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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年9月
291/506

祇園で接待されたい

 伊東さんと篠原さんが名古屋へ出張に行った。

「きっと何か企んでいるのですよ」

 伊東さんの出張と知って、私はそう言った。

「そんなこと、わかってる」

 それを聞いた土方さんがそう言った。

「わかっているのに、なんで許可したのですか」

「隊のために人を集めてくるって言ったら、文句言えねぇだろう」

 そうなのか。

「それに、俺が文句を言っても、伊東さんのことだから、色々言い逃れをするだろう」

 あ、それはあるかもしれない。

「近藤さんも許可しちまったから、文句はいえねぇ」

 そうなんだ。

 それじゃあ仕方ないのかもしれない。

 それにしても、名古屋で何をするつもりなんだろう?

「ところで、この前制札が捨てられるって事件があっただろう?」

 そんな事件もあったなぁ。

 確か、三日間も見張ったんだよなぁ。

「相手は、土佐藩の人でしたね」

 長州藩のことが書いてあったから、犯人は長州藩だと思っていたら、なんと、土佐藩の人だったのだ。

「土佐藩は、今回のことは申し訳ないと思っているらしい」

 えっ、そうなのか?

「なんでそんなことが分かったのですか?」

 すみませんと謝ってきたのか?

「祇園に招待された」

 ほ、本当か?

 報奨金がもらえるのは聞いたことがあったけど、招待までは聞いてなかった。

「ほ、本当ですか? 嬉しいです」

 酒が飲めるぞっ!

「いや、お前じゃない」

 えっ?

「今回は、近藤さんと俺と吉村と鈴木で行く」

 あれ?

「みんな制札事件と関係ないですよね」

 近藤さんと土方さんは局長と副長だからいいとして、吉村さんと鈴木さんは今回の制札事件で何もしていませんからね。

「関係ねぇ人間の方がむこうもこちらもいいだろうと思ってな」

「な、なんでですかっ!」

 せっかく、美味しいお酒が飲めると思ったのに、これは納得できないぞ。

「関係している人間が来たら、言い合いになったりして平和に解決でいることなのに、出来なかったりするだろう」

 そ、そうなのか?

「それに半数以上逃がしているしな。その悔しまぎれに何するか分かんねぇだろうが」

 そんなに血の気が多い人ばかりでも……多いな、血の気。

 制札事件に参加した隊士は、私以外は剣の使い手ばかりだったし。

「だから、お前らは留守番だ」

 でも、納得できないんだよなぁ。

「私は何もしないってわかっているじゃないですか。せめて、私だけでも連れて行ってくださいよ」

「断る」

 あっさりとそう言われてしまった。

「大酒飲みを連れて行ったら、帰って相手の迷惑になるだろう。飲み代も高くつくしな」

 そ、そうなのか?

「というわけで、俺たちで行ってくるからな」

 そう言うと、土方さんは楽しそうに部屋を出て行った。

 なんか、納得できないよなぁ。

 でも、行っちゃったから仕方ないか。


「おい、蒼良そら

 屯所の中で歩いていると、原田さんに声をかけられた。

「土方さんたち、土佐藩に呼ばれたんだって?」

 あ、原田さんの耳にも入っていたのか?

「制札事件の時はご迷惑おかけしましたと言う事で、土佐藩の人が祇園に招待してくれたらしいですよ」

「そうなのか? 制札事件のことで呼ばれたことは知っていたが、祇園に行っているとは思わなかった」

 あれ?内緒の話だったのか?

 でも、土方さんは内緒と言っていなかったから、いいか。

「しかも、制札事件にかかわった私たちは蚊帳の外で、かかわっていない吉村さんと鈴木さんが一緒に行ったのですよ」

「それは納得できないな」

 そうでしょ、そうでしょ。

「鈴木さんなんて、鈴木三樹三郎って名前が二つあるような名前のくせに、ずるいですよね」

「蒼良、名前は関係ないと思うぞ」

 そ、そうかな?

 鈴木さんの名前を聞くたびに、鈴木三郎じゃだめなのか?三樹三郎じゃだめなのか?と思っていたのだけど。

 そもそも、伊東さんの弟と言う所から気にくわないのよ。

 吉村さんはいいとして、なんで鈴木さんなんだ?

 ああ、でも、関係ないのに招待されるなんて、二人ともずるいぞ。

 ついでに、近藤さんと土方さんもずるい。

「でも、なんで関係ない人間が行ったんだ?」

 それ、それは原田さんも思うでしょ?

