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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年3月
325/506

嵐山で花見

 三月になった。

 現代では四月ぐらいになると思う。

 最近暖かい日が続いたので、桜の蕾もあっという間にふくらんで開花した。

「土方さん、桜が咲きましたよ」

「まだ花見には早いだろう」

 確かに、まだ三分咲きぐらいだから、花見にはちょっと早いだろう。

 しかし、桜は咲いたと思ったら満開になるまでがあっという間だ。

「土方さん、八分咲きぐらいになりましたよ」

 この時期の桜が好きな人は花見を始める。

「まだ早い」

 嵐山は京より気温が低いから、桜が咲くのは遅いって聞いたことがある。

 八分咲きになったと思ったら、あっという間に満開になった。

「土方さん、満開ですっ!」

「わかってるっ! 今、隊士の隊務を調整しているところだ」

 土方さんも、花見をしたいのか一生懸命調整をしているけど、なかなか花見が始まらない。

 そんな中、巡察中に酒屋の前で永倉さんを見つけた。

 声をかけようと思い近づいた時、

「樽で二つぐらい頼む。場所は壬生だ」

 と、永倉さんが酒屋の人と話をしていた。

 壬生に酒樽二つって……

「八木さんに差し入れですか?」

 意外と太っ腹な永倉さんなんだなぁ。

 でも、八木さんのところに酒樽二つも送りつけたら、逆に困らないか?

「差し入れするわけないだろう」

 え、そうなのか?

「花見だ、花見っ! いつやるんだ? と思って待っていたが、やる気配がないじゃないかっ! だから、俺が花見をやるっ! 蒼良そらお前も来ていいぞ」

「それって、壬生でですか?」

「それ以外どこにあるんだっ! このまま待っていたら、花が散ってしまうぞ」

 確かにそうなんだけど……。

 土方さんが今年は嵐山でやるって、計画しているんだけどなぁ。

「永倉さん……」

「蒼良、止めるな。止めても俺はやるぞ」

 そうなのか?

 まぁ、花見は一回しかやってはいけないと言う決まりはないから、やってもいいのか?

「永倉さんがそこまで言うのなら特に止めませんが、一応、土方さんが今年は嵐山で花見をやると言ってましたよ」

 私がそう言うと、永倉さんが驚いた顔で私を見た。

「蒼良、そうならそうとなぜ早く言わないんだっ! 酒樽、壬生ではなく嵐山に運んでくれっ!」

 おお、そうなったか。

 お酒がたくさん飲めるぞ。

「で、いつやるんだ?」

「それが、まだ調整中なのですよ」

 一応、桜が咲いたことは知らせてあるんだけどね。

「なんだとっ! 取り消すっ! やっぱり壬生に運んでくれっ!」

 えっ、そうなるのか?

「いつやるかわからないものを待ってられるかっ!」

「でも、土方さんのことだから、近いうちに嵐山でやりますよ」

 永倉さんは、うーんとうなって考え込んでしまった。

「よし、明日までに日にちが決まらなければ、壬生で花見をやるからな」

 そうだよね、桜の方も待ってくれなさそうだし、明日がタイムリミットだろうな。

 と言うわけで、お酒は明日頼みなおすと言う事になった。

 せっかくの樽酒だったのに。


 次の日、朝起きたらすっきりとした顔をした土方さんがいた。

「花見、明日やるぞ。場所はもちろん嵐山だ」

 やったぁ、やっと花見ができるぞ。

「さっそく永倉さんに教えてきます」

「なんで新八なんだ?」

 土方さんに聞かれたので、昨日の出来事を話した。

「誰も、酒を頼んでいいと言ってねぇぞ」

 そ、そうだったか?

