初雪
「おい、火鉢を手に入れてきたぞ」
今日は部屋が暖かいと思っていたら、火鉢があったんだ。
「沖田さんから返してもらったのですか?」
熱が下がったら返してもらおうかと思っていたのだけど、なかなか帰って来なかった。
「今まで熱が下がらなかったのですかね」
「そんなわけねぇだろう」
そ、そうなのか?
「総司に火鉢を帰せって言ったら、嫌だと言いやがった」
熱があるわけじゃないのか?
「沖田さん、熱は……」
「元気だったぞ」
そうなのか?
「やっぱり、火鉢が部屋にあると暖かくていいねっていいやがって、返す気が無かったぞ」
沖田さんの部屋の火鉢は、近藤さんの部屋の火鉢で、私がたまたま留守でいなかった近藤さんの部屋から持ってきたものだ。
それから、近藤さんが私たちの部屋の火鉢を持って行ったものだから、火鉢が来るまでの数日、本当に寒かった。
「だから、火鉢を手に入れてきたぞ」
嬉しいなぁ。
今日から少しだけ暖かくなりそうだぞ。
それにしても、どこで手に入れてきたんだ?
もしかして……。
「西本願寺から盗んできたのですか?」
「はあ?」
私が質問したら、土方さんが怒った声でそう言った。
ち、違うのか?
「なんで盗んでこねぇといけねぇんだ?」
「手に入れたと言ったので、盗んできたのかなぁと思いまして……」
前の火鉢は、八木さんの家からいただいたものだ。
いただいたと言えば聞こえはいいけど、黙って持ってきちゃったんだからね。
「ちゃんと金出して買ってきたんだ」
土方さんは胸を張っていったけど、それが普通ですからね。
「これから寒い思いをしねぇですんだんだからいいだろう」
確かに。
「ありがとうございます」
一応お礼を言った。
「俺も使うから、礼はいいぞ」
そうだよね。
「そう言えば、沖田さんの部屋に置く火鉢を捜しているときに大部屋をのぞいたら、大部屋も寒いみたいで、みなさん火鉢に固まってましたよ」
あの光景も異様だったよなぁ。
大部屋は広いのに、一カ所に山のように固まっているんだもん。
「大部屋の火鉢まで面倒見れねぇよ」
えっ?
「じゃあ、大部屋の人たちは……」
「ほしけりゃ自分たちで何とかすりゃいいだろう」
そ、そうなのか?
でも、それを言った日には、絶対に西本願寺の物を持ってきちゃうと思う。
土方さんも同じことを思ったみたいで、
「俺が言ったことは言うなよ」
と言われた。
「でも、大部屋の人たち、寒そうですよ」
「ほっとけ。人数が多ければ、その分気温も上がるだろう」
そりゃあそうかもしれないけど。
ま、私がとやかく言って解決することじゃないから、いいか。
火鉢をなかなか返してこなかった沖田さんが気になったので、沖田さんの部屋に行った。
寝ているんじゃないかと思っていたら、普通に起きていた。
「あ、大丈夫ですか?」
「蒼良は、僕の顔を見るといつもそう言うね」
だって、心配なんだもん。
「熱はありますが?」
「熱がないと死んじゃうと思うけど」
そ、そりゃそうなんだけど。
「高くないかどうか聞いているんですよ」
「ああ、それね」
いや、普通そうでしょう?
「蒼良、今日は暇? ここにいるなら暇なのかな」
そ、そりゃどういう意味だいっ!
「蒼良は自分が暇にならないと僕のところに来ないもんね」
そ、そんなことは……あるかもしれない。
「すみません」
「あ、いいよ、謝らなくて。気にしてないから」
いや、気にしているだろう?
「暇ですが、何かあったのですか?」
ここで話を変えないと、ずうっとこの話になるので、話を変えた。
「今日、良順先生のところに行って来ようと思って」
「え、具合が悪いのですか?」
「蒼良がすぐそれなんだから。元気だったら良順先生のところに行ったらいけないの?」
そ、そんなことはないと思うけど。
「元気でも行っていいと思いますよ」
うん、多分。
「じゃあ一緒に行こう」
えっ?