「土方さんの話では、関係ある人が行って変に言い合いになっても困るらしいですよ」

「そうか? 言い合いになるか?」

 原田さんも疑問に思うでしょ?

「半数以上逃がしてしまったし、悔し紛れで何するかわからないらしいですよ」

 それもないと思うんだけどね。

「ああ、逃したからな。あれは悪かったと思ってる。酒も入っていたしな」

 原田さんは反省しているようだ。

「やっぱり、勤務中に酒はよくないな」

 原田さんは自分でそう言ってうなずいていた。

「ま、今回は仕方ないさ」

 原田さんは、私の肩に手をポンッと置いた。

 原田さん、納得しちゃったのか?

 そう思っていると、背中にドンッと誰かに強くたたかれた衝撃が走った。

 一瞬、息が止まったぞ。

「なんだ、二人で深刻な顔をして」

 振り向いたら、永倉さんがした。

 背中を叩いたのは永倉さんだったらしい。

「新八、手加減してたたけよ。息が止まったぞ」

 原田さんはそう言いながら、永倉さんの背中をたたき返していた。

「深刻な顔をしていたからな、なごませに来た」

 いや、全然なごみませんでしたから。

「で、何話していたんだ?」

 原田さんと二人で、土佐藩の事を話した。

「なんだ、そんなことか」

 全部話を聞き終わった永倉さんが一言そう言った。

 そ、そんなことって……そんなことなのか?

「呼ばれなかったのなら、こちらから行けばいだろう」

 えっ、いいのか?そんなことをして。

「よし、今日は祇園に飲みに行くぞっ!」

 永倉さんに肩を組まれた。

 永倉さんの向こう側には原田さんが肩を組まれていた。

 えっ、このまま祇園に行っちゃう感じ?

 土佐藩の人がいる部屋におしかけるわけにもいかないだろう。

 どうしよう?このままだと、土方さんに怒られるぞ。

 しかし、永倉さんの力は強く、そのまま肩を組まれたまま気がつけば祇園に来ていた。


「なんだ、てっきり、土方さんたちがいるところに乗り込むと思いましたよ」

 ホッとした私は、お酒を飲みながらそう言った。

「そんな命知らずなことするわけないだろう」 

 そう言った永倉さんも豪快にお酒を飲んでいた。

「蒼良は、土方さんが祇園のどこで飲んでいるか知っているのか?」

 原田さんがお酒を飲みながら聞いてきた。

「あ、知らないです」

 祇園って言っていただけで、お店の名前まで言わなかったし、聞かなかった。

 そうだよね、祇園にお店はたくさんあるんだから、お店の名前がわからなければ乗り込めないよね。

「それじゃあ、なおさら乗り込めないだろう。ま、今日は俺たちだけで楽しめばいいさ。さあ、飲め」

 永倉さんがそう言いながら、私のお猪口にお酒を入れてくれた。

「蒼良は、そんなものでチビチビ飲むより、こっちで飲んだほうがいいだろう?」

 原田さんが出してきたのは、大きな湯呑だった。

「それで飲んでもいいのですか?」

 小さいお猪口より、大きな湯呑の方はそそぐ回数が減っていいだろう。

「いいぞ」

 原田さんはそう言って湯呑にお酒をそそいでくれた。

「俺もそれで飲むかな」

 永倉さんも大きな湯呑をお店の人に持ってきてもらった。

「新八はすぐ酔って暴れるからだめだ」

「それはないだろ、左之」

「いつも俺がかついで帰ってんだぞ。な、蒼良」

 確かに。

 そう思ってうなずいたけど、

「じゃあ、今日も頼むぞ」

 と、永倉さんは言って、湯呑に入ったお酒をいっきに飲んだ。

 え、そうなのか?


「ほうら、歌え歌えっ!」

 永倉さんはすっかり酔っ払っていた。

 なんか訳が分からない歌を大きな声で歌いだし、私たちにも歌えと言ってきた。

「この歌知ってますか?」

 思わず原田さんに聞いたけど、

「知らん」

 と首をふっていた。

 お座敷に芸妓さんも三人ほど来ていた。

 その人たちに申し訳ないなぁと思い、

「すみません。うるさくて」

 と言ったら、

「ええんよ」

 と、笑顔で返してくれた。

 それだけでなく、訳が分からない歌でも永倉さんに会わせて歌っていた。

 さすが、芸妓さん。

 酔っ払いの扱いに慣れていると言うのか?

