しもやけ
十一月になった。
現代になおすと十二月中旬から下旬あたりになる。
もうこの時期になると、さすがに寒い。
本格的な冬が来たと言う感じだ。
部屋にも火鉢が入った。
火鉢に張り付いていると、土方さんにはがされたので、あきらめた。
この時代の冬は寒すぎる。
盆地の京にいると言う事もあるんだけど、暖房もそんないいものがないので、寒く感じる。
特に朝、布団から起きる時が辛いのだ。
せめてストーブぐらいはほしい。
でも、ないから仕方ない。
それにしても寒いなぁ。
そんなことを思いながら道場へ向かった。
今日の道場の掃除当番は一番隊だ。
沖田さんは安静にしていないといけないので参加はしない。
この時代は掃除機なんて便利な物がないので、ほうきで掃いて、雑巾で拭く。
雑巾がけをするためにくんで来た水が冷たかった。
井戸水って、冬は温かいって聞いたんだけど。
確かに水道水よりは、手に優しい感じがするけど、冷たいものは冷たい。
「つめたっ!」
思わずそう言うつぶやきが出てしまった。
「大丈夫ですか? 天野先生」
他の隊士に聞かれたのか、そう言われてしまった。
天野先生って、照れるなぁ。
「私がぞうきんをしぼりますよ」
照れていると、その隊士から手を出されてしまった。
「大丈夫です。ありがとう」
そこまで甘えるわけにはいかないので、冷たいのを我慢してぞうきんをしぼる。
やっぱり冷たいよ。
ぞうきんをしぼり終ると、みんなで並んで雑巾がけをする。
そうすると早く終わるから。
もう少し温かい日だったら、雑巾がけレースとかやっちゃうんだけど。
あまりに寒くてそう言う余裕がない。
ひたすら無言で雑巾がけをする。
そんな感じで無事に掃除が終わった。
沖田さんに報告しないとなぁと思い、掃除を終わらせた道場を後にした。
「あれ、蒼良。どうしたの?」
道場を出たら藤堂さんに会った。
私が少しでも冷えた手が温かくなるように、手に息をかけながら道場から出てきたから、不審に思ったのだろう。
「今日は、道場の掃除当番だったのですよ」
「そうだったんだ。手が冷えたの?」
藤堂さんはあっという間に私の手をとった。
「雑巾がけしていたんだね。手が冷たい」
そう言うと、私の両手を取り、自分の手で包み込んだ。
「藤堂さんの手って温かいですね」
手が温かくて、冷えていた指先がジンジンして、血が通って行くような感じがする。
「火鉢にあたっていたからね」
あ、そうなんだ。
私も火鉢にあたっていたかったなぁ。
でも、土方さんにすぐとられちゃうんだよなぁ。
自分専用の火鉢でも買おうかなぁ。
「蒼良、何を考えているの?」
無言で藤堂さんに手を温めてもらっていたので、藤堂さんに聞かれてしまった。
「自分専用の火鉢を買おうかと考えてました」
「えっ?」
そう思うよね。
私にとっては、深刻な問題なのよ。
「蒼良は、暑いのは平気そうな顔をしているけど、寒いのは苦手みたいだね」
暑いのは、この時代の暑さは現代の夏の暑さと比べると、まだ序の口だから案外平気だ。
冷房がほしいと思う事もあるけど。
でも、寒いのは、現代と比べると気温も低いし思っていたより寒い。
そのうえ、暖房が火鉢しかないって、どういう事なんだっ!という感じだ。
「蒼良?」
しまった、また黙り込んでいたらしい。
「すみません。色々考え込んじゃって。とにかく、寒いのは嫌です」
「そりゃ、寒いのが好きな人はいないと思うよ」
藤堂さんは笑顔でそう言った。
そうだよね。
藤堂さんに手を温めてもらったせいか、指が痛痒い感じがしてきた。
最近はいつも温かくなると、指先が痛痒くなってくるんだよね。
しかも、赤くなっているし。
なんだろう?これ。
指をムズムズさせていると、藤堂さんにもそれが伝わったみたいで、
「どうしたの?」
と聞かれた。
「最近、指を温めると痛痒くなるのですよ」
「えっ?」
そう言うと、藤堂さんは私の両手を離して、指先を見た。
「本当だ、赤いよ」
藤堂さんは、指の赤いところをもむようにさわった。
「痛い?」
「我慢できないほどじゃないですが、痛いですね。変な感じがします」
ジイッと私の指を見た後、
「しもやけだね」
と、藤堂さんが言った。
えっ、しもやけ?
