節分大作戦
二月になった。
旧暦なので、現代になおすと三月にあたる。
この時期になると、寒さもひところよりおさまり、たまに春を感じさせる暖かい日もある。
もうすぐ春が来るんだなぁ。
しかし、寒いなぁ。
火鉢にあたろう。
火鉢を探したら、なぜか部屋のすみにあった。
なんでそんなところにあるんだ?
ここ数日暖かかったから、土方さんがかたしたのか?
火鉢に近づこうとして歩くが、なかなか火鉢と私の距離が縮まらない。
おかしいなぁ?
火鉢に足が生えて私から離れて行っているような感じがするけど、気のせいか?
火鉢っ!待ちなさいよっ!寒いじゃないのよっ!
火鉢っ!
「おいっ! 火鉢じゃねぇよ。起きろ」
えっ?夢?
目を覚ますと、土方さんがのぞきこんでいた。
私にかけてあったはずの掛布団が無くなっていた。
だから寒くてあんな夢を見たんだ。
もう二月になったけど、まだ夜は寒い。
目をこすりながら起きてみると、まだ夜は明けてなかった。
「あれ? 朝ですか?」
「まだ夜明け前だ」
なんでそんな時間に起こされたんだ?まさかっ!
「何かあったのですかっ!」
そう言って飛び起きると、土方さんが私の掛布団を持っていた。
「お前がなかなか起きなかったから、布団を取り上げた」
そうなのか?
「で、何かあったのですか?」
こんなに早い時間に起こしてきたんだから、何かあったのだろう。
「これから作戦を実行にうつす」
えっ、作戦?
「なんかの作戦があったのですか?」
初めて聞いたぞ。
「今日は何の日か知っているか?」
確か……。
「節分ですね」
「そうだ、節分だ」
節分だけど、何かあるのか?
「京に来てからと言うもの、なぜか節分になると俺が鬼になっていて、豆を投げられる」
「そりゃそうでしょう。鬼副長なんですから」
たまには鬼副長に豆でも投げて、日頃のうっぷんを晴らしたいだろう。
「俺は納得できねぇぞ。なんで毎年俺が鬼なんだ? いつ俺が鬼だって決まったんだっ!」
いつって……いつからなんだろう?
「そんなこと気にしなくても、一年に一度だけのことなのですから、大人しく鬼になればいいじゃないですか」
「なんだとっ!」
まだ夜明け前だと言うのに、土方さんが怒鳴ってきた。
「お前にはわからんだろう。豆が体にあたるとな、地味に痛いんだぞ」
そ、そうなのか?
派手に痛いんじゃないのなら、少しは我慢すればいいと思うのですが……。
「と言うわけで、俺だってやられっぱなしは気にくわねぇ。作戦を考えた。斎藤、山崎、入って来い」
えっ、斎藤さんと山崎さんがいるのか?
驚いている間に、眠そうな眼をした斎藤さんと山崎さんが入ってきた。
きっと私と同じく土方さんに起こされたのだろう。
「目標は、毎年、新八に豆を投げられるから、今年は新八に仕返しをする。もう仕掛けはできている」
いつの間に?
「山崎が考えて、斎藤が仕掛けた」
そりゃ、ご苦労さんです。
「大部屋の襖の上に、大量の豆が入ったかごを仕掛けてある。襖を開けるとそのかごが傾き、大量の豆が頭から降ってくるんだ」
「そんな仕掛けをいつ作ったのですか?」
すごい仕掛けだよなぁと思い、聞いてみると、
「俺が夜中から作った」
と、斎藤さんがあくびをころして言った。
「後は、新八を起こして襖をあけさせるだけだ」
そうなんだぁ。
「それはお前にやってもらう」
土方さんがそう言うと、斎藤さんと山崎さんも私の方を見た。
えっ、私?
「土方さんがやればいいじゃないですか」
「俺が新八を起こしたらおかしいだろう」
「私がおこしてもおかしいと思いますよ」
「いや、お前が適任だ」
そ、そうなのか?
