浮気の代償
今日は、原田さんと巡察だ。
巡察で、昼間の島原に足を踏み入れた。
昼間の島原は、夜と比べると静かだ。
島原が夜の町だから、昼間はお客さんもいないし静かなんだろう。
たまに、芸を習いに行く芸妓さんたちと出会ったりした。
「あ、蒼良はん」
そう呼ばれて振り向くと、牡丹ちゃんと楓ちゃんがいた。
二人とも島原の芸妓さんで、私が女であることを知っているこの時代で数少ない女友達だ。
「巡察してるん? ご苦労様」
牡丹ちゃんが笑顔でそう言った。
「牡丹ちゃんは、これからお稽古か何かかな?」
「今日は踊りの稽古や」
芸妓さんも、昼間は稽古、夜はお仕事で大変だよなぁ。
「そう言えば最近、近藤はんが姿見えんけど、元気なん?」
楓ちゃんがそう聞いてきた。
楓ちゃんはなぜか近藤さんに惚れている。
誰が見ても成就しないし、近藤さんはお妾さんがたくさんいるからあきらめたほうがいいと言っているんだけど、恋が楓ちゃんを頑固にしているのか、言うことを聞いてくれない。
「まだあきらめてなかったのか?」
原田さんが呆れたように言った。
そんなにあきれなくてもと思うんだけど。
「恋は自由なんやっ!」
確かに、楓ちゃんの言う通り、誰が誰を好きになろうがそれは自由なんだけど。
近藤さんが相手って言うのもなぁ。
「あれ? 島原に行ってないの?」
「最近来とらんで」
そうなんだ。
「仕事が終わると、真っ先に屯所を出て行くから、てっきり島原に通っているのかと思ってた」
また新しい女性でもできたのかなぁ、なんて思っていた。
「そう言えば、最近来とらんわ」
牡丹ちゃんも、何日来ていないのか数えていたのか、指折り数えながらそう言った。
「そりゃ、こっちには来ないさ」
事情を知ってるのか、原田さんがそう言った。
「何か知っとるん?」
楓ちゃんが原田さんをにらみつけてそう言った。
きっと、原田さんが楓ちゃんの恋に反対しているから、敵だと思っているのだろう。
「近藤さん、妾のお孝さんだっけ? その人との間に子供が出来て、最近生まれたんだ」
そ、そうなのか?
「江戸にも、お子さんがいますよね」
おたまちゃんと言って、私も江戸に行ったときに一緒に遊んだりした。
「ああ。近藤さんは手が早いからそれ以外にも子供がいるんじゃないか?」
そ、そ、そうなのか?
でも、現代では近藤さんの直系の子孫は絶えていていないと聞いたことがある。
この時代、生まれた子供が全員元気に育つとは限らない。
元気に育つ方が少数派かもしれない。
「楓はん、しっかりしなはれ」
牡丹ちゃんが、わなわなとふるえている楓ちゃんを介抱していた。
「楓ちゃん、大丈夫?」
「嘘や」
え?
「近藤はんに子供が出来たなんて、嘘やっ!」
「本当だ。近藤さんが自分で言っていたからな」
は、原田さん、そんなストレートに言わなくても。
「うち、調べるわ」
楓ちゃんがすっと顔をあげるとそう言って去っていった。
「だ、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫や思うよ。近藤さんが子供をあやしている姿を見れば、あきらめもつくんやないの?」
牡丹ちゃんが走り去っていく楓ちゃんの後姿を見てそう言った。
「近藤さんを好きになるのはお勧めできないからな。他の隊士なら喜んで縁結びしてやるんだけどな」
原田さんの言う通りなんだよね。
相手が近藤さんじゃなければ。
これを機会に、楓ちゃんが新しい恋に目覚めることを祈ろう。
「ほな、うちも行くわ。楓はんのことも気になるしな」
牡丹ちゃんはそう言うと、優雅に去っていった。
「俺たちも行くか」
「そうですね」
私たちも島原を後にした。
屯所に帰ると、部屋に山崎さんが来ていた。
「間違いねぇか?」
「間違いないです」
何が間違いないんだ?
そう言いあっていた土方さんと山崎さんが一斉に私の方を見た。
「な、何ですか?」
二人で同時に私を見るなんて。
なんかあったのか?
