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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
試衛館での日々
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牛の肝

 行商へ出て、帰りに試衛館に寄った。

「こんにちわ」

 そう言って中に入ると、永倉さんがいた。

 永倉さんは、とても男らしい人だった。

「おう、蒼良そら来たか。あれ? お前、また顔が変わったな」

 永倉さんは、両手で私のほっぺをはさんだ。

 もちろん優しくじゃなく、顔が変形するぐらい強く。

 おかげで、私の唇はきっとたこのようになっているだろうなぁ。

「顔が変わりました? 自分じゃわからないのですが」

「おう、変わった。最初はどこかの旗本か何かの跡継ぎですみたいな不抜けた感じな顔していたが、今は、なんか精悍になってるぞ」

「そうですか?」

 でも、ここにきて、毎日稽古して行商へ行ってと動く量は倍増したのに対し、食べるものと量は私がいた時代と比べるとかなり質素。

 だから、いいダイエットになったのかも。

 体重計があれば測って痩せたことを実感して喜んでみたかったけど、ここじゃ無理そう。

「それにしても、蒼良の顔、すべすべしているなぁ」

 今度は私の顔をはさんでいた両手でほっぺたを触ってきた。

「蒼良、お前、いくつだ?」

「十八です」

「十八なら、ヒゲの一つや二つはえてもいいと思うが……スベスベだなぁ」

 えっ、ヒゲ?やっぱりはやさないとダメなのか?っていうか、私、女だからはえるわけ無いじゃん。

 でも、男装しているからはやさないとダメなのか?ヒゲのことで悩んでいると、土方さんの声がした。

「新八、いつまでこいつの顔触っていやがる」

「蒼良の顔、スベスベで気持ちいいなぁと思ってな。土方さんも触ってみるか?」

「男の顔に興味ない。お前、人の顔触っている暇があるなら、稽古しやがれっ!」

 土方さんは竹刀を永倉さんに渡した。

 そして私を見て、向こうへ行ってろと顔で合図してきたので、その場所から動いた。

 もしかして、助けてくれたのかな。

 

「今は何年ですか?」

 突然、耳元で沖田さんの声が聞こえたから、びっくりした。

 実は、この時代に来たばかりの時に、男の人三人連れがいたので、その人たちに何年か聞いたのだけど、その三人が近藤さんと沖田さんと永倉さんだった。

 突然知らない人間に、

「何年ですか?」

 なんて聞かれたので、その後の三人の話題になっていたらしい。

 そりゃそうだろう。

 私だって、初対面の知らない人間に道ではなく年を聞かれたらびっくりするもん。 

 だから、沖田さんがたびたびこうやってからかってくる。

「文久三年です」

「正解。今日もちゃんとわかってるね」

 ちゃんとわかってますっ!

「蒼良、ちょっと話があるのだけど……」

「はい、なんでしょう?」

「これなんだけど……」

 と言って、沖田さんが出してきたものは、ものすごく生臭い黒い物体だった。

「な……なんですか? これ……」

「牛の肝らしい」

「牛の肝?」

「なんか、滋養があって、いいものらしいんだけど……」

 えっ、この生臭いのが?

