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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年10月
299/506

上方落語

 治ったら一緒に落語を聞きに行こうと原田さんと約束した。

 その原田さんは、それから二日ぐらいで床上げをした。

 そして数日後には隊務に復帰した。

 いつでも、落語に行けるぞっ!という状態になったのだけど、私と原田さんの隊務がお休みの日がなかなか合わなかった。

 そして、やっと日にちがあったので、行くことになった。

蒼良そら、落語を聞いたことあるか?」

 その日の昼間、原田さんにそう聞かれた。

「ありますよ」

 テレビとかで見たことがある。

「そうか。蒼良は寄席に行ったことがあるだな」

 えっ、よせ?

「すみません、よせって何ですか?」

「えっ、落語を聞いたことあるのに、寄席を知らないのか?」

 信じられないと言う顔で、原田さんに言われてしまった。

「もしかして、蒼良の時代は寄席がないのか?」

 原田さんは、私が未来から来たことを知っている。

 寄席がないのか?と聞かれても、よせというものを知らないから、何とも答えようがない。

 その後、原田さんが寄席の説明をしてくれた。

 寄席とは、寄せ場を略したもので、人を寄せて集めると言う事で、落語などの大衆芸能を興行する場所のことを言うらしい。

「で、寄席は、あるのか?」

 そう説明されると、はっきりとわかる。

「ありますよ」

「でも、蒼良は寄席に行ったことがないんだよな。どうやって落語を聞いたんだ?」

 この時代、テレビとかラジオとかという便利な物がない。

 だから、落語を聞きに行くときは、寄席に行かなければならないのだ。

 落語は聞いたことがあるけど、寄席を知らないのは、変わった人だけだろう。

 どうせ、私は変わり者ですよ。

「なんか、落ち込んでないか?」

 知らない間に、自分で落ち込んでいたらしい。

「いや、大丈夫です。私がどうやって落語を聞いたかというと……」

 私がそう言うと、原田さんが身を乗り出してきた。

 ラジオとか、テレビとかって言おうとしたけど、これは実際に見てみないとわからないものなので、

「色々とあるのですよ。方法が」

 と言って、笑ってごまかしておいた。


 昼間から出かけるのかと思っていたら、夕方に出かけることになった。

 この時代の落語は夜にやる物らしい。

 というのも、昼間は歌舞伎などの演劇関係の人たちが使っているらしい。

 この時代、電気なんで言う便利な物はない。

 だから照明もろうそくを利用したものになる。

 いくら大量のろうそくがあっても、現代のように明るくはできないだろう。

 だから、建物の上の方に明かりを入れる窓が作ってあり、そこからお日様の光を入れて照明に使う。

 お日様は昼間じゃないと出ていないので、歌舞伎などは昼間になる。

 で、落語はなんで夜なのかというと、落語は見る物ではなく聞くものだ。

 真っ暗じゃ困るけど、少しぐらいの明かりでも何とかなる。

 夜でもできるだろうと言う事で夜なのだ。

 それと、場所を貸す人のもうけになるからかな?

 昼間は演劇関係の人たちに貸し、夜は落語とか噺関係の人たちに貸す。

 すると、一日で二ヵ所からお金が取れる。

 無駄もなく、お金儲けもできると言う事だ。

 というわけで、夕方に出かけることになった。


 夕方になり、原田さんと一緒に屯所の門を出ようとしたら、なんと、永倉さんが仁王立ちになって立っていた。

 なんで仁王立ちなんだ?

「どこに行くんだ?」

 そう聞かれ、私が

「寄席です」

 と言おうとしたら、原田さんに口を手でふさがれた。

「新八には関係ないだろう」

 そ、そうなのか?

「でも、二人そろって出かけるんだから、気になるだろう? で、どこに行くんだ?」

 別に教えてもいいと思うのだけど、原田さんは、

「いいだろ、別に」

 と言って教えなかった。

「そもそも、蒼良と二人っきりで出かけると言うのが怪しいんだよな」

 そ、そうなのか?