「お前、この話を聞いたな?」
土方さんが私を見て言った。
「はい、聞きました」
間違いないって言いあっていたのを聞いたぞ。
「仕方ない。お前にも話しておくか」
な、なんだ?
「田内知と言う隊士がいるのを知っているか?」
「知りません」
「お前……。本当に知らんのか? いい加減に隊士の名前覚えろっ! お前が江戸に行ったときに連れてきた隊士だろうがっ!」
そ、そうなのか?
確かに、江戸で近藤さんたちが隊士を募集しているのを見たけど。
「土方さんみたいに、隊士の名前を全員覚えられませんよ。ねぇ、山崎さん」
山崎さんに助けを求めたけど、
「私は仕事柄、全員覚えないといけないので」
そ、そうなのか?
確か、山崎さんの仕事は監察方だよな?
隊士を監視したりするのも仕事だ。
それなら覚えないとね。
「大変なのですね」
「そんなことないですよ」
山崎さんは優しい笑顔でそう言った。
「おい、俺の話が途中なんだが」
あ、そうだった。
「で、その隊士さんが何かあったのですか?」
「女がいるらしい」
え、女?
「それはよかったじゃないですか」
「よくねぇんだよっ!」
そ、そうなのか?
「恋は自由だって言うじゃないですか。何が気にくわないのですか?」
このセリフ、誰かが言っていたよな?
「なにが自由だっ! 俺だって女が普通の女なら別に文句を言わねぇさ。近藤さんにも文句言ってねぇぞ」
近藤さんぐらい派手な女性関係もどうなの?って思うぞ。
いや、そっちの方がどうなの?って感じだけど。
少しぐらい文句言ってもいいと思うよ。
「普通の女じゃないのですか?」
私がそう言うと、土方さんと山崎さんが目を合わせていた。
普通の女じゃないって……。
「もしかして、男だったとか?」
「ばかやろうっ! 何考えてんだっ!」
だって、普通の女じゃないって言う事は、男しか考えられないじゃないか。
「お前、話を聞いていたと言っていたが、実は聞いてなかったな?」
「聞いてましたよ。間違いないってお互い言い合っていたじゃないですか」
「蒼良さん、そこしか聞いていないのですか?」
「はい」
そう返事をすると、再び土方さんと山崎さんが目を合わせた。
「よし、この話は終わりだ」
な、なんでだ?
「ここまで話していて、終わりって、気になるじゃないですかっ!」
「お前に聞かれてたと思ったから話したんだろうが。そしたら、お前は話の最後を少ししか聞いてないじゃないか」
そ、そうなのか?
「だから、教える必要ねぇだろう」
いや、こう中途半端にされるとものすごく気になるのですがっ!
「ここまで話したのだから、教えてくださいよ」
「副長、蒼良さんなら話しても大丈夫でしょう」
ほら、山崎さんだって、そう言ってくれているじゃないか。
「わかった。仕方ねぇな」
よし、話再開だ。
「で、その隊士の女なんだが、田内の他にも男がいるらしい」
ええっ!
「ふ、二股ですかっ!」
「そんなに驚くことねぇだろう」
いや、身近に二股をかける女性がいなかったので、驚いてしまった。
「それなら、田内さんでしたっけ? 別れさせたほうがいいと思いますよ」
「もうそう言う問題じゃねぇ」
どうしてだ?
「その男性の方ですが、水戸藩士のようなのです」
今度は山崎さんが話してくれた。
「あの……。それが何かあるのですか?」
別に、田内さんが二股をかけられていたと言う事以外、何もないと思うのだけど。
「お前……本気で質問しているのか?」
え、本気ですが。
でも、それを言った日には、土方さんのげんこつが飛んできそうだ。
「水戸藩士は、桜田門外の変や天狗党など、過激な事件に関与してきました。水戸藩が悪いわけではないのです。ただ、藩の統制がとれていないと言う事で、何をするかわからないと言う事なのです」
山崎さんが優しく説明してくれた。
そうなんだぁ……。
で?って言ったら怒られるだろうなぁ。
だって、将軍である慶喜公は水戸出身だからね。
後で調べてみたら、この時代の水戸藩は、派が二つに分かれていて統制がとれない状態になっていたらしい。
だから、水戸藩士と言われて幕府派なら新選組も文句はないだろうけど、それ以外の派の人間だったらちょっと厄介だなぁと言う感じなんだろうなぁ。
「で、山崎が捜査をしたら、その男の正体がわかった」
そうなんだ。
「田内が隊内のことを女に話し、女がその男にそのことを話している可能性もある」
と言う事は、相手の男性は新選組の考えと反対にある人なんだな。
「田内は運が悪かったな。士道不覚悟で切腹をしてもらう」
ええっ!