「一緒にですか?」
「嫌だ?」
「嫌じゃないですよ。行きましょう」
と言う事で、沖田さんと良順先生のところに行くことになった。
歩きながら、本当に元気なんだよね。
具合悪いわけじゃないよね。
そう思いながら、沖田さんをチラッと見ていた。
沖田さんは楽しそうに歩いていた。
今日は体調がいいのかな?
そんなことを思っているうちに良順先生のところに着いた。
良順先生は、
「おお、来たか」
と言って迎え入れてくれた。
それから沖田さんを診察した。
「熱が少しあるな」
えっ、そうなのか?
「沖田さん、なんで言わなかったのですか?」
熱があるってわかっていたら、布団に寝かしつけていたのに。
「別に僕は元気だもん」
「労咳は、普段より少しだけ熱が高いんだ。それで体が重く感じたりする」
そうなんだ。
「僕は平気だけどね」
「でも、熱があるのなら、外に出ない方がよかったんじゃないですか?」
私が行ったら、良順先生が
「そんなに神経質にならなくてもいい」
と、笑顔で言った。
そ、そうなのか?
この時代だと治らない病気で、死に至る病気と聞いたから、ものすごく注意していたんだけど。
「家にこもっていても、逆に体力が無くなって病気が進行する可能性もあるからな」
そ、そうなのか?
「ほら、蒼良。良順先生の話を聞いたほうがいいよ」
「だって、沖田さんはほっておくと何するかわからないじゃないですか」
道場に行ったり、散歩とか言いながら遠くに行っちゃいそうだし。
「天野君がついて沖田君を監視しているぐらいがちょうどいいだろう」
私たちのやり取りを聞いて、良順先生が笑いながらそう言った。
「そうですよ。これからも監視しますからね」
「蒼良の監視は厳しすぎるからね」
沖田さんには厳しいぐらいがちょうどいいのよ。
「ところで、これから何か用事があるのか?」
良順先生が診察で使った道具を片付けながら聞いてきた。
「特にありませんが」
「それなら、美味しいものを食べに行こう」
わーい、やったぁ。
着いたところは、良順先生の行きつけのお店だった。
このお店は、この時代では珍しく肉料理を出してくれる。
今日は鍋料理だった。
「寒い日は鍋が一番だろう」
確かに。
「これでお酒があったら最高ですね」
「蒼良はそうだよね。僕は飲まない方がいいと思うから、蒼良は飲みたければどうぞ」
あ、そうか。
沖田さんは飲まないほうがいいよね。
でも、ここで、
「じゃあ遠慮なく」
なんて言って飲んだ日には、後で何言われるかわからないし。
「そんな、飲みたいってわけじゃないのでいいですよ」
「さっきは飲みたようなことを言っていたじゃないか」
そう言いながら、良順先生にお酒が運ばれてきて飲んでいた。
あ、飲んでもよかったのか?
ああ、でも、沖田さんがいるし。
「僕に遠慮しなくてもいいよ」
「べつに遠慮していません。鍋の方がおいしそうなので、いいですよ」
そう言った私を見て、沖田さんは笑っていた。
べ、別に、無理していないんだからね。
鍋を突っついていると、肉が出てきた。
「あ、鶏肉ですね」
「よくわかったな。軍鶏鍋だ」
軍鶏と言えば、鶏肉だぁ。
「鶏肉は食べやすいね。焼き鳥もそうだけど。牛肉はなんか噛んでも噛んでも無くならないからいやだなぁ」
「沖田さん、それは牛肉に火を通しすぎるのだと思うのですが」
「だって、肉はよく火を通さないといけないって聞いたし」
「それはわしも聞いたことがあるぞ。だから、よく火を通すように言ってあるのだが」
良順先生もそう思っていたのか。
この時代は、肉はあまり食べる人はいなかったから、仕方ないのかな。
「牛肉は、表面に火が通っていれば食べれますよ。あまり火を通しすぎると固くなってしまうのですよ」
私の話に、二人は
「そうなんだ」
と相づちをうっていた。
ちょっと得意になってしまった私は、ついつい、
「コーラやビールにつけておくと柔らかくなると聞いたことがありますよ」
と言ってしまった。
もちろん、二人から、
「え、こおら? びいる?」
と言われてしまった。
「あ、こっちのことです。すみません」
人間、得意になったらいけないね。
軍鶏鍋を食べた後、お店の前で良順先生と別れた。
「蒼良、お酒飲んでもよかったのに」
沖田さんにそう言われた。
本当にそう思っているのか?
