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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年2月
324/506

沈丁花のかんざし

いよいよたんすのこやしになりそうだ。

 そう思いながら、楓ちゃんからもらった着物を整理していた。

「なにしてんだ?」

 その様子を見ていた土方さんがそう聞いてきた。

「たんすのこやしにするところなのですよ」

「はあ?」

 聞き返されてしまった。

「着ねぇのか?」

「着る時がないじゃないですか」

 そうなのだ、着る機会が全くないのだ。

 私が、島原の芸妓さんとかだったら、きっと有効に活用するんだろうなぁ。

 新選組の隊士、しかも男装中だから、有効に活用する自信は全くない。

「そりゃそうだが……」

 そう言って、しばらく土方さんは考え込んでいた。

 何を考えているんだろう?

「これをはかまにして、土方さんがはきますか?」

 袴にする自信もないけど……。

「こんな模様の入った袴があるかっ!」

「なければ作ればいいのですよ。土方さんが着れば、きっと流行すると思いますよ」

「そうか?」

 ニヤリと笑って土方さんがそう言った。

「流行らないか」

「おいっ! 何否定してんだっ!」

 あ、すみません。

「きっと流行りますよ」

 否定してはいけないのなら、肯定しておけばいい。

「お前、適当に言っているだろう? 俺に着物を押し付けようと思って」

 あ、ばれたか。

「せっかくもらったんだから、着ればいいだろう」

 そんな簡単に着れないからこうやって悩んでいるのだろう。

「よし、今すぐ着ろ」

 土方さんが、楓ちゃんからもらった着物のの一つを出してそう言ってきた。

「え、今ですか?」

 何のために着るんだ?

 それに、今着たら女だってみんなにばれるだろう。

「今以外にいつ着るんだ?」

「今じゃなくても着ようと思えばいつでも着れると思うのですが……」

 逆に、なんで今なの?と聞きたくなってしまう。

「そう思っているから、着れねぇんだ。今すぐ着ろ」

 そ、そうなのか?今、着るのか?

「わかりました」

 そこまで言うのなら、着てやろうじゃないの。

 着物をもって土方さんが部屋を出るのを待っているけど、出る気配がなかった。

「あの……着替えたいのですが……」

「着替えればいいだろう」

 あんたがいるから、着替えられないんだろうがっ!

「部屋を出てもらえますか?」

 私がそう言うと、

「お前、ここで着替えるつもりでいたのか?」

 と、逆に土方さんに聞かれてしまった。

 え、違うのか?

「ここで着たら、お前が女だってばれるだろう」

 だから、着物を着るのに抵抗を示していたんじゃないか。

「楓のところで着替えて来い」

 楓ちゃんのところだって、近藤さんがいるからね。

「近藤さんは、屯所にいるから大丈夫だ」

 そ、そうなのか?

「それなら、楓ちゃんのところに行ってきます」

「おう、行って来い」

 私は、着物を風呂敷でつつみ、大事に抱えて楓ちゃんのところへ向かった。

 そもそも、なんでこうなったんだ?


「うちのあげた着物、さっそく着てくれるん? 嬉しいわ」

 自分で着物を着ることもできたけど、せっかく自分があげた着物を着てくれるのだからと言って、着せてくれた。

蒼良そらはんのことやから、着ることないと思ってたわ」

 うん、それは私も思っていた。

「土方さんに着れ見ろって言われたので……」

 なんで突然そんなことを言いだしたんだか。

「土方はん、綺麗な着物を着た蒼良はんを見たかったんとちゃう?」

 いや、それはないだろう。

 ブンブンと首を横にふった。

「いや、見たかったんよ、きっと。そして、蒼良はんのこと好きなんよ」

 ええっ!

「それはないよ」

 ない、絶対にない。

「なんでそう思うん?」

「だって、ガキは相手にしないって言っていたもん」

「蒼良はんはもうガキやないやろう?」

 そ、そうなのか?

