嵐山へ紅葉狩り
「今日は暇か?」
と土方さんに聞かれた。
「嵐山ですか?」
前から約束していた。
そろそろ嵐山に行かないと、紅葉が終わって木だけの世界になってしまう。
だから、紅葉を見に行こうと言っていた。
「そうだ。行くか?」
「行きますっ!」
「そんな勢いよく立ち上がるんじゃない」
す、すみません。
「早く行きましょうっ!」
「おい、あせっても、嵐山は消えねぇから安心しろ」
その通りですね。
嵐山は消えません。
でも、紅葉が消えてしまうかもしれない。
すでに京の町の中でも紅葉が見れるのだ。
嵐山は、京の町より気温が低いから、もうとっくに見頃になっているだろう。
「葉がみんな散ってしまいますよ」
土方さんの腕を引っ張ると、
「そんな早くに散るわけねぇだろう」
と言いながらも立ち上がってくれた。
さぁ、嵐山へ行くぞ。
嵐山へ行く途中、あることに気がついた。
「そう言えば、沖田さんも一緒に行きたいと言っていましたが」
今からなら、まだ屯所を出たばかりだから、沖田さんを誘いに帰れるだろう。
「総司がか? 興味なさそうな感じだけどな」
そ、そうなのか?
「でも、先日は一緒に北野天満宮で紅葉を見ましたよ」
「なんだ、一足先に見ていたのか?」
見たらいけなかったのか?
「それなら、なおさら連れて行く必要はねぇだろう。もう見ているんだろ?」
確かにそうなんだけど。
その理屈が通るなら、私も一緒に行けないことになると思うのですが。
「私も見ているのですが、一緒に行ってもいいですか?」
嫌だと言われたらどうしようと思いつつ、聞いてみた。
「俺一人で行っても仕方ねぇだろう」
そ、そうなのか?
「お前と一緒なら色々と楽しそうだしな」
そう言いながら、土方さんはポンッと私の頭に手をのせてきた。
色々とって、どういう意味なんだ?
変なことばかりするからって意味か?
「とにかく、総司はいいだろう? あいつは安静にしてねぇといけねぇし、嵐山どころじゃないだろう」
ああ、確かに。
それで、沖田さんとの会話を思い出した。
そう言えば……
「沖田さんに、土方さんと二人で行けばどうですか? と言ったら、男二人で行くところじゃないって言われたのですが……」
男二人も何も関係ないですよね。
そう言おうとしたら、
「俺と総司でか? ありえねぇな」
と言われてしまった。
なんでだ?
「どうせ一緒に行くなら、総司じゃなくて美人がいいだろう」
いや、私は美人じゃありませんからね。
しかも、男装しているし。
見かけは男ですから。
「なに落ち込んでんだ?」
あれ?落ち込んでいたか?
「別に落ち込んでませんよ」
「安心しろ。お前は十分美人だよ」
そ、そうなのか?
土方さんがそんなことを言うなんて、明日、紅葉がみんな散っちゃうんじゃないか?
「総司と比べるとだけどな」
そう言う落ちがあったのか。
確かに、沖田さんの方が美人だと言われたら女としてはおしまいだわ。
って、私、最近女子力落ちているしなぁ。
「案外、沖田さんの方が美人だったりするかもしれないですよ」
私がそう言ったら、土方さんは驚いた顔をした。
「お前、何考えてんだ? 美人という言葉は女に使う言葉だろう。安心しろ。お前は隊で一番美人だぞ」
そ、そうなのか?
なんか嬉しいぞ。
嬉しくてしばらくはしゃいでいたけど、しばらくしてから気がついた。
美人という言葉は女に使う言葉。
そして私は隊で一番美人。
当たり前だ。
だって隊で女は私しかいないじゃないかっ!
