのではないか? と平助が言ったから、俺が探らせたらお前が脅されていることが分かったんだ」
そうだったのか。
「一人で背負うなって、俺は前に言ったよな?」
あ、言っていたような……。
「と、藤堂さんにお礼をしてきます」
土方さんが怖い顔をしてにらんでいたので、逃げるように部屋を出た。
部屋を出て藤堂さんを探した。
藤堂さんは大部屋で荷物をまとめていた。
「あ、蒼良。やっと笑顔が戻ってきたね」
藤堂さんが私の姿を見るとそう言った。
「藤堂さん、ありがとうございます」
私はお礼を言った。
「いや、私のせいで蒼良に悲しい思いをさせてしまったから、何とかしなければと思っていたんだ。蒼良、申し訳ない」
藤堂さんは頭を下げて謝ってきた。
「藤堂さんは悪くないですよ」
全部伊東さんが悪いんんだ。
「ありがとう、蒼良。本当は一緒に行きたかったけど、無理やり連れて行って笑顔が消えた蒼良を見る方がつらいから。新選組を離れてしまうけど、蒼良のことはいつも見ているからね」
藤堂さんが私の顔を見て真剣な顔でそう言った。
どう返事していいかわからなかった。
だから、
「絶対に、死なないでください。油小路には近づかないでくださいね」
と言った。
藤堂さんは、伊東さんが殺されて油小路に伊東さんの死体をとりに行ったときに殺されてしまう。
藤堂さんを死なせたくないから、そう言った。
藤堂さんは、
「わかっているよ」
と、言ってうなずいてくれた。
今回、御陵衛士のことは変えることが出来なかった。
でも、藤堂さんが殺されると言う歴史を変えることが出来る。
藤堂さんに死んでほしくない。
だから、私はまだあきらめないからねっ!
と、時の流れに向かって心の中で叫んでやった。