中岡慎太郎に会う?
「火鉢ってなんで温かいんだろう」
そう独り言を言って、火鉢に張り付いていた。
もう、火鉢がないと生きていけない、というぐらい寒い。
巡察にも持って行きたいけど、大きいから持って歩けない。
それが残念。
「そりゃ、火があるから温かいんだろうよ」
ちょっとあきれたような感じで土方さんに言われてしまった。
「そう言えば、屯所にこたつってありませんね」
こたつは、この時代にもあるはず。
でも、屯所内でこたつは見たことがない。
もしかして、買ってないのかな?
こたつまで買う余裕がないとか。
「必要ないだろう」
え、そうなのか?
「あんなものがあった日には、みんなでもぐりこんで巡察に行かなくなるだろう」
ああ、確かに。
「あれは、寒い日に一度入ると出れなくなりますからね」
入ったら最後、もう出るのは嫌になる。
あの中で寝てしまう時だってある。
気がついたら朝で、ああ、今日もやってしまったと後悔してしまう事もある。
「特に、お前がな」
ん?私か?
「私は、大丈夫ですよ」
多分。
「大丈夫なわけねぇだろう。火鉢でさえそうやって張り付いてんだからな」
だって、火鉢って温かいじゃないですか。
「そろそろ行く時間じゃねぇのか?」
ん?何に行くんだ?
「お前、今日は巡察だろうが」
ああ、そうだった。
今日の巡察は、北風が強く吹いて寒そうだ。
「寒いのでお休みします」
「ばかやろう」
やっぱり駄目か。
「わかりました。行ってきます」
そう言って私は立ち上がった。
「火鉢は置いて行け」
火鉢を抱えて立ち上がったのだけど、重かった。
やっぱり、これを持っての巡察は無理か。
仕方なく、火鉢をおろした。
「土方さんはいいなぁ。ずうっとここで火鉢にあたれて」
「そう言うことを言うか?」
書き物をしていた土方さんは、筆を持ったまま振り返った。
「なんなら、お前と変わってやってもいいんだぞ。お前が俺の代わりに文を書いたり、隊をまとめたりすればいい。俺は巡察に行くから」
それも、無理そうだなぁ。
筆で物を書くと言う事に慣れてないので、文字もあまり書けない。
それに、現代のように簡単な文章ならいいけど、この時代の手紙とかって、わざわざ難しい言い回しで書いているんだもんね。
そんな文章を書けるわけがない。
「わかりました。巡察に行ってきます」
温かい部屋でお仕事もいいなぁと思ったけど、私には無理な仕事だわ。
もう、巡察しか仕事がないのね。
大人しく、行ってこよう。
この日は斎藤さんと巡察だった。
「寒いですね」
京の町を歩きながらそう言うと、
「そうか?」
と、斎藤さんに言われた。
え、寒くないのか?
「斎藤さんは、寒いのは平気なのですか?」
斎藤さんを見上げて聞いてみると、
「平気だ」
と言って、ニヤリと笑った。
なんで平気なんだ?
「寒さに慣れるコツとかってあるのですか?」
「そんなことは簡単だ」
そ、そうなのか?
「ちょっとひっかければいい」
そう言いながら、斎藤さんは手でお酒を飲むようなふりをした。
もしかして……。
「お酒を飲んだのですか?」
「これが一番体が温まるからな」
そ、そりゃそうだと思うけど、朝から飲むってどうなの?
「お前もやればいい」
斎藤さんがそう言ったけど、私がそんなことをした日には、土方さんに見つかって怒られちゃうよ。
「台所に行けば、いくらでもあるぞ」
なるほど、こっそりと台所に行って飲めばいいのか。
「ただ、土方さんに見つかっても責任はとれんがな」
やっぱりそうなるよな。
私には無理な話だ。
そんなことを話している間に、私たちは祇園に来ていた。
そう言えば、近藤さんが写真を撮った写真館が祇園にあったよなぁ。
その写真館が目に入った。
ああ、ここだ、ここ。
「この前、ここで近藤さんが写真を撮ったのですよ。斎藤さんもどうですか?」
斎藤さんの写真って、あまり残っていないんだよね。
「遠慮する」
やっぱり、魂が抜かれるとかって思っているのかな?
「そんなもの、撮りたいとも思わない」
「そんなこと言わずに、一枚どうですか?」
「お前も一緒なら撮ってもいいぞ」
そ、そうなのか?
近藤さんが写真を撮った時のことを思い出した。
確か、顔を白くぬっていたよなぁ。
それに、すぐには撮れないんだもんなぁ。
「私も、遠慮します」
この時代、写真一枚とるのも大変だ。
「なんだ、お前が言いだしたことだろう」
確かにそうなんだけど……。
「遠慮するな」
なんか、立場が逆になってないか?
「行くぞ」
と言った斎藤さんは、私の手を引っ張って写真館の前まで行った。
「いや、写真撮っている暇はないですよ。巡察中ですから」
そんな私の言葉を斎藤さんは聞いていない。
写真館はどんどん近づいてくる。
そして、目の前に来た時、写真館の戸が開いた。
じ、自動ドアだったのかっ!
一瞬そう思ってしまった。
もちろん、自動ドアじゃない。
中から人が出てきたのだった。
そりゃそうだよね、この時代に自動ドアがあるわけないじゃん。
しかし、中から出てきた人を見て驚いた。
芸者さんと一緒に出てきたその人は、なんと、中岡慎太郎だった。
私の表情が変わったのを見た斎藤さんは、
「知っている人間か?」
と、聞いてきた。
「知っているも何も、中岡慎太郎じゃないですか」
有名な人だぞ。
確か、坂本龍馬と一緒に薩長同盟を結んだ人だ。
「中岡慎太郎と言えば、お尋ね者になっているじゃないか」
正しく言えば、お尋ね者になっていた人と言うのか?
