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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年2月
319/506

沈丁花

 節分も無事に何とか終わり、数日が過ぎた。

 現代の立春は、まだ寒いなぁと言う感じだけど、旧暦の立春は本当に暖かくて春らしくなってくる。

 暖かいと眠くなってくるなぁと思いながら、手を上にあげて思い切って伸びをするついでにあくびもしてみる。

 しかし、道場から聞こえてきた声に眠気が吹き飛んだ。

「もう向かってくる人がいないの? こんなんじゃ一番隊いらなくなっちゃうよ」

 この声は、沖田さんじゃないかっ!

 なんで安静にしていないといけない人が、道場でしかも隊士に稽古をしているんだ?

 ダッシュで道場へ行くと、沖田さんが一人で竹刀を持って立っていて、他の人たちはみんな沖田さんに打たれたのだろう。

 あおむけになって倒れこんでいた。

 安静にしていないといけないのに、なんでこんなにたくさんの人を倒してんだ?

「あ、蒼良そら。蒼良も稽古やる?」

 何が稽古だっ!

 ブンブンと首を横にふった。

「沖田さん、これはいったい何ですかっ!」

「なにって、稽古だよ」

 そりゃわかっている。

「なんでみんなが倒れているのですかっ!」

「ああ、僕が倒したからね。蒼良、本当にみんなを稽古しているの? みんな弱いじゃん」

 いや、あんたが強すぎるんだ。

 とっても剣が強い沖田さんは、自分のレベルに合わせて稽古をするので、稽古を受ける方は大変なのだ。

 いや、言いたいのはそんなことではない。

「なんで安静なのに、ここにいるのですかっ!」

 言いたかったことはそれだ。

「ああ、暇だから」

 いや、暇だからって、それはないだろう。

「今すぐ部屋に帰りますよっ!」

 沖田さんの持っていた竹刀をかたし、沖田さんの手を引っ張って道場を出ようとした。

「まだ帰りたくないなぁ」

 帰りたくないと言われても、部屋で安静にしていないとだめだろう。

「だって、部屋に行っても暇なんだもん」

「暇なら寝ていればいいじゃないですかっ!」

 寝ていれば、その分体力も消費しないから、労咳の進行も遅れるかもしれないだろう。

「寝ていても暇なんだよ。寝てばかりいると、腰が痛くなるし」

「腰が痛くなったら、山崎さんに何とかしてもらえばいいのですよ」

「ええ、嫌だなぁ。蒼良がいい」

 私がいいと言われても、私は沖田さんの腰を治せませんからね。

 って、今、腰云々言っている場合じゃないのよ。

「とにかく、部屋に行きますっ!」

 私が再び沖田さんの手を引っ張った時、

「あっ!」

 と、沖田さんが言った。

 何かあったのか?

「今日は、良順先生のところに行く日だった」

 そ、そうだったのか?

 そんな大事な日に何で稽古をしているんだ?

 稽古して隊士を倒している暇はないだろう。

「早く行かないとだめじゃないですか」

「うん、そうなんだけどね。一人で行きたくないんだよね」

 ちょっと不安そうな顔で沖田さんがそう言った。

 そ、そうなのか?

「私が一緒に行きますよ」

 沖田さんの労咳が少しでも良くなるなら、良順先生のところに行くぐらい何でもないことだ。

「ありがとう」

 沖田さんは笑顔でそう言った。


「変わりなし。よくもなってないし、悪くもなってない」

 良順先生は一通り診察を終えるとそう言った。

 それっていいことなのか?

 首をかしげていると、

「うん、よかった」

 と沖田さんが言ったので、いいことらしい。

「だから、稽古して大丈夫だよ、蒼良」

 そ、そうなのか?

