雪合戦パート2
沖田さんの部屋に、巡察の後の報告をしにお邪魔していた。
「で、蒼良はもう僕の部屋に来ないの?」
報告が一通り終わったら、沖田さんにそう言われた。
「いつまでも沖田さんの部屋にお邪魔しているわけにはいかないので」
数日前まで、土方さんと気まずい雰囲気になり、土方さんの部屋を出て沖田さんの部屋で寝起きをしていた。
「布団、まだ置いておくから、いつでもおいでよ。なんなら今日でもいいよ」
「いや、沖田さんのご迷惑になってしまうので」
私が突然部屋に転がり込んできたから、沖田さんにとんでもない迷惑をかけてしまった。
これ以上迷惑をかけられない。
「本当に、あの時は色々お世話になりました」
私は頭を下げて言った。
「僕も楽しかったから別にいいよ。それにしても、この雪は積もりそうだね」
そう言いながら、沖田さんは障子をあけて外を見た。
その障子をさらに開けて私も外を見た。
今日の巡察の途中から、雨が雪に変わり始めた。
それから音もてずに静かに降り続いている。
地面を見ると、積もり始めているところもある。
「積もりますかね?」
沖田さんの顔を見上げて言うと、沖田さんは私の顔を嬉しそうに見ていた。
外を見ていると思っていたから、思いかけず目があって驚いた。
「蒼良、楽しそうだね」
そ、そうなのか?
「ゆ、雪は積もりそうですか?」
ドキドキしながら聞いてみた。
「積もるんじゃないの? 今、これだけ積もり始めているから。積もったらまた雪人形作る?」
雪人形とは、雪だるまのことだ。
沖田さんは、安静だから一緒に作れないだろう。
「寒いのに外に出て風邪をひいたらどうするのですか。だめですよ」
「蒼良は意地悪だなぁ。蒼良は雪人形作るんでしょ」
作るぞっ!せっかく雪が降ったんだから、作るに決まっているじゃないか。
「僕なら大丈夫だから、一緒に雪人形作ろうよ」
本当に大丈夫なのか?
そう言えば、良順先生もあまり安静ってやっていると体力が落ちるのなんのって言っていたよなぁ?
「それに、僕がいなければ蒼良が一人で雪人形作ることになるけど、いいの?」
そ、そうなるのか?
「僕以外に雪人形作ってくれる人いないと思うけど」
うーん、そう言われるとそう言うような感じがする。
「どうする、蒼良?」
雪人形一つ作るぐらいなら、大丈夫かな。
「わかりました。いいですよ」
一人で雪だるま作るのも寂しいもんなぁ。
「じゃあ、約束ね」
雪人形を一緒に作る約束をした後、私は沖田さんの部屋を後にした。
朝、目が覚めたらまだ雨戸が開いていなかった。
飛び起きて、雨戸を開けた。
「うわぁっ!」
予想通り、銀世界になっていた。
「お前が雨戸開けるのは雪が降った日ぐれぇだな」
まぶしそうな顔をして土方さんが起きてきた。
「そ、そんなことないと思いますよ」
多分……。
「いや、普段開けたことねぇだろうが。特に冬はいつまでも布団に丸まってるし、布団から出たと思ったら、火鉢に張り付いているし」
「それは寒いからですよ」
「雪が降ったらもっと寒いだろうが」
た、確かに。
「なんで雪の日はそんなに元気なんだ?」
「だって、雪の日ってなんか楽しいじゃないですか?」
「そうか? 寒いだけだろう」
そ、そうなのか?
そう言えば、土方さんみたいに言う人はいるよね。
確か……。
「お年寄りはそう言いますよね」
そう、年をとった人はそう言うよね。
「はあ? なんだとっ!」
聞こえなかったのか?
「お年寄りは……」
「うるせぇっ! 雪降って喜んでいるのはガキだ」
ふ、ふん、どうせガキですよ。
外に出ると、すでに沖田さんが外に出ていた。
私もガキなら、沖田さんもガキだと思うけど。
ま、いいか。
「蒼良、早く作ろう」
沖田さんはすでに一つ作ってあった。
沖田さん、作るの速いなぁ。
しばらく無言で作っていたせいか、作るのが早かったのかわからないけど、たくさんの雪人形が、なぜか向かい合って同じ数だけ出来た。
「なんで向かい合っているのでしょうか?」
「なんでだろうね」
知らない間にそうなっていたらしい。
作るのに夢中で気がつかなかった。
「これってさぁ」
と言いながら、沖田さんが雪だるまの陰に隠れた。
「こうやって向かい合っていると言う事はさぁ」
雪だるまの陰でゴソゴソ何かやっている沖田さん。
何やっているんだ?
「こういうことが出来るってことだよ」
と、雪だるまの陰から顔出したと思ったら、雪玉が飛んできた。
思いっきり私の顔にあたった。
あっ!と思ったら、沖田さんは雪だるまの陰に隠れていた。
「こうやって、雪玉の投げ合いが出来そうじゃない?」
要するに、雪だるまが要塞になって、雪合戦が出来ると言う事か?
