謹慎の後に
謹慎生活が無事に終わった。
謹慎生活中に何をしていたかと聞かれると、特に何もしていなかったんだけど。
でも、外に出れなかったので、少しだけ不便だった。
この時代、家の中で楽しむものってあまりないのよね。
双六ぐらいか?
ああ、永倉さんと斎藤さんと一緒に、なんかの双六をやればよかったなぁ。
謹慎生活が無事に終わったからいいか。
「さて、巡察に行くぞ」
寒いのが少し難点だけど、外に出れるから文句は言えない。
気合を入れて、行くぞっ!
「お前、今日は非番だぞ」
気合を入れている私の横で、土方さんがそう言った。
え、そうなのか?
「そんなに巡察に行きたかったのか? 仕事熱心なのはいいことだ」
仕事熱心とか、そう言う問題じゃなく……。
「謹慎が終わったので、町に出て見たかったのですよ」
「なんだ、そう言う事か。仕事熱心だと感心していたら、なるほどな」
そんながっかりしなくてもいいじゃないか。
私の大いなる楽しみなんだから。
そうか、非番か。
非番なら、やることないな。
「おい、非番と分かった途端に火鉢にはりつくなっ!」
「非番の時ぐらいいいじゃないですか」
謹慎も終わったんだから、堂々と火鉢にはりつけるぞ。
「俺だって火鉢にはりつきてぇのを我慢して仕事してんだ」
そうなのか?
「そんな我慢しないで、寒ければこっちで一緒に火鉢にはりつき……じゃなかった、あたりましょう」
「お前と一緒に火鉢にあたってたら仕事にならんだろうがっ!」
そ、そうなのか?
「わ、わかりました。私は土方さんの代わりに火鉢にあたりますから、心置きなくお仕事してください」
そう言って、再び火鉢にはりつく私。
「そんなもの、代わりにもならねぇだろうがっ! こうなったら、こうだっ!」
そう言うと、土方さんは火鉢の火を消してしまった。
「ああっ! なんてことをっ!」
火を消したら寒いじゃないか。
「巡察に行きやがれっ!」
「非番ですっ!」
さっき、自分で非番だって教えたじゃないか。
「こっちの仕事がはかどらねぇから、どこか行け」
「ここは私の部屋でもあるのですよ」
「なんか言ったか?」
と言って振り向いた土方さんの手には、硯がっ!
な、投げるつもりなのか?
過去に投げられたことはないが、あれを投げた日には、部屋中が墨だらけになり、硯に頭をぶつけた日には、しゃれにならない事態が待っている。
「行ってきますっ!」
だから、私は急いで部屋の外に出た。
とりあえず、火鉢のある沖田さんの部屋にでも避難しよう。
「あ、蒼良さん、謹慎が無事に終わってよかったですね」
沖田さんの部屋に避難する途中で山崎さんに会った。
山崎さんは、優しい笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
その笑顔に素直にお礼を言った。
「これで外出もできますね。よかった、よかった」
うん、よかったんだけど……。
「今日、私は非番みたいで、どこも行くところがないのですよ」
土方さんに部屋から追い出されちゃったし。
「それは残念ですね。ところで、蒼良さんは恵方参りに行きましたか?」
恵方参りとは、現代で言う初詣のことだ。
この時代、初詣ではなく、その年のいい方角にある神社にお参りすると言う恵方参りが行われていた。
「はい、行きました」
お正月にみんなで行ったのだった。
「今年は、北野天満宮あたりが恵方らしいですよ」
北野天満宮もいったけど、その近くにある平野神社と言うところに行った。
「北野天満宮と言えば、梅ですね」
山崎さんが優しい笑顔でそう言った。
今、梅の季節でお正月に行った時も満開で綺麗だった。
「蒼良さん、一緒に行きませんか? 私の恵方参りにつきあってもらえると嬉しいのですが」
暇を持て余していたので、
「いいですよ、行きましょうっ!」
と、二つ返事で行くことになった。
北野天満宮は梅が満開なせいなのか、たくさんの人でにぎわっていた。
花見のように緋毛氈と言う絨毯のようなものを敷き、そのうえで料理やお酒を並べて楽しんでいる人たちもいた。
「にぎやかですね」
私が言うと、ニッコリと笑顔で、
「ちょうど満開ですからね」
と、山崎さんが言った。
とにかく、恵方参りを先にすまさないとと思い、本殿の方へ行き、お参りをした。
「今日、私におつきあいしてくれたお礼に、お守りを贈りたいのですが」
え、私にか?