「でも、お酒がないと花見じゃないですよ。他の隊士から苦情も出ますよ」

「主にお前が苦情を言うんだろ?」

 そうとも言う。

「花見にお酒は必要ですっ! 樽で三つはいりますね」

「おい、さっき新八が頼んだのは二つだっただろう」

「一つ多く頼んでも、ばちは当たりませんよ」

「罰は当たらんが、酔っ払いが増えて手におえねぇだろうがっ!」

 確かに、その通りなんだけど。

「最後の花見なのですよ、パァッとやりましょうよ」

 京で過ごす最後の花見になるから、嵐山でパァッとやろうと言ったのは、土方さんなんだぞ。

「わかった。もういくつでも頼め」

「ありがとうございます。それじゃあ樽四つで」

「おい、増えてるぞっ!」

「気のせいですよ」

 うん、気のせい、気のせい。


 と言うわけでみんなで嵐山に行き、大きな桜の木の下に敷物を敷いて花見をすることになった。

 京では散り始めていたけど、嵐山の桜は八分咲きで見頃だった。

「ああ、伊東先生もいらっしゃったら、もっと楽しいものになったんだろうなぁ」

 藤堂さんのところにお酒をつぎに行ったら、藤堂さんは桜を見上げてそう言った。

 いや、別に伊東さんはいなくてもいいと思うのは、私だけか?

「あ、ごめん。蒼良は伊東先生が好きではなかったんだよね」

 そう言うと、藤堂さんはお猪口に入ったお酒を空にした。

 なんだ、私が嫌いってわかっていてそう言ったのか?

「伊東先生は、今頃何をしているんだろう?」

 なんでさっきから伊東さんの話なんだ?

「今頃、九州あたりにいると思いますよ」

 もう、新選組を抜けると言う事を話して、抜ける算段でもしているんだろう。

 抜けるなら、最初から隊に入らなければいいのに。

「蒼良、顔が怒っているよ」

 藤堂さんが、私の嫌いな伊東さんの話をわざと私にするからじゃないですかっ!

「気にするな。こいつは酔っている」

 隣で飲んでいた斎藤さんがそう言った。

 え、もう酔っているのか?

「俺が飲ませすぎたらしい」

 そ、そうなのか?

 藤堂さんの後ろを見ると、空になった徳利が大量に転がっていた。

「どれだけ飲ませたのですか?」

「見ればわかるだろう」

 そう言うと、斎藤さんはニヤリと笑った。

 飲ませすぎだろう。

「蒼良、私は早く伊東先生に会いたいよ。あ、蒼良が伊東先生に見えてきた」

 藤堂さんはそう言うと私に飛びついてきたので、素早くよけた。

 私が伊東さんに見えるって、相当酒が入っているのだろう。

 私がよけたので、藤堂さんはそのまま倒れこんだ。

 そして、そのまま眠ってしまった。

「飲ませすぎですよ」

 斎藤さんに言うと、

「同じ量を飲んでも、俺は酔わないぞ。お前もだろ?」

 そう言って、徳利を出してきた。

 確かに、日本酒で酔ったことないんだよね。

 そう思いながら、徳利の中身を空にした。


「今年は嵐山で花見なんて珍しいな」

 原田さんのところに行ったら、原田さんが桜を見上げてそう言った。

「来年は京にいないので、土方さんが最後の年の花見は嵐山でと言ったのでそうなったのですよ」

 原田さんは私が未来から来たことを知っているので、そう言った。

「なんで来年は京にいないんだ?」

「戦があって、それに負けて江戸に帰るのです」

「あまりいいことじゃないな」

 確かにそうなんだけど。

「そうか、今年が最後になりそうか」

「京が最後ってだけで、江戸でも花見はできますからね」

 出来る状況なのかわからないけど。

「そう言えば、最初の年の花見は、蒼良と二人だったな」

 そうだった。

 京に来たばかりで、浪士組騒動があってみんなバタバタしていた時に、壬生で桜を見たのだ。

「もう四年前のことですね」

「そうか、もう四年もたつのか。早いな。蒼良も色っぽくなったしな」

 原田さんが、私の頭をなでてそう言った。

 いや、それはないだろう。

「男の格好をしているので、色気とか全然ないですよ」

「格好とかじゃない。蒼良なりの色気があって、俺は好きだよ」

 そ、そう言われると照れるなぁ。

「蒼良、赤くなっているが酔ったのか?」

 原田さんと話していると源さんがやってきた。

「酔ってませんよ。原田さんが変な話をするから」

「左之、蒼良に何をした?」

 源さんが原田さんに向かってちょっと怖い顔をしていった。

「何もしてないぞ。色気が出てきたって言っただけだ」

「ああ、そう言う話か。確かに、蒼良は色気が出てきたな」

 げ、源さんまでそう言うか?