「生臭くて、どうしても食べれないんだ」

「えっ、食べ物なんですか?」

「蒼良は、なんだと思ったの?」

「どうしても、食べるものだと思えなくって」

「そうだよなぁ。とてもじゃないけど、食べれない」

 もしかして、私に食えとかって、言うのでは……。

「沖田さん、わ、私、今、たくさん滋養があるので、食べれませんよ。きっと今食べたら興奮して鼻血出しますから」 

「私も健康だよ。そもそも、こういう者は病人が食べるものだ。なんで天野先生は私にこういうものばかりくれるのだろう」

「えっ、お師匠様が?」

 聞くところによるとお師匠様、沖田さんにゲテモノ……いや、滋養があるとても高価なものを試衛館にくるたびにあげているらしい。

「マムシの丸干しとかまではなんとか食べれたけど、さすがにこれは臭くて臭くて……」

 マ、マムシの丸干しっ!?それ食べただけでもえらいと思ってしまった。

 またなんでお師匠様は……と思ったのだけど、思い当たることがあった。

 沖田さんは、来年あたり結核になる。

 少しでも歴史を変えようと思ったなら、きっと、沖田さんを結核にしないようにするだろう。

 でも、この時代には薬がない。

 結核は、滋養があるものを食べ休養することが治療らしい。

 だから、結核になる前に滋養のあるものを食べさせ、結核にならないようにしているのかもしれない。

 今から体力をつけていたら、もしかしたら、発病しないかもしれない。

 そう思った私は、

「お師匠様もお師匠様で考えがあるのですよ。だったら、無理にでも食べないとダメですよ」

 といった。生臭くて食べにくいけど、頑張れ、沖田さん。

「いや、これはどうしても無理」

「鼻つまんで、水で流し込むのは?」

「後味が悪そう」

 二人で、食えの食わないのってやっていたら、

「何やってんだ? お前ら」

 と、永倉さんがやってきた。

「あれ? 永倉さんは、土方さんと稽古してたのでは?」

 と私が聞いたら、土方さんは近藤さんに呼ばれていってしまったらしい。

「天野先生からいただいたのですが、どうしても食べれなくて」

「なんだそれ」

「牛の肝です」

 沖田さんが言うと、

「牛の肝!? 高級品だぞ。もったいない。俺が食う」

 と言って、止めるまもなく沖田さんの手から取り、もぐもぐと食べてしまった。

「滋養にいいらしいぞ、牛の肝。おおっ、なんだか力が湧き出るぞ!」

 そう言うと、ウオーっとほえて行ってしまった。かなり生臭かったけど、よく食べれたなぁ……。

 でも、大丈夫なのかな……。

「沖田さん、永倉さんが食べちゃいましたが、大丈夫なんでしょうか……」

「さすが新八さん……。一口で食べた……」

「何もないですよね。大丈夫ですよね」

「あの人、あれ以上元気になってどうするんだろう」

「元気にって、それだけですよね」

「多分……大丈夫だよ。とにかく、天野先生には変なものを持ってこないように言っておいて」

 と言われても、あれから全然お師匠様に会ってないしなぁ……。

 

 この日はこれで帰ったのだけど、次の日も試衛館によることになり寄ってみると、なぜかみんな目の下にくまができていた。

「おい、みんなどうしたんだ? なんかへんなものでも食ったのか?」

 土方さんが心配して沖田さんに聞いた。

「みんなじゃなくて、新八さんが食べたんだよ」

 もしかして、例の牛の肝か?

