沖田さんと花見
そう言えばこの前、嵐山で花見をした時に沖田さんの姿を見かけなかったような感じがしたのだけど。
気のせいかな?
「総司か? 総司は具合悪そうだったから、屯所で留守番させておいた」
そ、そうだったのか?全然知らなかった。
「もう少し早く言ってもらえると嬉しかったのですが……」
「お前、気がつかなかったのか? 酒をついで回っていただろう」
確かに、お酒をついで回っていたけど、たくさんいたし誰についで誰についでないかとか、わからなくなってきていたから、沖田さんがいないことに気がつかなかったのだ。
ああ、これは大変だぞ。
「急いで報告に行かないと」
「報告って、何の報告だ?」
「花見のですよ」
私がそう言ったら、土方さんがふきだした。
「花見の報告って、何を報告するんだ? 平助が酔いつぶれて、見る人全部伊東さんに見えたようで大変だったってか?」
それも報告しないとだめか?だめだろうなぁ。
「後、斎藤さんがいつも通り大量にお酒を飲んでも酔わなかったって報告もしなければ」
「それはお前もだろう」
ああ、確かに。
「報告することがたくさんあるじゃないですかっ!」
「お前、そんなばからしいことを報告するのか?」
だって、なにがあっても報告しろって言われてんだもん。
「聞く総司も大変だなぁ」
土方さんが、沖田さんに同情していた。
って、私に同情してくれよっ!
「だって、沖田さんが報告しに来いって言ったのですよ。報告しに来ないと、色々嫌味を言われて大変なのですよ」
一番隊組長補佐としての仕事だ。
「お前、四年も総司と一緒にいて気がつかないのか?」
何にだ?
「総司は寂しいんだよ。特に自分だけがそれに加われなかったと知ったら、よけにに寂しいだろう。だから、お前を呼びつけて気を紛らわせてるんだ」
そ、そうだったのか?
「それならそう言ってくれたら相手をするのに」
「ばかやろう。男が寂しいから僕の相手してって言えるかっ!」
そ、それもそうだよね。
一応、私たちは武士だし、武士がそう言うのもおかしいことだよね。
「だから、お前が相手してやれ」
え、私なのか?
「土方さんは沖田さんの相手をしないのですか?」
「なんで俺が総司の相手をしなければならねぇんだ?」
「逆になんで土方さんは相手をしないのですか?」
たまには、土方さんが沖田さんの相手をしても罰は当たらないと思うけど。
「俺はな、色々と忙しいんだっ!」
そ、そうなのか?
「なんだ、その目は」
いや、普通に見ていただけですが……。
「よし、わかった。俺が総司の面倒を見るから、お前は俺の代わりに俺の仕事をしろ」
「そんなこと無理に決まっているじゃないですかっ!」
まず、この時代の文字が読めない。
普通に書いてくれるのならいいのだけど、ミミズがつながっているような字を書かれるともうお手上げだ。
「わかりました。沖田さんの相手をしてきます」
「おう、行って来い」
行ってきますよっ!
でも、手ぶらで言ったら嫌味を言われるだろうなぁ。
何か手土産でも持って行くか。
「沖田さん、いますか?」
沖田さんの部屋のふすまに向かって声をかけた。
「いないよ」
いないよって、いるじゃないかっ!