考え込んでいると、再び雪玉が飛んできた。
投げ返してやろうと思ったら、素早く沖田さんは雪だるまの陰に隠れてしまった。
そう来るのか?よし、負けないぞ。
しばらく二人で雪の投げ合いをしていた。
「蒼良、何しているの?」
必死で雪玉を作っていると、藤堂さんがやってきた。
「雪玉を作っているのですよ。あ、藤堂さん、立っていると危ないですよ」
「えっ?」
と、藤堂さんが言ったと同時に、沖田さんからの雪玉が飛んできて、藤堂さんの顔にあたった。
「雪人形の陰に隠れたほうがいいですよ」
私がそう言うと、藤堂さんも素早くしゃがんできた。
「で、何をしているの?」
「雪合戦ですね」
「え、雪合戦?」
この時代には、こういう遊びが無かったのか?
「雪玉を作ってぶつけるのですよ」
「ああ、だから、総司から雪玉が飛んできたんだ」
そう言う事です。
「私も手伝おうか?」
「ほ、本当ですか?」
なんて嬉しい申し出なんだ。
「雪玉をつくるのと、投げるのと、どちらがいいですか?」
ここは分担して作業したほうがいいだろう。
「じゃあ、投げるよ」
「それなら私が雪玉を作りますね」
と言う事で、ひたすら雪玉をつくることになった。
「あ、蒼良ずるい。いつの間に平助が入っているじゃん」
藤堂さんが雪玉を投げると、向こう側から沖田さんの声が聞こえてきた。
「だって、私と沖田さんなら、沖田さんの方が強いじゃないですか」
だから、これはこれでいいのよ。
「でも、二対一は不公平だ」
沖田さんがそうわめいている間にも、藤堂さんは雪を投げていた。
「悔しかったら、沖田さんも人を増やせばいいのですよ」
と、私が言ったのだけど、それを言ったことに後で後悔した。
と言うのも、沖田さんの方も人が増えたのだ。
「新八さん、なんで雪を投げているの?」
雪を投げていた藤堂さんが驚いてそう言った。
藤堂さんがそう言っている間に、雪玉が二つ飛んできた。
「え、永倉さん?」
雪だるまの陰から沖田さんの方をのぞいた。
すると、二人で雪玉を作って投げていた。
しかも永倉さんは両手に持って投げてくる。
これって、完全にこっちが不利じゃないか。
「沖田さん、ずるいですよ。なんで永倉さんなのですか」
「人を増やせばいいって言ったのは、蒼良だよ」
そ、そりゃそうなんだけど。
「でも、なんで永倉さんなのですか」
ものすごい戦力になるじゃないか。
「俺じゃだめなのか?」
永倉さんがそう言いながらも雪玉を投げてくる。
「こっちが不利だね。なんか奇策がないと勝てないよ」
藤堂さんの言う通りだ。
「奇策、ありますか?」
藤堂さんがそう言うのなら、何かいい策があるのだろう。
「それが何も思いつかない」
そ、そうなのか?
「新八さんよりたくさん雪玉を作って投げることしか思いつかないよ」
確かに、そうだよなぁ。
そう思っていたら、土方さんがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「藤堂さん、奇策がやって来ましたよ」
「えっ?」
奇策はやってくるものなのか?って、藤堂さんが言いたそうな顔をしていたけど、
「土方さん、こっちです」
と、手を振ったら、
「なんだ?」
と言いつつもこちらに来てくれた。
「私がこれをつくるので、土方さんは何も言わずに沖田さんの方に投げてください」
「はあ?」
なんでだ?と言いそうになっていた土方さんに雪玉を渡した。
色々言われるかなぁと思っていたけど、
「これを投げればいいのか?」
と、土方さんは言いながら投げてくれた。
よし、何とかなりそうだぞ。
「あ、土方さん。なんで土方さんがいるんだ?」
沖田さんの方にいる永倉さんが土方さんの姿を見てそう言った。
「鬼だから、鬼退治だ」
沖田さんの楽しそうな声も聞こえてきた。
「誰が鬼だってっ! 何が鬼退治だっ! こっちがお前らを退治してやる」
沖田さんの一言が土方さんの心に火をつけたのか、
「雪玉早く作れっ!」
と、こちらが怒られてしまった。
しばらく雪の投げ合いが続いた。
「これ、楽しいな」
沖田さんの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「総司のやつ、近藤さんを入れやがった」
土方さんが雪玉を投げながら言ってきた。
え、そ、そうなのか?
「あ、本当だ」
藤堂さんも雪だるまの陰からのぞいてそう言った。
「ところで、これはどうなれば勝敗がつくんだ?」
土方さんに聞かれた。
これって……どうなれば勝敗がつくんだ?
勝敗がつかなければ、ずうっとこのままだよな。
ずうっと雪合戦やっているのもどうなの?
