土方さんのお願い
十二月になった。
とうとう十二月になった、と言う状態だ。
と言うのも、十二月は大きな事件が二つほどある。
一つは、慶喜公が征夷大将軍になる。
簡単に言うと、十五代目の将軍になる。
これの人は江戸幕府最後の将軍になる。
そして、幕府と仲のいい孝明天皇が亡くなってしまう。
これは、お師匠様に頼んで阻止してもらうようにしているけど、どうなるかわからない。
お師匠様はちゃんと動いているのだろうか?
楽しみにしている事件もある。
それは、三条制札事件の恩賞金が出る。
いくら出るのだろう。
それがとっても楽しみだ。
と言うわけで、十二月だ。
現代になおすと一月の中旬から下旬あたりになるのか?
もちろん、冬まっただ中で寒い。
「お前は、また火鉢に張り付いているな」
最近、毎日のように土方さんに言われている。
「寒いんですよ。火鉢を背負って歩きたいぐらいですよ」
「背負って歩いてみろよ」
え、いいのか?
「じゃあ遠慮なく」
背中で背負えばいいかと思い、背中に火鉢をあてて下から持ち上げようとしたら、
「お前、本気でやるのか? やけどして危ないだろう、ばかやろう」
と、怒られてしまった。
だって、土方さんが言ったんじゃないか。
「炭が落ちてあぶねぇとか考えねぇのか?」
ああ、考えなかったです。
「そんなに火鉢に張り付いていたいのか。ほら、これをやる」
そう言って土方さんが出してきたのは、温石だった。
これは読んで字のごとく、石を温めたもので、ふところに入れておくと暖かい。
「あ、それはもう持ってます」
二、三個出すと、
「そんなに持っているのか?」
と言われてしまった。
だって、寒いんだもん。
「ところで、お前は今日は非番か?」
書き物をしていた土方さんだけど、その手を休め、私の方を見て聞いてきた。
「非番ですよ」
だから、火鉢にあたっていてもいいじゃないか。
「だからって、いばって言う事じゃねぇだろう」
土方さんも、火鉢に近づいてきた。
ん?いばっていたか?
「非番なら、頼みたいことがある。非番じゃなくても頼んでいたがな」
どっちにしろ頼んでいたと言う事なんだろう。
「なんですか?」
寒い仕事じゃなきゃいいなぁ。
「平助のことだ」
ん?藤堂さん?
「藤堂さんがどうかしたのですか?」
「あいつ、伊東さんに入れ込みやがって。何とか出来ねぇのか?」
「伊東さんに入れ込んでいるのは、藤堂さんだけじゃないですよ。斎藤さんとか……」
「斎藤はいいんだ」
あ、土方さんの間者として伊東さんに近づいているのだった。
「永倉さんは?」
永倉さんだって、いつも勉強会では一番前に座っているぞ。
「新八は、伊東さんが隊を抜けたとしても抜けねぇよ」
「なんでですか?」
なんでそんなことが言えるんだろう?
「新八は、自分が仕える人間は生涯に一人だけって決めているらしい。新八の場合は近藤さんに仕えているから、それ以外の人間に再び仕えるつもりはねぇだろう」
そうなんだ。
永倉さんって、何も考えてなさそうで色々考えているんだなぁ。
「じゃあ、鈴木三樹三郎さんは?」
「あいつは、伊東さんの弟だろう。俺には関係ねぇよ」
そ、そうなのか?
「それじゃあなんで藤堂さんのことは気になるのですか?」
確かに、伊東さんに入れ込んでいるのは気に入らないけど。
もともと藤堂さんが伊東さんを連れてきたんだから、仕方ないと思うんだけどね。
「平助は、江戸から一緒にここに来ただろう。新選組をここまでにするのに、あいつの存在は必要だったし、これからも必要だ」
確かに、江戸から一緒に京に来た仲間だもんなぁ。
「でも、それだけの理由で藤堂さんを何とかすることはできないと思うのですが」
藤堂さんだって、伊東さんをここまで連れて来るのに大変な思いをしたと思うし、藤堂さんにとっても伊東さんは必要な人ってことになる。
しばらく火鉢を無言でつっつく土方さん。
「悔しくねぇのか?」
ぼそっと吐き出すように言った。
何が悔しいんだ?