外を見ると、まだ日は登っていない。
後、数時間は眠れるぞ。
私は土方さんが持っていた掛け布団をとった。
「すみませんが、まだ朝が早いので寝ます。おやすみなさい」
布団にもぐろうとしたら、再び掛け布団をとられてしまった。
「なに寝てんだっ! 作戦を実行しろ」
土方さんにそう言われてしまった。
「あのですね、それって、土方さんだけが得するものじゃないですか。それなら他の人に頼んで迷惑をかけず、自分でやってください。私は寝ます。おやすみなさい」
そう言って枕に頭をのせたら、枕をとられてしまった。
ドンッと、布団に頭に衝撃が走って痛かった。
「お前だけ寝かさないぞ」
枕をとったのは、なんと斎藤さんだった。
「俺は夜中から土方さんと起きて仕掛けを作ったんだ。お前も協力しろ」
そ、そうなのか?
「斎藤もそう言ってんだろう。だから、お前が新八を起こして来い」
そう来るのか?山崎さんを見たら、山崎さんも顔は優しかったけど目がトロンとしてうなずいた。
やっぱりそうなのか?
そろぉと大部屋襖を開けようとしたら、
「こっちだと豆が落ちてくるので、こっちからあけてください」
と、山崎さんに言われ、いつもと反対側を開けてくれた。
大部屋に入って上を見ると、大きなかごがあった。
この中に豆が入っているのか?
こんなに大量に豆があるのなら、もっと有効に使ったほうがいいと思うのは私だけか?
薄暗い部屋の中に忍び込み、永倉さんを探すと、真ん中で一番大きないびきをかいて寝ていた。
「な、永倉さん」
永倉さんの体を揺すって起こしてみたけど、起きなかった。
「永倉さん、土方さんが呼んでいるのですが……」
手で永倉さんの体を叩くと、払いのけられてしまった。
「起きないのですが……」
大部屋の出入り口に待機している土方さんたちの方を見て言った。
「いいから起こせ」
土方さんの声が聞こえた。
まったく、なんで私がこんなことをしないといけないんだ?
そう思いながら、いびきをかいて寝ている永倉さんの顔を見た。
鼻をつまめば起きるかなぁ?
鼻をつまむと、
「ぐわぁっ!」
と永倉さんが言って、飛び起きた。
「なんだ、蒼良か。どうした? まだ夜が明けてないじゃないか」
そうなんですよ。
まだ夜明け前なんですよ。
「土方さんが呼んでます」
「はあ? 土方さんが?」
そう言って永倉さんは起き上がり、のそっと襖に向かって歩き出した。
途中で寝ている人に足を引っ掛けて転ばないか心配だったので、私も後をついて行った。
永倉さんが襖を開けると、大量の豆が天井から降ってきた。
「な、なんだっ!」
私も、永倉さんから離れていればよかったのに、近くにいたので一緒に豆をかぶってしまった。
ざーと音をたてて降ってくる豆。
その豆が体にあたると、土方さんの言う通り、地味に痛い。
でも、なんで私まで被害にあっているんだ?
「引っかかったぞっ! 今年は新八が鬼だからなっ!」
そう言って、土方さんたちが去っていった。
ちょっと待ってよ。
置いて行かれたら、私が一人で永倉さんに怒られるじゃないかっ!
私も、豆にまみれながら土方さんたちの後を必死でついて行った。
「もう、私まで豆だらけじゃないですかっ!」
斎藤さんと山崎さんとも別れ、ようやくついた場所がなぜ祇園のお茶屋さんだった。
着物の中にも豆が入っていたので、私が動くたびに畳の上に豆が落ちた。
「お前が新八のそばにいるから悪いんだろう」
そりゃ、そうですよ。
罠が仕掛けてあるとわかっているのに、一緒になって近づいた私も悪いですよ。
でも……、もとはと言えば……土方さんが変なこと考えるから悪いんじゃないかっ!
それを言おうとしたけど、土方さんも私に申し訳ないと思っているのか、
「ピョンピョンと飛んでみろ。そしたら着物の中の豆も落ちてくるぞ」
と言って豆を出してくれたり、髪の毛に引っかかっている豆をとってくれたりした。
だから、言えなくなってしまったのだった。
「で、これからどうするのですか?」
島原に言った時でさえ、お酒は飲むなっ!て言っていたから、朝からお酒は飲めないよね。
せっかくお茶屋さんに来たのに。
「今日は屯所に帰らねぇ」
そ、そうなのか?
「なんでですか?」
「今帰ったら、俺が鬼になって豆をぶつけられるだろう。あの仕返しもされるだろうしな」
確かにそうだよなぁ。
「じゃあ、今日はずうっとここにいるのですか?」
「それしかねぇだろうな」
そ、そうなのか?
