江戸時代でバレンタイン
ふと、暦を見たら、今日は二月十四日だった。
「バレンタインじゃないかっ!」
思わずそう叫んでしまった。
「なんだそりゃ」
私がいきなり叫んだので、書き物をしていた土方さんが手を止めてそう言ってきた。
この時代にバレンタインなんてないから、そう言う反応になるよね。
「あのですね、私の時代では二月十四日は女性が好きな男性にチョコを渡すと言う日になっているのですよ」
「ちょこってあの苦いやつか?」
実は以前に鴻池さんのところで食べたことがある。
現代のように加工されていないものなので、ものすごく苦かった。
「私の時代の物はとっても美味しいのですよ」
「お前の時代は変わった風習があるのだな。俺はちょこなんて苦い物もらいたくねぇな」
もらいたくてももらえない人がいるのに、そんなこと言ってもいいのか?
「俺はいらんからな」
「なにがですか?」
「ちょこってやつだよ」
なんで土方さんにあげなきゃいけないんだ?
「誰もあげるなんて言ってませんよ」
いつあげるなんて言った?
あ、でも、いつもお世話になっているからあげてもいいかな。
この時代はチョコがないからその代わりに団子かなんかにしようかな。
「なんだ、くれねぇのか」
ブツブツと文句言っていた土方さんに、
「わかりました。チョコはないので団子かなんか買ってきますよ」
と私が言ったら、
「くれるのか?」
と、驚いた顔で土方さんが言ってきた。
「いつもお世話になっているので。みんなに買ってきます」
「お前っ! お前の時代では女が好きな男にあげる物じゃないのか?」
基本的なものはそうなんだけど……。
「好きな男の人だけでなく、普段お世話になっている人や、友達なんかにもあげますよ」
「なんだ、そう言う事か」
土方さんががっかりしたように見えた。
なんか悪いことでも言ったか?
「みんなからお世話になっているので、みんなに買ってきますね。もちろん、土方さんのもありますよ」
「おうさっさと買って来い」
土方さんは再び書き物に戻っていった。
「行ってきます」
そう言って私は部屋を出た。
団子を買いに行ったのだけど、団子より大福の方がいいかな?と、途中で心変わりをし、大福になった。
「蒼良、どうしたの?」
和菓子屋さんの前で藤堂さんに会った。
「大福を買いに来たのですよ」
そう言ってから和菓子屋さんに入ると、藤堂さんも一緒に入ってきた。
「大福を……」
何個買えばいいんだ?
指折り数えて、とりあえず二十個ぐらい買っておこうか。
牡丹ちゃんたちにも配りたいしなぁ。
「二十個ください」
「あ、蒼良、そんなに食べるの?」
藤堂さんが隣で驚いていた。
「全部食べませんよ。配るのです」
「え、配るの? 何かあるの?」
土方さんに言ったように説明した。
「そう言う事か。えっ、蒼良は二十人も好きな人がいるの?」
「いや、お世話になっているので、日頃の感謝を込めて配るのですよ。藤堂さんの分もありますよ」
「本当? ありがとう。大福二十個も持つの思いでしょう? 大福のお礼に持ってあげるよ」
藤堂さんは私から大福の山をとった。
「大丈夫ですよ」
「いいから」
藤堂さんに甘えることにした。
みんなに大福を配り終った。
「やっと配り終ったね」
藤堂さんも一緒に配るのを手伝ってくれた。
「手伝わせてしまって、すみません」
一つ余った大福を藤堂さんに渡しながらそう言った。
「私が手伝いたかったから手伝っただけだよ。大福、いただきます」
ぱくっと一口、藤堂さんが大福を口に含んだ。
「そう言えば、伊東先生は今どこら辺にいるのだろう?」
ああ、そんなこと、考えもしなかったなぁ。
「今頃は、九州のどこかにいるんじゃないのですか?」
どこにいるんだか。
やっていることは、隊を抜けるために色々とやっているんだろうなぁとわかるんだけど。
「蒼良は、本当に伊東先生が嫌いなんだね」
興味なさそうに言う私を見て、藤堂さんが笑いながらそう言った。
好きになれないよ。
裏で何考えているんだかわからないような人なんだもん。
そう言えば、御陵衛士を拝命されるのに、篠原さんが動き始めるんじゃないのか?