「なにが怪しいんだよ」

 私も聞きたかったけど、原田さんに口をふさがれているので、話せない。

「左之、もしかして、男色か?」

「はあ?」

 ここは、原田さんとそろって声を出した。

 私は、

「ふがっ?」

 だったけど。

「蒼良は、男落としって言われてんだぞ。うちの隊でも蒼良のせいで何人男色におちていると思うんだ?」

 いや、それはないだろう。

「前も武田に襲われそうになっていただろう。ああ、あいつも男色だからな」

 それはだいぶ前の話じゃないか。

 それに、私は男色じゃないぞ。

 女だし。

「俺は男色じゃないよ。ただ、蒼良が小さい体で一生懸命頑張っているから、ねぎらってやろうと思ってんだろ」

 原田さんがそう言った。

 そ、そうなのか?

「それなら、俺も一緒にねぎらう」

 そうなるのか?

 永倉さんが一緒に行きたいのなら、別にいいのだけど。

 原田さんを見上げて目で訴えていると、原田さんと目があった。

 原田さんはコクンとうなずいた。

 わかってくれたらしい。

「おい、新八。向こうで呼んでいるぞ」

 原田さんは屯所の方を指さした。

 誰か呼んでいるのか?

「俺は聞こえないぞ」

「いや、俺には聞こえた。あれは、土方さんの声か?」

 土方さんが呼んでいたのか?

 それなら早く行った方がいいと思うのだけど。

「あ、また聞こえた。新八、早く行った方がいいぞ」

「そうだな。おい、ここで待ってろよ」

 そう言って、永倉さんは屯所の中へ入って行った。

「よし、今のうちに行くぞ」

 原田さんが私の手を取って走り出した。

 今のうちって……

「永倉さんをおいて行っていいのですか?」

 走りながら原田さんに聞いた。

「一緒に行く約束をしていないから、いいんだ」

 そ、そうなのか?

「それに、新八連れて行くと、色々大変だからな」

 確かに、お酒を飲んだ時なんかは、連れて帰るのが大変だ。

「とにかく、俺が蒼良と二人で行きたかったんだから、いいんだ。新八何か言われたら、俺に言えよ」

 原田さんがいいのなら、別にいいんだけど。

「男色とかって噂されませんか?」

「噂したい奴は、勝手にしとけばいいだろう」

 原田さんは私の方を見て笑顔で言った。

 確かにそうだよね。


 寄席は、最近流行しているみたいで、ものすごく混んでいた。

 というのも、後で歴史を調べてみたら、幕末から明治まで寄席がブームになっていたらしい。

 私がいるこの時代は、まさにその中だ。

 それでも、何とか中に入ることが出来た。

 寄席の中に入ると、物を売っている人がいた。

 現代の寄席もこんな感じなのか?いや、中で物売りはいないよな。

 驚いていると、原田さんに肩をつっつかれた。

「団子でも食うか?」

 団子っ!

「食べますっ!」

 即答したら、原田さんが笑っていた。

「甘いものが好きだよな」

 そう言いながら団子屋さんを呼び止めた。

 あんこのついた団子を二つ買った原田さん。

 一つは私にくれた。

「いただきます」

 と言って団子にパクついたら、原田さんに

「うまいか?」

 と聞かれた。

「美味しいですっ!」

 と答えたら、優しい笑顔で笑っていた。


 私たちがきいた落語は、上方落語と言って、江戸の言葉で話す落語ではなく、京や大坂の言葉で話す落語だ。

 でも、言葉として通じるものだったので、ものすごく楽しかった。

 何をやったの?と聞かれても困るんだけどね。

 原田さんと楽しかったと言いあって寄席を後にしようとした時に、知った顔が横切った。

 見たことあるんだけど、どこで見たんだっけ?

「あ、あいつ、こんなところで働いていたのか」

 そう、働いていたのだ。

 ステージを掃除していた。

 ここの人なのか?って言うか、誰だっけ?

