慶応三年正月
今年のお正月は平和に明けた。
昨年は、藤堂さんと沖田さんと一緒に西本願寺の鐘をつくのつかないのって大騒ぎした記憶がある。
平和なうちにお雑煮を食べた。
昨年は丸餅を食べたけど、今年はお餅つきの時に角餅も作ったので四角い餅だ。
今年はいいことがたくさんあるような感じがしてきた。
でも、今年なにがあるか少しだけ知っている私は、一瞬だけそう思っただけで、すぐに、ああ、今年は波乱な年になるんだったよなぁと思った。
伊東さんたちは隊を抜けちゃうし、坂本龍馬も殺されちゃうんだよね。
高杉晋作も死んじゃうんだった。
はあ、波乱な年だわ。
「蒼良、お正月からため息ついているの?」
藤堂さんがお餅を食べながら言ってきた。
「お正月からため息ついていると、運が逃げちゃうよ」
そ、そうなのか?
ただでさえ運がほしい年なのに、逃げられた日には大変だわ。
ため息をついた分だけ吸ったら、お餅が変なところに入ってしまった。
「ゴホゴホゴホ」
「蒼良、大丈夫?」
藤堂さんが背中を叩いてくれた。
なんか、年明けから波乱だわ。
「今年の方角はどこだ?」
土方さんがみんなに聞いてきた。
この時代、初詣と言うものがない。
そのかわり、その年のいい方角の方にお参りをする恵方参りと言うものがある。
だから、土方さんが方角を聞いたのだ。
「今年は、丁卯だよ」
沖田さんが暦を見ながらそう言った。
「方角はあっちだな」
と言いながら土方さんが指さしたのは、北北西の方角だった。
「それなら北野天満宮があるね」
藤堂さんがそう言った。
「あそこなら、梅が見れるな」
土方さんが嬉しそうにそう言った。
旧暦の正月なので、現代で言うと二月の中旬あたりになる。
その時期になると梅も開花していて見ごろになっている。
「みんな、面白くないなぁ」
沖田さんがそう言ってきた。
え、つまらないと言う事か?
「お正月だからって、有名な北野八幡宮に行ってもねぇ」
沖田さんが腕を組みながらそう言った。
な、なんだ?
「なら逆に聞くが、お前はおすすめな場所があるのか?」
土方さんの言う通りだ。
沖田さんのおすすめの場所はあるのか?
「僕についてくるといいよ。いい場所教えてあげる」
そ、そうなのか?
と言うわけで、沖田さんを先頭にして恵方参りに出かけたのだった。
「あれ? 新八は?」
沖田さんの後について歩いていた時に、原田さんが聞いてきた。
「そう言えば、屯所にいませんでしたね」
斎藤さんもいなかったぞ。
「たぶん、伊東先生と出かけていると思うよ」
藤堂さんがそう言ったら、土方さんが少しだけ顔をしかめた。
あ、この話、歴史で聞いたことがあるぞ。
お正月から伊東さんと永倉さんと斎藤さんが飲み歩いていたとかって。
「正月から飲み歩きやがって」
土方さんがブツブツとそう言った。
「お正月だから飲むのですよ」
正月以外どこで飲めって言うんだ?
「お前はすきを見て飲んでいるだろうが」
そ、そんなことはないですよ。
「たまにですよ、たまに」
私がそう言うと、みんなが笑い出した。
ほ、本当のことじゃないかっ!
沖田さんに連れてこられたところは、平野神社と言うところだった。
近くに北野天満宮がある。
「北野天満宮の近くにこの神社があるって気がつかなかったです」
沖田さんはよく知っていたなぁ。
「散歩でたまに通ってたからね」
散歩でって……。
「安静にしていないといけないのに、散歩をしていたのですかっ!」
「散歩ぐらいいいじゃん。良順先生も、軽い運動ならいいって言っていたし」
軽い運動ならいいだろうけど、沖田さんの場合、散歩の距離が長いから。
屯所から平野八幡宮だって、距離があるぞ。
「これぐらいの距離なら問題ないだろう」
土方さんがそう言った。
え、そうなのか?
この時代の人は、自動車と言う便利な物がないので、どこまでも歩いて行く。
そう言う人たちから見たら、これぐらいの距離は普通なのか?
「ここは、来る時期を間違えたな」
土方さんが神社の鳥居をくぐるときにそう言った。
え、そうなのか?
「ここは、桜が有名だからな。もうちょっと暖かくなってから来ればよかったな」
原田さんがそう言った。
そうなんだ。
それにしても……。
「なんでみなさんそう言う事を知っているのですか?」
私は知らなかったぞ。
「巡察していれば通るでしょう?」
藤堂さんがそう言った。
私も巡察しているが、知らなかったぞ。
「蒼良、気にするな。俺も知らん」
源さんが私をフォローするように言ってくれた。
でも、なんであまり巡察していない土方さんが知っているんだ?
