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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年11月
303/506

火鉢争奪戦

 寒い。

 今日は特に寒い。

 くもっているから、余計に寒い。

「寒いのはわかる。俺だって寒い」

 土方さんまでそう言うって言う事は、やっぱり寒いんだ。

「だからって、火鉢抱え込んでいては仕事にならんだろう」

 だって、あまりに寒くて、火鉢から離れられないのですよ。

「私と火鉢は相性がいいのですよ」

「俺には、お前が一方的に抱え込んでいるように見えるがな」

 見方によってはそう見えるかも?

「そんなに火鉢が好きか?」

「はい、大好きです」

 もう離れたくない。

「なんなら、ずうっと火鉢と一緒にいるか?」

「いいんですか?」

 それは嬉しいんだけど……。

 ずうっとと言う事は、夏もって言う事だよね?

「冬だけでいいですよ、火鉢は」

 夏は暑いだろう。

「お前はわがままだな」

 って、みんな普通そう思うだろう?

「これでも使え」

 と言って土方さんが手ぬぐいを丸めたものを出してきた。

 受け取ると温かかった。

「何ですか、これ」

 ポカポカと温かいぞ。

「温石と言うんだ」

「えっ、おんじゃく?」

 なんだそれ……。

「お前の時代はこう言うものがないのか?」

「ありますよ」

 カイロがあるけど、そんな感じの物か?

「これは、石を温めたものだ。火鉢の中に入れて温めておいた。手拭いで包み込んでからふところに入れて使うと温かいぞ」

 土方さんの言う通り、ふところに入れてみた。

 ポカポカと温かかった。

「温かいですね」

「それなら火鉢を抱え込む必要はねぇだろう。早く巡察に行け」

 えっ?巡察ですか?

「あの……。今日は非番なのですよ」

 土方さん、知らなかったのか?

 しばらく沈黙があった。

「返せ」

 その後、そう言って土方さんが手を出してきた。

「えっ? 何をですか?」

「温石だ。返せ」

 返せって……。

「だって、土方さんがくれたんじゃないですか?」

「寒がりなお前が、この寒い中巡察に行くのは大変だろうと思って、温石を作ったんだが、非番ならいらんだろう」

「いえ、いります」

 火鉢以外にも、暖を取る道具がほしい。

 むしろ、まだ足りないぐらいだぞ。

「そもそも、一度あげたものを返せって言うなんて、武士の風上にも置けないですよ」

 私がそう言うと、書き物をしていた土方さんの手が止まった。

「お前に武士がわかるのか?」

 急に何を言い出すんだ?

「い、一応わかりますよ」

 テレビとかで見たことがあるから。

「ちょんまげを結っていて、刀を振り回しているのが武士ですよね」

「お前の言う通りなら、ちょんまげを結って刀を振り回せば誰でも武士になれるってことだよな?」

 そ、そうなるよな?なんか違うような感じがするんだけど……。

「お前の言う通りなら、苦労はしねぇよな?」

 た、確かにそうだよなぁ……。

 そして、土方さんから殺気を感じるのは気のせいか?

「ち、ちょっと出かけてきます」

 硯が飛んでこないういに出たほうがいいぞ。

 という事で、逃げるように部屋から出たのだった。


「それにしても寒いなぁ」

 そうつぶやきながら、屯所の中から空を見ると、黒い雲が重くたれこめているような天気だった。

「雪が降るかもね」

 後ろから声が聞こえてきた。

「雪、降りますか?」

 そう言いながら振り返ると、沖田さんがいた。

蒼良そらは寒がりだけど雪が好きだね」

 沖田さんはそう言うと、力のない寂しそうな笑顔を浮かべていた。

「沖田さん、どうしたのですか?」

 いつもより元気がないような気がするのは気のせいか?

「別に、いつも通りだよ」

 もしかして、この寒さで労咳が悪化したのか?

 って、寒さで労咳って悪化するものなのか?

 沖田さんがフラッとふらついたような感じがしたので、あわてて支えた。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと貧血かな」

 貧血って……。

「もしかして、血を吐きましたか?」

 恐る恐る聞いた。

「まだ吐いてないよ」

 それを聞いて少しホッとした。

 でも、支えた時に、沖田さんの体のしんにん熱を持っている感じがした。

 これはきっと熱がある。

「熱がありますね。寝てないとだめじゃないですか」

「寒すぎて眠れないんだよ」

 確かに、寒いもんなぁ。

「とにかく、部屋に行きますよ」

 私は沖田さんを支えたまま、部屋に連れて行こうとした。

「蒼良、一人で歩けるよ」

 沖田さんはそう言ったけど、またふらついたら大変だから、支え続けた。


 沖田さんの部屋についた。

 さっきまで寝ていたのか、布団が敷きっぱなしになっていた。

 この部屋、土方さんの部屋より寒いような……。

 周りを見回すと、土方さんの部屋にあったものがない。

「この部屋、火鉢がないじゃないですかっ!」

 なんでないんだ?