「どこが士道不覚悟なのですか?」
田内さんは全然悪くないと思うけど。
「密通の容疑だな」
そ、そうなのか?
「切腹しかないのですか?」
これって、自分は全然悪くないのに、かわいそ過ぎるだろう。
「他に方法があるのか?」
そう言われると……ないかも?
でも、切腹はよくない。
「斬首か?」
いやいやいや、切腹とそう変わりないからね。
「最後ぐらいは武士らしく逝かせてやろう」
私だったら、両方嫌だぞ。
なんとかならないのか?
「証拠をつかみ次第、奴に切腹を申し渡す」
土方さんがそう言うと、
「わかりました」
と言って山崎さんが部屋を出て行った。
本当に何とかならないのか?
「蒼良、何考えこんでるんだ?」
ずうっと屯所の縁側に座り込んでいる私を見つけた原田さんがそうっ言ってきた。
田内さん、何とかならないのか?
そう言えば、こんな事件あったよな?
確か、女の人の家に行ったら別な男が押入れに隠れていて、その人に切られ、相手の男も女の人にも逃げられて、大けがをして屯所に帰ってきたけど、士道不覚悟で切腹することになってしまった。
新選組であったよな?うん、あったよ。
その隊士の名前は確か……
「田内だっ!」
そう言って思わず立ち上がってしまった。
ビンゴじゃないかっ!
大当たりじゃないかっ!
「た、田内がどうかしたのか?」
あ、原田さんがいたのだった。
これ、話してもいいのかな?
「なにがあった? ここだけの話にしてやるから、話してみろ」
原田さんにそう言われたので、原田さんを信じて、土方さんの話から全部話した。
原田さんは私が未来から来たことを知っているので、うなずきながら話を聞いてくれた。
「で、その事件があるのは、いつだ? 日にちはわかるか?」
日にちは……確か……
「一月十日です」
そう歴史の本に書いてあった。
「おい、それって……」
原田さんが驚いて私を見た。
あ……一月十日。
「明日じゃないですか」
明日、歴史通りに事が運ぶと、田内さんは大けがをしたあげく、切腹になる。
「明日なら、まだ何とかできるぞ。とりあえず、田内の女の家に行くぞ」
「原田さん、場所を知っているのですか?」
「知っている隊士がいるだろう。聞きまわればわかるだろう」
よし、急いで聞きまわろう。
他の隊士の話から、どうも八条村と言うところに家があるらしい。
もうすでに夕方になっていた。
「蒼良、急ぐぞ」
原田さんにせかされ、私も急いで走って行った。
途中で男の人が歩いているのが見えた。
「あいつが多分、田内だ」
多分って……。
「原田さん、隊士なのに知らないのですか?」
私も人のことを言えないのだけど。
「隊士ってたくさんいるんだぞ。全員を覚えられるわけないだろう」
そうだよね、やっぱりそうだよね。
全員を覚えている土方さんがおかしいんだよ。
そんなことを思っていると、原田さんが田内さんと思しき人に声をかけた。
「田内か?」
向こうは原田さんのことを知っているらしい。
そりゃそうだよね、幹部になるんだもん。
「原田先生」
と、驚いて言った。
「田内さん、女性の家に行くのですよね?」
「いや、違う」
なんで嘘をつくんだ?