長州征伐だと騒いでいた時期に、この人見たら110番じゃないけど、そんな感じで名前が出ていた。
写真がないから、名前だけなんだけどね。
でも、長州征伐は今は休戦中となっているので、中岡慎太郎を捕縛していいのか悪いのかはわからない。
お尋ね者という声が聞こえたのか、中岡慎太郎と思っていた人が、
「俺は、中岡慎太郎じゃない」
と言ってきた。
え、そうなのか?
私が見た写真では、この顔が中岡慎太郎だったけど。
それに、近藤さんが写真を撮った一か月後ぐらいに、中岡慎太郎も同じ場所で写真を撮っている。
ここでこの顔に会ったら、もう間違いないだろう。
「この方は、石川清之助はんどす」
横にいた芸妓さんがそう言った。
そうなのか?
「それは失礼した」
斎藤さんはそう言って頭を下げた。
そうか、そっくりさんだったのかも。
「すみません。私が見た中岡慎太郎に似ていたもので」
「ああ、よく間違えられる」
そう言った石川さんの笑顔はどう見ても、あの写真の中岡慎太郎なんだけど。
でも、本人が違うと言っているのなら、違うのだろう。
「もういいだろう、行くぞ」
斎藤さんが写真館の中に入って行こうとした。
そうだ、写真を撮るの撮らないのって、やっていたんだった。
「斎藤さん、本当に撮るのですか?」
最初は遠慮するって言っていたじゃないか。
「お前と一緒なら撮ってもいいぞ」
いや、遠慮したいのですがっ!
「近藤さんがこの前ここで撮ったから、それで満足しましょうよ」
斎藤さんに抵抗するために、訳が分からないことを言っていた私。
「もしかして、新選組のお人ですか?」
芸妓さんの手を引いたまま、写真館を後にしようとしていた石川さんがそう聞いてきた。
「そうですが、何か用ですか?」
もしかして、事件か何かあったのか?
「いや、新選組は野蛮な人間の集まりって聞いていたが、あなたのような人がいたのは意外だなぁと思ったもので」
あなたのような人と言うところで、私と目があった。
ん?私?
「男にしては女みたいに綺麗だなぁと思ったもので」
も、もしかして、見ただけでばれたとか?
「こいつは男だ。こんな顔をしているが、隊で一番の大酒のみだからな」
斎藤さんが私の方を見てそう言った。
そ、そうなのか?確かに、酔いつぶした人間は数知れず……。
って、それって自慢になることなのか?
「何なら、試してみるか?」
斎藤さんはニヤリと笑ってそう言った。
「いや、酔いつぶされるのはたまったもんじゃない。遠慮しておくよ」
石川さんは、さわやかな笑顔でそう言って去っていった。
そのさわやかな笑顔が、やっぱり中岡慎太郎なんだけどなぁ。
「えっ! やっぱり、中岡慎太郎だったのですか?」
あれから巡察を続けた。
その巡察中に斎藤さんが、
「あれは、中岡慎太郎だな」
と言ったのだ。
「だったら、なんで……」
捕縛をしなかったのですか?と聞こうとしたけど、お尋ね者になった時と状況が違うので、捕縛していいのかどうかわからない。
「お前はなんで知っていたんだ? 顔を見てすぐに中岡慎太郎だって言っただろう?」
斎藤さんは、私が未来から来たことを知らないので、写真を見たとも言えない。
だって、私たちに会った時が、写真を撮った時だから、この時期に中岡慎太郎の写真はまだない。
「お師匠様が知っていたので」
何かあった時のお師匠様だ。
「なるほど、天野先生か」
それで周りが納得するのもすごい。
「ところで、斎藤さんはなんで知っていたのですか?」
「ああ、伊東さんがよく話していたからな」
えっ、伊東さんが?
「中岡慎太郎は、伊東さんが尊敬する人間の一人らしい」
確かに、討幕派で勤王派の伊東さんにとって、中岡慎太郎は同じ考えを持っていて、しかも行動に移し、その行動はのちの世まで語り継がれているんだもん。
尊敬もするよね。
ただ、新選組から見ると敵にあたり、その敵を尊敬すると隊の中で語っているのもどうなんだと思うんだけどね。
斎藤さんがそう言っているんだから、きっと勉強会か何かで話したんだろう。
「お前は伊東さんがそうとう嫌いらしいな」
斎藤さんが私の顔を見て笑って言った。
「顔に出ているぞ」
うっ、そうなのか。
「そんな伊東さんについている俺も嫌いだろう?」
「そんなことはないですよ」
斎藤さんのその言葉に私はそう即答した。
だって、斎藤さんは伊東さんのことが好きで勉強会に出ているわけじゃない。
土方さんの間者として、伊東さんについているんだもん。
「伊東さんと一緒にいるという理由だけで嫌いにならないですよ」
「じゃあ、俺のことが好きなんだな」
「はい。同じ隊にいてたくさん守ってもらったこともあるし、助けてもらったこともあるので、好きですよ」
私がそう言ったら、斎藤さんはガクッと肩を落とした。
私、なんか悪いことを言ったか?
「それは、仲間として好きってことか」
「それ以外何があるのですか?」
そう言ったら、再び肩を落とした。
「どうしたのですか?」
「いや、何でもない。お前に期待した俺がばかだった」
斎藤さんはそう言うと、先に歩いて行ってしまった。
な、何だそりゃっ!
「ちょっと、それはどういう意味ですかっ!」
そう言いながら、斎藤さんを追いかけたけど、斎藤さんは、
「もういい」
と言って、私の質問に答えてくれなかった。