「もしかして、知らないとか?」
コクンと私がうなずいた。
聞いたことはあるかもしれないけど、自分がなったことがないから、あまりよく知らないかも。
藤堂さんの説明では、しもやけは寒くなってくるとなるものらしい。
自分でも後で調べてみたら、寒い時期に指先とか足の指先などに血行障害、要するに血の流れが悪くなっておこるものらしい。
初めてなったぞ。
「治療方法とかあるのですか?」
あるよね?
「あるよ。治してあげるよ」
えっ、藤堂さんで治せるのか?
そう思っている間にも、藤堂さんに手を引かれてしまった。
巡察でたくさんの隊士が出払っていたので、大部屋にいる人は少なかった。
「ここに座って」
藤堂さんに言われたので、座った。
火鉢があって温かいなぁと思っていると、藤堂さんがおもむろに脇差を抜いた。
「な、な、な、なっ!」
急に脇差を抜いてきたので、驚いて「な」しか言えなかった。
ここで脇差を出してくるなんて、普通じゃないだろう。
脇差とは、刀より短いけど、物を斬ることが出来るのは刀と一緒だ。
「手を出して」
藤堂さんに言われた。
む、無理ですっ!
「なにをするのですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「斬るんだよ」
ど、どこを斬るんだっ!
「指だよ、指。早く出して」
だ、誰の指をって、私だよね。
指を斬らないといけないのか?
「な、なんで指を斬るのですか?」
なんか私、悪いことをしたのか?
「血を出すんだよ」
えっ、血?
「指を斬って取るんじゃないのですか?」
「なんで蒼良の指を切り取らないといけないの?」
藤堂さんは笑顔でそう言った。
だって、そう思っただろうがっ!
「しもやけは、そこを切って血を出すと治るよ」
そ、そうなのか?
「ずいぶんと荒治療なのですね」
切って血を出すって、痛いじゃないか。
「そう? 普通の治療だよ」
そうなのか?
「違う治療法ってないのですか?」
選べるなら、そっちのほうがいいのだけど。
「あるよ」
あったのか。
少しホッとした。
「でも、血を出した方が早く治るよ」
本当か、それ。
「遅くてもいいので、穏便な治療法をお願いします」
そっちの方がいい。
切って血を出すなんて、とんでもない。
「わかった。じゃあ違う方法をやってみよう」
再び藤堂さんに手をひかれた。
ちなみに、後で調べたんだけど、切って血を出してもしもやけは治らないらしい。
むしろ、他の菌に感染することがあるのでやめたほうがいいらしい。
危なかったじゃないかっ!
藤堂さんに連れて行かれたのは、台所だった。
なんで台所なんだ?
そう思っていると、桶が二つ出てきた。
一つはお湯が入っているのか、湯気が出ていた。
と言う事は、もう一つは水と言う事か?
「蒼良、お湯に両手を入れて」
藤堂さんにそう言われ、お湯の中に手を入れた。
三十秒ほどたった時、
「今度は水に入れて」
と言われた。
ええ、水?冷たいじゃん。
そう思いながら水に手を入れた。
それを何回か繰り返していると、指先がジンジンとしびれるような感じがしてきた。
最後にお湯に手を入れて終わった。
「どう?」
藤堂さんに聞かれた。
どうなんだろう?
手を開いたり閉じたりしてみた。
相変わらずジンジンとしびれるような感じはするけど、痛痒いようなあの感じは無くなっているような感じがする。
「治ったかな?」
治ったかも?