「あまりうるさかったら、蹴飛ばしてもいいから」

 原田さんのその言葉に笑顔で返す芸妓さん。

 同じ女なんだけど、こんな色気がないよなぁ。

 そう思っていると、襖がすうっと静かにあいた。

 別な芸妓さんが顔を出し、私たちの部屋にいた芸妓さんを呼び出して、何か言っていた。

 その口元を見て、何を言っているかわかってしまった。

 どうやら、隣の部屋からうるさいと苦情が来ているらしい。

 永倉さんを黙らせないとだめか。

 原田さんを見たら、私と目があい、無言でうなずいた。

 一緒に黙らせようと言う事なんだろう。

「おい、新八、うるさいぞ」

 原田さんが立ちあがって歌っている永倉さんを座らせようとした。

「俺の歌がうるさいだとっ! こんないい声をしているのに」

 いや、いい声かどうかは別として、今は音量の問題ですから。

「隣の部屋から苦情が来ているのですよ」

 私が言うと、原田さんが座らせた永倉さんが立ちあがった。

「なんだと? 俺の美声がわからん奴がいるとは。成敗してやる」

 ええっ!そうなるのか?

 刀を取り上げないとっ!と思ったけど、刀は座敷に入る前に預けたからここにはなかった。

 よかった……いや、よくないっ!

 永倉さんを止めないとっ!

「どこの部屋のやつが言ったんだ? ここの部屋かっ!」

 襖で部屋を仕切っていたので、永倉さんが近くにある襖をバンッ!とあけたら、別なお座敷があった。

「な、永倉さんっ! だめじゃないですかっ!」

 私はあわてて襖を閉めようとしたら、

「あ、お前らっ!」

 と、知っている声がした。

 この声は、もしかして……。

 恐る恐る声のした方を見ると、土方さんたちがお酒を飲んでいた。

 な、なんで隣にいるんだ?

 み、見なかったことにしておこう。

「お騒がせしました」

 私は頭を下げて襖を閉めようとしたけど、ある程度閉めたところで襖が動かなくなった。

「なにがお騒がせしましただ?」

 襖の下を見ると、土方さんの足があった。

 土方さんが足で襖を止めているらしい。

 でも、見なかったことにしよう。

「あ、あれ? この襖、閉まりませんよ。すみませーん」

 そう言って芸妓さんを呼んだのだけど、

「お前、見なかったことにしようとしているだろう?」

 と、土方さんの声が頭の上から聞こえてきたのだった。

 も、もう逃げれませんね。


 気がつけば、土方さんたちと、私たちが同じお座敷にいた。

「あれ? 土佐藩の人は?」

 隣にいた土方さんに聞いたら、

「帰った。帰った後でよかった。まだいた時にお前たちが姿を現した日には……」

 す、すみませんでしたぁ。

「いや、わざとじゃないのですよ。これはものすごい偶然でして」

「わざとだったら、このままじゃすまないぞ」

 はい、わかっています。

「でも、久々にみんなで飲むのもいいな」

 土方さんが目を細めてそう言った。

 その視線の先には近藤さんに、

「局長なら、俺の酒飲めっ!」

 と言って、近藤さんにお酒をそそいでいる永倉さんと、

「わしはそんなに飲めんよ。知っているだろう? 新八についでやろう」

 そう言って、永倉さんの湯呑みにお酒をそそぐ近藤さんがいた。

「近藤さん、あまり新八を飲ませないでくれよ。連れて帰るの大変なんだぞ」

「あ、すまんな、左之」

 そのやり取りって、久しぶりに見たような感じがする。

 京に来たばかりのころは普通に見ていた光景だけど、今はなかなか見れない光景になっちゃったなぁ。

「たまにはこれもいいか」

 土方さんが優しい笑顔になっていた。

 あ、今日はこのままで大丈夫そうだぞ。

「ただし、なんで隣で飲んでいたのか、屯所に帰ってからじっくり聞いてやるからな」

 えっ、そうなのか?

 どうすればいいんだ?

 あ、そうだっ!

「土方さんも飲みましょう」

 そう言って私は土方さんのお猪口にお酒をそそいだ。

「酔いつぶすつもりだろう」

 あ、ばれてる。

「お前の考えていることはすぐわかるんだ。帰ったら覚えておけ」

 そう言いながらも、土方さんはお猪口の中のお酒を空にしたのだった。

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