斎藤さんの仕事
あれから数日がたった。
土方さんは相変わらず考え込んでいた。
何をそんなに考え込むことがあるんだ?そう思った。
そんなある日のこと。
「お前、伊東さんは裏切ると言ったな?」
土方さんに突然そう言われた。
「はい、そんなことを言ったような感じがします」
いつ、どこで?と聞かれるとわからないけど、言ったか言わないかだと、言ったと思う。
「そうか。それは、隊を出ると言う事か?」
土方さんは私が未来から来たことを知っているので、それでそう言うことを聞いてきたのだろう。
「出ます。仲間を何人か引き連れて」
「やっぱりそうなるのか」
土方さんはそう言うと再び考え込んだ。
えっ、また自分の世界に入っちゃうのか?
そしてまたしばらくすると、
「斎藤を呼んでこい」
と言われた。
斎藤さんに何の用なんだろう?
今回の考え込んでいる件と何か関係があるのか?
そう思いながら、斎藤さんを呼びに行った。
斎藤さんと一緒に土方さんの部屋に入り、一緒に座った。
「お前は外に出てろ」
土方さんにそう言われた。
えっ、そうなのか?
ものすごく気になるのですが、外に出ろって言われたから仕方ないか。
トボトボと私は外に出た。
襖を静かに閉めたとき、そおっと襖に耳をあてた。
だって、何を話すか気になるじゃないか。
土方さんが悩んでいる間も、黙って見ていたんだぞ。
話を聞くぐらいいいじゃないか。
と言う事で、新選組に入ってから新しく身についた技、盗み聞きを実行することにした。
襖に耳をあてているんだけど、話が聞こえない。
ずいぶんと聞こえにくいなぁ。
そう思っていると、バンッと耳元で音がした。
それと同時に私のいつ場所が明るくなった。
ふと顔をあげると、怖い顔をした土方さんが腕を組んで立っていた。
「あら?」
「あら? じゃねぇよ」
ば、ばれたらしい。
「そんなに話が聞きたいのか?」
怒られるかと思ったら、土方さんにそう言われた。
「はい、聞きたいです」
だって、気になるじゃないか。
「わかった。それなら俺たちにお茶を持ってこい」
お茶を持って来たら話を聞かせてくれるのか?
「わかりましたっ!」
そう返事して、台所までダッシュで走っていった。
台所につき、お茶を入れようとしたらお湯が無かった。
台所にいる人に聞いたら、今沸かしているところだと言われた。
この時代、ポットと言う便利な物がないので、お湯がさめたら沸かさないといけないし、沸かすのも火とまきを使って沸かすから大変だ。
お湯が沸けるのを待ち、沸いてすぐにお茶を入れて土方さんの部屋に持って行った。
「お茶を持ってきました」
と、部屋に入ったら、
「じゃあ、頼んだぞ」
と、土方さんが斎藤さんに言い、斎藤さんは立ち上がっていた。
「あれ? お話は?」
「終わった。お茶、ありがとな」
土方さんはそう言いながらお茶が入った湯呑を手に取った。
「お茶を入れてきたら、聞かせてくれるって言ったじゃないですかっ!」
私がそう言うと、土方さんはお茶を一口入れて、
「あちぃっ!」
と言った。
「お前、お茶が熱すぎるだろう」
「だって、沸かしてすぐのものを持ってきたのですよ」
「飲みやすいぐらいにさましてから持ってこい。これじゃあ熱すぎる」
「お茶は熱いぐらいがおいしいのですよ。斎藤さんもどうぞ」
斎藤さんも座らせて何とか話を聞こうと思ったけど、
「いらない」
と言って去っていった。
え、そうなの?
「さて、仕事するか」
土方さんも、熱いと文句言いながらもお茶を飲みほした。
「あの、斎藤さんと何を話していたのですか?」
すごく気になるから、熱いお茶を入れてきたのですが。
「お前に話すことじゃない」
えっ、そうなのか?
「お茶を入れてきたら話すって言ったじゃないですか」
「俺はそんなこと一言も言ってねぇぞ」
そ、そうだったか?
そうだったかも。
お茶を入れて来いって言われただけだったわ。
「土方さんのいじわるっ!」
思わずそう言ってしまった。
「俺は何もやってねぇぞ」
と言いながら、土方さんはニヤリと笑っていた。
その数日後、斎藤さんと巡察だった。
「気になるか?」
突然そう言われた。
何を気になるんだ?