「原田さん、知っている人なのですか?」

「知っているも何も、俺を川に落としただろう」

 あっ!そう言われると、橋の上で

「死んでやるっ!」

 って叫んでいた人と似ているぞ。

 その人を助けようとした原田さんが、誤って川に落ちてしまったのだ。

「おい、ここで何してんだ?」

 原田さんがステージに向かって行ってそう言った。

 原田さんに気がついた男の人は、

「その件では色々とお世話になりました」

 と、驚きつつも、深々と頭を下げたのだった。


 現代で言うと、楽屋と言うのか?

 そこの出入り口で、男の人は中から出てきた人に頭を下げていた。

 それから片づけを始めた。

 最初は、

「ここであったのも何かの縁だから、飲みに行くか?」

 と、原田さんが誘ったのだけど、

「仕事があるからいけない」

 と断られてしまった。

 でも、なんでここにいるのか知りたかったし、男の人から話も聞きたかったので、

「話がしたい」

 と、素直に言ったら、

「仕事しながらならいいですよ」

 と言われたので、楽屋にいるのだった。

「で、なんでここにいるんだ?」

 原田さんがそう聞いている間にも、男の人は忙しそうに掃除をしていた。

 あまりに忙しそうだったので、私も、床をほうきで掃く手伝いをした。

「実は、噺家になろうと思って、弟子入りをしたのです」

 と言う事は、さっき楽屋から出てきた人は、この人の師匠にあたるのか?

 だから掃除をしているのか。

「そうなんですか。初めて知りました」

 ちりとりでごみを取りながら私は言った。

「なんで橋から飛び降りて死のうとしたんだ? あそこから飛び降りても死ねなかったと思うが……」

 気がつけば原田さんも、師匠が使っていた机の上をかたしていた。

「本当に、ご迷惑をおかけしました」

 男の人は深々と頭を下げた。

「私は、何もできなて、師匠に怒られてばかりで。私より後から入ってきた人が、先に上に行ってしまう始末で」

 ああ、それはよくある話だわ。

「もう何人にぬかされたんだろう? いい加減いやになって来ましてね」

「それで、死のうと思ったってわけだな」

 机の上をかたし終わった原田さんは、どこにあったのか、床を雑巾がけしだした。

「すみませんでした」

「で、気はすんだのか?」

 そう、私も原田さんの言ったことを聞きたかったのよ。

「死のうと思うのはやめましたが、このままここにいていいのか悩んでいます」

 そうなんだぁ。

「あきらめるのですか?」

 私が聞いたら、

「あきらめられないから、悩んでいるのですよ」

「それなら、あきらめなければいいだろう。簡単なことだ。後から入った奴らにぬかされることは、まあよくある話だ」

 原田さんは、雑巾がけの手を止めてそう言った。

「うちの隊でもよくあることだ。な、蒼良」

 返事を求められたので、

「はい」

 と言った。

「でもな、あきらめないで一つのことをやりつつけたら、絶対に何か残ると思う。今はだめでも、損をすることはないと思うぞ」

 原田さんの言う通りだと思う。

 私もお師匠様に剣道を教わり、最初はなかなか上達しなくて、何度やめようと思ったか。

 でも、今こうやって役にたっていると思う。

「この俺もそうだ。武士になりたいって思い続け、藩を抜けてまで思いを成し遂げようと思っていた。でも、本物の武士とは少し違うかもしれないが、思い続けて苦労したかいがあって、今の俺がいる。みんなそうだと思うぞ」

 原田さん、いいことを言うなぁ。

「うちの隊でも、そう言う人は多いですよ。あきらめたくなければ、あきらめなければいいのですよ。別に、あきらめろと言われているわけではないのでしょう?」

 私が聞いたら、男の人はコクンとうなずいた。

「今は、雑用ばかりかもしれないが、そのうちお前の落語を聞きに行ける時が来ると思うぞ。その時を楽しみにしているから、あきらめるな。わかったか?」

 原田さんは、立ち上がってそう言った。

「わかりました。あきらめません」

 男の人も立ち上がっていた。

「そう思ったら、胸がすっきりした。いつかお二人を招待しますよ」

「楽しみにしているぞ」

 よかった、よかった。

 そう思って、なぜかその後、男の人と楽屋とかを綺麗に掃除した。

 別に私たちはお客さんなんだからしなくてもよかったんだと気がついたのは、終わった後だった。

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