「いや、長生きしたいなら、安静だ」

 沖田さんの言葉を取り消すように良順先生がそう言った。

 やっぱり駄目じゃないか。

「だってさっき、よくなってないけど悪くもなってないって先生が言ったじゃん」

「確かに言ったが、そもそも労咳はよくならん病気だろう。それは当たり前のことだ。悪くなってなければとりあえずは大丈夫だろう。これからも今まで通りの生活をするようにと言う事だ。稽古なんて、とんでもない」

 ほら、良順先生も言っているじゃないか。

「蒼良君、これからもしっかりと監視を頼む」

「わかりました」

 しっかりと監視します。

「ええ、蒼良の監視はうるさいからなぁ」

 沖田さんの場合、少しぐらいうるさくないと、言う事聞かないだろう。

「部屋にこもりっきりもよくないから、散歩ぐらいはさせてもいいだろう」

 え、そうなのか?

「でも、沖田さんの散歩は距離が長いですよ」

「どこら辺まで行くんだ?」

「僕の散歩は普通だよ」

 沖田さんはそう言うけど、普通じゃないと思いますよ。

「屯所から、大田神社まで行くこともありますよ」

 確か、菖蒲を見に行った記憶がある。

「それぐらいなら、許容範囲だろう」

 そ、そうなのか?

 私から見たら、けっこう距離があったと思ったけど。

 この時代には、自動車と言うものが無く、どこへ行くのも歩いて行くのが普通だ。

 だから、私にとってはこれはバスに乗っていく距離だろうと言う距離でも、この時代の人たちは普通に歩いて行くのだ。

「ほら、散歩ぐらいなら大丈夫じゃん」

 沖田さんは勝ち誇ったように言った。

 そうなのね。

「とにかく、まだまだ安静だ。わかったな」

「はいはい」

 良順先生の言葉に、沖田さんは軽くうなずいた。


 屯所に帰ると、どこからかいい香りがしてきた。

 この香りは……。

 キョロキョロと見回してみると、その香りのもとを見つけた。

沈丁花じんちょうげだ」

 私は指をさしてそう言った。

 低い木に、小さく薄いピンク色の花が丸く固まって咲いている。

 その花が咲くと、とってもいい香りがするのだ。

 現代では、三月当たりに咲き、この花の香りがすると、春が近いんだなぁと思っていた。

 この花が咲いたと言う事は、もうすぐ本格的な春が来るってことだ。

「あそこだと、とれないね」

 沖田さんが沈丁花を見てそう言った。

 その沈丁花は、西本願寺の敷地の中に咲いていたのだ。

 新選組の屯所も西本願寺にあるのだけど、西本願寺のお坊さんたちにものすごく嫌われているせいか、中に柵が作られている。

 柵からこちら側は新選組の敷地になっているけど、向こう側は西本願寺の敷地だ。

 一歩でもその場所に踏み入れたところを見つかると、ものすごい勢いで怒られるらしい。

 土方さんが。

「香りがするので、別にとらなくてもいいですよ」

 とった日には、またものすごい勢いで怒られるのだろう。

 土方さんが。

「せっかくだからとってあげるよ」

「いや、いいですよ。中に入ったら怒られますよ」

「ばれなければ大丈夫だよ」

 いや、ばれるだろう。

 だって花をとったら木が折れるんだから、誰かが見たらすぐわかるじゃないか。

 そんなことを思っている間にも、沖田さんは中に入って行った。

「沖田さん、だめですよ」

「大丈夫、大丈夫。いくら本願寺の坊さんも、ここまでは見ちゃいないよ」

 スタスタと中に入って行く沖田さん。

 それを追って私も中に入る。

「ここまで見とるんやけどな」

 沖田さんと私が沈丁花のそばに行ったときに、後ろからそう言う声が聞こえてきた。

 このよく通るお坊さん独特の声はもしかして……。

 やっぱり、ばれたのか?

「なんてね。驚いた?」

 恐る恐る振り向いたら、藤堂さんがいた。

「平助、心臓に悪いよ。思わず斬ろうとしちゃったじゃん」

 えっ、斬るのか?