それは後でわかった。
と言うのも、神社の紋が桜で、あっちこっちに桜の紋が書いてあったのだ。
そう言う事だったのか。
神社でみんなで並んでお参りをした。
今年は色々あるけど、悲しい年になりませんように。
なんとか乗り越えられますように。
頑張れますように。
「お前、いつも思うが、長いな」
土方さんにひじで突っつかれてしまった。
そ、そうなのか?
「昨年も長かったぞ」
そうだったか?
気がついたら、私と土方さん以外はみんなどこかに消えていた。
「俺たちも行くぞ」
「はい」
みんな、お願い事を言うのが早いな。
私のお願い事が多すぎるのか?
帰りに北野天満宮の前を通ったら、梅が満開になっていた。
「ちょっと寄っていかねぇか?」
と言う土方さんの一言で寄っていくことになった。
「蒼良、団子でも食うか?」
源さんが私に聞いてきた。
「団子、僕も食べたいなぁ」
「総司もいいぞ」
「源さん、俺も食いたいなぁ」
「わかった、左之もいいぞ」
「私も」
「わかった、わかった。みんなで食べよう」
源さんのおごりだぁと言いながら、みんなで団子屋さんに行った。
「お前らは、花より団子だな」
あきれながらそう言う土方さん。
「そう言う土方さんだって、団子食べているじゃないか」
原田さんが土方さんにつっこんでいた。
確かにそうだよな。
「土方さんは、俳句をつくるために食べているのですよね」
ニヤリと笑いながら沖田さんが言った。
「へぇ、そうなんだ。聞きたいなぁ、俳句」
藤堂さんがそう言ったので、肘で突っついた。
「俳句の話は禁句です」
小さい声でそう言って教えた。
「そうなの?」
藤堂さんもそう返してきた。
どうやら知らなかったらしい。
藤堂さんと二人で土方さんを見ると、眉のあたりがヒクヒクと動いていた。
これは、危ない。
「土方さん、無理につくらなくてもいいですよ。こう言うものは、余裕のある時に作るといいですよ。あ、披露もしなくていいですよ。変なものになってしまうと大変ですから」
「お前、俺の俳句がへたくそだって言いてぇんだろ?」
え、そんなことはないぞ。
どうなんだろう?と思ったことはあるけど。
「みんなに見せないと言うところがみそだよね」
沖田さんが土方さんをさらに怒らすようなことを言った。
わわ、沖田さん、そんな怒らせるようなことを。
「ブツブツ言ってねぇで、団子でも食え」
源さんがお代わりの団子を沖田さんと土方さんに渡した。
源さん、ナイスフォロー。
みんなで屯所に帰ってきた。
もう夕方になっていた。
しかし、伊東さんと永倉さんと斎藤さんは帰ってきていなかった。
それを知って土方さんが少し怒っていた。
「あいつら、正月から何やってんだ」
「お正月ぐらいいいじゃないですか」
確か、三日間ぐらい飲んで帰ってこないと思ったぞ。
「お前がそんなこと言うから、あいつらが飲みに行くんだ」
それは無茶苦茶な言い分だろう。
「お前、あいつらが飲んでいるところに行ってちょっと様子を見て来い」
え、私なのか?
「別な人に頼んだ方が……」
「お前が言って来い。他の人間だと酔っ払う危険があるからな」
どうせ、私は日本酒飲んで酔ったことはないですよ。
底なしですよ。
これっていいことなのか?
「わかりました。行ってきます」
私はそう言って立ち上がった。
きっと今日は帰ってこれないだろうなぁ。
伊東さんたちはどこで飲んでいるんだっけ?
と、思い出しながら歩いていた。
確か、角屋だったかな?
行く前に藤堂さんにでも聞けばよかった。
そう思いながら島原にある有名な揚屋である角屋に行った。
揚屋とは、芸妓さんとかを呼んで宴会をする場所だ。
角屋にはいると、永倉さんの酔っぱらっている大きな声が聞こえてきた。
その大きな声がする部屋の襖を開けると、伊東さんたちがいた。
「おお、蒼良君も来てくれたのか」
私の姿を最初に認めたのは伊東さんだった。
その後、徳利を持って飲んでいる斎藤さんと目があった。
「蒼良、来たか。さぁ、飲めっ!」
と言ってお酒をすすめてきたのは永倉さんだ。
「あのですね、もうそろそろお開きにして帰ったほうがいいと思うのですが」
と、私は言ったのだけど、伊東さんに、
「さあさあ、せっかく来たのだから」
と言って座布団の上に座らされ、
「そうだ、飲めっ!」
と言って、永倉さんに徳利を握らされた。
って、お酒をそそぐんじゃなくて、徳利で飲むんかいっ!