「でも、沖田さんが飲めないのに、私が大きな顔して飲めませんよ」
それが本心だった。
飲みたいのに、飲めなくて、でもその横で、大きな顔して飲んでいる人を見たら誰だっていやだろう。
「蒼良、ありがとう」
何か言われるのかなぁと思ったら、お礼を言われたので、驚いてしまった。
思わず、沖田さんの額に手をあててしまった。
「熱は高くないですよね」
「どうしたの突然」
「いや、何でもないです」
熱はあるような感じがするけど、微熱っぽい感じだから、大丈夫かな。
沖田さんがお礼を言ってくるなんて、雪でも降るんじゃないのか?
そう思ったら、突然寒く感じた。
そう言えば、お店を出た直後は、軍鶏鍋で体が温かかったから何も感じなかったけど、少し歩いたら北風が身に染みてきた。
夜になっているし、そりゃ寒いよね。
「蒼良、寒いの?」
私が両手で両方の腕をさすっていたので、沖田さんにそう聞かれてしまった。
「寒くないですよ。大丈夫です」
沖田さんに心配かけたくない。
「蒼良、唇が青いよ。寒いんでしょ」
そう言いながら、沖田さんの羽織が私の肩にかかってきた。
「だめですよ。沖田さんが風邪ひいちゃいます」
私はあわてて羽織をとって沖田さんに返した。
「だって、寒いんでしょ」
そりゃ寒いけど、沖田さんの羽織をとるなんて、絶対にしてはいけないことだ。
「じゃあ、こうしよう」
と言いながら、沖田さんは私の肩に手をまわして自分の方へ、引き寄せてきた。
私は、沖田さんとぴったりと引っ付いた状態になったので、驚いた。
私が驚いている間に、羽織がかかってきた。
「これならいいでしょ。僕もかかっているし」
一つの羽織を二人でかけている状態だ。
確かにこれなら沖田さんも大丈夫だけど……。
沖田さんの顔が近くにあるので、緊張してしまう。
「蒼良、唇が青くなっているって嘘だよ」
えっ?何だ突然。
「こんな暗いのに、蒼良の唇の色まで見えるわけないじゃん」
この時代、街灯なんて便利なものはないので、夜道は暗いのだ。
そうだ、人の唇の色なんて、暗くてわからないじゃないか。
騙された。
そう思った時、白いものが目の前を落ちて行った。
あれ?と思ってよく目を凝らしてみると、また落ちてきた。
夜空を見ると、白いものがたくさんふわふわと落ちてきていた。
これは……。
「雪が降ってきたね。今日は寒くて天気が悪かったから、降りそうだなとは思っていたんだよね」
沖田さんも夜空を見てそう言った。
沖田さんが珍しくお礼なんて言うから、本当に雪が降ったじゃないですか。
でも、雪が降ると、なんか嬉しいなぁ。
ワクワクすると言うのか?
そう言えば、今シーズン初めて降ったから、
「初雪ですね」
と言ったら、
「蒼良は雪が降ると喜ぶよね」
と言われてしまった。
「僕も、雪は好きだけどね。でも、これは積もらないよ」
そ、そうなのか?
「初雪はたいてい積もらないものだよ」
そうなんだ。
「蒼良、見て」
沖田さんが空を指さした。
「下から見ると、星が落ちてきている様に見えない?」
沖田さんに言われて、私も空を見上げた。
黒い夜空から、白いものがふわふわと落ちてくる様子は本当に空に輝いていた星が落ちてきているようだった。
「本当ですね。わぁ、すごい」
沖田さんと一つの羽織に入っているのも忘れ、感動してしまった。
そして、その状態のまま屯所まで帰ったのだった。