「いい加減機嫌治せ」
土方さんにそう言われながら嵐山についた。
「確かに、隊で一番美人ですよ。だって、女は私だけですから」
「ああ、分かった、分かった。京で一番美人だから安心しろ」
なんか、心がこもってないぞ。
「日本で一番美人だ」
棒読みだぞ。
「この世で……」
「わかりましたよ」
なんかこのまま言わせていると、自分がむなしくなってくるので止めた。
「俺の中ではお前は美人の方に入るぞ」
ポンポンと土方さんが頭をなでてくれた。
「もうなぐさめてもらわなくてもいいですよ」
「いや、本気だぞ。なんなら女物の着物を用意するから着替えてみろ。女になったお前を見たら、みんな振り向くぞ」
「な、何言っているのですか」
土方さんの口からそんな言葉を聞くなんて思わなかったな。
「いつも女装するなって言っているじゃないですか」
私が知らないところで女装すると怒るし。
「俺の知らねぇ所で女装するなってことだ」
そ、そうなのか?
「それに、女装しても大して変わりませんよ」
普段は袴で普通に歩いているけど、着物を着ると、小股でちょこちょこと歩くのが大変なのだ。
この時代の女性はよくこんな動きずらいものを着て歩いていたよなぁと、感心してしまう。
「いや、用意するから着替えろ」
土方さんが私の腕をひいて行った。
どこへ連れて行かれるんだ?
連れて行かれたところは、宿屋だった。
「今日は、ここに泊まろうと思っていたんだ」
あ、そうだったんだ。
そして、部屋には丁寧にたたまれた女物の着物が用意してあった。
すごく綺麗な着物だった。
しかも、この時期らしく紅葉の絵が入っていた。
「どうだ? 気に入ったか?」
土方さんは満足そうにそう言った。
「これ、高かったんじゃないですか?」
「お前、値段を気にするのか?」
当たり前じゃないか。
「これを買うお金をどこから調達したのですか?」
私が真面目に聞いているのに、土方さんは吹き出していた。
「普通は、柄がきれいだとか言って喜ぶのに、お前は金を気にするんだな」
当たり前じゃないか。
「だって、ずいぶん高そうな着物なので」
着物に近づいてよく見てみると、やっぱりいい着物だと言う事がわかった。
「ま、そう言う事を気にするところがお前らしいな。いいから着ろ。俺は外に出ているからな」
そう言って土方さんは外に出てしまった。
これを着ろってか?
よし、そこまで言うなら来てやろうじゃないの。
この時代に来て早三年。
なんとか着物を一人できれるようになった。
その腕前を見せてやろうじゃないの。
しかし、今度は着物を着終わると、女の人が入ってきた。
「土方はんに頼まれてきました」
えっ?と、驚いている間に、私に化粧をしてくれて、髪の毛も結い上げてくれた。
ああ、化粧まではまだ出来なかったなぁ。
それにしても、この女の人は、どこから連れてきたんだ?
「お前っ!」
全部仕上がった私を見た土方さんがそう一言言った。
「おかしいですか?」
そんなに驚くほど、変な格好になっているのか?
「いや、綺麗だ。見違えた」
そ、そうなのか?
思わず自分で自分を見てみようとしたけど、自分では着物しか見れない。
「行こうか」
土方さんはさりげなく私の手に自分の手を伸ばし、手をひいてくれた。
「お前、いくつになった?」
女性に年を聞くのか?
「二十一歳です」
「そうか。もうそう言う年になるのだな。色気も出てくるわけだ」
ええっ、色気?
「な、何言っているのですかっ! そんなものないですよ」
あるわけないじゃないか。
女子力も全然なくなっているし。
「そうか、二十一歳か」
土方さん、人の話を聞いているか?
「もう結婚して子供がいてもおかしくねぇ歳だよな」
来たか、その話。
この時代は十五歳ぐらいで結婚するのが普通らしい。
信じられないぐらい早い。
だから、二十一歳の私は行き遅れもいい歳なのだ。
でも、私の時代では全然行き遅れじゃないですからね。
「結婚するつもりはないですよ。何言っているのですか」
「お前がそう言うなら別にいいが。でも、そう言う事も考えておいたほうがいいぞ」
真面目な顔で土方さんが言う。
「それなら、結婚して子供が出来たら、育児休暇もらえますか?」
新選組にそう言う休暇はあるのかな?