やっぱり怒っているのかなぁ。
そろぉと開けると、沖田さんはいなかった。
「なんだ、蒼良か」
そこにいたのは、源さんだった。
「あ、源さんでしたか。沖田さんは?」
「いないよ」
さっきもそう言っていたなぁ。
そう思いながら、源さんの向かい側に座った。
「蒼良は総司に何の用があるんだ?」
「この前の花見の報告です」
「はあ、報告? 花見のか?」
みんなそう言う反応するよね。
私はうなずいた。
「花見の報告なぁ。初めて聞いたぞ」
「みんなそう言いますが、一番隊組長補佐の仕事として沖田さんがするように言ってきたのですよ」
「へぇ、総司がねぇ」
「報告しないと、怒られるのですよ」
「総司が怒るのか? 見たことないなぁ」
なんて幸せな人なんだ。
沖田さんのあの嫌味を聞いたことがないなんて。
「ところで源さんはどうしたのですか?」
今度は私が聞いてみた。
「この前の花見の時に総司がいなかっただろう? 具合が悪かったらしいぞ」
「そうみたいですね。私もさっきそれを知ったので」
「さっきって、花見の時いなかっただろう」
それがわからなかったのですよ。
「やっぱり具合が悪いってなると、色々心配だろう。だから様子を見に来たんだ」
そうだったんだぁ。
「元気ならそれが一番いいんだがな」
源さんがそうつぶやいた時、
「あれ、二人で僕の部屋に来て何しているの?」
と、沖田さんが楽しそうに部屋に入ってきた。
「総司が心配で様子を見に来たんだ。な、蒼良」
「そうですよ。花見に来なかったので、大丈夫かなぁと思って見に来たのですよ」
「なんだ、そうだったの」
沖田さんは私の隣に座った。
具合悪いって聞いていたから、青白い顔をしているのかと思っていたけど、思っていたより普通だった。
うん、元気そうでよかった。
「ところで、総司はどこに行ってたんだ?」
あ、そうだよ。
「沖田さんは安静にしていないといけないのに、どこに行っていたのですか?」
私がそう言うと、また始まったと言う顔をされた。
「良順先生のところだよ」
沖田さんはムスッとした顔でそう言った。
診察だったのか?
「なんだ、医院か。なんか言われたのか?」
源さんが心配そうにそう言うと、
「源さんの横に置いてある包みは何?」
と、逆に沖田さんが源さんに聞いてきた。
「これか。総司は花見に来れなかったから、せめて桜を味わってほしいと思ってな、桜餅を買ってきた」
えっ、そうなのか?
私は、自分の横に置いた包みをそぉっと後ろに隠した。
「今年の桜は見れなかったが、なに、来年も桜は見れるさ。だから、早く元気になれ」
源さんはそう言うと、沖田さんの頭をわしわしとなでた。
沖田さんはされるがままになっていたので、嫌ではないらしい。
なんかこの二人、親子に見えるよなぁ。
「蒼良は、何を持ってきたの?」
沖田さんにそう聞かれたので、
「すみません。何も持ってこなかったです」
と言った。
「さっき、横に包みがあったよ」
あ、あれは……。
必死に後ろに手をやって隠したけど、沖田さんに後ろをのぞかれてばれてしまった。
「なんだ、蒼良も何か持ってきてくれたんじゃん」
沖田さんが包みの中をのぞいた。
そして、沖田さんの顔が笑顔になった。
「蒼良も桜餅持ってきてくれたんだね。ありがとう」
「源さんと同じものになってしまって、申し訳ないです」
「気にすることないさ。こう言うものは気持ちの問題だ。蒼良も総司に桜を味わってほしかったんだろ」
源さんにそう言われたので、コクンとうなずいた。
「せっかくたくさんあるんだから、みんなで食べよう」
そう言って、二つの包みを開けた沖田さん。
いつもなら、
「気がきかないね」
とか言いそうなのに、今日はいつもより穏やかだぞ。
桜餅を食べ終わると、
「俺は行くぞ」
と言って源さんが沖田さんの部屋から出て行った。
源さんを見送ってから、
「じゃあ私も行きますね」
と言ったら、
「え、蒼良も行くの? 報告がまだだけど」
と言われてしまった。
やっぱり報告しないといけないのか?
「桜餅でごまかせたと思ったでしょう? 僕はごまかされないよ。さ、報告してもらおうか」
そう言われてもなぁ。
「花見をしてきましたとしか言えないですよ」
それ以外、何を報告すればいいんだ?