「俺だって、平助のことを色々気にかけていたさ。でも、そこに伊東さんが現れて、あっさりと伊東さんの方へ行っちまった。俺はそれが悔しいんだ」
要するに、やきもちってやつか?
「何ニヤニヤしているんだ?」
あ、顔が笑っていたらしい。
「それって、単なるやきもちじゃないですか」
私の言葉を聞いた土方さんは、ブスッと火鉢に鉄の棒を刺した。
「やきもちで何が悪ぃ! お前が伊東さんは隊を出て行くって言ったんだろうが」
確かにそう言ったような……。
「このまま黙っていたら、平助も出て行くってことじゃねぇか」
確かに、そうなるよね。
「それを黙って見ていろって言うのか? 俺は平助が隊を出て行くのを黙って見ていることは出来ねぇぞ」
でも、鬼の副長って呼ばれているぐらいだから、黙って見送っちゃうんだろうなぁ。
呼び止めたいけど、何も思っていないようなちょっと怖い表情をして見送っちゃうんだろうなぁ。
「土方さんは、黙って見送っちゃいますよ」
「そうだろうな。俺は鬼だからな」
あ、自分で認めた。
「でも、そうなる前にお前が何とか出来ねぇのか?」
えっ、私か?
「お前ならできるだろう?」
何を根拠にそんなことを言うんだ?
「いいか、お前が女らしくしなをつくってだな、行かないで、ずうっとここにいて。なんて言ったら、もう平助はいちころだぞ」
な、何だそりゃ。
「あのですね、しなってどうやって作るのですか?」
まずそれがわからないことには、話にならないぞ。
「女なのに、そんなことも知らんのか。こうやってだな」
と言いながら、くねくねと体を動かした土方さん。
その動作を島原でよく見かけるぞ。
お客さんである男性に、芸妓さんが
「もう帰るん? もう少しいてや」
ってくねくねとやっているのを。
辞書で調べると、なまめかしいしぐさのことを言うらしいけど。
む、無理だ。
「私には無理ですよ」
「そんなこと言わずにやってみろ。私と伊東さん、どっちをとるの? なんて言ったら、平助ならお前をとるだろう」
私と伊東さんをそうやって並べられても困ると思うのですが……。
「とにかくだな、平助を伊東さんのところへやるな。分かったな」
いや、それはどうなの?
「頼んだぞ」
頼まれても困るんだけど……。
土方さんは、再び書き物を始めた。
ここで無理って言ったら、飛んで来るよね硯が。
仕方ない、やるだけやってみるか。
土方さんの部屋を出たものの、藤堂さんを伊東さんの方へ行かないようにするには、どうしたらいいんだ?
とりあえず、勉強会を欠席させればいいのか?
「蒼良」
後ろから藤堂さんが名前を呼びながらポンッと私の肩を叩いてきた。
「うわあああああっ!」
藤堂さんのことを考えていた時なので、ものすごく驚いてしまった。
「そんな、驚かすつもりはなかったんだけど」
申し訳なさそうに藤堂さんが言った。
「いや、ちょっと考え事をしていたもので。すみません」
これはもしかしてチャンスなのか?
ここで藤堂さんを外に連れ出せば、伊東さんの勉強会に出れないぞ。
よし、どうやって連れ出そう?
その時に土方さんが言っていたしなをつくるってことを思い出した。
島原の芸妓さんのまねをしたらいいんだな。
「藤堂はん、暇ですか?」
「蒼良、急に京言葉になってどうしたの?」
あ、言葉は普通でよかった。
「どこかへ行きませんか?」
「ごめん。これから伊東先生の勉強会なんだ」
やっぱりそう来たか。
「そんな。いけずやわ」
「え、いけず?」
違う違う。
「そんなこと言わずに、私と出かけませんか?」
精一杯のしなをつくった。
藤堂さんの腕を引っ張って、袖をいじりながら言ったぞ。
「蒼良、どうしたの?」
藤堂さんがひいているように見えるのは気のせいか?