「土方さんとの話の内容が気になるんじゃなかったのか?」
あ、そうだった。
数日だっていたので、そんなことすっかり忘れていたわ。
「教えてくれるのですか?」
期待を込めて聞いたら、
「教えない」
と、あっさり言われた。
って、斎藤さんが話をふってきたんじゃないですか。
そんな私の姿を見て、斎藤さんは笑っていた。
もしかして、遊ばれたのか?
屯所に帰ると、伊東さんの弟さんである鈴木さんが斎藤さんに話しかけてきた。
「もうすぐ始まるぞ」
「わかった。すぐ行く」
何が始まるんだ?
急いで、道場へ向かおうとしている斎藤さんに聞いてみた。
「なにが始まるのですか?」
「伊東さんの勉強会だ。行くか?」
「いや、遠慮します」
即答した私を見て、面白そうに笑いながら、
「そうか」
と、斎藤さんが言うと、私に背中を向けてさっさと行ってしまった。
斎藤さん、伊東さんに洗脳されちゃったのかな?
確か、斎藤さんは土方さんの間者で、伊東さんの勉強会に積極的に出ているのもそのせいだと思ったんだけど。
心配になり、私も道場の中をのぞいてみた。
道場の中には、伊東派の人たちと他の隊士たちがいた。
一番前には永倉さんと斎藤さんたちが座っていた。
やっぱり永倉さんも斎藤さんも、伊東さんに洗脳されちゃったのかな?
ただ間者をやるだけなら、一番前に座らなくてもいいと思うのだけど。
そう言えば、永倉さんも間者だったっけ?
どうだったかなぁ?
「あ、蒼良。来てくれたんだね」
えっ、と思って後ろを振り向くと、まんべんの笑顔で藤堂さんが立っていた。
「蒼良のことだから、来てくれないかと思っていたけど、今日は来たんだね。さぁ、中に入って」
いや、伊東さんの勉強会に来たわけじゃないので……。
と言いたかったんだけど、そう言う前に藤堂さんに道場の中に入れられ、一番前に座らされてしまった。
「珍しい人間がきたな」
斎藤さんの隣に座ったみたいで、斎藤さんがそう言ってきた。
「いや、興味がないので、すぐに帰ります」
と言って立ち上がろうとしたら、伊東さんが中に入ってきて、
「おお、蒼良君が来てくれたのか。よかったら、ゆっくりしていくといい」
と言われてしまった。
しかも、肩まで軽くポンポンとたたかれたら、出るに出れないじゃないか。
その様子を見ていた斎藤さんは笑っていた。
いや、笑いごとじゃないからね。
伊東さんの勉強会の最中も、斎藤さんが本気で聞いているのかが気になり、チラッとたまに斎藤さんの顔を見てしまった。
斎藤さんは真面目にたまにうんうんとうなずきながら伊東さんの話を聞いていた。
やっぱり、伊東さんに洗脳されたのか?
次の日は非番だった。
昨日は思いかけず伊東さんの勉強会に出てしまった。
話はろくに聞いていなかった。
だって、斎藤さんが気になっちゃって。
「お前、何しているんだ?」
急に近くから斎藤さんの声がしたのでものすごくびっくりした。
斎藤さんのことを考えているときに、斎藤さんの声がしたらびっくりするだろう。
「うわぁっ! なんですかっ!」
「何ですかって、話しかけただけだが」
はい、そうでした。
斎藤さんは話しかけただけですよ。
「昨日は思いがけない場所にいたな」
ニヤリと笑って斎藤さんが言った。
いや、私だっていたくなかったですよ。
「出るに出られなくなってしまって……」
伊東さんにつかまっちゃったんだもん。
仕方ないじゃないか。
「それより、暇そうだな」
「はい、非番ですから」
「ちょうどいい、俺も非番だ。どこか行くか?」
斎藤さんのことだから、昼間からお酒飲むか?とかって言いそうだな。
それも楽しそうだからいいか。
「言っておくが、酒じゃないぞ」
えっ、そうなのか?
斎藤さんに連れられてついた所は吉田神社と言うところだった。
この神社は、全国の神様を祀ってある斎場所大元宮という社がある。
ちなみに現代では国の重要文化財になっている。
そしてこの吉田神社、少し紅葉が始まっていた。
京の街中では少し色づいてきたかなぁと言う感じだったけど、ここは完全に色づいているとわかるぐらいだった。
だから連れてきてくれたのかな?