「戦とかだと、大将の首をとれば勝ちだけど……」
藤堂さんがそう言ったら、
「お前、近藤さんの首はとれねぇだろう」
戦だったらと言う話だろう。
雪合戦で首とるってどうなの?
命がけの雪合戦になるじゃないか。
「それなら、大将を捕縛するとか」
藤堂さん、それはナイスな意見だ。
「それで行きましょうっ!」
私がそう言ったら、
「お前、もしかして勝敗の仕方もわからないままこれをやっていたのか?」
土方さんにそう言われた。
え、いけなかったのか?
「これじゃあ永遠に終わらんだろうがっ! そうと決まったら、大将を捕まえるぞ」
雪玉を持ったまま、土方さんが雪だるまの陰からおどりでた。
「ところで、大将って誰ですか?」
そう言う人って決まっているのか?
「近藤さんに決まってんだろうがっ!」
そ、そうなのか?
私たちは、沖田さんのところへ突入をした。
そう、突入をしたのだ。
そして、大将だと思われる近藤さんを捕まえた。
そう、捕まえたはずなのだ。
しかし……。
「おい、なんで縄まで持っていやがったんだ?」
縄でグルグル巻きにされた土方さんがそう言った。
確かに、近藤さんを捕まえたと思ったんだけど、気がついたら土方さんが捕まっていたんだよね。
「そこまで用意しないとね」
沖田さんが楽しそうにそう言った。
って、用意しすぎだろう。
「と言う事で、僕達の勝ちでいいよね、蒼良」
そう言うことになるのか?
「これは文句なく私たちの負けだね」
藤堂さんもそう言ったので、負けなのだろう。
「これ、意外と面白かったな」
近藤さんは雪玉でお手玉をしながらそう言った。
近藤さん、器用だよなぁ。
「これで終わりなのもつまらないな」
永倉さんが物足りないようにそう言った。
「そうだね。負けたほうには罰が必要だね」
沖田さん、罰って何?もしかして、罰ゲームのことか?
「沖田さん、遊びなんですよ。それは必要ないでしょう」
恐る恐る私が言ったけど、
「遊びでも真剣にならないとね」
と言って、聞いてもらえなかった。
「よし、敵の大将に犠牲になってもらうとして」
沖田さんが雪玉を作りながらそう言った。
え、土方さんが犠牲になるのか?
「おい、総司っ! 何を考えていやがるっ!」
土方さんもそこら辺は察したみたいで、縄でグルグル巻きにされたままそう言った。
「みんな、土方さんに雪玉をぶつけるぞっ!」
沖田さんが最初に言うと、
「よし来たっ!」
と言って、永倉さんがぶつけ始めた。
「おい、俺を縄で縛っといて、雪ぶつけるなんて卑怯だぞ」
「歳、負けたんだから、そこは我慢しろ」
近藤さんまでそう言って投げてるし。
「私も参加しようかな」
え、藤堂さんまで?
「蒼良も参加しないと。みんなでやれば怖くないしね」
沖田さんに雪玉を渡された。
ええ、私もか?
「そうだな。一人だけ参加しないで怒られないのはずるいな」
永倉さん、それはちょっと違うと思うのですが……。
「それは大丈夫だ。局長の俺が許可を出す。これが終わっても歳は怒らないように。わかったな、歳」
おお、局長の許可まで出たぞ。
「それなら遠慮なく」
と言う事で、私も土方さんに雪玉をぶつけたのだった。
思う存分土方さんに雪玉をぶつけると、みんな土方さんをそのままにして行ってしまった。
って、縄、ほどいてあげないのか?
「土方さん、大丈夫ですか?」
私が近づいて縄をほどいた。
「あいつら、覚えてろよ。近藤さんも近藤さんだ。ったくっ!」
ほどくのに土方さんの体をさわると、雪で体がぬれて冷たくなっていた。
「土方さん、仕返しの前に着替えて体を温めないと。風邪ひいちゃいますよ」
「ああ、そうだな」
ほどき終ると、よろよろと土方さんが立ちあがった。
「大丈夫ですか?」
心配で聞いたら、
「こんなことで倒れる俺じゃねぇよ」
と言いながら、ニヤリと笑った。
土方さん、頭打ったのか?
「本当に、大丈夫ですか? 頭でも打ちましたか?」
「ばかやろう、大丈夫だ。久々に雪で遊んだな。意外と楽しかったぞ」
土方さんはそう言いながら屯所の中に入って行った。
朝はガキだなんだと言っていたのに、土方さんも私とそう変わりないじゃないか。
「おい、いつまでも外にいると風邪ひくぞ。中に入れ。お前も体が雪でぬれてんだろうが」
土方さんに言われて、自分の着物もぬれているのに気がついた。
雪合戦だもん、雪があたればぬれるよな。
でも、雪合戦に夢中で寒いのもぬれているのも気がつかなかった。
恐るべし、雪合戦。
と言うわけで、私も急いで屯所の中に入ったのだった。