「火鉢なんていらないよ」

 いや、屯所で一番火鉢が必要なのは、私と沖田さんだろう。

「大部屋の火鉢を持ってきますね」

「蒼良、僕は大丈夫だよ」

「沖田さん、遠慮しないでください。では、火鉢持ってきます」

 沖田さんの部屋を閉めた時、

「別に遠慮していないんだけどなぁ」

 という声が聞こえてきたけど、沖田さんの部屋は暖かくなければいけないと思ったので、聞こえないふりをした。


 大部屋をのぞくと、一カ所に人が固まっていた。

 なんであんなところに人が固まっているんだ?

「蒼良、どうした? 大部屋に来るなんて珍しいな」

 永倉さんが固まっているところから出てきた。

「みなさん、一カ所に固まっていますが、何をしているのですか?」

「なにをしているって、暖を取っているんだ?」

 えっ、だん?

「寒いから、火鉢にあたっているんだよ」

 そ、そうなのか?

 人が固まっているところをのぞいてみると、真ん中に火鉢があった。

 火鉢の温かさより、人に寄り添って固まっている方が温かいんじゃないのか?

「それにしても今日は寒いな。雪でも降りそうな天気だぞ」

 永倉さんが火鉢にあたりながらそう言った。

「もう少し火鉢がほしいよな。西本願寺に入り込んで盗ってくるか?」

「な、永倉さん、なんてことを言うのですかっ!」

 あそこのお坊さんに見つかると色々大変なのですよ。

 しかも、火鉢を盗られたってなったら、もっと大騒ぎになるぞ。

 私が落葉をとっただけで騒がれたんだから。

「でも、これじゃあみんなも寒いだろう? なぁ」

 火鉢にあたっていた人たちはうんうんとうなずいていた。

 こんな状態で火鉢をくださいなんて、言えないよなぁ。

 言った日には、

「西本願寺から盗んで来い」

 って言われそうだしなぁ。

「ところで、蒼良は何か用があったんじゃないのか?」

 部屋を出ようとした時に永倉さんに聞かれた。

「いや、何でもないですよ。私も寒かったので、火鉢にあたりに来たのですが、ここも満員だったので」

「ああ、悪いな」

 別な所をあたるしかないか。


 屯所内を歩いていると、近藤さんの部屋の前を通った。

 近藤さんはいないみたいで、部屋の襖があいていた。

 中をのぞいてみると、火鉢が置いてあった。

 近藤さん、いつ帰ってくるんだろう?

 帰ってくるまでに沖田さんの部屋を暖めて、それからまた近藤さんの部屋に返しておけばいいかな?

 私は近藤さんの部屋の火鉢を台所に持って行き、火を入れてもらってから沖田さんの部屋に運んだ。

 

「本当に持ってきたの?」

 沖田さんは火鉢を抱えて入ってきた私を見て驚いていた。

「だって、こんなに寒いと沖田さんの体に悪いですよ」

 火鉢を下に置いた。

「すぐ温かくなりますからね。ゆっくり寝てください」

 沖田さんは敷いてあった布団に入らず、そのまま起きていたので、布団をまくった。

 そのまくった布団も冷たかった。

 こんなに冷たいなら、寒くて眠れないよなぁ。

「布団、温めましょうか?」

 私がそう言うと、

「え、温めてくれるの?」

 と、沖田さんが驚いた顔をした。

「土方さんが温石をくれたので、これを布団に入れたらすぐに温まりますよ」

「なんだ、蒼良の体温で温めてくれるんじゃないんだ」

 えっ?

「蒼良が僕と添い寝してくれたら、すぐに温かくなると思うんだけどなぁ」

 な、何言っているんだっ!

「そ、そんなこと出来ませんよ」

「冗談だよ」

 じ、冗談なのか?