私の鼻にお酒の美味しそうな香りがただよってきた。
土方さんは連れて帰って来いとは言ったけど、酒を飲むなとは言わなかったよね。
一杯ぐらいいいか。
「では、遠慮なく」
そう一言言ってから飲んだ。
飲み終わると、
「いい飲みっぷりだな」
と伊東さんに言われ、永倉さんに二杯目の徳利を握らされていた。
もう一杯ぐらいいいか。
気がつけば、斎藤さん以外酔いつぶれていた。
「連れて帰らないとっ!」
すっかり飲んでしまったじゃないかっ!
しかも外を見ると、もう真っ暗だ。
きっと真夜中なんだろう。
「この二人を俺とお前でかついでいくのか?」
斎藤さんは、お酒を飲みながら言った。
私も強いけど、斎藤さんも強いよなぁ、お酒。
「かつげないなら、駕籠を呼ぶとかして……」
なんとかつれて帰らないと、土方さんに怒られますと言おうとしたら、
「駕籠なんて高いだろう」
と、斎藤さんに言われてしまった。
確かに、駕籠を呼ぶと楽だけど高くつく。
でも、連れて帰って来いと言われたしなぁ。
「そのうち目をさますだろう。お前も飲め」
今度は斎藤さんにお酒をすすめられた。
確かに、そのうち目が覚めるかな。
それまでお酒を飲んで待ってればいいか。
気がついたら、夜が明けていた。
眠くなって寝てしまったらしい。
永倉さんと伊東さんを見ると、すでに起きていた。
起きているなら、連れて帰るか。
「頭いてぇ」
永倉さんが頭を押さえていた。
そりゃ、あんだけ酔っ払ったら頭も痛くなるだろう。
「永倉君、二日酔いには迎え酒がいい」
伊東さんはそう言いながら、永倉さんのお猪口にお酒をそそぎ始めた。
ええっ、そうなるのか?
「あの、帰らないのですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「頭が痛くて動けないからな」
永倉さんはそう言いながらお酒を飲んでいた。
頭が痛いなら、飲まなけりゃいいだろうと思うのだけど。
「正月ぐらい飲んでもばちは当たらないさ」
伊東さんはそう言いながら私にもお酒をすすめてきた。
なんで私にはお猪口じゃなく、徳利ですすめてくるんだ?
そう思いながら飲む私も私なんだけど。
ああ、連れて帰って来いと言われたよなぁ。
これじゃあ、ミイラ取りがなんだかってかんじだよ。
そう言えば、斎藤さんの姿が見えないぞ。
斎藤さんの姿をさがすと、斎藤さんは眠っていた。
永倉さんたちが起きたと思ったのに。
斎藤さんが起きるまで待つしかないのか?
しかし、斎藤さんが起きると、永倉さんか伊東さんのどちらかが寝てしまうと言う感じで、三人がそろって起きていることはなかった。
やっと三人が起きた時に、
「みなさん、いい加減に帰りますよっ!」
と言ったら、やっと腰をあげてくれた。
「お前たち、正月からはめを外しすぎだ」
屯所に帰ると、近藤さんの部屋におよばれされた。
そして、部屋に入るとムッとした顔をして座っていた近藤さん。
この顔は、怒っているぞ。
「三日も飲み歩くとは何様だっ!」
ええっ!三日もたっていたのか?
歴史通りになったじゃないか。
「お前たちに謹慎を申し渡すっ!」
わ、私も謹慎なのか?
土方さんのお使いで行っただけなのに……。
正月から悲しい気持ちになってしまった。
「そんなこと言って、お前も飲んでたんだろ?」
土方さんに、
「謹慎なんてひどいです」
と文句を言ったらそう言われてしまった。
「数日たっても帰ってこねぇから心配したんだぞ。お前のことだから一緒になって飲んでいるんだろうとは思っていたが」
確かに、飲んでましたよ。
「だって、すすめられたので……」
「お前な、すすめられて飲んでどうすんだ? だからこうなったんだろうが」
確かにそうなんだけど……。
「すすめられたお酒は断れませんよ」
「そりゃ、お前だけだ。俺の人選が間違ったな」
一応、最初に土方さんに言われた時、他の人に頼んだ方がって言ったぞ。
「でも、お前しか頼めるやつはいなかったしな」
そ、そうなのか?
「で、伊東はどうだった?」
どうだったと言われても……。
「普通でしたよ」
「それじゃあわからんだろうが」
何がだ?
「伊東は、何を話してたんだ?」
もしかして、間者としての役割を私に求めているのか?
伊東さんは、何を話していたんだろう?
確か……。
「まあ飲めと言ってました」
「それは酒を飲めってころだろう」
「そうです」
「それ以外で何か話していたか?」
それ以外か?
「ああっ!」
「思い出したか?」
「正月ぐらい飲んでもばちはあたらないさと言ってました」
私がそう言ったら、土方さんが
「お前なぁ……」
と、肩を落として言った。
「俺の人選が間違っていた。後で斎藤にでも聞くか」
最初からそうしていればよかったじゃないですかっ!
そうだったら、謹慎なんて言われずにすんだのに。
正月から謹慎なんて……。
ところで、謹慎って、何するんだ?