「藤堂さんともうちょっと一緒にいたいのです」
そんなことを、芸妓さんが言っていたから真似して言ったら、藤堂さんがとっても嬉しそうな顔をした。
「蒼良にそう言ってもらえると、私はすごくうれしいよ」
お、これは、作戦成功か?
「私と一緒にいたいなら、私と一緒に伊東先生の勉強会に出ればいいんだよ」
えっ?
「さぁ、一緒に行こう」
ええっ!そうなるのか?
断ろうとしたら、
「私と一緒にいたいなんて、嬉しいなぁ」
なんて言われて腕を引っ張られたので、断れなくなってしまった。
これって、もしかして、作戦失敗なのか?
「蒼良君も来てくれるとは、嬉しいよ」
伊東さんは、最前列にいる私に気がつくと、私の手を両手で握りしめてブンブンと上下にふられた。
なんで私ここにいるんだろう?
隣に座っている藤堂さんを見ると、とっても嬉しそうな顔をしている。
そんな中、伊東さんの勉強会が始まったのだった。
そう言えば、土方さんから藤堂さんが伊東さんの勉強会に出ないようにしてほしいって言われていたんだよなぁ。
私まで一緒に出ているし。
いいのだろうか、これで。
伊東さんの勉強会が終わった後、藤堂さんに
「私ともうちょっと一緒にいたいでしょう?」
と言われて、居酒屋に連れてきてもらった。
お酒を注文して、お互いのお猪口にお酒をそそぎ合ってから飲んだ。
「蒼良は、誰かの頼まれたの?」
お猪口が空になったら、藤堂さんがそう聞いてきた。
「な、なんでですか?」
もしかして、土方さんに頼まれたのがばれたのか?
でも、あれって内緒だったのか?
誰にも言うなよって言ってなかったしなぁ。
「だって、しなをつくってあんなこと言ってくるのって、蒼良らしくないよ」
「ああ、あれは、島原の芸妓さんのまねをしてみたのですよ」
私は、徳利の中身を空にして言った。
って、これって言ってよかったのか?
「なんであんなことしたの?」
藤堂さんに言われて、土方さんのことを言うべきか一瞬悩んだけど、ここまで聞かれたらもうごまかせないだろうと思った。
「あのですね、土方さんに頼まれたのですよ。藤堂さんが伊東さんと一緒に隊を抜けるのを阻止してほしいって。それで、とりあえず伊東さんの勉強会を欠席刺せようと思いまして……」
「それで、しなをつくって……。土方さんに、しなでも作ってって言われたんでしょう?」
あたりです。
なんでそこまでわかっちゃったんだ?
「土方さんも、藤堂さんのことが好きで、隊から出したくないんですよ。私も、出来れば藤堂さんに新選組に残ってほしいです」
でも、やっぱり、藤堂さんは新選組から出ちゃうんだろうなぁ。
「気持ちは嬉しいけど、伊東先生が新選組を出るなら、私も一緒に出ると思う」
そうだよね。
「蒼良、そんな悲しい顔をしないで」
だって、新選組を出ちゃうかもしれないって、悲しくなってしまうじゃないか。
「もしかして、私と一緒にいたいと言うのも嘘なの?」
「それは、本当です。できればこのまま新選組でずうっと一緒にいたいですよ」
「なんだ、新選組でか」
え、なんか悪いことでも言ったか。
「それでも、蒼良にそう言われて嬉しかったよ」
そう言うと藤堂さんは、私にお酒のはいった徳利を渡してきた。
あれ?ついでくれるんじゃないのか?
「蒼良は直接飲んだほうがいいでしょ」
あ、そうなるのか?
お猪口についでもらった方が……と思いつつ、徳利に口をつけて飲む私。
それを見て微笑む藤堂さん。
土方さんのお願いをかなえられそうにないなぁ。
すみません、土方さん。
そう思いながら、再び徳利を空にしたのだった。