 確かに、年齢的にはもう二十二歳になっているから大人なんだけど、土方さんから見たら、私なんてまだまだガキだろう。

「ほら、出来たで。やっぱ、蒼良はんは綺麗やもんな。男装させておくのももったいないわ」

 楓ちゃんは元芸妓さんだから、おだてるのがうまいなぁ。

「せっかくやから、化粧もしてあげる」

 楓ちゃんに甘えて、化粧もしてもらうことになった。

 その間も、

「綺麗やわ」

 とか、

「男装なんてやめればええのに」

 とか言われてしまった。

 でも、男装しないとお仕事出来ないから、それは仕方ない。

 だから、そう言われるたびに否定をしていた。

「できたで」

 そう言われて鏡を見ると、今まで女装した中で一番綺麗にに仕上がっていた。

「すごいっ! ありがとう、楓ちゃん」

 さすが、元芸妓さんだ。

「どういたしまして。男装させておくのは惜しいわ。蒼良はん、思い切って芸妓にならへんか?」

 いや、それは無理だ。

「出来たか?」

 突然、土方さんが入ってきてびっくりした。

「ひ、土方さんっ! 一応レディしかいないのですから、ノックして入ってきてくださいよっ!」

 びっくりしていたので、この時代では使われていないカタカナ用語を出していた。

 だから、楓ちゃんも土方さんも首をかしげていた。

「なにわけのわからんことを言っているんだ?」

「こ、こっちのことですよっ!」

 そう言って何とかごまかした。

「土方はん、蒼良はん綺麗やろ?」

 と、突然、楓ちゃんは何を言い出すんだっ!

「か、楓ちゃん」

 あわてて楓ちゃんを止めた私に向かって土方さんは、

「ああ、綺麗だ」

 と言った。

 私の耳も、とうとうおかしくなったか?


 楓ちゃんの家を出て、向かってところは嵐山だった。

 なんとなくそうじゃないかなぁとは思っていた。

 でも、今の嵐山は何もない。

 何もないのもまたいいのだけど。

「桜の季節にはまだ早いですよ」

 私は桜の木を見てそう言った。

 もう数日すれば桜は咲きそうだ。

 蕾からピンク色の花びらが出て少し大きくなっている。

「下見だ、下見」

 え、下見?

「お前の話によると、来年は京で花見は出来ねぇみたいだしな。なら、最後の年の花見は、いつもの壬生じゃなくて嵐山でぱあっとやるのも悪くねぇだろう」

 桜の木を見上げて土方さんが言った。

 土方さんの言う通り、今年の花見が、京でみんなですごく最後の花見になりそうだ。

 来年の今頃はきっと京にいない。

 そう、いないのだ。

 そんな日が来るのが信じられないぐらい平和な日々を送っている。

「京での最後の花見になりそうなら、パァッと派手にやりましょうっ!」

「決まってんだろ。そのつもりだ」

「お酒も、思い切って樽で頼んで……」

「誰が酒を頼むって言った?」

 え、頼まないのか?

「お酒のない花見は、花見じゃないですよ」

 絶対に、隊士たちから不満が出ますよ。

「酒がなくても桜は見れるだろう」

 確かにそうだけど、桜の花の下でどんちゃん騒ぎをするのが花見の面白いところだろう。

「やっぱり、お酒は必要ですよ」

「お前、綺麗な女になっているのに、その口から酒の話、しかも樽酒の話が出るのもどうかと思うぞ」

 そ、そうなのか?