「田内、俺たちは女でお前をどうこうするつもりはない。だから本当のことを言え。助けられるかもしれないんだ」
原田さんが必死にそう言った。
その必死さが伝わったのか、田内さんが話し始めた。
「俺のような一隊士が、女性にうつつを抜かしていて、士道不覚悟なのはわかっています。でも……」
「いや、今はそんなことはどうでもいい」
原田さんの言う通り、そんなことはどうでもいいのだ。
「その女の人、田内さん以外にもつきあっている男性がいるのです」
私が言うと、
「う、嘘だっ! そんなことありえない」
と言って、信じてくれなかった。
そりゃ、信じられないよね。
と言うか、信じたくないよね。
「蒼良、押入れの中にいるのだな?」
原田さんが急に聞いてきた。
「はい」
「わかった。俺がその女の家に行って見てくるから、田内と蒼良は外で見てろ」
「原田さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
原田さんは私に向かってうなずくと、女の人の家の中に入って行った。
「なんやっ!」
突然、中に入ってきた原田さんに向かって、女の人がそう言った。
「新選組だ。御用改めさせてもらう」
原田さんはそう言って中に入って行った。
そして、素早く押入れを開けた。
すると、歴史通りに男の人が入っていた。
歴史と違ったのは、男が刀をもって飛び出してくるより早く、原田さんが男の手を斬って刀を落としたことだ。
「なんてことだ」
田内さんは私の横で落胆していた。
男は、手をおさえて逃げて行った。
「どういうことだ?」
田内さんは中に入って行って、女の人に向かって行った。
「田内、もうやめとけ。女を攻めた分だけ後で自分が情けなくなってくるぞ」
原田さんはそう言って止めた。
「くそっ!」
田内さんは、拳で畳を叩いた。
「女、お前は新選組の情報を流した罪がある。このまま屯所に連れて行けば、斬首が待っている」
原田さんは淡々とそう言った。
そ、そうなのか?
「俺は、女を捕縛して斬首はしたくない。だから、このままどこかに消えされ。田内のことを少しでも好きでいたのなら、それが奴の為にもなる」
原田さんがそう言うと、女の人はふるえつつうなずき、家から出て行った。
「問題は、田内だな」
田内さんは、そのまま下を向いて泣いていた。
そりゃ、泣きたくもなるよね。
「田内は、このままいくと切腹か?」
「はい」
怪我はしていないけど、このまま屯所に帰ったら切腹が待っているだろう。
「お前もどこかへ行け」
原田さんは、泣いている田内さんに向かってそう言った。
「そっちの方がお前にとってもいいだろう。こんなことで切腹したいか?」
原田さんが聞いたら、田内さんは首をふった。
「それなら、逃げろ。新選組は、脱走した隊士をいちいち探している暇がないから、運が良ければ逃げ切れるだろう」
「う、運が悪ければ?」
田内さんが恐る恐る聞いてきた。
「切腹だな」
どちらにしても切腹なのだ。
それなら生きる可能性が高い選択肢を選択したほうがいい。
「田内さん、西の方へ逃げてください」
北へ逃げると、新選組も北へ落ちていくので会う可能性がある。
歴史が田内さんに味方しているとは思えないので、出来る限り安全な方へ逃げたほうがいいだろう。
「おい、泣いている場合じゃないぞ。こういうことはしょっちゅうあることだ。たまたまお前だったと言う事だ。だから、綺麗さっぱり忘れて出直せ。また新たな出会いがあるかもしれないだろう」
原田さんがなぐさめると、
「わかりました。ありがとうございました」
と、田内さんは頭を下げて去っていった。
「田内が脱隊したな」
土方さんがそう言ったので、ドキッとしてしまった。
「もしかして、探して捕まえたりします?」
恐る恐る聞くと、
「そんなことしねぇよ。めんどくせぇ」
と土方さんが本当にめんどくさそうに言った。
よ、よかったぁ。
「お前がかかわっているのか?」
えっ?
突然そんなことを言うので、火鉢を突っついていた棒を落としてしまった。
「なるほど、そう言うわけか」
な、なんでばれてんだ?って、ばれるか、ああいう反応をしたら。
「そんなことだと思っていた。こっちが見つけたら切腹にしねぇと示しがつかなくなるが、探しもしねぇし、見つからなければそのままだ。ま、見つからねぇ可能性が高いな」
そ、そうなのか?
恐る恐る土方さんを見ると、優しく微笑んでいた。
「見つからねぇさ」
優しい顔で土方さんがそう言ってくれた。
田内さんがどこかで新しい人生を始めていることを祈りつつ、火鉢を突っついたのだった。