「証拠隠滅ね」

 沖田さんが私にそう言った。

 証拠隠滅じゃなく、人殺しじゃないかっ!

「だ、だめですよ、そんなことしたら」

「冗談だよ。蒼良はすぐ本気にするんだから」

 本気にするだろうがっ!

「総司も人が悪いなぁ。危うく斬られるところだったよ」

 藤堂さんは沖田さんの冗談をわかっていたのか、笑顔でそう言っていた。

 わかる人にはわかる冗談なのか?

「で、なんで二人でここにいるの?」

「蒼良が沈丁花をどうしてもほしいって言うから」

「いや、そこまで言ってませんよ。私は見つかったら大変だから止めたのですよ」

「でも、今見つかったら、僕と同罪になるよ」

 沖田さんが私を見てそう言った。

 そ、そうなのか?

「は、早く出ましょうよ」

 沖田さんの袖を引っ張った時、

「そこで何しとんのやっ!」

 と言う声が聞こえてきた。

「来たよっ! 逃げろっ!」

 藤堂さんの声が聞こえ、三人で慌てて逃げたのだった。


「で、三人で西本願寺に入ったと言う事だな」

 土方さんにそう言われた。

 慌てて逃げたのだけど、やっぱり見つかっていて、土方さんが呼びだされ、こってりと怒られたらしい。

「お前はこれで何度目だ?」

 何度目なんだ?

 指を出して数え始めたら、

「もういいっ!」

 と言われてしまった。

 せっかく数えていたのに。

「とにかく、二度と入るなよ」

「はい」

 私だって、好きで入ったわけではないんだけどなぁ。

「それにしてもお前はそんなに沈丁花がほしいのか?」

「いや、そう言うわけではないのですよ。ただ、いい香りがするなぁと思っていたのですよ。ほら、沈丁花は春の季語になっているじゃないですか」

「うるせぇっ!」

 春の季語になっていると言っているだけで、俳句のはの字も言ってないぞ。

 季語とかの話をすると、敏感に反応する土方さん。

 そんな反応するなら、俳句集なんて作らなければいいのに。


「蒼良」

 屯所を歩いていると沖田さんに会った。

 沖田さんからいい香りがする。

「今日は沖田さんからいい香りがするのですが」

 思わず聞いてしまった。

「ああ、これを蒼良にあげようと思ってね」

 と言って、後ろに隠していた手を出してきた。

 その手に握られていたのは、沈丁花だった。

「ま、まさか、西本願寺から?」

「違うよ。散歩のときに見つけたからとってきた」

 とってきたって、よその家の庭か何かか?

 不安が顔に出たのか、

「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんともらって来たんだから」

 そ、そうなのか?

「それなら、遠慮せずいただきます。ありがとうございます」

 沖田さんから沈丁花を受け取った。

 いい香りがただよってきた。

「蒼良の好きな花だから、屯所の中にも植えといたよ」

 えっ、そうなのか?

 沖田さんに案内されたところに行くと、小さい苗木が何本か植えられていた。

「もらった人に聞いたら、こうやったら簡単に大きくなるらしいよ。来年の今頃はきっと満開になっているよ」

「そうですね」

 でも、来年の今頃はきっとここにはいない。

 嬉しそうに話している沖田さんにそれを言うことが出来なかった。

「そう言えば、沈丁花の花言葉って知ってます?」

「え、花言葉?」

 この時代、花言葉ってないのか?

「花に意味があるのですよ。沈丁花は永遠と不滅と栄光などがありますね」

 新選組も、その言葉にあやかりたいわ。

「それなら、この花を植えておくと、いいことあるかもね」

 いいことをつくらないと。

「そうですね」

 そう思いながら、私は沖田さんに言った。

「僕も、この苗木の花が見たいから長生きしないとね」

 沖田さんは笑顔で私のそう言ってくれたのだった。

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