 沖田さんの話によると、牛の肝を食べた永倉さんは、その後夜も眠れないぐらい元気になり、みんなを起こして回っていたらいい。

「おかげで、寝不足だよ」

「すみません、沖田さん」

「おい、お前が謝ることないだろう」

 私が沖田さんに謝ると、土方さんにそう言われた。

「実は、うちのお師匠様が持ち込んだものなので」

「なんだ、そうなのか? それにしても、なんで牛の肝なんだ? あれは病人が食うものだろう」

「沖田さんへの差し入れだったらしいのですが……」

「それを新八が食って、余計に元気になったというわけか」

 土方さんは楽しそうに言うと、

「笑い事ではないよ。夜中、暴れて大変だったんだよ」

 おそるべし、牛の肝。

「おい総司、新八の奴、寝てやがるぞ。起こしに行こう」

 原田さんがやってきて声をかけた。

 やっぱり目の下にくまがあった。

 原田さんも被害者なのだろう。

「人をさんざん起こしといて、自分だけ寝るなんて、そうはさせない。起こしに行きましょう。蒼良も一緒に行こう」

 土方さんに行っていいか聞こうとしたら、

「行ってこい」

 と、笑いながら行ったので、参加することになった。

 途中でやっぱり目の下にくまができている藤堂さんも加わった。

 部屋に行くと、気持ちよさそうに永倉さんが寝ていた。

「みんな、乗っかれ~」

 という原田さんの掛け声と共に助走を付けて飛び乗ったけど、起きなかった。

「まだ寝ているぞ。おいっ! 起きろー!」

 藤堂さんが永倉さんの耳元で叫んでも起きず。

「くすぐってやろう」

 沖田さんが言ったので、みんなで脇の下やら足の裏やらくすぐったら、

「おいっ、くすぐったいぞ! 邪魔するな!」

 と言って、やっと起きた。

「新八! 今日は夜まで寝かさないからなっ! まったく、誰のせいで寝不足になったと思っていやがるっ!」

 と言いながら、原田さんが永倉さんの頭にげんこつを落とした。

「いてぇ!」

「少しは目が覚めたか?」

「いてぇぞ、このやろう!」

 今度は永倉さんが原田さんに飛びついていた。

 二人とも顔が笑顔だったので、じゃれ合っているのだろう。

「昨日の夜はそんなにひどかったのですか?」

 藤堂さんに聞くと、

「なんか、牛の肝を食べたせいか眠れないからみんな付き合えって言い出して。うっかり寝ると枕が飛んでくるし。なんで牛の肝なんて食べたんだか……」

 す、すみません……。

 私が……と言おうとしたら、

「蒼良もおいで!」

 と、永倉さんの頭を枕で叩いていた沖田さんに呼ばれた。

 そして、私のそばに来た沖田さんは、

「牛の肝のことは、言わなくていい。蒼良は悪くないから」

 と、耳元で言ってきた。

 気にするなって事みたい。

 コクンとうなずいてから、私も仲間に加わった。

 しばらくみんなで枕投げみたいなことをしていた。

 とっても楽しかった。

「おい、ずいぶん賑やかじゃねぇか」

 土方さんが顔出した。

「新八、昨日眠れなくって、みんなを起こして回ったらしいな」

「土方さん、なんでその話を?」

「総司から聞いた。お前は稽古が足りないからそうなるんだ。俺がしごいてやるからこいっ!」

 という訳で、永倉さんは、土方さんと行ってしまった。

「ああ、新八がいなくなったら、睡魔が襲ってきた」

 原田さんが、ゴロンと横になった。

「ちょうど、枕と布団もあるから、なおさらだな」

 藤堂さんも横になり、沖田さんはもう寝息を立てている。

「じゃあ私は、道場で永倉さんの稽古でも見てきます。ゆっくり休んでください」

 そう言って部屋を出た。

 昨日から稽古をしていないように言われている永倉さん。

 実はちゃんと毎日稽古している。

 昨日は私を助けるため、今日は、寝不足のみんなを寝かすために土方さんが稽古だっ!と言って連れ出したのだろう。

 なんか、土方さんって、本当に気の利く人だなぁ。


「あれ? 蒼良君一人かい?」

 声がしたので振り向くと、山南さんなんさんが優しい笑顔で立っていた。

「はい。永倉さんと土方さんは道場で稽古中で、ほかのみなさんは寝てます」

「ああ、昨日の夜は賑やかだったからなぁ」

 あれ?山南さんは目の下にくまがなかった。

「山南さんは、昨日大丈夫だったのですか?」

「私は、みんなとは違う部屋だから、おかげで被害に遭わずにすんだよ」