「それはよかった。でも、何回かやらないと完全には治らないと思うよ」
そうなんだ。
「今回みたいに、痛痒くなったときにやるよいいよ」
そうさせてもらいます。
切らなくてよかったぁ、と、つくづく思った。
しかし、数日後にまた悪化した。
原因は、手を洗った時にふかないでそのままにしていたせいだと思う。
それで冷えちゃったんだよね、きっと。
とりあえず、台所に行ってお湯をもらってこようかな。
そう思って歩いていると、山崎さんに会った。
「蒼良さん、どうしたのですか?」
手をモミモミともみながら歩いていたので、山崎さんも不審に思ったのだろう。
「しもやけになってしまったみたいで。台所に行ってお湯をもらってきます」
「しもやけですか。温めたり冷やしたりするのですか?」
治療法を知っているとは、さすが山崎さん。
「私が治療してあげますよ」
今度は山崎さんに手をひかれたのだった。
もしかして、切って血を出すとかって、言い出すんじゃあ……。
山崎さんが出してきたのは、お灸だった。
「手を出してください」
私は手を出した。
すると、山崎さんはしもやけの指の上にお灸をのせた。
「しもやけに効くツボもあるのですが、すぐに治したいときは、直接のせて温めたほうがいいのですよ」
別な指の上にも、慣れた手つきでのせていく。
じんわりと温まっていく指先。
藤堂さんがやってくれた治療法と同じように、指先がジンジンとしびれてきた。
これも効くかも。
「どうですか?」
「しびれるような感じがします」
指先まで血が通ってきているような感じがする。
「熱くなったら言ってください」
えっ、熱くなるのか?
そうだよね、火を使っているんだもん、熱くなるよね。
お灸の火が下に行く様子を真剣に見てしまった。
「そんな真剣な顔をしなくても大丈夫ですよ」
そう言うと、火が肌にふれるかもっ!というときに、山崎さんは素早くお灸を回収した。
「どうですか?」
再び手を開いたり曲げたりしてみた。
指の赤みはそのままだけど、痛痒さは消えていた。
「大丈夫そうです」
「しもやけは、冷えるとなるものなので、なるべく冷やさないようにして下さい。特に、指先、足先なんかはなりやすいので、気を付けてください」
なんか、病院の先生みたいだなぁ。
でも、そう言う仕事も出来るんだよね、山崎さん。
「わかりました」
「またひどくなったら、私のところに来てくださいね」
最後は、山崎さんの優しい笑顔に見送られたのだった。
「で、それが火鉢に張り付いている理由にはならんぞ」
朝、寒いから火鉢に張り付いていたら、土方さんに、
「火鉢に張り付くな」
と、はがされそうになったので、
「冷やすとしもやけになるのですよ」
と言ったらそう言われたのだった。
「俺はしもやけになった事ねぇぞ」
そうなのか?
「なんでですか?」
「鍛えているからだ。そもそも、しもやけは軟弱なものがなるものだ」
いや、それは違うだろう。
「お前は鍛え方が足りねぇんだ」
絶対に違うよ、それ。
そんな話をしていると、部屋の中に近藤さんが入ってきた。
近藤さんが部屋に来るなんて、珍しいなぁ。
「歳、京の冬はやっぱり厳しいんだな」
そう言うと、火鉢のそばに座った。
「近藤さん、どうしたんだ?」
「しもやけになってしまった」
そ、そうなのか?
「近藤さんもですか?」
「なんだ、蒼良もか」
仲間がいて嬉しかったのか、近藤さんは笑顔でそう言ってくれた。
「なんでも、鍛え方が足りないとなるらしいですよ」
私がそう言うと、隣にいた土方さんが、
「お、お前っ!」
とあわてた感じで言った。
「ほお。誰がそう言ってたんだ?」
近藤さんに聞かれたので、素直に、
「土方さんがそう言ってました」
と答えた。
「歳、そうなのか?」
近藤さんの笑顔が固まっているような……。
「あ、巡察。巡察に行ってきますね」
不穏な空気が漂っていたので、あわててそう言って立ち上がり、部屋から出た。
出る時に、
「逃げる気かっ!」
と、土方さんの声が聞こえたような。
襖を閉めたら、中から、
「近藤さん、それは、あれだ、あれ」
と、土方さんが必死になって弁解している声が聞こえてきた。
あれって言われても、わからないと思うのですが。