 戸惑っている私に源さんが桜餅を出してきた。

 え、桜餅?

「蒼良、今月は三月だ。三月と言ったらひな祭りだろう」

 あ、そうだった。

「ひな祭りは桜餅だろう。桜の下で食べると最高に美味しいぞ。食べなさい」

 源さんが私に桜餅を出してきた。

「あれ? 俺にはないのか?」

 原田さんが源さんに手を出してそう言った。

「左之は男だろうが。男にはない」

 源さんがそう言うと、原田さんがニヤリと笑った。

「源さん、蒼良も男だと思うが」

 なんか、複雑な状況になってきたぞ。

 と言うのも、原田さんも源さんも私が女だと言う事は知っている。

 だから、原田さんもわざとそう言ったのだと思う。

 しかし、知っていることをお互いは知らない。

 源さんは原田さんが私が女だと知っていることを知らないし、原田さんも源さんと同じ感じだ。

「そ、蒼良は特別だっ!」

 必死でごまかす源さん。

「ずるいなぁ。俺も桜餅食べたいなぁ」

 原田さんは、今の私と源さんのやり取りで、源さんも私のことを知っていると言う事がわかったらしい。

「自分で買って来いっ!」

 しかし、源さんの方は知らないので、必死でごまかしている。

「あ、あのですね、源さん。原田さんも知っているから大丈夫ですよ」

「えっ? 何がだ?」

「私が女だって知っているので……」

「な、なんだ、そうなのかっ!」

「だから源さん、俺にも桜餅くれ」

 原田さんはそう言って手を出したけど、源さんはその手を思いっきり叩いた。

「だったら、なおさらやらんっ!」

 と言うわけで、私だけ桜餅をごちそうになった。


 お酒をついで回っているのは、私以外にもいた。

「蒼良はんも、座って飲んでええよ。これは私の仕事やさかい」

 元芸妓で、近藤さんに身請けされた楓ちゃんだ。

「いいよ。楓ちゃんに酔っ払いがからんだら、近藤さんが怒るよ」

「近藤はんなら、酔って寝とるよ」

 え、そうなのか?

 近藤さんが座っていた方を見ると、確かに、寝ていた。

 土方さんもお酒が飲めないけど、近藤さんもお酒が弱い。

「そんなことより、蒼良はんは土方さんのところへ行き」

 な、なんで土方さんなんだ?

「蒼良はん、土方さんのこと好きなんやろ?」

「いや、それはない」

 速攻で否定した。

 それはあり得ないと思う。

「そんなこと言わんと、行っといで。ここはうちがやるさかい」

 楓ちゃんに背中を押されてから気がついたけど、土方さんが花見の席にいなかった。

 どこに行ったんだ?


 宴会の席を抜けて、桜並木を歩いて土方さんを探していると、桜並木の真ん中に立っている土方さんを発見した。

「土方さん、ここで何をしているのですか?」

「お前こそ、何しているんだ?」

「土方さんがいなかったので、探しに来たのですよ」

 私がそう言うと、寂しそうな笑顔で

「そうか」

 と言った。

 どうしてそんな寂しい顔をしているのだろう。

「一人で桜を見たくなったから、抜け出してきた」

 そうなのか?

「お邪魔してしまいましたか?」

 一人で見ているところを邪魔してしまったかも。

「いや、お前は大丈夫だ」

 あ、そうなんだ。

「京の桜はこれで見納めか。そう思うと、寂しいな」

 それで寂しい顔をしていたのか?

「大丈夫ですよ。江戸でも桜は見れますよ」

 多分。

「江戸でも見れるだろうよ。でも、京ではこれが最後なんだろ?」

「はい」

「散っているところなんて見た日には、余計に寂しいだろう」

 だから、八分咲きがいいと言っていたのか?

「確かに寂しいですが、ずうっと桜が咲いていたら、花見の価値もなくなりますよ」

「お前の考え方が面白いな」

 そ、そうか?

 私だって、散っていく物を見ると寂しいし、何とか散らないでほしいと思うけど、そう考えることによって、その寂しさを消しているんだ。

「そうだな。桜は春にパァッと咲いて潔く散るのがいいんだな」

 そう言って桜を見上げた土方さんの顔から寂しさが消えていた。


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