 そうだったんだ。

「せっかく、美味しいと評判の店で団子を買ってきたのになぁ。蒼良君は食べるかい?」

「はいっ! 喜んで」

 ヤッターラッキー、甘いもの久しぶり。

 嬉しいなぁ。

 喜び勇んで山南さんの部屋へ。

 お茶も入れ、二人でお茶を飲みつつお団子を食べた。

「蒼良君、そんなに慌てて食べると喉を詰まらすよ。団子は逃げないからゆっくり食べなさい」

 久々なもので、がっついてしまった。

 ケーキとかチョコとか、洋食系の甘いものはないけど、和食系の甘いものは本当に美味しく感じる。

 団子を堪能していると、山南さんが話しかけてきた。

「蒼良君、君に前から聞きたいと思っていたのだが……」

「はい、なんでしょう?」

「真剣天野流って、どんな流派なのかな?」

 思わず飲んでいるお茶を吹いてしまった。

 ここでそんな話が出るとは思わなかった。

「す、すみません。驚いてしまって」

「いや、構わないよ」

 山南さんは笑顔で私の吹いたお茶を拭いていた。

「で、どんな流派か教えてもらえないか? 調べてもそんな流派がないのだよ」

 なくて当たり前です。

 私が適当に作った流派だから。

「すみません。そんな流派はないです。あの時、流派を作って言わないと、ここに入れてもらえないかと思って」

「なるほど。土方君があの勢いできたからね。じゃぁ真剣天野流は、蒼良君が創始者の立派な流派だね」

 山南さんは、やっぱり笑顔でそう言った。

「すみません。せめて、私ではなく、うちのお師匠様が創始者ということにしてください。あの人、いじけそうだから」

「ははは。蒼良君は、面白いね。じゃあ天野先生が創始者ということで」

「お願いします」

 なんか、私の考えたなんちゃって流派が、山南さんの手で立派な流派になったような気がする。

 山南さんは、天然理心流ではないと聞いたことがある。

 違う流派で、ある日ここで近藤さんと他流試合と言って、他の流派との試合をしたときに負けてしまい、それから近藤さんの人柄とかに惚れてここにいるらしい。

「山南さんは、流派はどこですか?」

 聞いても私にはわからないかもしれない。

 でも、興味があったから、聞いてみた。

「北辰一刀流です」 

「もしかして……千葉道場ですか?」

「そうです。よく知ってましたね」

 知っているも何も、坂本龍馬と一緒の道場だ。

 時代も同じだから、もしかして、山南さんは坂本龍馬と会っているかも。

 私もあってみたいなぁと、ちょっとミーハー心を出してしまった。

「特徴は、構えの時に剣を揺らすのです」 

 そこで気がついた。

「もしかして、藤堂さんも同じですか?」

「そうです」

 最初に試合したとき、剣が揺れていたので、なんだろうと気になっていた。

 そうか、そういう流派なんだ。

「でも、蒼良君、ここでは流派は関係ないのだよ。色々な流派の人間が集まっている。その流派のいいところも集まっているから、色々勉強するといい。あ、そうそう、左利きの人間もいるから。今は居ないけど、京へ行ったときに会えるだろう」

 もしかして、新選組三番隊組長、斉藤一のことかな。

 有名な人なのに、なんでいないのだろうと思っていたら、先に京に行っているんだ。

「わかりました。たくさん勉強して、強くなります」

 ここは本当に強い人が多く、勉強になる。

「あ、ここにいたのか。探したぞ」

「あ、土方さん。永倉さんの稽古は?」

「終わったよ。そろそろ帰るぞ。山南さん、また来るよ」

「気を付けて」

「お団子、ごちそうさまでした」

 私は頭を下げて部屋を後にした。


「山南さんと何してたんだ?」

 試衛館を出て歩いていると、土方さんに聞かれた。

「お団子ごちそうになってました。美味しかったです」

「お前は、食い意地がはってるなぁ」

「あと、斉藤さんの話をしました」

「ああ、奴は、色々あって、今京にいる。京についたら会えるかもな」

「楽しみですね」

「なんかお前、あったことあるような言い方だな」

 会ったことはないけど、知っている。

 でも、本でいろいろ読んだのでなんて言えない。

「山南さんからお話を聞いたから、知っている人のようになってしまったのかもしれないです」

「そうか」

 なんとかごまかせた。

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