「蒼良はいいよね、嵐山まで行って花見をしたんでしょ? 僕なんて、今年の桜を見れなかったんだよ」
「それは、具合が悪かったからじゃないですかっ!」
「咳が出ただけだよ」
それは重症じゃないかっ!
「だめですよ。咳が止まらなくなったら大変じゃないですか」
「大丈夫だよ。今日も元気だし。ああ、今年の桜、見たかったなぁ」
桜、もう散り始めて葉が見えているしなぁ。
沖田さん、残念だったなぁ。
でも、本当に全部散っているのか?
遅咲きの桜とか無かったか?
あ、あったよ。
「仁和寺」
「えっ、仁和寺?」
仁和寺にある桜は御室桜と言われていて、遅咲きで背丈の低い桜だ。
遅咲きの桜なので、今は八分咲きぐらいになっているんじゃないか?
「仁和寺になにがあるの?」
と言った沖田さんに、御室桜のことを説明したら、
「早速行こうよ」
と言われた。
「沖田さん、安静にしていないとだめでしょう。花見なんてできないですよ」
「蒼良はひどいや。僕は今年の桜を見てないんだよ。桜ぐらい見たっていいじゃないか」
そう言われてもなぁ。
「これじゃあ死んでも死にきれないよ」
「そんな縁起でもないことを言わないでくださいよっ!」
「それなら、桜を見に行こうよ」
一回ぐらいいいかな。
沖田さん調子よさそうだから、桜を見るぐらいなら大丈夫だろう。
「わかりました。行きましょう」
と言う事で、沖田さんと仁和寺に行くことになった。
「蒼良の言う通りだ」
御室桜を見た沖田さんがそう言った。
私が嘘ついているとでも思ったのか?
「桜の時期は短いから、もう終わったと思っていたのに、まだ咲いている桜があるんだね。見れてよかった」
沖田さんが嬉しそうにそう言ったので、連れてきてよかったなぁと思った。
「私も、見れてよかったです」
嵐山で最後だと思っていたから、ここでまた見れてよかった。
きっとこれがこの時代で京で見る最後の桜になるんだろうなぁ。
「僕も、どうせ散るなら桜みたいに潔く散りたいなぁ」
沖田さん、また縁起でもないことを。
「何言っているのですか。沖田さんが散ったら私たちが困るのですよ」
「でも、僕はいつ散ってもおかしくないからね」
そう言って、少し寂しげに桜を見ていた。
そういえば、良順先生のところに行ったと言っていたから、何か言われたのか?
「沖田さん、診察で何かあったのですか?」
「蒼良は、他のことは鈍感なのに、僕の病気のことになると敏感だね」
そりゃどういう意味だ。
「進んでいるって」
ポツリと沖田さんが一言そう言った。
病気が進んでいると言われたのだろう。
「最近、咳も出始めたしね。少しずつ労咳が僕の体をむしばんでいるんだよ」
そう言えば、咳が出て花見に行けなかったと言っていた。
「そんなにひどい咳なのですか?」
「まだそうでもないけど、これからひどくなるかもね。血痰も出るだろうし」
沖田さんの病気が静かに進んでいる。
それを止めることはこの時代では出来ない。
お師匠様の薬もない。
でも、ここで泣き言は言えない。
言いたくもないっ!
「沖田さん。大丈夫ですよ。私が死なせませんから」
沖田さんが私たちの時代に行く時まで、なんとしても生かせる。
私たちの時代に来れば、労咳は治る病気だ。
だから、それまで頑張らないと。
本当は今すぐ連れて行きたいけど、まだお師匠様が来ないところを見ると、きっと沖田さんが私たちの時代に行く時期ではないのだ。
「蒼良のその言葉、好きだよ」
そう言って、沖田さんが私を抱きしめてきた。
「少しだけ、こうしていていい?」
沖田さんが顔を私の肩にうずめてきた。
これで沖田さんが元気になるのなら。
そう思って、私は沖田さんに抱きしめられながら、沖田さんの背中をさすっていた。
御室桜が少しだけ悲しげに見えた。