そんな感じで斎藤さんを見ていると、ふと目があった。
突然目があったのでびっくりしてしまった。
「なんだ?」
いや、なんだと言われても……。
「なんでここに連れてきてくれたのかなぁ、と思っていたのです」
「酒の神様もいるらしいから、よく拝んでおけ」
えっ、そうなのか?
そう思っていると、斎藤さんに笑われた。
「いるわけないだろう」
あれ?さっきいるって言ったじゃないか。
「冗談だ」
あははと笑いながら歩いて行った斎藤さん。
えっ、冗談?
急に冗談言われても。
しかも真顔で言っていたぞ。
そんなことを思いながら、先を歩いて行った斎藤さんを急いで追いかけた。
本宮へ行った後、色々な社を回りながら、斎場所大元宮についた。
八角形の形をした不思議な建物だった。
「日本全国の神様がいるらしいぞ。よく拝んでおけ」
斎藤さんにそう言われたので、よく拝んだ。
たくさん願い事をしていいのかな?
でも、願い事はやっぱり一つだな。
どんな願い事にしようかな?
たくさんありすぎて一つにできないぞ。
「おい、ずいぶん長く拝んでいるんだな」
斎藤さんにそう言われてしまった。
「願い事がたくさんあるので悩んでいたのですよ」
「ぜいたくな悩みだな」
斎藤さんにそう言われて笑われてしまった。
「斎藤さんのことだって入っているのですよ」
斎藤さんが伊東さんに洗脳されていませんようにとか、隊を抜けても無事に帰って来てくれますようにとか。
「俺の何を拝んでいたんだ?」
「色々ですよ」
「色々ってなんだ?」
「だから色々ですっ!」
「言えないのか?」
言えないことじゃないけど……。
「斎藤さん、伊東さんに洗脳されてませんか?」
「はあ? 洗脳?」
この言葉はこの時代にはなかったか?
「伊東さんの考えに同調していませんか? と、心配していたのですよ」
私がそう言うと、斎藤さんは笑い出した。
「同調なんかしていない。お前だって知っているだろう? 土方さんに頼まれてやっているんだ」
やっぱり頼まれていたのか。
「もしかして、知らなかったのか?」
私はコクンとうなずいた。
「なんだ、てっきり土方さんから話を聞いていたかと思った」
そうだったのか?
「それが、教えてくれなかったのですよ。お茶まで入れてきたのに」
「熱い茶か?」
沸きたてのお湯でいれたホカホカのお茶だったのに。
もしかして、お茶が熱すぎたから、機嫌を損ねて教えてくれなかったのか?
でもその話なら、教わらなくても知っていた。
斎藤さんは間者として伊東さんと一緒に隊を出る。
そして、伊東さんが近藤さん暗殺をたくらんでいることを知り、それを教えるとともに隊に戻ってくる。
「俺が話した事は、土方さんに言うな。わかったな」
わかりました、言いません。
「だますなら身内からって言う事か」
斎藤さんはそうつぶやき、半分以上赤く色づいていた木の葉を見ていた。
「知らない者から見たら、裏切り者になるんだな」
そう言った斎藤さんが悲しそうに見えたので、思わず、
「何言っているのですかっ!」
と言ってしまった。
「斎藤さんは裏切り者じゃないですよ。それは私が知っています」
この人は、隊のほとんどの人が新選組を去った後も、会津まで同行する。
裏切り者だったら、そこまでできないだろう。
「新選組のために重大な仕事をしているのですよ。裏切り者なんて私が言わせませんからね」
そんなこと言ったばか者がいたら、ぶってやるっ!
「お前がわかっていればいい」
そ、そうなのか?
「お前だけが、俺が裏切り者でないことをわかってくれれば、それでいい」
斎藤さんはそう言うと私を抱きしめてきた。
「他の隊士に何を思われようと別にかまわないが、お前に裏切り者と思われるのは辛い」
そ、そうなのか?
「だ、大丈夫ですよ。私は斎藤さんのことを知っていますから、裏切り者だなんて思わないですよ」
私だけでなく、他の隊士たちだって、裏切り者じゃないって知ってもらったほうがいいと思うけど、だますならまず身内からって言うから、内緒にしておいたほうがいいのかもしれない。
斎藤さんが私を抱きしめる力を強めてきた。
私は斎藤さんの背中に手をまわし、背中をさすりながら、
「大丈夫ですから」
と、何回も言った。
きっと不安だったんだろう。
これで斎藤さんの不安が少しは楽になるといいなぁと思った。
ところで、何を不安がっていたんだろうか?