「どういうお守りがいいですか?」
どういうお守りがいいんだろう?
運がつくように?厄払いがいいかな?
その時に、着物の下で胸にぶら下がっているお守りを、着物の上からおさえている自分がいた。
土方さんにお守りをもらっているんだよなぁ。
話によると、強烈なものだから、他のお守りと一緒にするなと言われていたんだっけ?
「お守りは、もう持っているので、大丈夫です」
「それならお守り以外の物を贈りましょうか?」
「そんな、気を使わないでください」
梅を見て気晴らしが出来たんだから、私の方がお礼をしたいぐらいだ。
「気を使っていませんよ。蒼良さんに何かを贈りたい気分なのです」
そんな気分があるのか?
「それなら、団子をごちそうしてください」
みんなで来た時も、梅を見ながら団子を食べた。
その団子がおいしかったから、今度は山崎さんと食べようと思って、そう言った。
「わかりました。梅を見ながら食べましょう」
わーい、やったね。
梅を見ながら団子を食べ始めたのだけど……。
お正月と違ったのは、人の多さだった。
こんなにたくさんの人がどこから湧き出てきたんだと言うぐらい人が多かった。
人が多く、お酒を飲んでいる人たちもいると言う事は、酔っ払いが生産される。
酔っ払いが生まれるのは構わないんだけど、たちの悪い酔っ払いと言うものが出来上がる。
私たちが団子を一口、口の中に入れると、レロレロとした酔っ払い特有のろれつの回らない口調で喧嘩をする人たちを目撃してしまった。
非番とはいえ、京の平和を守るのが新選組の仕事。
ほっとけばいいのに、職業病と言うやつか、私と山崎さんが同時に立ち上がり、酔っ払いの喧嘩を止めに入った。
「お前がぶつかってきたんだろうがっ!」
「お前の方だろうがっ!」
二人対二人で喧嘩をしていた。
喧嘩の原因は、どちらが先にぶつかってきたかと言う事らしい。
そんなこと、どっちだっていいじゃないかっ!
「喧嘩はやめましょうね」
二人の間をふさぐように私が入った。
「こういう時に喧嘩をしても、いいことありませんよ」
私をかばうようにして山崎さんも入ってきた。
「なんだ、お前らはっ!」
「そうだ、邪魔すんなっ!」
さっきまで喧嘩をしていたくせに、こういうときだけ仲良くなるのはどうなの?
「新選組ですっ!」
二人で声をそろえて言うと、片方の二人組はそそくさと逃げて行った。
何か悪いことでもしているのか?
逃げられると追いかけたくなってしまう。
その気持ちをおさえつつ、逃げなかった方の二人組を見ると、
「邪魔しやがってっ! お前らの出る幕じゃないだろう」
と言われてしまった。
な、なんだとっ!だったら喧嘩なんてするんじゃないっ!
一言文句を言ってやろうと思っていると、
「蒼良さん、落ち着いて」
と、山崎さんに止められた。
「酔っ払いは構わないほうがいいのですよ」
山崎さんの笑顔で言われると、その通りだと思ってしまう。
「ふんっ!」
残された方の酔っ払い二人組は、そう言って去っていった。
「私たちは、団子でも食べましょう」
そうだ、食べかけだったのだ。
しかし、団子を置いたところに行ったら、串だけが二本置いてあった。
も、もしかして、食べられたとか?
だって、食べかけだったじゃないか。
そんなものを食べる人がいるのか?
信じられない……。
「蒼良さん、そう落ち込まないで。また買えばいいのですよ」
いや、団子を食べられてしまったことに対して落ち込んでいるのではない。
「食べかけのものを食べる人がいるのですか?」
それに対して落ち込んでいるのだ。
山崎さんはしばらく考え込んだ後、
「そう言う人もいますよ。また買ってきます」
と言って、買いに行った。
食べかけのものを食べるなんて、汚いじゃないかっ!
と思うのが普通だと思うのだけど……、違うのか?
あれからちゃんと団子を食べて帰った。
夕方になると、沖田さんと斎藤さんと永倉さんが出かける姿を見かけた。
「沖田さん、どこに行くのですか?」
沖田さんは労咳と言う病気にかかり、治療方法は安静しかないので、しっかり安静をしていないといけないのに、どこに出かけていくつもりなんだ。
「あ、蒼良も仲間だったね」
何の仲間だ?