伊東さんが九州で動いているんだから、篠原さんは京で動き始めることだよな?
阻止できるなら阻止したいんだけどなぁ。
私にできることって、酔いつぶすことぐらいしかできないからなぁ。
そうか、酔いつぶして二日酔いにしてしまえば、阻止できるかも?
「蒼良、大福のお礼がしたいのだけど」
大福を食べ終わった藤堂さんがそう言ってきた。
「お礼なんて、いいですよ……」
ちょっと待て。
これは使えないか?
私一人で誘ったら断られる可能性があるけど、藤堂さんと一緒に篠原さんを誘えば、断ってこないだろう。
「藤堂さん、一緒に飲みに行きましょうっ!」
「えっ?」
私が突然そう言ったから、藤堂さんが驚いた。
「篠原さんも誘ってみましょうっ!」
「えっ、篠原さんも? 蒼良がそう言うなんて珍しいね。何かあったの?」
「バ、バレンタインですからね」
藤堂さんに聞かれたから、とっさにそう言ってごまかしたけど、変なこと言ってごまかしているよなぁ。
「ああ、蒼良の時代でやっていると言う風習ね。篠原さんにお世話になったの?」
特にお世話になっていないのだけど、お世話になっていないと言うとここで終わってしまうので、
「ものすごくお世話になっているのですよ」
「そうなんだ、初耳だなぁ」
初耳だよね。
私も初耳だもん、自分で言っていてなんだけどね。
「わかったよ。蒼良がどこまで言うのなら、篠原さんも誘うよ」
と言う事で、藤堂さんと篠原さんの一緒に飲みに行くことになった。
行った先は島原で、牡丹ちゃんと楓ちゃんが来てくれた。
楓ちゃんはもうすぐ近藤さんに身請けされるので、お座敷に出るのも後数日らしい。
「蒼良はんのおかげや。おおきに」
楓ちゃんにそう言われてしまった。
「楓ちゃん、近藤さんのことを思っているなら、篠原さんを酔いつぶしてくれるかな?」
私が頼むと、
「近藤さんの為なら何でもやるけど、ええの? 酔いつぶして」
いいに決まっているじゃないか。
酔いつぶすために呼んだんだから。
私がうなずくと、
「まかしとき」
と、楓ちゃんが言ってくれた。
頼んだぞ、楓ちゃん。
「蒼良君に誘われるなんて、初めてのことで嬉しいな」
楓ちゃんにお酒をつがれた篠原さんが上機嫌でそう言った。
「篠原さんにお世話になっているから、お返しがしたいって蒼良が言っていたのですよ」
藤堂さんが笑顔でそう言った。
「俺は世話した覚えはないんだがなぁ」
「え、そうなんですか?」
篠原さんの言葉を聞いた藤堂さんが驚いてそう言った。
どうしよう?どうやってごまかそう?
「し、篠原さんが覚えが無くても、私が覚えているのですよ。だから、お返しさせてください」
そう言って、私も篠原さんにお酒をついだ。
「そうか。俺は覚えがないが、蒼良君はそう言う事を覚えているんだな。いいことだ」
篠原さんは上機嫌になってお酒を飲んだ。
何とかごまかせたぞ。
「お酒、どんどん追加するわ」
楓ちゃんがそう言ってくれた。
「お願い」
よし、酔いつぶすぞっ!
数時間後、篠原さんの口調が、酔っ払い特有のレロレロ口調になり、だいぶ酔いつぶれてきたぞと言う感じになってきた。
あともう一息。
楓ちゃんも牡丹ちゃんもよその部屋に行ってしまったので、私がお酒の注文をしに席を立った。
追加の注文をし、部屋に戻ろうかと思ったら、藤堂さんが立っていた。
「ど、どうしたのですか?」
後ろを見たら立っていたから、びっくりした。
「蒼良、昼間は大福ありがとう」
ニッコリと笑ってそう言ってきた。
「いえ、どういたしまして」
「好きな人にあげる物なんでしょ? だから嬉しかったよ」
好きな人だけではなく、お世話になっている人にあげたのですが……。
「これ、昼間のお返し。蒼良が沈丁花が好きらしいね」
その話、藤堂さんまで広がっているのか?