「はあ? いくじきゅうか? なんだそりゃ」
休暇があるない以前の問題だったわ。
二人で嵐山を歩いた。
山々の色が赤色や黄色に変わっていてとっても綺麗だった。
紅葉が見ごろと言う事もあり、人も大勢来ていた。
すれ違う人がみんな私を見ていく。
やっぱりこの格好はおかしいのかもしれない。
「土方さん、着替えてきてもいいですか?」
私の手をひきながら先を歩く土方さんにそう言った。
「なんでだ? 何かあったのか?」
土方さんが心配そうな顔をして聞いてきた。
「いや、みんなが私のことを見て行くので、かっこうがおかしいのかなぁと思いまして」
「お前、鏡見たか?」
あ、そう言えば見ていない。
女の人が突然入ってきて化粧をしてくれたのに驚いて見ていなかった。
あ、そう言えばっ!
「あの女の人は誰なんですか?」
土方さんに頼まれたと言っていたぞ。
もしかして……、土方さんの女?
「ああ、あの女か。あれは宿で紹介してくれた女だ。元々芸妓をしていたらしく、化粧がうまいらしいぞ」
あれ?
「土方さんの女性じゃなかったのですか?」
「お、お前っ! 何言ってんだ?」
だって、過去にラブレターをたくさんもらって、処分する場所に困って親戚に送りつけたじゃないか。
それだけもてるんだから、女の一人や二人いてもおかしくないぞ。
「いるわけねぇだろう。なんだ、その目は」
「土方さんは色男だから、女性の一人や二人いるでしょう?」
「ばっ! お前っ!」
今、ばかやろうと言おうとしたな?
私の目つきが変わらなかったのか、土方さんはため息をついていた。
それから、
「よく見てみろ」
と言って、私を川の近くに連れて行った。
川をのぞき込んでみると、見たこともない女の人がうつっていた。
「どうだ、見たか?」
土方さんの声とともに、川にうつっていた女の人の隣に土方さんがうつった。
と言う事は、この女の人は私か?
「こんなに変わる物なのですか?」
本当に私か?
土方さんがうなずいていた。
「女は化けるとよく聞きますが、本当なんですね」
「それをお前が言うか?」
あれ?言ったらいけなかったか?
「こんな綺麗な女が俺の横にいるんだ。他の女は目に入らねぇよ」
そうなのか?
土方さんはそう言うと立ち上がった。
そして再び手を引かれて歩いた。
しばらく歩いていて気がついた。
「土方さん」
「なんだ?」
私が読んだら、優しい顔をして振り向いてくれた。
「もしかして、老眼になりましたか?」
「はあ?」
私の一言でちょっと怖い顔になった。
「言っとくが、俺は老眼になる歳じゃねぇぞ」
確かにそうだよな。
土方さんはまだ三十代だし。
「だって、私のことを綺麗だなんて言うから、とうとう老眼になったかと思いましたよ」
私のその言葉を聞いた土方さんは、しばらく固まっていた。
「お、お前、そう来るか……」
そうつぶやいた後、なぜか落ち込んでいた。
「どうしたのですか?」
「いや、なんでもねぇ。ここまで行ってもわからねぇとはな」
何がわからないんだ?
「私、なんか悪いことでも言いましたか?」
「いや、わかった。なんでもねぇ。行くぞ」
なんか気になるなぁ。
でも、しばらく歩いていたらどんぐりがたくさん落ちていたので、それを拾った。
沖田さんのお土産にしよう。
それを見ていた土方さんが、
「色気が出たと思ったんだけどなぁ」
と、つぶやいていた。