「総司が、謹慎がとけたお祝いをしに行こうって言うから、これから飲みに行くところだ」
永倉さんが嬉しそうにそう言った。
よけいだめじゃないかっ!
「僕がおごるから、蒼良も一緒に行こう」
「沖田さん、そう言う事をしたらだめですよ。安静なのに、お酒を飲むなんて」
「僕は飲まないよ。おごるだけだよ。それなら蒼良は留守番ね。せっかく美味しいお酒を飲ませてあげようと思ったのにね」
そ、そうなのか?
去っていこうとする沖田さんの着物の袖をつかんでいた。
「蒼良も行く?」
沖田さんが嬉しそうに聞いてきた。
「私は、飲みませんよ。沖田さんが何するかわからないから、付き添いで行くのですからね」
付き添いなら、行っても大丈夫だろう。
運が良ければお酒が飲めると言う事だ。
「仕方ないなぁ」
沖田さんはそう言いつつも私を連れて行ってくれた。
「お前、飲まないと言っていたが、絶対に飲むだろう?」
斎藤さんにそう聞かれた。
「の、飲みませんよ」
「いや、飲むだろう。好きなら飲めばいいだろう」
そう言って、斎藤さんはニヤリと笑った。
いや、飲みませんからねっ!
いつの間に飲んでいたんだろう?
付き添いできていたはずなんだけどなぁ。
気がついたら、大量の徳利が転がっていた。
そして、飲ませないぞと思っていた沖田さんも酔っ払っていた。
どこでそうなったんだ?
そんなことを不思議に思いつつ、飲んでいた浮蓮亭と言うお店を出た。
四条橋付近を歩いていると、向こうから酔っ払いがやってきた。
昼間も酔っ払いに会ったなぁ。
今日は酔っ払いが多いな。
って言うか、私たちも酔っ払いだけどね。
そんなことを思っていると、その酔っぱらいが千鳥足で歩いていて、私たちの方にぶつかってきた。
「おい、あぶねぇだろうがっ!」
相手側がそう言ってきた。
この声、どこかで聞いたことはあるぞ。
あっ!
「昼間、北野天満宮にいた人ですね」
思わず指をさして言ってしまった。
「昼間……お前らは新選組か?」
「蒼良、知っている人?」
沖田さんがそう聞いてきた。
「知りませんよ。昼間、喧嘩をしていたので止めたら文句言われただけですよ」
「なら、遠慮はいらないな」
そう言って斎藤さんが刀を抜いた。
「よし、そう来るか」
永倉さんまで刀を抜いた。
「やるか?」
相手も刀を抜いてきた。
「沖田さん、この状態はだめですよ、止めましょう」
「蒼良、止めたらもったいないじゃん」
沖田さんまで刀を抜いてきた。
も、もう知らないからねっ!
あんたたちがどうなろうと、もう知らんわっ!
新選組の剣豪が三人も刀を抜いちゃったんだからねっ!
「なるほどな。相手も命拾いをしたわけだな」
次の日、土方さんの耳にも昨日のことが入ってきたらしい。
そして、事のいきさつを私が説明したら、そう言った。
「え、助かったのですか?」
剣豪三人に切られたから、もうだめだろうと思っていたが。
「お前たちも酔っていたのだろう? だから相手も助かったんだろう」
それはよかったんだか、悪かったんだか?
それで、気にしていることがあり、それを恐る恐る聞いてみた。
「あの、また謹慎なんてことは……」
しかも、前回の謹慎メンバーとほとんど同じだし。
「謹慎? そんなことで謹慎してたら、屯所じゅう謹慎だらけになるだろう」
そ、そうなのか?
「それに、前回の謹慎は、伊東派に接触しつつある新八のために出したものだからな。今回は伊東さんは関係ねぇだろう?」
全く関係ありません。
「なら、謹慎はねぇよ」
よ、よかったぁ。
「また謹慎になったらどうしようかと思っていましたよ。火鉢も使えないし、外にも出れないし。土方さんも一度謹慎を経験するといいですよ。どんなにつらいかわかりますからね」
そう言ったら、フッと土方さんは笑った。
「謹慎は、一応、罰だからな。罰は辛くねぇと罰にならねぇだろうが」
た、確かに。
「そうか、お前を大人しくさせるには、謹慎がいいのだな。わかったぞ」
土方さんは笑いながら言った。
そ、そんなっ!
「謹慎は、勘弁してください」
と、私が言ったら、土方さんは再び笑っていた。
わ、笑いごとじゃないからねっ!