「とりあえず、俺は夜中から起きていたから眠い」
土方さんはそう言うと寝てしまった。
私も今日は朝が早かったから、とりあえず寝ようか。
私は昼すぎに目が覚めたけど、土方さんは夕方まで寝ていた。
「ふわぁ、よく寝た。すっきりした」
そう言って起き上がった土方さんは、障子をあけて外を見た。
お茶屋さんの二階にいたので眺めがよかった。
下を見ると、節分お化けが始まったのか、色々な格好をした人たちが歩いていた。
「なんだありゃ」
土方さんが下を見てそう言った。
えっ、知らないのか?
「土方さん、知らないのですか?」
「初めて見たぞ」
そうなのか?
それもそのはずで、節分お化けは京を中心にやっていたものなので、江戸出身の土方さんは見たことないかもしれない。
「これは、節分お化けと言うものなのですよ」
「なんだ、その節分お化けとは」
節分お化けとは、節分の日に普段と違う格好をしてお寺や神社にお参りをするのだ。
普段と違う格好とは、たとえば男性は女装をしたり、若者は年寄りになったりするのだ。
それを説明すると、
「面白そうだな」
と言った土方さんは、節分お化けで仮想して歩いている人たちをながめていた。
「私たちもやりますか? どうせ、まだ屯所には帰れないのですよね」
日にちが変わらないと、屯所に帰れないだろう。
「そうだな、どうせ暇だし、やってみるか」
土方さんのその一言で節分お化けをやることになった。
普段と違う格好と言う事で、私も土方さんも女装をした。
私は本来の姿に戻っただけなので、別におかしくないのだけど、土方さんがちょっと残念な女性になっていた。
土方さんはもともとかっこいいので、女装をしても美人だろうと思いきや、ああ、男性ならかっこいいのにねと言う感じのハンサムな女装だったのだ。
だから、残念な女性なのだ。
「なんか、土方さん本当に残念な感じですね」
「さっきからそればかりだな。悪かったな」
「いや、そう言う意味じゃなくて、やっぱり普段の方がかっこいいなぁと思ったのですよ」
私のその言葉が嬉しかったのか、
「そうか? 普段の方が良ければそっちのほうがいいよな」
と、喜んでいた。
土方さんの女装はまだ全然いい方で、中には、あごのところにひげが残っていて青い剃りあとを残したまま女装していた人とかもいて、そう言う人を見るたびに土方さんと笑っていた。
「おい、あれはひどいなぁ」
前から来た人を指さす土方さん。
「指をささないほうがいいですよ」
「でも、ありゃひどいだろう。着物が小さくて丈が短いし、女物の着物なのに、裾から出ている足はすね毛だらけだぞ」
確かに。
その、ひどい女装の人が、私たちの方へ向かって歩いてきた。
「土方さんが指をさすから、怒りに来たのですよ」
「ひどいからひどいっと言っただけだろうが」
「それがいけないのですよ。き、来ましたよ」
その人が近くに来た時、背の大きい土方さんの後ろに隠れた。
「おい、隠れるとは卑怯だぞ」
「蒼良はそんなに変わりないな。土方さんはひどいな」
そのひどい女装した人が私たちの近くに来るとそう言って笑った。
「あ、新八じゃねぇか」
土方さんの背中からよく見て見ると、永倉さんだった。
「節分お化けと言うものがあると聞いて、俺もやってみたんだ。けっこう楽しいな」
永倉さんは楽しそうにそう言った。
こんなに楽しんでいるなら、朝の豆事件はきっと忘れているのだろう。
「新八、俺に対してひどいと言ったが、お前も結構ひどいぞ」
「そうか? でも、女装が似合うようになったら、男も終わりだろう。な、蒼良」
えっ、私なのか?
私、女ですからねっ!
しかし、永倉さんはまだ私が女だと言う事を知らない。
だから、
「自分たちが似合わないからって、そんなこと言っても無駄ですよ」
と言った。
「お、言ったな。屯所帰ったら覚えてろよ。朝の仕返しもあるからな」
えっ、ちょっと待って。
朝の仕返しって、それは私じゃなく、土方さんでしょう。
「朝は私じゃないですよ」
土方さんの方をチラッと見ながら私は言った。
「俺は、朝起こされるのが一番嫌なんだ」
そ、そうなのか?
豆を落とされるより、朝起こされる方が嫌だと言う人は初めて見たぞ。
「だから蒼良、覚えていろよ」
ニヤリと笑ってから、永倉さんは不気味な女装姿で私を見た。
こ、こわいのですがっ!