藤堂さんは、綺麗な和紙の包みを出してきた。
「このお香は沈丁花の香りがするみたいだよ。蒼良も使ってみて」
「え、いいのですか?」
「昼間のお礼だよ」
「ありがとうございます」
私は、その包みを受け取った。
私の時代では、お返しは三月十四日のホワイトデーにするのですよ。
と、言おうと思っていたら、藤堂さんが笑顔のまま倒れこんだ。
ど、どうしたんだ?
あわてて藤堂さんに近づき、体を支えた。
藤堂さんから聞こえてきたのは、寝息だった。
どうやら、酔いつぶれたらしい。
「藤堂さん、しっかりしてくださいっ!」
藤堂さんを支えて、部屋に戻った。
篠原さんを酔いつぶすつもりが、藤堂さんの方が酔いつぶれてしまった。
どうしよう……。
なんとか藤堂さんを連れて部屋に帰ると、篠原さんも倒れこんでいた。
篠原さんも酔いつぶれたらしい。
作戦は成功したけど、酔っ払いを二人も作るつもりはなかったんだけどなぁ。
どうしよう?どうやって二人を屯所に連れて帰ればいいんだっ!
結局、私一人で二人も連れて帰ることが出来ないので、そのまま島原にお泊りとなった。
二日酔いで頭の片方が痛いのだろう。
頭の片方を手で押さえている篠原さんと藤堂さんを連れて屯所に帰ってきた。
これでしばらくは二日酔いで動けないだろう。
作戦は成功か?
「島原から朝帰りとは、ずいぶんとえらくなったじゃねぇか?」
部屋に帰ると、土方さんが仁王立ちになって待っていた。
「うわぁっ!」
まさか、土方さんが待っているなんて思わなかった。
「こ、これには深い、深いわけがあるのですよっ!」
「どんなわけがあるのか、聞かせてもらおうじゃねぇか?えっ?」
こ、怖いのですがっ!
「あのですね、篠原さんは伊東さんが九州に言っている間に、孝明天皇のお墓を守る役として、御陵衛士と言う役職を得るために京であっちこっちに話をつけに行くのですよ」
「なるほど、篠原がな。それと、島原からの朝帰りとどういう関係があるんだ?」
「篠原さんが酔いつぶれて二日酔いになったら、しばらく動けないからそれを阻止できるじゃないですか」
うん、なかなかいい案だ。
「お前、甘いな」
土方さんが一言そう言った。
え、そうなのか?
「二日酔いでしばらく動けねぇってことはねぇぞ。明日には治るだろうしな」
あ、確かに。
「だからって、毎日酒を飲ますのか? それも難しいだろう」
うん、確かに。
「それに、出かけるのは阻止できたとして、すでに文を出している可能性もあるだろう」
ああ、確かにっ!
「その場合はもう遅いってことだな。で、その篠原が動き出すのはいつなんだ? 今日なのか?」
そ、それなのですが……。
「いつだかわからないのですよ」
私の一言に土方さんはため息をついた。
「お前、そんなこともわからないで動いていたのか?」
「は、はい……」
再び土方さんのため息。
「お前なぁ……。ま、いい。今回の朝帰りは許そう」
ありがとうございます。
「それにしても、考えが甘すぎる。こう言うものは、ちゃんと計画を練らねぇとだめだ」
はい、その通りです。
「いいか、お前が必死になって未来を変えようとしているのはわかる。新選組の未来も変えようとしているんだろ?」
私はコクンとうなずいた。
「それなら、副長である俺だってやらねぇといけないだろう」
「な、何をですか?」
「な、何をって、お前と一緒に未来を変えることだよっ!」
そ、そうなのか?
「俺も手伝うから、一人で抱え込むな。わかったな」
その言葉に、心が温かくなった。
一人で必死になってやっていたけど、土方さんに相談してもいいんだぁ。
そう思ったら、気持ちがとっても楽になった。
「わかりました。ありがとうございますっ!」
頭を下げたら、私のふところから藤堂さんからもらった包み紙に来るんであるお香が出てきた。
「何だこりゃ」
土方さんがそれを拾った。
「あ、藤堂さんが大福をあげたらお礼にってくれたのですよ。沈丁花の香りがするらしいですよ」
包み紙から出してお香を見せた。
そのまま匂いをかいでみても、いい香りがしてくる。
「平助の奴まで……」
土方さんはまたブツブツと文句を言っていたのだった。
藤堂さん、何かやったのか?