 沖田さんの顔を見ると、笑っていた。

 う、からかわれたらしい。

「からかわないでくださいよ。私は真剣なのですよ」

「別にからかってないよ。なんなら本当に一緒に寝る?」

 いやいやいや……。

「遠慮します」

 と私が言ったとたん、温石を布団の中に入れていた私の上に布団が掛けられ、沖田さんも布団の中にもぐりこんできて、私を後ろから抱きしめてきた。

「蒼良、温かい」

 私の耳元で沖田さんの声がした。

 沖田さんの体の方が熱で熱かった。

「私の体は冷たいですよ。沖田さんの方が温かいです」

「僕は蒼良が温かいよ。こうやっていたら、お互いが温かくていいと思うけど、どう思う?」

 そりゃ温かくていいけど、私の心臓が持たないわ。

 この間にも、心臓がドキドキと高鳴っている。

「このまま一緒に寝ちゃおうか?」

 いや、それは無理ですっ!

「あのですね、私、まだやることがあるので」

 そう言うと、私を抱きしめていた沖田さんの腕の力がゆるんだので、そのすきをついて、のそのそと布団から出た。

「なんだ、つまんないの」

 沖田さんは布団から顔だけ出して言った。

「また様子を見に来ますから、寝ていてくださいね」

「わかったよ。蒼良のおかげで布団が少し暖かくなったかな」

 そ、そうなのか?

「じゃあ、お休み」

 そう言って、沖田さんは目を閉じた。

 熱が出るってことは、労咳が少し悪化しているのか?

 沖田さんの寝顔を見て、心配になってしまった。


「あれ、なんで火鉢がないのですか?」

 土方さんの部屋に帰ってきたら、火鉢が無くなっていた。

「近藤さんの部屋の火鉢を盗んだやつがいるらしいぞ」

 えっ、それって……。

「近藤さんが帰ってきたら火鉢が無くなっていて、寒くてたまらんと言いながら、俺の火鉢を持って行った」

 やっぱり、沖田さんの部屋に置いてある火鉢だわ。

 後で返そうと思っていたのに、すっかり忘れていたわ。

「火鉢が無ければ寒いですよね」

「文句があるなら、近藤さんの火鉢を盗んだやつに言え」

 それって私だったりするのですが……。

 それを言った日には、絶対に怒られそうなので、黙っていた。

 どうしよう?火鉢がないと寒いぞ。

 沖田さんの部屋にだんを取りに戻ろうかな?

 そう思って立ち上がると、

「どこへ行くんだ?」

 と、土方さんに聞かれた。

「寒いので、暖かい所に行きます」

「暖かいところってどこだ?」

「沖田さんの部屋です」

 そう言った時、再び書き物をしていた土方さんの手が止まった。

「なんで総司の部屋が暖かいんだ?」

「火鉢がありますから」

「なんで総司の部屋に火鉢があるんだ? あいつの部屋は火鉢はないはずだぞ」

 ああ、しまった、これはやばい展開になりそうだぞ。

「もしかして、お前……」

「あ、あのですね、沖田さんが熱が出ていて、部屋に行ったら寒かったので、大部屋に火鉢をもらいに行ったら、そこも火鉢がほしいぐらいだって言われて……」

「それで、近藤さんの留守を狙って火鉢をいただいたと言うわけだな」

「いや、別に留守を狙っていませんよ。たまたま留守だっただけです」

「そんなこと、どっちでもいいだろうがっ!」

 ひいっ、雷が落ちた。

「やっぱりお前が犯人だったか」

 は、犯人って……。

「ずいぶんと悪い言い方じゃないですか」

「悪いことしてんだから、仕方ねぇだろうが」

 はい、すみません。

「今回は、わけもわけだから仕方ねぇ。近藤さんはこの部屋の火鉢を持って行ったから、総司の熱が下がったら、総司の部屋から火鉢をもらってくればいいだろう」

 許してくれるらしいぞ。

「ただし、しばらくは火鉢は我慢しろ」

 それってちょっと厳しいような……。

「やっぱり、しばらく沖田さんの部屋で寝起きします」

 火鉢がないと辛い。

「お前、俺だって、火鉢がないと寒いんだぞ。自分だけ逃げやがって」

「それなら、土方さんも一緒に沖田さんの部屋に行きますか?」

「せまいだろうがっ!」

 はい、すみません。

「わかりました。我慢しますよ」

 私が近藤さんの部屋から火鉢を持って行っちゃったのが悪いんだから、仕方ないか。

「その代わり、これをやるから」

 と言って土方さんが出してきたのは、温石だった。

「わぁ、ありがとうございます。これで何とか乗り切れそうです」

 私がそう言うと、

「大げさだなぁ」

 と言って、土方さんが笑っていた。

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