 純粋に花見のことを思ってそう言っているんだけど。

「普段から女らしくしろとは言わねぇよ。せめて今は女らしくしたほうがいいと思うぞ」

 土方さんに言われ、自分が着ている着物を見てみた。

 確かに、この着物を着て樽で酒を頼んで飲もうって言うのも、女としてどうなのかな?って感じだよね。

「わ、わかりました。大人しくします」

 と言う事で、すました顔で土方さんと歩いていた。


「ここら辺がいいか」

 土方さんがそう言った場所は、大きな桜の木がある広い場所だった。

「ここなら大勢で宴会が楽しめそうですね」

「そうだな」

 土方さんが桜の木を見ながらそう言った。

 もう少しで咲きそうな感じだなぁ。

「嵐山は、京の街中と比べると寒いからな。桜も咲くのが少し遅いかもな」

 時期をしっかり見とかないと、いい花見が出来なくなる。

 この時代、桜がいつ満開になると教えてくれるような親切な人はいない。

「京で桜が散り始めた時期に来たほうがいいですかね?」

「いや、満開になった時に来たほうが八分咲きぐらいになっていてちょうどいいだろう」

 確かに、八分咲きの方が花見にはいいって言う人もいるよなぁ。

 でも、やっぱり……

「花見をするなら、満開がいいですよ」

「いや、八分咲きだ」

「何言っているのですかっ! 満開ですよっ!」

 しばらく言い合いをしていたのだけど、みんなの隊務の様子を見て決めないといけないことなので、桜の都合より隊士の都合だろうと言う事で話はまとまった。

「そう言えば、今日のお前は何か足りねぇな」

 まじまじと私を見ながら土方さんが言った。

 何かって、なんだ?

 自分では特に何も思わないのだけど……。

「かんざしが物足りねぇな」

 そ、そうなのか?

「一応、玉かんざしをさしていますが」

 それも、土方さんがくれたやつですよ。

「この着物に玉かんざしは寂しいだろう」

 玉かんざしとは、名前の通り、かんざしに玉をつけただけの物だ。

 でも、これでも充分におしゃれが楽しめる。

「そんなことないですよ」

 玉かんざしをさわりながら言うと、土方さんに手を払いのけられた。

 え、何をするんだ?

「お前にはこれがいいだろう」

 土方さんが自分のふところからかんざしを出してきた。

 なんか、沈丁花じんちょうげに似ているような気がするけど……。

「沈丁花のかんざしだ」

 やっぱり、沈丁花なのかっ!

 しかも、香りまでするのは気のせいか?

「いい匂いがするだろう?」

 土方さんに言われ、コクコクとうなずいた。

「このかんざし、匂いがするんだぞ」

 そう言ってかんざしを私の鼻のところに持ってきた。

 本当に、沈丁花の香りがするっ!

「どうしてですか?」

「そんなこと、どうだっていいだろう」

 そう言いながら、そのかんざしを私の頭にさした。

「これなら似合うぞ」

 鏡がないからわからない。

 でも、匂いがするかんざしなんて、絶対高いものに違いない。

「高かったんじゃないですか?」

「そんなこと気にするな」

 いや、気になるぞ。

「香油だ、香油」

 こうゆ?

「ほら、知らんだろ」

 知らない。

「教えねぇぞ」

 え、そうなのか?

 後で調べてみると、この時代、香水はないけど、香油と言う香りのする油のようなものならあったらしい。

 代表的なものでは椿油かな?

 土方さんがくれたかんざしには香油が塗ってあったらしい。

 だから匂いがしたんだ。

「ありがとうございます」

 かんざしをもらったのでお礼を言った。

「あっちこっちから物をもらいやがって。こっちだってあせったんだぞ」

 ん?どういうことだ?

「お前が沈丁花が好きだって他の人間が知っていて、色々持ってきただろうが」

 ああ、そう言う事もあった。

「でも、土方さんは関係ないと思うのですが……」

「いや、関係あるっ!」

 そ、そうなのか?

 どう関係あるのかがわからないのだけど……。

「これで、奴らより一歩先に行けたぞ」

 なんだかわけがわからないけど、そうなのか?

「それにしても、お前が沈丁花を好きだったとは知らなかったな。桜が好きだと思っていたが」

「あ、桜も好きですよ」

 だから、いつ咲くかわからない桜に毎日ドキドキしているのだ。

 花見も楽しみだし。

「なんだそりゃ」

「一応女ですから、花は何でも好きですよ」

 と、私が言うと、

「なんだ、そうか」

 と、土方さんが優しく笑ってくれた。

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